表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
32/34

Outro

『get money…金儲け』

 

 

「『死傷者多数!至急応援を要請する!繰り返す…』」

 

警察官の怒号。

 

「派手にやりやがって…」

 

日本の警察と行動を共に出来ていたフォレストは、ホテルの屋上に立っていた。

 

総指揮を任されているコミネ警部は再捜索に走ったが、オオヤマ警部補はフォレストの横で目を細めていた。

 

「事件か事故か。ヘリコプターの中には二人の遺体と一人の重傷者…でしたな」

 

「事故ではないだろう。屋上にあった刺殺体、ヘリコプターの中の遺体にも銃創があった」

 

フォレストの推理は的確だ。

 

「そうですな。このままでは警察の面目丸つぶれだ。

よくもこう、次から次へと…」

 

「ゴンドウ…ついに逝ったか…

アイス・キャンディの事は俺に任せて安らかに眠ってくれ…」

 

フォレストはかつての友の為に祈り、指で十字を切った。

 

「む?」

 

「いや、なんでもない」

 

「そうですか」


そう言いながらオオヤマが何かをフォレストに手渡した。

 

「…これは?」

 

「現場に落ちていました。かなり変形していますが、遺品でしょう」

 

「…」

 

ポリス製のサングラスは金属のフレームがぐにゃりと曲がり、レンズは砕けてしまっていた。

いくつものサングラスを日替わりでかけていたが、間違いない。これはRGが愛用していたものの一つだ。

 

フォレストはそれを様々な角度から見ていたが、やがてオオヤマの手に戻した。

 

「よろしいので?」

 

「それはこちらのセリフだよ。大事な証拠品だ、鑑識に回しておくとイイ」

 

「承知しました」

 

 

ちょうど、制服警官が駆け寄ってくる。

 

「『警部補!』」

 

「『はいはい。聞こえてるよ』」

 

「『ヘリコプターから救出していた生存者が、意識を取り戻したとの連絡がありました!』」

 

「『なるほど…話せる状態かな?』」

 

「『はい!』」

 

「『では向かうとしよう。ここは頼んだぞ』」


 

 

 

「こんにちは、お嬢さん。お身体の具合はいかがですかな?」

 

「…」

 

「私はこういう者です」

 

警察手帳を開いて、生存者である若い女性に見せるオオヤマ。

 

ヘリコプターに搭乗していた中で、唯一生き残ったのはバーバラだった。

 

フォレストは彼女と顔見知りだが、オオヤマから病室の外で待つように言い渡されている為、この場にはいない。

 

「さて、どうしたものか。

色々と大事に巻き込まれてお気の毒ですが、せめてお名前をお聞かせ願えませんかな…」

 

オオヤマは病室の中をうろうろしている。

空の花瓶を触ってみたり、カーテンから外の景色を見たり、落ち着きが無い様子だ。

 

「ふぅむ…もしかして、英語圏の方ではありませんか?

『では、これでどうです?日本語なら分かりますか?』」

 

「…英語で結構です」

 

「それは良かった」

 

オオヤマは窓際からベッドを振り返り、にこりと笑った。


「つい数時間前のヘリコプター墜落事故について、お訊ねしたくて参りました。

お話しいただけますか」

 

「はい…」

 

バーバラは力なく頷く。

地面に落ちるなど、かなりの恐怖体験だ。思い出したいはずもない。

 

「ありがとう。

ではまず、あなた方は一体何者ですか?ヘリコプターに乗っていた一人はアメリカ政府の人間で、駐日しているパイロットだと分かりました。

そして、あのヘリが民間機ではないことも確認済みです。しかし我々警察の手元に、アメリカ側から要人や捜査員が来日する情報は特に入っていませんでした。

つまり、あなた方は一般人ではありませんね?」

 

「はい。私達はFBIの捜査官です。

極秘裏に特別な任務を受けて日本にやってきていました」

 

「なるほど。それでこちらに…」

 

オオヤマは手帳に視線を落とすが、ペンを走らせてはいない。

相変わらず人の話を聞いているのか怪しい。

 

「あの、他の二人は?」

 

「…亡くなっています。お気を落とさず」


「そんな…」

 

バーバラは顔を両手で覆った。

そこから嗚咽が漏れている。

 

正義感が人一倍強い彼女は、パイロットはおろか、ウィルウッドの死さえも惜しんで悔いた。

 

「少し…席を外しましょう。五分ほど経ったら戻りますので」

 

バーバラの肩に一度右手を置き、オオヤマはそのまま退室した。

 

 

ガチャ。

 

「…お、どうだった?」

 

「まだ詳しい事は何も。だが、今回の連続殺人事件との関わりがあることは確かなはず。

彼女は特別な任務で来日していたFBI捜査官だそうです。アメリカからここまで、犯人を追ってきていたのだと思いますが…しかしまだはっきりと断定はできませんな」

 

「FBI捜査官…?女…?」

 

ガチャ!

 

「ん?勝手に開けては…」

 

フォレストが病室に入る。


オオヤマの声が後ろから追うが、フォレストはずかずかとバーバラに歩み寄り、彼女の正面で仁王立ちをした。

 

「…?」

 

彼女が両手を顔から膝へ落とし、視線を上げた。

 

「やっぱりお前か」

 

「あなたは…確かニューヨーク市警の刑事さん」

 

バーバラもフォレストの事は覚えていたようだ。

 

「あのヘリの中にいたのか?ウィルウッドはどうした?」

 

不躾に質問を飛ばす。

バーバラへのオオヤマの配慮などまるで無視だ。

 

「ウィルウッド捜査官は死亡したと、たった今聞きました。

情報を持っていないなんて、こちらの警察と共同捜査ではないのですか」

 

「アイス・キャンディは?」

 

矢継ぎ早に次の質問。

 

「ちょっと!アンタ!」

 

「大丈夫です」

 

オオヤマがフォレストを止めようとしたが、それをバーバラは許可した。


「ヘリコプターの墜落事故の直前まで、リョウジ・ゴンドウ氏、そしてアイス・キャンディと思わしき人物は我々から確認できていました。

ちょうど、ヘリコプターが墜ちたあのビルの屋上です」

 

「やはりそうでしたか。アイス・キャンディというのが連続殺人鬼ですな。

まさか、単独犯なのだろうか」

 

バーバラの言葉に返したのはフォレストではなくオオヤマだ。

 

フォレストを止めていたのに、調子のよい男だ。

 

「単独犯に決まってるだろう。少なくとも日本に来てからはな?

それで、一体何の任務だったんだ?アイス・キャンディを捕らえようとしていたのか?しかしお前達はRGに肩入れしていたな」

 

「その通りです、刑事さん。

我々はマフィアの私怨に肩入れした。捜査官として、あるまじき行為です」


ちょうど、窓を少し開けようとしたオオヤマの手が止まる。

 

にわかには信じがたい発言だ。

 

「あっさりと認めたな」

 

「事故の原因でもあるんです」

 

「どういう意味だ?」

 

「ヘリコプターが墜ちる少し前、私とウィルウッド捜査官はその件で口論になりました。

仕事を共にするパートナーであり、尊敬していた先輩でもあるウィルウッドがマフィアに手を貸す事に、私は疑念を抱いていたのです。

彼はアイス・キャンディがリョウジ・ゴンドウによって殺される現場に立ち会い、それを隠蔽する事で報酬を得ようとしていたのだと思います」

 

「その発言に信憑性が感じられませんな」

 

オオヤマは首を振る。

 

「そうかもしれませんね。誰の目から見ても、ウィルウッドは優れたFBI捜査官でした。

そんな事実があるものか、と誰もが否定することでしょう」


「いや、その捜査官がどうと言うよりも、あなたはFBI程の組織自体がその特務を指示していたという事実があると言っているのでしょう?」

 

「いいえ、そうではありません。彼は本部に対してあくまでも『アイス・キャンディを追跡して逮捕する』願いを出していたのだと思います。当初は私もそのつもりで同行していましたので」

 

「しかし実際は違った…と」

 

これはフォレスト刑事。変わらずバーバラの目の前で腕組みと仁王立ちだ。

 

「あのアイス・キャンディという男は、重犯罪者であると同時に、マフィアやギャングからも恨みを買っていたようです。

ジャパニーズマフィアのリョウジ・ゴンドウもその内の一人。残念な事に、彼の力はFBI捜査官を買収できる程のものだったわけです」


「ウィルウッドの件、報告の際には俺で力になれるのであれば手を貸そう。

奴が汚職にまみれていたという事実は俺も知っているからな」

 

「ありがとうございます」

 

フォレストの言葉に、バーバラは久しい笑顔を見せた。

 

「アイス・キャンディは?ヘリコプターが墜ちた地点で何を」

 

「それは私にも。ただ、ゴンドウ氏と激しく争っている様子でした。刃物を持っていたのを確認しましたので、殺し合っていたのだと思います。

なぜ二人があの場で対峙する事が出来たのかは分かりませんが、ゴンドウ氏は二人の仲間を従えていました」

 

「何だと?ヘリの中以外で屋上から見つかったのは一人の遺体だけだ。それはゴンドウ本人であると確認している。

他の二人は、すでにキャンディを追いかけているという事か!」

 

「私が分かるのはそこまでです」


ヘリが墜ちる前にアイス・キャンディとRGの決着がついていた事を、バーバラは知らない。

タケシがキャンディと共にあの場を脱出した事ももちろんそうだ。

 

そして気になるのは、こつ然と姿を消したカワノの存在だが、ここにいる三人は状況をよく知らない。

 

タケシとカワノがRGの協力者として、アイス・キャンディを追いかけている。

そういう結論に至る事しかできないのは仕方のないことだろう。

 

「フォレスト刑事。妙な真似はしないでいただきたい。

犯人の追跡はコミネ警部が一任しておられるので」

 

「…」

 

「こうして聞き取りに同行出来ているだけでも奇跡的なんですからな」

 

今すぐにでもキャンディを追いかけて飛び出していきそうなフォレストに、オオヤマは釘をさした。

 

「それじゃ、FBIの姉ちゃん…どのくらいの時間、空から奴らの監視を?」


「どれくらい?と言いますと?

一時間から二時間程度だと思います」

 

バーバラが首を傾げる。

 

「違う違う。奴らを見つけて監視し始めたのは、あるいはゴンドウに呼び出されて合流したのはあのホテルだったのか?」

 

「いいえ、違います。彼らが車で移動している間も、ずっと空から追跡していました」

 

「…奴らはまっすぐホテルへ?」

 

フォレストは仁王立ちをやめて、バーバラのベッドの隅に腰掛けた。

 

「いえ…そういえば、始めは車が二台。乗用車とトラックで移動していましたが、途中で倉庫のような場所に入り、トラックは消えました」

 

「トラック?倉庫?

ホテルの近くで奴らの使っていたセダンは発見されているが」

 

「イイ手がかりになりそうですな、フォレスト刑事。

お嬢さん、その倉庫の場所を教えていただけますか?」


 

 

「どうだ?」

 

「どうもこうも…どんな状況なんだ、俺達?」

 

依然、記憶がはっきりしないタケシを引き連れたキャンディ。

追っ手の目を気にしながら移動するが、行き先が分からない。

 

「だから、何度も言うが、俺は大事な金をお前に預けていたんだ。どこにあるのか早く思い出してくれ」

 

預けている、というと語弊があるが、キャンディには都合の良い言い回しだ。

 

「そうは言っても…ヘリが墜ちてくるわ、さっきから警察を避けてるわで、まともな金だとは思えないぜ」

 

タケシは警戒している。

 

「金の出どころはどうだってイイ。

俺も仕事なんだよ。早く金を取り返して終わりにしよう」

 

「はぁ」

 

「そうだ、もう一人。仲間がいたな?

奴と連絡は取れないか?」

 

「仲間…?誰だろう。

フミヤあたりか?俺の親友だ」

 

古い記憶は鮮明なようだ。

まだ金を奪還する道は残されている。


「さぁ?連絡はつくのか?」

 

「あぁ、番号なら頭の中に」

 

「そうか…早く頼む」

 

キャンディが指を差す。

 

公衆電話BOXが二つ、路地に設置してあった。

その横にはずらりと自転車が駐輪してある。なんとも面白い光景だ。

 

「わかったよ…アンタに騙されてなきゃイイがな」

 

タケシが迷わず公衆電話のうちの一つに近づいた。

もう一つは派手なモヒカン頭の若者が使用中だからだ。

 

その様子をキャンディが物陰から見守る。

 

 

「『十円…十円。

あ?なんだ?』」

 

ドンドン!

 

ドンドン!

 

なにやら隣の電話BOXの中にいる青年が、その透明な箱の壁を叩いて手を振っている。

タケシに対して猛烈にアピールしてくれているが、当の本人はわけがわからない。


 

キャンディも当然、それに気づく。

 

「なんだ、アイツは…

無視して早く電話しろ、小僧…!」

 

 

ドンドン!

 

「『…!…!』」

 

「『なんか言ってるな』」

 

ガチャ。

 

あろうことか、タケシは電話BOXを出て、隣の青年のBOXの扉を開けてしまった。

 

「『なんだよ、お前?

何か俺に用か?』」

 

「『あ、うぃっす!タケシさん!お疲れ様っす!』」

 

軽い感じで馴れ馴れしくタケシに話しかける青年。

タケシの記憶にはないが、やはり彼の事を知っているらしい。

 

「『俺の事を知ってるのか?』」

 

「『はい?そりゃそうですよ!俺だって灰狼のメンバーじゃないですか!何を言ってるんですか?』」

 

このモヒカン頭の青年。偶然にも灰狼の構成員の一人だった。


「『はいろう…?』」

 

タケシがフミヤと共に『アクタガワ』の名前を使って灰狼を立ち上げたのは数年前。

タケシの記憶には残念ながら残されていなかった。

 

「『はい…?』」

 

ハイテンションだった青年もピタリと停止する。

タケシの様子がおかしいのは明らかだ。

 

「『あの、タケシさん。何言ってるんすか?灰狼が分からないって、何かの罰ゲームでそんな芝居をやらされてるとか?』」

 

「『いや、違う。頭でも強く打ったのか、どうも記憶がおかしくてな。

何が何だか自分でも分からないんだ』」

 

「『え!?マジっすか!?早く病院にいきましょう!確かすぐ先にデカイ病院がありますから!俺、案内します!

まったく、そんな状態なのにこんなところでなにやってるんですか!』」

 

青年がタケシの手を引く。


だがそれは、また別の力によって防がれた。

 

「どこに行くつもりだ?」

 

タケシの肩を掴んだのはキャンディだ。

やむを得ず物陰からこちらへと出てきている。

 

「あ、あぁ…そうだったな」

 

「『ゲッ!おっかない顔の黒人だな!』」

 

モヒカン頭の青年は、キャンディの素顔に驚くばかりで、まさか自分たちがさっきまで追っていた人物だとは思っていないようだ。

 

「『そうだ、お前。俺の親友の事は分かるか?

フミヤって奴なんだが』」

 

「『もちろんっすよ!そうだ!フミヤさんのところにいきましょう!

タケシさんの記憶が大変だと知れば力になってくれます!』」

 

結果として、フミヤが居る場所にいけば金は手に入る。

 

「外人さん。コイツがフミヤのいる場所に行こうってさ。アイツならアンタの金の事も知ってるかもしれない」

 

「あぁ、問題ない。急ぐぞ」


 

ピンポーン。

 

 

「『あっれぇー、おかしいなあ』」

 

モヒカン頭に連れられたキャンディ達は、フミヤの自宅だというマンションにいた。

呼び鈴を何度か押してみたものの、反応はない。

 

それもそのはず。フミヤは今、金を積んだトラックの中にいる。

RGの書いた小切手とタケシの帰りを心待ちにして。

 

「『外出中か?しかし、フミヤが本当にこんな高そうなマンションを買ったのか?

アイツは拾ったものでも食うくらい貧乏なのに』」

 

「『え!逆にこっちがびっくりっすよ!

あのフミヤさんが貧乏!?灰狼いちの大盤振る舞いの人が!』」

 

「おい、いないのか?人目につくから、さっさと次のあてに移動するぞ」

 

キャンディは周りを警戒している。


「『家にいないのなら、どこにいる?

俺がさっき公衆電話からかけようとしていたのはフミヤの実家なんだが』」

 

「『実家には戻ってないと思いますよ。

タケシさんとひと仕事やるって聞いてますし。でも肝心のタケシさんが忘れちゃってる状況じゃあなあ…』」

 

キャンディを無視して二人のやり取りは続く。

 

「『困ったな…』」

 

「『灰狼をかき集めて探してみましょう!連絡を回させますんで!』」

 

「『さっきから言ってる灰狼ってのは何なんだ?俺は関係しているのか?』」

 

「『灰狼はタケシさんとフミヤさん、そしてアクタガワさんが作ったギャングチームっすよ!

ここいらじゃ敵なしのデカいグループです!』」

 

「『なっ…俺が…ギャングのリーダーの一人だと!?』」


ガシッ!

 

「『わっ!?』」

 

「『うおっ』」

 

急に後ろから首根っこを掴まれた二人。

しびれをきらしたキャンディが、彼らを無理やり引っ張ったのだ。

 

「いつまでがちゃがちゃやってるんだ、お前達は?

俺は時間がないんだよ」

 

「お、おい。わかったからやめろって!」

 

マンションのエレベーター内に二人を放り込み、ようやくキャンディが手を放す。

 

「『タケシさん…この男、誰なんですか』」

 

「『俺にも分からないんだって…ただひとつ言えるのは、さっき事故で死ぬところだった俺を助けてくれた』」

 

「『事故!?なんすかそれ!

死ぬような大事故だったんですか!』」

 

モヒカン頭が興奮している。

 

「『あぁ。ヘリが俺達目掛けて墜ちてきた』」

 

「『はいぃ!?』」

 

「『彼も全身傷だらけだろう?特に、腕と脚…それに顔。

だが、何が起きたのか思い出せねぇ』」


エレベーターが開き、彼らは一階に降り立った。

 

「…」

 

とはいえ、すぐには動き出せない。

マンションの裏手、日の差し込まないゴミ置き場に落ち着いた。

 

「フミヤという男、携帯電話か車載器は持っていないか」

 

「携帯電話?あんなもん金持ちの道楽だろ?

公衆電話がそこら中にあるっていうのに」

 

今では考えられないことだが、携帯電話は確かに富裕層の特権だと言える時代もあった。

 

「記憶喪失の頭じゃ分からないか。そっちの小僧に訊いてみてくれ」

 

「ん…?あぁ。

『おい、フミヤは携帯電話か何かを持ってないか?』」

 

「『え?あー。ピッチだかポケベルだか分かりませんが、フミヤさんが携帯電話みたいな端末を扱ってるの見たことありますよ』」

 

「『なに、持ってるのか!』」


 

 

「『よう。どういう風の吹き回しだよ、相棒?』」

 

「『フミヤ…』」

 

金を積んだトラックを隠していた廃倉庫。

事情を知った灰狼のメンバーを総動員し、どうにか連絡を取り合ったわけだ。

 

しかし、フミヤは台無しとなってしまった計画に憤慨していた。

小切手は無し。灰狼もほぼ全員がこの場に集まっている。

そして何よりも問題なのは『アイス・キャンディ』がこの場にいるということ。

 

「『その外人…タケシが頭打って記憶を飛ばしてるってんなら俺は頷ける。だが、お前達は誰一人としてソイツがアイス・キャンディだって分からなかったのかよ!てめぇらがソイツを追いかけてたのはそんなに昔の事だったか!?』」

 

フミヤは見抜いたが、灰狼の若い衆は、あらわになったスカーフェイスのアイス・キャンディに気づけなかった。


「『えっ…』」

 

「『なんだって』」

 

倉庫内がざわつく。

 

覚悟はしていたが、キャンディも正体がばれた事を察知した。

 

「仕方ない…金はあのトラックの中か?」

 

「なんだ?アンタ…俺達の敵…?うっ!」

 

タケシに話しかけたキャンディだったが、そのタケシが解答を持ち合わせていないと知るなり、突然襲いかかった。

腹にナイフを受けたタケシが崩れる。

 

腕のケガで全力を出せていないせいで刺し傷は浅い。タケシに対して致命傷を与えたとは言えないが、それで問題ないだろう。

 

「『うぁぁぁ!』」

 

「『コイツ!タケシさんを刺しやがった!』」

 

「『ぶち殺せ!』」

 

「『バカ!逃げろ!刺されるぞ!』」

 

灰狼のメンバーは、ナイフに怖じ気づく者や、怒り狂ってキャンディに向かってくる者など様々だ。

 

「どけぇっ!」

 

そんな中、キャンディはナイフを振り回しながらトラックへ向かう。

間違いなく金はあの中だろう。


バキッ!

 

「…っ!」

 

ドサ!!

 

背中に衝撃が走り、キャンディがうつ伏せに倒れ込む。

 

くるりと反転して仰向けでナイフを構えると、そこには指を鳴らすフミヤの姿があった。

 

「『おいこら、外人。逃げれると思うなよ』」

 

「…」

 

キャンディも、一旦はトラックに駆け込むのを諦めてそれに対面する。

 

「『今、びびって逃げようとした奴らぁ!!』」

 

フミヤの喝。

 

逃げ腰だった連中は、ぶるっと身を震わせた。

 

「『行きたきゃ行け!俺もタケシも、恨みやしねぇからよ!』」

 

叱られるかと思いきや、逃げる事に肯定的な意見。

現場はざわついた。

 

「『俺が一人でやる!この喧嘩。お前らには関係ねぇ!』」

 

 

「『フミヤさん…』」

 

「『そうだよ…おい、俺達は何をやってるんだ…!逃げてる場合じゃないっすよ!』」

 

これは、新入りのジュンイチロウとケンゾウだ。

彼らが銀行から出てくるキャンディを目撃した時から灰狼は動き始めた。


その場にいる灰狼のメンバー全員が、アイス・キャンディに向き直った。

 

「なんだ…急に鼓舞されやがって。

このガキ、腕っぷしだけで器じゃないと思ったが、間違いだったみたいだな」

 

「『バカやろう!手ぇ出すなって言ってるだろうが!

さっさと逃げろ!』」

 

だが、倉庫内には『うぉぉ!』という雄叫びが轟き、若い衆は一斉に突撃してきた。

 

「なにっ!さすがに数が多いか…!」

 

 

刹那。

 

ウー!ウー!

 

サイレン。回転する赤色灯。

 

「『貴様ら!全員手を上げて大人しくしろ!』」

 

拡声器から飛んだのは連続殺人事件を追う、コミネ警部の声だった。

 

「『…!マッポだと!?』」

 

まさに衝突しかけていたキャンディと灰狼が茫然となる。

 

「『よし、全員確保しろ!誰一人倉庫から出すなよ!』」

 

続いてオオヤマ警部補の肉声が響き渡った。


パトカーが続々と倉庫内に侵入してくる。

乱暴にそのドアが開き、制服警官が拳銃を構えて降りてきた。

 

「…」

 

混乱の中。

キャンディは再度、トラックへと急いだ。

 

灰狼の人間はフミヤでさえも警察の突入に翻弄されて、彼の動きに気づかない。

 

バタン。

 

「よし…いくぞ!」

 

運転席に入り込む事に成功したキャンディは、迷わずキーを回した。

 

キュキュ…ブォン!

 

「『な!あの外人か!』」

 

トラックが走り出し、バリケードのようにジグザグに停車されていたパトカーを跳ね飛ばした。

 

「『アイス・キャンディだ!』」

 

誰かが叫ぶ。

 

「『逃がすかぁ!!』」

 

猛烈なダッシュでフミヤがトラックを追う。

 

キャンディが倉庫を出る寸前。

彼は荷台の後ろ、僅かな足場に飛び乗った。


「…」

 

「『ん!?』」

 

そのすぐ横。

 

もう一つの人影があった。

 

「よう、生きてたか」

 

驚いたフミヤが思わず車体を掴む手を離しそうになる。

 

「『お前…確かホテルにいたおっさん!何してんだよ!邪魔すんな!』」

 

フォレスト刑事だ。

 

警察と行動していた彼も当然ここに居合わせていた。

 

だが、彼の事をよく知らないフミヤは困惑する。

 

「急いでトラックを止めよう。そのうち人をはねるぞ」

 

「『邪魔すんなって言ってるだろう!そんで、日本語で話せ!何言ってるのかわかんねーだろうが!』」

 

ウー!ウー!

 

振り返ると、パトカーが追跡を開始していた。

 

ゴォォ!

 

「おっと」

 

「『あぶね…!』」

 

トラックがさらに加速し、振り落とされそうになる二人。

ミラー越しに警察車両はキャンディの目にも届いているのだ。


フミヤはフォレストを落としてやりたいが、手を離してつかみかかるわけにはいかない。

 

「いつまでもここにいてはまずいぞ。握力が無くなれば落ちるだけだ」

 

「『あぁ?』」

 

「いくぞ」

 

フォレストは荷台の背面にある凹凸を利用し、手足をそれに器用に引っ掛けながらロッククライミングのような要領で登っていく。

 

アクション俳優顔負けの動きだ。

 

「『なんだお前!猿かよ!』」

 

「早くしろ!ほら!」

 

「『ん?』」

 

荷台の上へ到達したフォレスト。

スパイダーマンのように天井に這いつくばって、下にいるフミヤを見やる。

そして彼に向かって右手を差し出したのだ。

 

「『お前、俺を邪魔しようってんじゃなかったのかよ?』」

 

ここで初めてフミヤはフォレストへの敵意を解き、その手を掴んだ。


ぐっ、と力を込めてフォレストがフミヤを引き上げる。

 

周りを走る車は荷台の上の二人の姿に驚いている事だろう。

 

トラックは加速をやめない。パトカーも手荒な真似をするわけにはいかず、後ろをついてくるばかりだ。

 

「ふせろ!」

 

フォレストが叫び、フミヤを床におさえつける。

姿勢は低かったが、完全にうつぶせの状態にさせた。

 

「『…!』」

 

視界がいくらか暗くなり、すぐにそれがトンネルだということにフミヤは気づいた。

 

天井はかなり低く、うつぶせにならなけばフミヤの首は飛んでいただろう。

 

「『すまねぇ、助かった…って、こんな上に登ってどうするんだ?』」

 

それを無視して、フォレストはほふく前進を始める。間違いなく彼はこの暴走トラックを止めるつもりだ。


「『前方のトラック!止まれ!』」

 

「『緊急車両が通ります!道を空けてください!』」

 

後方から聞こえてくる警察官の拡声器の声は、虚しくもすべて無視されている。

 

ガン!

 

ガシャン!

 

片道二車線の狭いトンネル内。

キャンディは前方を走る一般車にぶつかりながら無理やり進んでいく。

 

その度に天井に張りついている二人を強い衝撃が襲った。

しかし、フォレストとフミヤは臆する事なく運転席の真上を目指した。

 

やがてトンネルを抜け、頭上には空が見えてきた。

 

キャキャキャ!

 

タイヤを鳴かせ、トラックが大きくターンする。

 

トンネルの出口に警官隊が待ち伏せしていたようだ。それを迂回して、別の道に乗る。

 

「『いきなり曲がりやがって、あぶねぇ…!』」

 

「なんだコイツ。目的地は決まってるのか…どうやって逃げるつもりだ」

 

二人が思い思いに口走る。


 

 

右往左往。という言葉がぴったりだ。

 

トラックの動きからはキャンディの意思が分からない。

 

手当たり次第に逃げ道を探しているのだろうが、すでに警官のバリケードをいくつも迂回させられている点から、網は確実に狭められている事が分かる。

 

 

「チッ…金に目が眩んだのが命取りになったか…」

 

ガン!

 

また一台、一般車を跳ね飛ばした。

 

フロントガラスやサイドガラスにはひびが入り、バンパーやボディもぼこぼこだ。

 

「だが、ゴンドウは死んだ。つまり俺にとって、『今』はマイナスじゃない」

 

バリン!

 

ナイフの柄で、運転席側のガラスを割る。

 

前方には装甲車や警察車両の壁。

 

警官に混じって、兵士の姿も見える。

 

キキィ…!プシュ!

 

「ゼロだ」

 

トラックが停車する。

 

キャンディは覚悟を決めた。


「鬼ごっこは終わりだ。アイス・キャンディ」

 

「ん!?誰だ!」

 

キャンディの真横。

 

人がいるはずの無い場所から声がした。

 

割れたガラスの外。逆さまに覗き込む顔。

 

フォレスト刑事だった。

 

ガシャン!

 

「『おらぁ!ぶち殺すぞ、外人!』」

 

次は助手席側。ガラスを打ち破って、フミヤが車内に入ってくる。

 

「ドライブは一人でと決めてるんだが」

 

「言ってろ!お前に逃げ場は…うわっ!」

 

ギャギャ!

 

ブォブォン…!!

 

急発進。

 

フミヤは助手席の上で転がり、落ちそうになったフォレストはギザギザのサイドガラスにやむを得ずしがみついた。

鮮血が手の平に滲む。

 

「やめろ!」

 

トラックは警官隊と兵隊がまつバリケードへ一直線に向かっていく。

 

誰もが大規模な衝突を予感し、その場から素早く退避した。


「『うぉぉ!?』」

 

「キャンディ!ぶつかればお前もただじゃ済まないぞ!」

 

今更フォレストの忠告をキャンディがきくはずもなく、トラックはパトカーに派手に衝突した。

 

ドォォン!!

 

フロントガラスに蜘蛛の巣のような大きなひびが入り、車内から前方の視界は失われた。

 

スピードが緩やかになり、周りから警官隊が車を包囲しようと群がってくるのがわかった。

 

助手席のフミヤはぎゃあぎゃあと騒いでいるが、なぜか運転の妨害はしてこない。

天井に張りついていたフォレストは、まだ上にいるのか落ちてしまったのかは分からない。

 

「…」

 

無言でさらに踏み込む。

 

すると、邪魔だった車を押し退けられたのか、トラックは加速を始めた。

 

 

そして、フッと身体が軽くなった気がして、キャンディはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トラックが…落下している。

 

 

 

 

 

一度。最後に水面を叩く激しい音がして、車内は水で満たされた。


 

 

「『海に落ちたぞー!』」

 

「『付近を捜索しろ!必ず浮き上がってくるはずだ!』」

 

「『レスキュー隊を呼べ!海上保安庁にも連絡だ!』」

 

飛び交う警官隊の怒号。

 

アイス・キャンディのトラックが沈んで、すでに五分。水面にはぶくぶくと泡が湧いているが、それ以外何もない。

 

「『バカな!奴は死ぬ気だったのか』」

 

その場にかけつけたコミネはがっくりと肩を落とした。

追跡捜査の甲斐虚しく、最悪の結末となってしまったわけだ。

 

「『フォレスト刑事と、もう一人の若者は…?一緒に天井に登っていたはずです』」

 

オオヤマがうなった。

 

「『落ちる直前までトラックにしがみついていたようだ。

しかし、誰も上がってこない』」

 

「『三人の死体が上がるのを待つしかありませんね…』」

 

 

 

数時間後。

 

ダイバー達が捜索を行う最中、大型クレーン二機を使って海中からトラックが引き上げられた。


その中にあった死体の数は、ゼロ。

 

誰もが驚いて目を疑ったが、右側のサイドガラスが割れていた事で、車内から出て溺死したに違いないという結果に落ち着いた。

無論、何日もの間ダイバーが潜っては捜索に当たる。

 

だが、アイス・キャンディ、フォレスト刑事、灰狼のフミヤはとうとう見つかる事なく、捜査は打ち切られた。

 

『大量殺人鬼は海に沈み、行方不明となった。おそらく生きてはいないだろう』

 

面白みも何もない。

だがこれが世間一般が知る、事件の結末となった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ