04 王子様の噂(2)~教師たち
3000PV達成ありがとうございます!皆様のおかげで楽しく書けております。
「アリアナ嬢、どちらへ行ってらしたの?」
本館に戻った私を冷たい笑顔で出迎えたのは、デイアネイラだった。私の令嬢教育の教師だ。
「土の神カーリフィノポロの恵みに感謝を、デイアネイラ様。水の神アニクセルキズモスに導かれて、風の神ヒレモシモーナとともに過ごしておりました」
「さようでございますか。火の神カフトカルケリーがお目覚めにならないよう願っておりますわ」
束の間の休息をしておりました、という私に対し、余計なものに現を抜かさないように、と釘を刺される。
……言われなくてもわかっていますわ。
「デイアネイラ様が導いてくれておりますので、御心配には及びませんわ」
あなたが口うるさいから大丈夫だよ、と笑顔で返す。
「導きに気付けるアリアナ嬢であってほしいと思っていますわ」
ちゃんと言う事は聞いてくださいね、と来たか。別に反抗してるつもりはないんだけどな?
ブリザードが吹雪いているかのように冷気が漂っているが、社交界でのやり取りはこんな応酬が続くのだと聞く。これも練習だ。
ふ、と二人同時に笑顔が緩む。
「デイアネイラ様のお言葉はいつもお厳しいですわね」
「アリアナ嬢はだいぶ上手くなりましたわ。つい楽しんでしまいました」
「あら、性格が悪くなっていらっしゃるのではなくて?」
「アリアナ嬢のお陰ですわね」
年の差はおそらく二十歳ぐらいあるけれど、家庭教師のデイアネイラとは意外と仲が良い。最初の頃、デイアネイラの持つ貴族らしい雰囲気に呑まれていたのも、今となってはいい思い出だ。
「そうだ、デイアネイラ様。よろしければご夕食は一緒にいかがでしょう?」
「まあ嬉しいわ。夫にも声を掛けてきますわね」
「よろしくお願いしますね。楽しみですわ」
デイアネイラは、ラエルティオス領の財務大臣ロジスティキー男爵の奥方だ。その年の差なんと十五歳。
最初はびっくりしたけれど、貴族では珍しくない年の差だという。
デイアネイラの聡明さを考えれば娶りたいと思う男性は多いだろうのに、どうしてロジスティキー男爵を選んだのかが不思議でしょうがない。まさか本人には聞けないので、その疑問は胸の内にしまっておくけれど。
デイアネイラに教育された内容は、音楽や舞踏から始まって、語学、絵画、裁縫、礼儀作法、植物知識、宝飾品知識……本当に幅広かった。そして先ほどのように不意打ちで仕掛けてくるので、なんだかんだで油断できない。
デイアネイラは本当にたまたま玄関にいただけなのだろう、彼女はすぐにロジスティキー男爵の執務室の方へと足を向け、私は自室へと戻った。もちろん、使用人の一人にお父様への言伝を頼むのも忘れない。
「リリー、今日のお洋服はどれにしましょう……デイアネイラ様がご一緒ですし、お洒落なものにしたいわ」
あの事件以降、かなり行動を制限されるようになり、落ち着いていたお洒落への情熱が戻ってきていた。もちろん持っている服はどれも聖女のイメージを覆さないよう、白やパステルカラーを更に薄くしたような清潔感のある色味をベースにしたものしかない。しかしその分、デザインや差し色にこだわっている。
お父様からも衣装や装飾品、宝飾品のプレゼントがぐんと増えた。お客様と昼餐をともにするようになったということもあるのだろう。
「こちらなどいかがでしょう」
「悪くないわね。……でも、もう少し腰に膨らみが出るお洋服の方が可愛いんじゃないかしら……」
「では、こちらはいかがですか?」
薄い黄色地に辛子色の差し色が入っている。スカートは要望通り膨らみが大きく、更に腰衣を付けることを考えれば、かなり華やかになるだろう。胸元はすっきりしているが、ウェストを太いリボンが締めている。もちろん子どもだから強く締め付けることもないし、コルセットをすることもないけれど、お母様やデイアネイラが着ているドレスに似ていて少し大人びた気分になれる。
「素敵だわ。髪型も綺麗に編み込んでくださる?」
「もちろんでございます。可愛くいたしましょう」
それから髪飾りも選び、意気揚々と晩餐へと向かう。
この二人と食事をとる際は、お客様用の食堂ではなく家族でよく使う食堂で食べる。前代から要職についているロジスティキー男爵夫妻とは、両親ともども仲が良いのだ。
女性同士で衣装の褒め合いをしたあと、お父様の挨拶で食事が始まる。
話は今日会った侯爵子息の話題になった。
「どうだった?アリアナ」
「どうもこうもありませんわ、わたくしはもう少し落ち着きのある方が良いです」
私の言い方が子どもっぽくなってしまったせいか、微笑ましいものを見るかのようにデイアネイラがふふふ、と笑った。
「アリアナ嬢の理想は高くていらっしゃるのね」
「それはそうですわ。せめてお兄様ぐらいでないといけません」
「ははは、なかなか厳しいね。クセノフォン殿は首席なんだろう?」
ロジスティキー男爵に言われたことに、うんうん、と強く頷く。
だってお兄様だもの、当然だ。
「ええまあ……下院の一、二年次ですけれどね。今年がどうなるかはまだわかりませんわ」
「クセノフォンは狩猟の腕前もどんどんあがっているよ。私はそろそろ負けそうだ」
お母様は謙遜されたけれど、お父様は手放しで褒める。まあお父様が負けそうというのは流石に言いすぎだと思う。
「ああ、そういえば先の土の季の魔獣狩り大会では、未成年で唯一上位に食い込んでいたね」
魔獣狩り大会は、毎年土の季に屋敷にいる男衆で競うイベントだ。女人禁制だとかで詳しい話は知らないけれど、土の季は食糧が豊富になるために魔獣が顔を出すことが多いらしい。敷地内の魔獣の間引きも兼ねて、競技大会として催しているという。
……二年前は、間引きしきれなかった魔獣と運悪く遭遇してしまった、ということだ。
そのまままた色々な雑談をし、和やかなムードで晩餐会はお開きになった。
「お嬢様」
練習場でいつも通り魔法の練習をしていると、ゼノヴィオスに話しかけられた。
「何かしら?」
「……私がお嬢様に教えられる魔法は、もうありません」
「えっ……」
びっくりして、思わず素で返してしまう。確かに一通り使えるようになったとは思うけれど、ゼノヴィオスの域に辿り着いているとはとても思えない。コツとか発想力とか、教えてもらいたいことはまだまだたくさんある。
なのに、ゼノヴィオスが悲壮感を漂わせてそんなことを言うなんて。
「……反復練習以外には、ご自身で独自の魔法を作られるぐらいしか、することはございません」
「……」
いきなりそんなことを言われても、と不安になってしまう。確かにそうとも言えるかもしれないが、ゼノヴィオスらしくない発言だと思う。
その真意を確かめたくて、ゼノヴィオスをじっと見つめる。
「なので……」
「……」
ゼノヴィオスの力強い意志を感じさせる瞳が、瞬きで一瞬隠される。
「明日からは、魔術の勉強を致しましょう」
いたずら成功、とでもいうように、先ほどまでの悲壮感を吹き飛ばし、いつもの笑顔で宣う。
「……ぜひ、お願いいたしますわ」
令嬢スマイルを乗せて返す。これはイラッとしても許されると思う。
翌日、魔術は基本的には座学になるので、自室でわくわくしながら待機する。
……来ない。
ただ待っていてもイライラするだけなので、この二年間で使った参考書を読み始める。
……来ない。
ゼノヴィオスに写させてもらった最初の参考書を読み進める。
…………来ない。
最後まで読み終わり、パタン、と背表紙を閉じたところでノッカーの音がした。デイジーに開けてもらい、やっと入ってきたのはゼノヴィオス。
「……っ令嬢を待たせるなんて、先生もいけない方ですわね」
遅い!と文句を言いたいところをグッとこらえ、皮肉に抑える。
「そろそろお嬢様が参考書を読み終わった頃かな、と思いまして。ちょうど良かったようですね」
「……さすが先生ですわ。ばっちりでございます。でも、一言いただければ……もっと優しい気持ちでお待ちできましたのに」
ため息が思わず零れるが、いつまでもグチグチ言っていてもゼノヴィオスが治ることはない。というか、私にゼノヴィオスを治す気はない。
「はは、覚えておきます。最初にお読みいただいた参考書の写しはありますか?」
「……ええ、こちらに」
「基本的には、この参考書の知識が魔術式を描くのには一番適しています。まずは一つ……身近な魔術から読み解いてみましょうか」
そう言って先生が出したのは、貧民に配っているカイロみたいなやつだ。デイジーの発案で作った布袋だけれど、やはり魔術具だったのか、と納得する。
綺麗に端から糸を解き、縫い合わされていた布を開く。中綿を抜くと、布地に何やら幾何学模様が描かれている。
「この模様が魔術陣……?」
「そうです。この布袋の効果はご存知ですか?」
「温かくなるのですよね」
ゼノヴィオスは肯定を返しつつも、それだけではないんです、と続けた。
「まず、この布袋が効果を発揮する条件があります。それが、十回衝撃を与えること。
そして効果の終了条件があります。それが、衝撃が与えられてから十二時間、です。
それから効果の詳しい内容です。今回は、四十五度になるように設定されていますね」
「……」
この小さな模様に、それだけの内容が含まれている……?全然読み取れる気がしない……!
思わず無言になって、魔術陣を見つめる。
「もちろんそれらの条件は、もっと詳しく……どの程度の衝撃度で反応させるか、効果の発動中に重複して開始条件が満たされた場合どうするか、なども含めて描かれています。あ、それらとは別に、プリマ・マテリアの取得方法はどうするか、も欠かせませんね」
「……ちなみに、なんて描かれていますの?」
「そうですね……衝撃度は、この布袋を両手に挟んで叩けば充分そうですね。発動条件が重複して満たされた場合、その都度延長するようです。プリマ・マテリアは大気中の魔素を集めるようになっています」
「なるほど……」
「では、一つずつ解析してみましょう」
一番内側にある図形が起動条件、そこから外に向かって順に起動条件が重複した場合、起動条件が満たされた際に発揮される効果、効果の終了条件、プリマ・マテリアの取得方法が描かれているという。
それぞれが重ねて描かれていたり、複数の図形で一つの条件を表していたりして、とてもではないがすぐに理解できるようには思えない。
「先生……一つずつ書き写して、解析してみても構いませんか」
「ええ、ではもう少し詳しく見ていきましょうか」
と、書き写し始めてふと気づいて質問する。
「内側だけ抜き出したりしたら、いきなり発動したりはしませんか?」
「プリマ・マテリアの取得方法が指定されなければ発動はしませんよ。それに、魔術陣を描いたり縫ったりするには、特別な素材が必要なんです。通常の筆記用具で真似して描いても、魔術陣として機能しません」
それに納得し、条件や効果ごとに抜き出していく。そしてそれを更に分解して、数を指定している部分などを教えてもらっていく。
「なるほど……、複雑ですね……」
「これは比較的きれいな、わかりやすい魔術陣ですよ」
「……がんばります」
一区切りついたところで、今日の授業は終了になった。挨拶を交わしあい、ゼノヴィオスが退出していく。
「あ、言い忘れていました。魔術具に使用されるような魔術陣は、解析されるのを嫌がられる方も多いのでお気をつけください。それでは失礼いたします」
思わずデイジーを見ると、軽くほほ笑んで頭を下げられた。
「お嬢様のお勉強にお使いいただけるなんて、とても光栄でございます」
でもその反応を見て、ゼノヴィオスは事前に許可取りをしていないと確信した。デイジーの優しさに感謝しかない。




