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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
27/34

語り継ぐこと

『面影…心に浮かぶ姿』

 

 

「『どけぇ!うぉぉ!!』」

 

「『なんだ、貴様ぁ!おい、その男を取り押さえろ!』」

 

「『は、はい!すぐに!ぐはっ!』」

 

警察の介入により、少しずつ落ち着き始めていた現場に再び喧騒が舞い戻ってきた。

 

白昼堂々。ホームセンターの店員に続いた犠牲者は、アメリカから舞い戻った極道者だった。

 

「『うぉぉ!!』」

 

「『駄目です!この男、どうしようもない馬鹿力で…!』」

 

「『おい、お巡り共。なぜ分からない?引きはがそうとするほうに非があるに決まってるだろうが。

こんなにも悲しんでおられるんだぞ。

今はそっとしておいてやるのが漢ってものだ、違うか?貴様らとて、職務を全うする事だけが生き甲斐のからくり機械でもあるまい』」

 

もう一つ現れた野太い声は、涙にかすれてはいるものの、ハッキリと警察官達の耳に届いた。

 

 

ナカムラの亡骸を抱きかかえたまま、RGはひとしきり泣き続け、その間カワノと警察官達は黙ってその場に立ち尽くしていた。


「『失礼』」

 

僅かながらの静寂を、現場の責任者らしき老年の男性制服警官の言葉が切り裂く。

 

「『ガイ者の身内の方かな?』」

 

これはRGとカワノ、どちらに向けられたというわけでもない。

逆を言えば、どちらかが応えてくれさえすればいいというぶしつけな質問だ。

 

「『あぁ、知り合いだ…』」

 

ナカムラを抱きかかえたRGが返す。

 

「『そうか…本当に気の毒な事だ。今、救急車を呼んではいるが、素人目に見ても…もう助かるまい』」

 

帽子を脱ぎ、白髪をあらわにした男が続ける。

 

「『そして、お悔やみのところ非常に申し訳ないのだが。

ガイ者の身元が特定出来ずに我々も困っていたところなのだ…ご協力いただけませんかな?』」

 

「『カワノ、お前が残って警察に協力してやれ』」

 

「『はい』」

 

理由も訊かず、カワノは即答した。実直な男だ。

 

「『犯人は、分からないのか?』」

 

「『全力を挙げて捜査中、としかお答えできませんな』」

 

「『だろうな』」


半ば諦めたような言葉。

警察への批判にも、事件や犯人への賞賛にも聞こえるが、この場合、RGが伝えたいのは前者だろう。

 

「『ふぅむ。もしや、犯人に心当たりが?』」

 

だが、この警察官は後者の意として彼の言葉を捉えたようだ。

 

「『いや…知らないな。とにかく、俺は行かなければならない。詳しい話はそこにいるカワノから聞いてくれ』」

 

RGはナカムラをそっと地面に寝かせると、すっくと立ち上がって言った。

 

「『出来ればあなたにもご協力いただきたいのだが…』」

 

「『すまねぇ。大事な用なんだ。勘弁してくれ』」

 

RGが歩き出す。

 

「『わかりました。えーと、ではカワノさん?この男性の身元を明かせるような物をお持ちでしたらお願いいたします。免許証、保険証…なんでも結構ですので』」

 

「『お気をつけて…!』」

 

完全に警察官を無視して、カワノは去っていくRGの背中に頭を下げていた。


 

 

崩れ落ちる影。

 

「…!!おい、マドンナ!」

 

「分かってる!」

 

「クサナギが!」

 

「分かってるって言ってるだろうが!くどいぜー!」

 

アンジーとフォレストは、建物の一階部分からクサナギを見ていた。

 

銃声と倒れるクサナギ。

それだけですべて理解出来る。

 

『アイス・キャンディがマンションからクサナギを撃った』と。

 

 

「クソ…鉄砲なんざ、どうやって空港に持ち込んだんだ?アタシだって手に入れたいのに」

 

「…後半のセリフは見逃してやろう。おそらく、こっちで見繕ったんだろうな。

ナカムラもゴンドウも銃は携帯して…くっ!そうか!奴はナカムラの銃を」

 

「ご苦労なこった。ジャパニーズマフィアは死んでまでも迷惑かけるのかよ…勘弁してほしいぜー」

 

アンジーの驚異的な身体能力を持ってしても、銃弾をかわすことはできない。

それはメキシコでキャンディとケーニッヒからの銃撃で実証済みだ。


「…おい、クサナギ!息はあるのか!返事しろ!」

 

クサナギに駆け寄ろうにもそれはできない。

 

「返事なんかさせたらトドメをさされるぜー?あー、めんどくせー!」

 

「くっ…確かに面倒だが…お前の俊敏な動きでどうにかならないのか?」

 

やはりフォレストはそこを訊いてくる。

 

「お前、とんでもない警察官だな。同行してる奴らの銃の携帯は見逃すわ、アタシみたいな可憐な一般人に丸腰で凶悪犯に向かわせようとするわ」

 

「破天荒なのは昔からだ。警察署内でもずいぶん好き放題やらせてもらったからな。だからそれは、ほめ言葉として貰っておくぜ。

で、実際のところどうなんだ?アイス・キャンディの人の弾き方にはなかなかのセンスが見て取れるが。やれるか?」

 

「ふざけんなー!アタシだって撃たれりゃ死ぬんだぜー!

お前が囮になって気をひいてればその隙にアタシがやる事もできるけどな!現場叩き上げのお巡りならそのくらい容易いだろ?」

 

アンジーが提案する。


「チッ…仕方ないな。必ず捕らえろよ!武装解除させたら一気に俺も突っ込む」

 

「マジでアタシを頼ってるじゃないかそれ!腰抜け!」

 

「だったら俺が一人でやって、もしもしくじったとしたら…後にお前だけでやろうってんだな?」

 

「うるせーなぁ。さっさと行くぜー?クサナギってにいちゃんが心配なんだろ?アイス・キャンディからおもちゃを取り上げてやる」

 

完全にアンジーのペースだ。

フォレストに非がなくとも、口論していてろくな事はない。

 

「クサナギ…そうだな。そんなに高い建物じゃねぇから俺は階段で上がる。お前はエレベーターで最上階へ向かい、そこからワンフロアずつ階段で下りて来い。奴が何階にいるのか分からないからな」

 

「わかった。多分、どこかの部屋に入ってるわけじゃないぜー。クサナギが撃たれたのは、各階の廊下から見える位置だ」

 

「奴は上から俺達が建物に入ったのを見てたはずだ。こっちが二人いるってのは気づいてる。気をつけな」


神妙な面もちのフォレストがエレベーターのドア越に見える。

 

カチカチと手早くアンジーがスイッチを押す。

ドアが閉まってフォレストの姿は見えなくなり、アンジーを乗せた箱が上に向かって動き始める。

 

「…」

 

内部に備え付けられている液晶パネルには、現在のフロアを表す数字の『1』。

それが『2、3』と加算されていき、やがて『13』を表した。

 

最上階だ。

 

屋上もあるにはあるが、エレベーターが直接そこまで動く事はない。

 

扉が開いても外から直視出来ないように、アンジーは箱の角へと身を寄せた。

 

ゴゥン。

 

「セーフか。さすがに13階までは上ってきてねーみたいだな」

 

言いながらアンジーは箱から飛び出し、左右を見渡した。

人影はない。

 

これで、アイス・キャンディを上と下から挟む事に成功した。


どのフロアにアイス・キャンディがいるのかは分からないが、おそらくどれだけ高くても3、4階辺りだろうとアンジーは踏んでいた。

理由はクサナギへの銃撃。

 

発砲は二発だった。狙撃を得意としない拳銃では、そのくらいの距離でないと命中させるのが難しいのではなかろうか、という彼女の意見。

同じくフォレストに意見を求めても、大きく相違はないだろう。

 

だが、一つ彼女は判断を悔やんでいる点があった。

 

それは、自分がエレベーターで上へと来てしまった事。

彼女達の追跡を恐れて、キャンディは上へ上へと本能的に向かっていくはず。

 

つまり、下から追い込む者よりも、上から追い込む者の方が先にキャンディと遭遇してしまう可能性が高い。

本来ならば、囮となる人間が上にいた方が良かったのかもしれないのだ。

 

ただし、これはあくまでも仮の話。

キャンディがどういった行動に移るのかは、アンジーにもフォレストにも、そしてキャンディ自身にも未だ分からない。


「…」

 

エレベーターからは、左右に廊下がまっすぐ伸び、各部屋へと入る扉が一列に並んでいるとうシンプルな作りだ。

とはいえ、アンジーは念入りに13階の廊下を隅から隅まで歩き、ようやく階段を使って12階へと向かう。

 

やはりそこにも似たような光景が広がっていた。

 

「ここも…まだいないな」

 

12階のフロアもくまなく歩いて捜索。

その際、エレベーターの扉横に据え付けられている電光表示をみて、箱が13階から動いていない事を確認する。

 

「よし…」

 

誰もエレベーターは使用していない。

 

住民がエレベーターを使用したり、フロアの廊下でキャンディやアンジー達と遭遇する事も十分考えられるが、今のところそれはないようだ。なぜか、不気味なほど静まり返っているので間違いないだろう。

 

 

続いて11階。

 

同じく異常なし。

 

そして10階。

 

フォレストはどこまで上ってきているだろうか。

 

「…!」

 

エレベーター前で足を止めるアンジー。

箱に動きがあった。


表示が『6』を示している。それよりも下がるかと思い、数秒静止するが動かない。

 

『誰かが6階からエレベーターを呼んだ』

 

それは容易な答えだった。

 

「…キャンディだぜ。間違いねー」

 

ペロリと舌なめずりした唇が渇いている。

 

「…」

 

食い入るようにそのまま、表示を見つめ続けるアンジー。

もし、フォレストもエレベーターの移動に気づいていれば、いずれかのフロアの同じ場所で固まっているに違いない。

 

「重要なのは、下るか上るか」

 

そう。

それを見届けるまで、アンジーは動けない。

 

永遠にも感じられる長い長い一瞬がようやく過ぎ、表示が動く。

 

「く!!」

 

それが現したのは『5』。

つまり、キャンディは一階へと向かっている。

 

下にいるフォレストは至近距離だが、エレベーターが下りてしまうまでに間に合うのか分からず、動きがあった事に気づいている確証もない。

 

考える間もなく、アンジーは大急ぎで階段を駆け下りていった。


 

 

『10』『9』『8』…

 

フロアを見回る事なく、直接階段を駆け下りているアンジーの横目に、次々とカウントダウンしていく階数がうつる。

階段の踊場の壁にプラスチック製のそれが表示されているからだ。

 

その数字が『7』を示した時。

 

「…!?」

 

スッと足元に渡された木製の棒。

フロアを掃除する為のホウキの柄か何かだろう。

全速力で動いていた足は、気づいた時にはすでにそれに巻き込まれてしまっていた。

 

「あ…」

 

バランスを崩し、前のめりに倒れていくアンジーの身体。

宙に投げ出された状態から階段に着地したのは胸部。

 

ゴツリと嫌な音を立て、すぐさまごろごろと階段をなすすべなく転落していった。

 

キュッ…キュッ…

 

パァン!

 

何者かがゴムの靴底でコンクリートを踏みしめる音と、銃声。

満身創痍のアンジーにもハッキリと感じた頭部への衝撃。

 

「…がっ!」

 

そしてすべてはブラックアウトした。


 

 

「チッ…!ふん、呆気ないもんだな。情報屋?もう少し手こずるものだと思っていたが」

 

感情のないセリフ。

 

いとも簡単にかつての仕事仲間を撃ち殺したアイス・キャンディは、まだ銃身が冷えていないピストルをお構いなしに腰へとうずめた。

 

「さて、残すはあの大男か」

 

追っ手の事を考える。もちろん彼が言っているのはフォレストの事だ。

 

気が狂ったとしか考えられない彼の行動は思いのほか上手く進行している。

 

「…」

 

動かなくなったアンジーをつま先で転がし、彼は一つ下のフロアへと歩いた。

 

そして、耳を済ます。

 

『タッタッタッ…』

 

集中するまでもなく、大きな足音が階段を駆け上がってくる音が聞こえる。

 

「…」

 

キャンディは階段を進むことはせず、そこから廊下に歩を進めてエレベーターのスイッチを押した。

 

すぐに一階で停止していた箱が上ってくる。

 

わずか数秒で目の前の自動ドアが左右に開き、彼は中へと身を滑り込ませた。


 

 

ほんの1分前。

 

「開く…!逃がさねーぞ!」

 

エレベーターが一階のエントランスへと下りてきた時、フォレストはすでにその目の前で待機していた。

 

 

エレベーターが下に向かって動いている事に気がついたのは、三階を探索していた時だった。アンジーのように箱がどちらに向かうかという時点からは遅れたが、フォレストはきちんと把握していたのだ。

キャンディが乗っているのであれば、逃げるために一階に向かう。そう予測して、段を飛ばして一階に降り立つ。

 

 

そして…

 

 

ガコン。

 

「…うっ!」

 

その扉の先には誰の姿もない。

つまり、キャンディは箱が一階へ向かうようにボタンだけを押して、エレベーターには乗っていなかった。

単純な罠に、フォレストはまんまと騙されてしまったわけだ。

 

「だが…まだ上にいるって事は間違いねー」

 

気を取り直して、フォレストは三階部分まで階段で引き返した。


もちろん、安易にエレベーターを使うような真似はしない。

アイス・キャンディがエレベーターを呼び寄せたフロアがフォレストには不明確であり、彼がそのフロアから動いていないとは考え難い。

第一、アイス・キャンディよりも下にいるフォレストが彼と入れ違いになってしまっては元も子もない。そうでなくとも、キャンディにこちらの動きを読まれてしまうのは痛い。

 

「四階から…でよさそうだな」

 

三階をチェックし終え、次の階へ。

 

アンジーと変わらず、フォレストも慎重に探っている。

相手が銃器を持っている以上、必要以上に警戒してしまうのは誰にとっても同じ事だろう。

ましてや彼らは攻撃してくる相手から『逃げる』のではなく『向かっていく』立場。

 

その緊張感やプレッシャーはキャンディ以上に彼らにのしかかっている事は言うまでもない。

 

「ここもダメか…まだ下りてこないとは。まさか、上に行ったのか…?」

 

額にじわりとわいてきた汗を手の甲でぬぐいながら、フォレストは五階に到着した。


例のごとく、警戒しながらフロアの隅から隅まで。

 

そう思ってフォレストが動き出すのと同時。

 

パァン!

 

先ほどクサナギが撃たれた時と全く同じ調子の乾いた音。

 

「…!上か!」

 

バッ、と天井を見上げるが何が見えるわけでもない。

 

「マドンナがあぶねぇ…やられるんじゃねぇぞ!」

 

だが、この階段を一気に駆け上る音くらいは気にしたほうがよかった。

これではキャンディの思うつぼだ。

 

もし、フォレストとアンジーの二人をただ呼び寄せる為の演出であったら…という事など頭から飛んでしまっている。あくまでも可能性であり、実際にはアンジーは撃たれてしまっているのではあるが。

 

「待ってろよ!」

 

それにしても、住民が銃声や足音に顔すらのぞかせないのにはやはり強い違和感があった。


 

 

「お、おい!」

 

ガバッ!

 

「しっかりしろ!マドンナ!」

 

それからまもなく、血だらけで倒れているアンジーを発見したフォレストは、彼女を引き起こして揺さぶった。

 

「あ…頭から血が…!クソッ…!」

 

銃弾が頭部のど真ん中を貫通しているわけではないが、彼女のこめかみにはくっきりと弾が走った痕。

 

「…おい!」

 

手首を握ると、微弱ながら鼓動は続いていた。

だが、どうあがいても死は免れないだろう。

アイス・キャンディもそれを見越してこの場を去っている。

 

『ゴウン』

 

「…!」

 

エレベーターが動いている。

 

ようやくそれに気づいたフォレストは廊下へと走った。

 

「くっ」

 

エレベーターはすでに一階に到着していた。

 

側面全てが吹き抜けになっている廊下から身を乗り出し、階下を確認する。

 

エントランスから道路へと出てきた男は、まだそこに倒れているクサナギを蹴り上げ、クルリと振り返った。


「待て!アイス・キャンディ!貴様こんなことして許されると思ってるのかぁぁ!」

 

フォレストの怒号。

おそらくアイス・キャンディの耳にも届いている。

 

「…」

 

キャンディはフードから見える口から、ニヤリと笑みをこぼした。

 

スッ。

 

右手を大きく空へ掲げる。

 

「…!あの野郎!!」

 

さらに激怒するフォレスト。

アイス・キャンディの右手は中指をまっすぐ彼に向けて立てられていた。

 

しかし、フォレストはまだ攻撃をうけてアンジーやクサナギのように無力化されたわけではない。

 

 

ウー!ウー!

 

その理由が分からずに訝しみながらエレベーターのボタンをカチカチと押した瞬間。パトカーのサイレンが聞こえ始めた。

 

キャンディの姿はまたしても見えなくなってしまっている。

 

「なぜ…俺を殺さなず…ん!?」

 

ゴウン。

 

到着したエレベーターの中に、ご丁寧に置き去りにされた拳銃が見えた。

 

ウー!ウー!

 

近づくサイレン。

 

「そういうことか…アイス・キャンディ!!てめぇぇ!!」


 

 

鳥のさえずりが時々聞こえる、のどかな公園。

 

「…ふ…ふふ…はははははは!!!!」

 

そののどかさは、男のけたたましい笑い声に切り裂かれる。

 

小鳥たちはいっせいに羽根を千切れんばかりに動かして飛び立ち、さえずりの代わりに羽音が辺りを支配し、やがてそれも聞こえなくなった。

 

男の声が聞こえたのは公園の一角に建てられている公衆トイレ。

ある程度以上の広さを持つ公園には必ずトイレがあるというのは、どこの国でも同じなようだ。

 

 

バシャバシャ。

 

男性用トイレの手洗い場。

水道の蛇口を全開までひねり、大量の水が流されている。

 

笑い声の主は、その 水で両手や肘、顔など、何かを洗い落とそうとしているようだ。

 

それは…古くなり、こびりついて黒く変色し始めている血液。

 

服にもいくつかの血痕。だが、その中に彼本人のものは無い。

 

フードからこぼれている傷ついた顔。

返り血を洗い流すアイス・キャンディはひどく上機嫌だ。


「次々に邪魔者は排除できた。なぜ早く気づかなかったのか、自分でもおかしくなってくる…」

 

キャンディは根本から力の使い方を変えるという答えにたどり着いた。

 

RG達を消し去り、ニューヨークに返り咲くには『金と力』を蓄える必要があるというのが以前の考えだ。

しかし、彼は気が触れたとも思える行動で窮地を脱した。

 

それは…

自らが剣を持ち、直接敵を叩き潰すという事。

 

単純明快。

 

中高生の悪ガキが思いつきそうな考えだが、キャンディ自身はまんざらでもない。

 

よくよく考えれば、彼はRGが所有していた工場の爆破もたった一人でやってのけた。

力ばかりではなく、頭も使ってはいるが、それにしても己の人を殺す能力が秀でている事は今回の件も含めて証明された。

 

「…」

 

顔や手を拭い、フードをかぶり直す。

 

FBIの連中も気がかりではあるが、最重要ターゲットはRG。

 

拳銃は失った為、抜き身のナイフを強く握り、彼は公衆トイレをあとにした。


 

 

「『おっと、思わぬ人物をはっけーん』」

 

「『ん?あれは…』」

 

キャンディらしき人物が公衆トイレから出てくるのを見つけたフミヤが得意げにタケシの肩を叩く。

 

「『おっさんはいないみたいだな?俺達の方が先に見つけちまうなんて、とんだ笑い話だぜ!』」

 

「『そうだな…奴が生きてうろついてるって事は、まだ誰からも手つかずのはずだ』」

 

「『どうする?ぶん殴って金をいただくか?』」

 

「『いや…どう見ても今、金を持ち歩いてはいない。

わすれたか?奴は現ナマで大金を所持してるんだぜ?それを動かす時か、あるいは隠し場所に到着した時がチャンスだ』」

 

キャンディらしき人物から、やや距離をおきながら二人は会話をしている。

 

当然ではあるが、自然と彼についていく流れになっているようだ。

 

「『何だよ、尾行なんて一番苦手だぜ』」

 

「『言ってる割には楽しそうだな?金を追ってるようなものだ』」

 

「『ちげーねぇ』」


 

 

「くそっ!バカやろう!俺は何もしてねぇ!」

 

「『おい!暴れるな!この凶悪な外国人め!』」

 

パトカーに押し込められて、両脇を警官におさえつけられてもなお、フォレストは落ち着いていられない。

キャンディに仕組まれた現場の状況からして、容疑者として捕らえられてしまったわけだが、悠長に拘留されたり取り調べになど応じていられるたまではないのだ。

 

彼の身の上や現場を詳しく調べれば、確実に疑いは晴れる。

しかしその頃には手遅れである可能性が高い。

 

「俺は警官だぞ!すぐそこに連続殺人犯がいるってのに!

あー、じれったい!わかるか?英語くらい理解してくれ!」

 

「『いい加減にしろ!外国人!』」

 

「『観念しろよ。私達の国で好き勝手させないぞ!』」

 

必死の抵抗も無視され、しっかりと騙されている警官達とフォレストのデートは続く。


 

車が停車し、運転席と助手席に座っていた警官が先に降りた。

 

だが、後部座席の真ん中に座らされたフォレストの両脇は未だに別の警官でふさがれたままだ。

さらには両手首に手錠。逃げられるはずもない。

 

「クソッ!何を言ってもむだか!だったらさっさと英語の話せる奴を取り調べ室まで連れてこい!」

 

「『なんなんだ、コイツは。往生際の悪い男だ』」

 

「『さすが、めちゃくちゃやってくれただけの事はありますね…いつまた暴れ出すか分かりませんよ』」

 

「…チッ。無視しやがって」

 

フォレストの様子に、警官達も緊張を隠せない。

 

ガチャ。

 

左側の後部座席の扉が開けられた。

 

外には幾人もの警官達が警棒を片手に待ち構えているのが見える。

かなり警戒されているのは、キャンディが積み上げてきた重罪のせいに他ならない。

 

「『よいしょ…さてと、お前も出ろ』」

 

フォレストの左にいた警官が先に降り、彼にそう言った。


言語は理解出来ないが、言いたい事はフォレストにも分かる。

 

しかし。

 

「あ?なんだ?降りちゃいけないのか?」

 

フォレストは困惑した。

その理由は、警官が手招きをしている事にある。

 

というのもこれは日本独自の文化なのだが、手招きをする際に、手のひらを下に向けるのだ。

これでは諸外国の人間にとって『しっしっ』と追い払われている仕草にしか見えない。

 

彼らにも正しく手招きの意思を伝えたければ、手のひらは上向きで、そこから指を曲げて行うとよい。

 

 

「『何をしてるんだ、コイツは?引っ張り出してくれ』」

 

フォレストが車を降りない理由がよくわからないまま、先ほどの警官が周りの仲間に要請する。

 

車内にいくつかの手が伸ばされた時点で、フォレストはようやく警官達が彼に『車を降りてほしい』という事を確信できた。


「わかったわかった。さっさと降りるから、手をどけろよ」

 

伸ばされた警官の腕をパン、と手の甲で払い、フォレストが言った。

 

だが、これがいけない。

 

「『何だ貴様ぁ!この期に及んで未だ逆らおうというのか!』」

 

「な、なんだコイツ…」

 

従おうとしていきなり怒鳴りつけられる。

またフォレストは意味が分からず困惑してしまう。

 

「『早く…しないか!』」

 

怒鳴った警官が身体ごと車に入り、フォレストを引きずり出そうとしてきた。

 

ドン!

 

反射的にそれを突き飛ばすフォレスト。

 

「おい!降りるって言ってるんだからどけよ!降りられないだろうが!」

 

「『コイツ!』」

 

クサナギと話している時とは違い、まったく会話がかみ合わない。

もはや怒髪天に達した警官など、警棒を振りかざして仲間から抑えられてしまっている。


 

 

「で?どういうつもりだったのかねぇ?」

 

「それはこっちの台詞だ!いきなり怒鳴られたり乱暴されちゃ、こっちだってどうしようもないだろうが!」

 

座ったまま、ドンとスチール製のテーブルを叩いて怒りをあらわにするフォレスト。

 

正面に座る婦人警官は冷ややかな目でそれを見る。

 

「乱暴ねぇ。そういった情報は入ってきてないけど」

 

「とにかく、俺はあの連続殺人鬼に用があるんだよ!さっさと釈放しろ!」

 

「そうは言われてもね。我々はあなたを容疑者として捕まえたわけ。

あなたの容疑は晴れてなどいないわ。拳銃もあなたが所持していたそうじゃない」

 

ガタッ。

 

フォレストが立ち上がる。

 

「俺は警官だ!さっきから何度もそう言ってるだろう!」

 

「だから何?そんな証明も持っていないし、警官だったとしても関係ないことよ。あなたはあの現場に居合わせた容疑者。

警官だろうと殺しは罪です」

 

「このクソババア…」

 

まるで話を取り合ってもらえない。


「どこのゴロツキとも違わない言葉遣いだねぇ。もっとマシな嘘をついたらどう?それとも外国の警官ってのはそんなもんなのかね」

 

「…どうやったら釈放してもらえるんだ。ニューヨーク市警にでも連絡すれば一発だろうが」

 

「じゃあ、せめてあなたの身元を証明するものを出しなさい。パスポートは?」

 

「あぁ、もちろんある。ほら、その名前で取り合ってみろ」

 

きちんと正規の手続きを経て入国していたRG一行は、フォレストも含めてきちんと本物のパスポートを所有している。

 

「フォレスト…さんね」

 

「あぁ、アンタは?」

 

「私はナガシマです。よろしく」

 

言うなり、婦人警官は席を立って部屋から出て行く。

 

フォレストはひとりにされたようだが、部屋の中にも外にも屈強な警官が見張りとして待機している。


「おい」

 

「『…?』」

 

部屋の中の、引き締まった表情をした二人の見張りに話しかけるフォレスト。

 

一瞥はしてくれたが、口を開けはしない。

 

「おいって言ってるだろうが。返事しろよ」

 

「『何だ?用があるならナガシマ巡査部長が帰ってきてからにしてくれないか』」

 

「『その通りだ。我々では貴様の言う事は理解できん。凶悪犯め…』」

 

「なんだよ、何言ってるんだ?ナガシマってババアしか話せないのか、この警察署は」

 

しかたなく席につき、テーブルに足をのせる。

 

手はある程度自由に動かせはするが、冷たい手錠がかかったままだ。

 

「そういや、アイス・キャンディも手錠をしてたな。まったく、俺とアイツを間違えるなんて…バカな奴らだぜ。お前ら、罪が晴れたら覚悟しとくんだな」

 

睨みつけながら言いたい放題だが、二人は反応しない。

 

ガチャ。

 

「おまたせ」

 

「よう、ナガシマさん。電話には誰が出た?ケリーちゃんか?それともレベッカ?」


ナガシマが戻ってくるや否や、早速フォレストが嬉々として尋ねる。

 

「さぁ?だれだったかしらね?ローランドさんだったかしら」

 

「それはレベッカだ!レベッカ・L・ローランド!

元気にしてたか、ベッキーは?」

 

ベッキーという愛称でレベッカの事を呼んでいるのだろう。

 

「まぁ、元気だから出勤してたんじゃないかしら?もう、あちらは遅い時間だったけどね」

 

しかし、重大な容疑者とはいえ、すぐに海外の警察署に連絡を取ってくれるとはなかなか太っ腹だ。

 

「で、何て言ってた?警官である俺の事は証明できただろう!」

 

フォレストがバンバンと両手でテーブルを激しく叩く。

興奮が冷めない様子だ。

 

「えぇ、確かに。ニューヨーク市警にはあなたの名前がありました、フォレスト刑事」

 

はぁ、とため息をつきながら返すナガシマ。

 

「そら見ろ!俺は確かにあそこにいたが、それは犯人を追い詰めていただけに過ぎないんだぞ?まだ疑おうってのか」


不満そうな表情のナガシマは何か言いたげだ。

 

「…」

 

「なんだよ?俺はやってないぞ!信じてくれ」

 

「いえ…まぁ、それは良いんだけどね。釈放できるかどうか、もう少し時間がかかりそうだから」

 

「なぜだ!」

 

「さっきも言ったけど、警官である事は証明されても、あなたが容疑者である事には変わりないの。

刑事なら分かるでしょう?個人的には申し訳ないと思うけど、警察としてはまだあなたが犯人でないと断定する事は出来ないわ。それに…」

 

ナガシマの表情がよりいっそう険しく、そして暗くなる。

 

「あなたが犯人でないのならば、凶悪犯は野に放たれたまま。それを思うと大手を振って喜べないのよ」

 

「だから、俺が捕まえてやる!捜査の協力にもなるし、一石二鳥だろう。早くしてくれ!」

 

結果は変わらず、互いに意見は食い違ったままだ。

 

「ごめんなさいね、フォレスト刑事。協力はありがたいけど、釈放したとしてもあなたはここでは警官として扱われない。

あなたは…ただの一般人です」


ガシャン!!

 

「ふざけんな、ババア!ここまで…ここまで追いかけてきて、アイツに…アイス・キャンディに一矢報いる事も出来ねぇのかよ!」

 

立ち上がり様、後ろにパイプ椅子を蹴り飛ばし、フォレストが激昂する。

 

「『おい!』」

 

「『押さえろ!』」

 

室内にいる見張り二人がフォレストの両手を掴んで床に押し倒した。

 

手錠をされている上に二人掛かりでは文字通り手も足も出ない。

 

「ぐっ…」

 

「アイス・キャンディ?あなたまさか、顔見知りなの!?連続殺人鬼と!」

 

「気づくのが遅いぞ…何回か言わなかったか?」

 

突っ伏したままで声を絞り出すフォレスト。

 

ナガシマが見張り達に向けて手を挙げると、フォレストは解放された。

 

「詳しく聞かせてちょうだい。あなたがアメリカからやってきた理由。そしてその、アイス・キャンディという人物の事を」

 

「わかったよ。話せばさっさと出してくれるんだろうな?」

 

椅子を立て直し、フォレストは腰を下ろした。


 

 

「少しは理解してもらえたか?」

 

「なるほど…よくわかったわ」

 

一通り説明を終えたフォレストが、テーブルの上にある紙カップのコーヒーを一口飲む。

 

「あちっ!何だこりゃ、熱湯も同然じゃないか!ふざけやがって!」

 

悪態をつくほど余裕が出てきているフォレストの両手からは、すでに手錠が消え去っていた。

 

コーヒーまで出されている事から、180度対応が変わったのだと分かる。

 

「…熱かったかしら?ごめんなさいね」

 

言いながらナガシマは涼しい顔でズズッ、とコーヒーをすすった。

 

「な、なんだ?空気を飲むのか?妙な奴だな」

 

「え?あぁ、これは空気と一緒にコーヒーをすすってるのよ。日本人なら誰でも出来るわ。

うどんやおそばを食べる時にもこうやってすするのよ?熱いものを口に入れる為の先人の知恵ね」

 

音を立ててコーヒーを飲むなど、大抵の人間が驚く光景だ。

 

「…」

 

フォレストが真似ようとするが上手くできない。


「ふふっ、かわいいわね」

 

「はぁ?コーヒーってのはな…湯をたぎらせて飲むものじゃないんだよ。もっと適度な温度で…」

 

フォレストは笑われて悔しかったのか、ぶつぶつと文句のようにうんちくをたれている。

 

「ふふ」

 

「あー、笑ってないでそろそろ出してくれないか?分かってくれたんだろう?」

 

「えぇ。アイス・キャンディという人物がアメリカで爆破事件やあなたの部下達の射殺事件に関わっているかもしれない事。メキシコを経てはるばる日本までやってきた事。

あなたはそれを追いかけて爆破事件の犠牲者達の身内である日本人達とここへ渡ってきた事。今回の連続殺人鬼の手にかかってその方々が凶刃に倒れた事…色々と見えてきたわ。ありがとう、フォレスト刑事。

恐らくあなたの解放は時間の問題です。でも…」

 

「まだ何かあるのか?」

 

苦しい顔でコーヒーを飲み干すフォレスト。

彼の喉元と胃は熱湯で燃え上がるような熱さだ。

 

「どのくらいで…と言えないのが現状ね。理解してちょうだい」


「あー。容疑者じゃないとしても?」

 

「そうね。そう命令されています。恐らくあなたからまだ何か聞きたいのだと思うわ。

担当の刑事がここへ来る予定です。それ次第ってところだけど、どれくらい取り調べをするのか私にも皆目見当がつかないのよ。容疑も晴れているようで晴れていない扱いだわ」

 

「…」

 

太い指がボリボリと頭をかいている。

 

何か方法を考えているのだろう。

 

「キャンディの逃げそうな場所へ同行する。これでどうだ?早くしないとアイツ自身の命も危ないんだが」

 

「え?どういう事かしら…?」

 

「話せば長くなる。そして理解に苦しむ。

とにかく、アイス・キャンディもまた、殺されようとしている最中なんだよ」

 

フォレストが言いたいのはRGや灰狼、そしてFBIの存在。

しかし、さすがにそこまで口を割ろうとしないあたりに彼の人柄が見える。

特にRGを売ろうとしなかったのは、警官としての職務よりも人情が勝ったという何よりの証拠だ。


「なんですって!一体誰が…」

 

「さぁな。そこまでは俺にもわからない。

だが、間違いない。俺達とは別の何者か、アイス・キャンディを追っている誰かがいる。それも、奴を殺そうとしてな」

 

「…」

 

ガチャ。

 

青ざめた表情でナガシマが再び部屋を後にした。

 

フォレストは心の中で大きなガッツポーズ。

 

日本の警察はアイス・キャンディを逮捕する事しか頭にない。

いかに凶悪犯相手であろうと、まだ容疑者であるに過ぎないキャンディを殺したりするとは考えがたい。

これはフォレストにとって有利だ。

 

RG達がキャンディを沈めてしまう前に捕まえ、アメリカでの警官殺しを訊く。

 

ガチャ。

 

「『いやぁ、おまたせおまたせ』」

 

入れ替わりで見知らぬ男が入ってきた。

 

「『お、お疲れ様です。お待ちしておりました』」

 

これは見張りだ。

入ってきたこの男がナガシマの言っていた刑事だろう。


「『さて…と、初めは犯人だと聞いていたが、重要参考人ということでいいのかね?』」

 

見張りにそう言いながら、男は先ほどまでナガシマが座っていた席に座る。

 

「『えぇ、そのようです。何でも、犯人はアメリカでもめちゃくちゃやってこちらへ逃げてきた男だそうで…彼はニューヨーク市警の警官である事は確認済みです』」

 

「『追いかけてきた…と?鵜呑みにするには早かろう。

あちらでの事件の詳細も事実なのか、この男に怪しい動きが無かったのかをニューヨーク市警に教えてもらうんだ』」

 

「『はい、了解しました』」

 

見張りが一人部屋を出る。

 

「…」

 

「ナガシマさんは…もうすぐ戻るだろうな。

まあ、そう警戒しないで下さい。

えー、私が今回の連続殺人事件の副責任者として捜査しているオオヤマです。どうぞよろしく」

 

薄いストライプが入ったグレーのスーツ。短い白髪頭。

担当刑事…オオヤマ警部補はにこりと、しかめっ面のフォレストに笑いかけた。


それでも険しい表情が解けないフォレストに、オオヤマは右手を差し出した。

 

無視するわけにもいかなくなったフォレストは、それを握る。

 

「よろしく…オオヤマさん。俺がフォレストだ」

 

「えぇ、えぇ。よろしくお願いします」

 

「しかし良かった。署内で直接俺と話が出来るのはナガシマだけかと思ったからな」

 

「はは、たしなむ程度ですよ。私の幼稚な英会話などね」

 

ガチャ。

 

ここでナガシマが戻る。

 

「『あ、すでにいらっしゃいましたかオオヤマ警部補。お疲れ様です』」

 

「『えぇ、おまたせ。私が聞き取りを引き継ぐよ。

何か私に伝えておく事は?』」

 

二人のやり取りをフォレストはイライラしながら見守っている。

 

「『その、犯人と思われる人物ですが、フォレスト刑事の情報によると…』」

 

「『ふむ?』」

 

「『殺人鬼である事には間違いないのですが、その人物もまた命を狙われているとか。急がなければ犯人もまた、殺されてしまうかもしれないそうです』」


座る席がないナガシマは、殺風景な室内をうろうろしながら話している。

 

「『それで?君は何が言いたいのかね?』」

 

「『フォレスト刑事が言う、ニューヨークで起きた事件を電話で訊いてみました。それからインターネットも使って』」

 

「『インターネット?あぁ、あのワープロとよく似た機械で…確かパソコンという名前だったかな。生活安全課が所有していたね?

刑事課にも早く導入してもらいたいものだ。すごく便利だという話は聞いているよ』」

 

それなりにパソコンは普及してきているが、オオヤマのような年長者は知識に疎い。

今も昔も、最先端機器の扱いは若者の特権のようなものだ。

 

「『えぇ、そうですね。それで、事件は確かに存在しました。その時の事件を追っていたのがこちらのフォレスト刑事である事も確認しています。

彼と共に日本へやってきた人達がいるのですが、その人達は爆破事件の被害者の身内。ニューヨークに在住する日本人です』」

 

「『あいわかった。事件は事実とな。それで、私の質問の回答は?』」


確かに彼女の話の中にオオヤマへの回答は混ざっていなかった。

オオヤマは今、ナガシマがどうしたいのかを聞きたがっている。

 

「『彼を…フォレスト刑事をつれて一刻も早くアイス・キャンディのもとへ行くべきです。先ほどの事件現場からまだそう離れていないはず。

捜査員を増強して包囲網を張り、アイス・キャンディを逮捕する事が彼の身の安全にもなります。これ以上の死傷者を出すわけにはいきません。それが凶悪犯本人の命であろうと』」

 

凛とした態度で応えるナガシマだが、よく見るとフォレストに対して『もう少し待ってね』と目配せをしている。

もちろんオオヤマにそれは気づかれてはいない。

 

「『ふぅむ。確かにニューヨークから事件を追ってきた彼の力添えは心強いだろう。

しかし管轄外に一歩出ればたとえ現役の警察官であろうと一般人だ。

それに、随分と信用したものだな?その…フォレスト刑事の話を。

現場検証も終わらない内から、彼の容疑が警察官であると理由で晴れるわけもなかろう』」

 

やはり慎重派で知られるオオヤマ警部補。おいそれと首を縦には振らない。


「おいおい、いつまでくっちゃべってるんだ?

やるなら英語で頼むわ。陰口たたかれてるみたいで気分が悪くてな」

 

しびれを切らしたフォレストが二人の会話に噛みつく。

 

「あ…これは失礼、フォレスト刑事」

 

にこやかな笑顔でオオヤマが返す。

 

「ま、俺を解放してすぐに捜査を強化すべきだってナガシマさんと、そうはいかないってアンタの意見が対立してる。そんなとこだろ?」

 

「ご名答ね」

 

苦笑いを浮かべているのはナガシマだ。

 

「フォレスト刑事。容疑者である事は無いとしたところで、あなたは…再び犯人との接触を望んでいる。

それを我々が黙認するわけにはいきません。国際捜査をする権限をあなたが持っていれば話は別ですがね。

こちらにも一人でも多くの市民を守る義務があるのです。お心遣いだけありがたくいただいておきますので」

 

「寝言は寝て言うんだな。

こんなところでごたごたしてて誰を守れるって?

現場はどうなってる!検証よりも先に犯人追跡と逮捕だろうが!俺は誤認だってまだわからないのか、バカ共が!」


「いくらそうやって騒いでも無駄ですよ。一般人のあなたを危険な目に合わせるわけにはいきません」

 

オオヤマは本当にフォレストの身を案じている様子だ。

 

「だったら事件が終わるまで指をくわえて見ていろと?

そんな権限あるわけないだろう。俺は無実だ!早く自由の身にしてくれ」

 

「ですから…まずはきちんと身の潔白が証明されるまで、あなたが容疑者である事には変わりないと何度も申し上げているでしょう。

今のところ、拳銃を保持していたあなたが一番疑わしいという事実をお忘れなく」

 

「あれは俺の銃じゃない!ナカムラの…!」

 

「…?はて、ナカムラさん…ですか?」

 

「チッ…」

 

口を滑らせた事を悔やむフォレスト。

だが、初めて出てきた固有名詞にオオヤマが興味を示さないはずもない。

 

自分の身を解放する為とはいえ、共に過ごしてきたRG達の情報を口外しなければ、身動きが取れない。

 

「ナカムラさん…とは?」

 

「いや、なんでもない」

 

しかし、それでもフォレストはそれを口にはしない。


「ふぅむ、確か…被害者の中にそんな名前の人が」

 

「…なに?身元が分かっているのか?」

 

警察がナカムラの情報を持っている事はフォレストにとって初耳だった。

もちろんこれは後からその場にかけつけたRGとカワノがいたからこその情報だ。RGはカワノを置いて消えてしまった為、話のほとんどはカワノが伝えた事になる。

 

「えぇ、このナカムラさんという方とホームセンターの店員さんだけですがね。身内だと名乗る方がいらっしゃいまして」

 

フォレストの脳裏にRGの顔が浮かぶ。

 

「…そうか。それで、どのくらい被害者が出てるんだ?」

 

「えーと、確か…おっと。それを教えるわけにはいきませんよ。まだ情報も錯乱していますし、私の口から伝えた事が出任せになってしまいます」

 

コンコン。

 

ドアがノックされた。

 

「『オオヤマ、いるか?』」

 

外からそんな声が聞こえる。

 

「『あ!はい、おります!』」

 

オオヤマの柔和な表情が少しばかり強張った。


「『なーにいつまで陰気くさい事やってるんだ?さっさと行くぞ!』」

 

ドア越しではあるがハッキリとその声は聞き取れる。

つまり、大声だ。

 

「なんだ?」

 

フォレストも首を傾げた。

 

取り調べをしている人間を怒鳴りつけるとは、非常識にも程がある。

 

「『わ、わかりました。すぐに戻ります!

…まったく頼もしい若者だよ。ナガシマさん、悪いですが後は頼みましたよ』」

 

「『えぇ』」

 

ナガシマも困ったような表情を浮かべた。

 

「フォレスト刑事。急ではありますが、私は行かなくてはなりません。

もしここを出ても、決して犯人を追おうなどとされませんように。我々、警察にお任せ下さい。いいですね?」

 

「は?おい、ちょっと待ってくれ!」

 

ガチャ。

 

「『行きましょう。コミネ警部』」

 

「『遅いぞ!まだ事件は…ん?』」

 

「ん…?」

 

開いたドアから、互いを見合うコミネとフォレスト。

 

破天荒な刑事同士が対面した。


「『コイツは…?確かさっきの現場で捕まえた容疑者だったか?』」

 

「『え?そうですが。今取り調べをしていたところですよ。

では、行きましょうか…あぁ!警部!ちょっと!』」

 

嫌な予感がしたオオヤマが閉めようとした扉をこじ開け、コミネ警部は部屋へと入り込んだ。

彼がフォレストに興味を持ったのは明らかだ。

 

「『え?え?コミネ警部?』」

 

たった今パイプ椅子に座ったばかりのナガシマが驚いている。

見張りの警官達も無言のままコミネを見つめる。

 

「『警部!現場に行くんでしょう!?』」

 

「『なぁに、ちょっと話すだけじゃないか。

オオヤマさんは車を回しといてくれ。すぐに行くからさ』」

 

「『はぁ…分かりましたよ。あまりに遅かったら置いていきますからね』」

 

呆れた表情でコミネのわがままを承諾したオオヤマが退室する。

コミネもまたフォレストと同じように『言い出したら聞き分けがない』たちなのだろう。


 

扉が閉まると、満足げにコミネは頷いた。

 

「『さて…ナガシマさん』」

 

ポンと優しく肩に手が置かれる。

 

「『え?はい、何でしょう?』」

 

「『通訳を頼むよ』」

 

「『あ、はい。了解しました』」

 

まさか自分も出ていけと言われるのではないかと一瞬たじろいだナガシマだったが、さすがにコミネもフォレストと会話が出来ないのでは困る。

 

大事な仕事を取られることなく、ナガシマは人知れず安堵した。

 

「『えーと、まず…ナガシマさん。アンタに質問だ』」

 

「『は?』」

 

突拍子もないコミネの言葉。

 

ナガシマだけではなく見張りの警官も目を丸くしたのは言うまでもない。

 

「『なぜ、コイツは容疑者であるにもかかわらず茶なんか飲んでるんだ?』」

 

「『はい?』」

 

「『いや、はい?じゃなくて…』」

 

フォレストの目の前にある紙カップを指差すコミネの眼は、冗談抜きにナガシマの顔をいぶかしみながら見つめていた。


「『あ、警部はご存じないのですね?』」

 

「『と言うと?』」

 

「『彼の逮捕は誤認だったようなのです。実はこのフォレストさん、ニューヨーク市警の刑事だったんですよ!もちろん問い合わせて確認は取れています。間違いなく彼はアメリカの警察官なんです!』」

 

「『ほぉー?そうだったのか。

…それで?』」

 

まだコミネを納得させるには至らない。

 

「『それで、彼ははるばるアメリカから凶悪犯を追いかけて日本まで渡って来たそうです。もちろん上からの指示ではなく、犠牲になった部下達の無念を晴らすために。彼の中に宿る警察官の使命ってものなのでしょうか?』」

 

「『ううむ…ナガシマさん。それにオオヤマも騙されたのか?

警察官が殺しを犯した。単純にそう捉えるものだろう?

この事件は俺が預かってるんだ。捕まえた容疑者を勝手に誤認だなんて、少し浅はかだと思うぞ。

せめて報告くらいはすぐに俺まで上げてくれ』」

 

「『は、はい…それは、申し訳ありませんでした…』」


どちらかといえば楽観的だと思っていたコミネ警部からの厳しい言葉。

 

それも的を得た正論に面食らったナガシマは謝るしかない。

 

「『まぁいい。これからしっかり取り調べを頼むよ』」

 

「『あ、あの…オオヤマ警部補は、まだ容疑者である事を取り下げるわけにはいかない、と言っていらっしゃいました。悪いのは私だけです…』」

 

「『そうか。彼が優秀でいてくれて嬉しいよ』」

 

ナガシマがとっさにオオヤマを庇った事に、大して意味はない。

ただ、反射的に自分が思う真実をコミネに伝えようとしただけだ。

 

「『フォレストさんはニューヨークの警察官であるというだけではなく、私たちに犯人と思われる人物の情報提供もしてくれたんです。捜査に協力もする、と。

それで私の気が緩んだのは確かですが…』」

 

「『そうか』」

 

短くそう返し、コミネはフォレストの目を見る。

 

「『時間が無いので手短にいこう。

私はコミネだ。フォレスト刑事、よろしく頼む』」


「コミネ警部です。先ほどのオオヤマ警部補の上司にあたる方で、今回の連続殺人事件の総責任者です。よろしく、とおっしゃってるわ」

 

すかさずナガシマが軽くコミネの肩書きの説明をつけ加えながらフォレストに通訳した。

発音は悪いが見事な英訳だ。

 

「そうか…つまり、コイツを納得させちまえば俺は自由になれるわけだな?」

 

ニヤリと怪しく笑うフォレスト。

 

「え?まぁ、そうかもしれないわね。あなたに出来るかしら?」

 

「やってみせるさ。キャンディとの対面の時、奴が死体である事をさけるためにな。

こちらからも『お手柔らかに頼む』と伝えてくれ」

 

「『ふふ。どうぞ、お手柔らかに。と彼は言っています』」

 

「『そうは見えないがな…』」

 

コミネは怪しく笑うフォレストを見ながら、何かを企む犯罪者の顔と大して変わらない印象を受けていた。


 

 

「『なんだ?俺から見ると…』」

 

「『あてもなくさまよっているようにしか見えないな』」

 

痺れをきらしたフミヤの声に、タケシの同意の言葉がかぶせられる。

 

 

アイス・キャンディは公園を出た後、右往左往しながら街を散策していた。

 

武器を手にしているにも関わらず、大人しくしているせいか不思議と騒がれはしない。

通りかかる人々はまるで彼がいる事にも気づいていないかのようにすれ違っていくばかりだ。

 

「『おい、待て。動きが変わった』」

 

ぴたりと一瞬だけ動きを止めたキャンディが、ナイフを腰にしまってまっすぐ歩き始めたのだ。

抜刀していたのは彼を追う警察やRG達を警戒しての『防御策』だったのかもしれない。

 

目的地を見つけたらしく、歩みもすこしばかり速くなった。

 

「『どこだ?どこに向かってる。迷ってたのか?』」

 

「『さぁなあ?さっさと金の在処に案内しやがれってんだ』」

 

彼の進行方向上に建物はいくらでもある。


「『!!』」

 

「『入った…な?』」

 

無言でキャンディの背中を指差すフミヤ。

タケシにもそれは確認できた。

 

キャンディが入った建物はくたびれた外観をしてはいるが、ビジネスホテルだ。

 

驚くべき事に、彼は この状況にも関わらず潜伏先を探していたらしい。

しかし前に泊まっていたような普通の場所ではなく、目立たない場所を選んでいる。

英語が伝わらない可能性が非常に高いが、今回はそのような贅沢は言っていられないのだろう。

 

「『ここに…金が?』」

 

そう。そして何よりこれは、タケシとフミヤ率いる灰狼にとって最大のチャンスが訪れた事になる。

 

金がまだ手元にない以上、キャンディがこの場所へ金を動かしてくる可能性が高いのだ。

なぜならば、アイス・キャンディは『自らの手で邪魔者をすべて排除し、帰国する』事に根拠のない絶対的な自信と確信を持っているからだ。


「『どうだ…上がっていったか?』」

 

「『あぁ』」

 

キャンディはしばらくフロントの男性と身振り手振りで話していたが、ようやく部屋を取ると、早々と階段へと消えていった。

疲れているせいで油断しているのかもしれない。納刀してからはまるで周りを警戒している様子がない。

 

「『タケシ、ウチの兵隊は?』」

 

「『要らねー』」

 

「『何でだよ』」

 

「『おそらくここに金は無いからだ』」

 

「『あぁ?なんでんなことが分かるんだよ』」

 

フミヤのような質問が出るのはごく自然な事だ。

 

「『ここはアイツがたった今、拠点として構えた場所だからな。うろうろとさまよってただろう?』」

 

「『単に慣れない場所で、自分のホテルに帰る道に迷っていたのかもしれないだろ』」

 

「『それはない。チェックインしたのは今だ。従業員と話す時間が長かったし、サインのようなものも書かされていたからな』」

 

タケシの洞察力には驚かされる。


「『いや、金はすでに仲間の場所に運ばれていて、それがこのホテルだって事も有り得るぜ』」

 

「『仲間がいると考えるか…可能性は限りなく低いぞ。今更仲間だなんてな。

第一、なぜ今チェックインしたような仕草を見せたのか説明できないだろ?』」

 

「『ぐっ…じゃあすでにホテルは2つ取ってあって、あらかじめ金は運ばれていた。違うか?』」

 

なおもフミヤが言い返す。

よほど金がここにあってほしいのだ。

 

「『なぜそんなことをする必要がある?わざわざ2つもホテルを用意する理由がないな。

それに間違いなく、俺達が襲撃したホテルに大金が運ばれているのはジュンイチロウ達の証言から確認済みだ。

俺達から逃げ、さっきまでゴンドウのおっさんやあの美人の姉ちゃん達に捕まっていた人間が、ホテルの部屋を取りなおして金を移動させる余裕なんてあっただろうか?

俺の予想じゃ、しばらくしてダンボール詰めの金がトラックで運ばれてくる。部屋にいるアイス・キャンディの手配でな』」


「『…てことはまさか』」

 

「『そのまさかさ』」

 

微笑むタケシだが、フミヤは明らかに不満そうに地面を蹴っている。

 

「『かぁー!また待ちぼうけとは!次逃げられたらもう、強奪でも何でも手伝って貰うからな!いいか!』」

 

「『そうだな。その時はそうさせてもらうぜ』」

 

 

だがその後、三十分、一時間と待てども、ホテルの前にトラックが現れる事はない。

 

「『…タバコ。買ってくるぜ』」

 

「『すぐ戻って来いよ』」

 

イライラしているフミヤの周りにタバコの吸い殻が累々と積み上がり、タバコをきらした彼がコンビニへと足をのばそうとした、その時だった。

 

プシュ。

 

箱型のディーゼルトラックが、ホテルの目の前に停車した。

 

「『フミヤ。我慢…できるな?』」

 

「『もちろんだぜ…』」


空になったマイルドセブンのソフトボックスをくしゃりと握りつぶし、フミヤはトラックを睨みつけた。

 

そしてふと、ある作戦を思いつく。

 

「『なぁ、タケシ』」

 

「『何だ?』」

 

「『あのトラック…確実に金が乗ってると思うか?』」

 

「『まだ分からないな。単に別の荷物を届けに来たって可能性もある』」

 

甘党のタケシは棒付きキャンディを口にくわえた。

 

「『いつ分かる?』」

 

「『大量の荷物が荷台から運び出され始めたら、ってところだな』」

 

「『それじゃ遅え。もっと早くに、だ』」

 

「『何が言いたいんだ、お前?』」

 

フミヤはわなわなと震えている。

興奮を覚えている様子だ。

 

「『何も、アイツのもとに金が運ばれるのを指くわえて待たなくてもイイんじゃねぇか?

荷物が下ろされる前にトラックごとぶん取ってしまえばよ』」

 

「『マジで言ってるのか?だが…お前にしては悪くない考えだな』」

 

フミヤは、金を車ごと奪う考えを提案してきた。


作業着を着たドライバーがトラックから伝票を手に降りてくる。

 

「『おい!もう時間が無いぜ!やるなら今だ!』」

 

フミヤがトラックに向けて駆け出す。

 

「『あ!おい!チィ…!』」

 

引き止めようとしたタケシも仕方なくそれに続いた。

確かにドライバーがトラックに戻るまでの一時が最大のチャンス。しかし、それはかなりの危険を伴う。

 

「『よし!』」

 

ガチャガチャと荷台の扉を鳴らし、フミヤはそれを開ける事に成功した。

 

暗いその中へと素早く身を忍ばせる。

そしてライターで明かりを灯し、箱に貼られた届け先の住所を確認していく。

 

「『フミヤ、まだか?急げ!』」

 

外で待機しているタケシが叫ぶ。

トラックドライバーはフロントで伝票を見せている最中だ。

 

それに反応したフロントの従業員が受話器を手にしているのが分かる。おそらく受取人の客に連絡をしているのだろう。

 

タケシ達は通行人からジロジロと見られてはいるが、幸いな事にドライバーはトラックに背を向けている。


「『今探してるだろうが!クソ!どの荷物だ!』」

 

当然、荷台の中にはいくつものダンボールや袋があり、このホテルに届ける予定の荷物がどれなのかは一目で分かるはずもない。

 

「『大金って話だろ!いくつも同じ箱で包んであるものはないか!』」

 

「『あるぞ!これか』」

 

ベリベリとガムテープを剥がす音。

 

「『違う!こりゃ洋服だ!』」

 

「『他には無いのか!届け先も見えるなら確認して開けろ!』」

 

「『うるせー!焦らすんじゃねぇ!』」

 

ベリベリとまた、テープが剥がれる。

 

「『食器…?またハズレだ!』」

 

「『急げ!ドライバーが伝票を受け取ってる!』」

 

フロントが客に荷物の確認を取り終わったらしく、トラックドライバーは一礼して車へ戻ろうとしていた。

今から荷物を下ろすのは確実。まだ荷台が開いている異変に気づいてはいないようだが、このままでは二人はドライバーに見つかってしまう。


バリッ!

 

焦りと苛立ちから、フミヤが箱を開ける音が激しくなる。

 

「『…?』」

 

トラックに目をやったドライバーが、ついに不信感を抱いた。

まだ二人の影はみえていなくとも、口を開けた荷台を見逃すはずもない。

 

「『もう限界だ!ずらかるぞ、フミヤ!』」

 

「『待て、タケシ!!車を出せ!!』」

 

「『はぁ!?』」

 

タケシの叫びをかき消すほどの大声でフミヤがさけぶ。

 

「『急げ!ドル札の山だ!俺は荷台の中でいいから!』」

 

「『なに…!』」

 

なんと大当たり。

タケシは荷台の下から離れ、トラックの運転席へと向かった。

すると、もちろんドライバーと遭遇する。

 

「『は!?おい、何してるんだ!』」

 

ドライバーの言葉を無視して運転席に飛び乗る。

 

「『おい!待て!』」

 

ブォォ!!

 

観音開きの荷台が開いたまま、トラックが走り始める。


「『待てぇ!!』」

 

必死のドライバーが運転席のドアに飛びつこうとするが間に合わず、地面に腹ばいに着地した。

 

「『ふん…』」

 

運転席からサイドミラーを見ながら、タケシは鼻を鳴らす。

 

しかし。

 

「『…?』」

 

妙な胸騒ぎがした。

これだけ車を進めてしまえばミラーに映るはずのトラックドライバーの姿が一向に見えないのだ。

 

窓から顔を出し、車の側面に張りついていないか確認するタケシ。

しかしそこにも誰もいない。

 

「『まさか車の下に入り込んでまではいないだろうし、見逃しただけだろう…』」

 

そうつぶやいた直後だった。

 

ガタン!ガタン!ガタン!

 

彼の真後ろ。つまり荷台の中から大きな音が聞こえてくると、胸騒ぎが気のせいでは無かった事が確信出来る。

もっとも、それはタケシにとって望ましい事では無かったが。


 

「『ぐおっ!なんだ、てめぇ!!』」

 

突如荷台に乗り込んできた人物に不意をつかれてタックルを食らったフミヤは、壁に背中から身体を叩きつけられた。

壁のすぐ後ろは運転席。窓などはもちろんないが、車を操るタケシにも異変は間違いなく届いている。

 

「『はぁ…はぁ…』」

 

フミヤの目の前にいる男は肩で息をしている。

驚くべきことに、それは先ほど運転席に掴まれず振り落とされたはずのトラックドライバーだった。

 

一瞬のうちに立ち上がって、とっさに開けっ放しの荷台の中へと飛び乗ってきたのだ。

 

「『こ…のっ!どけ!』」

 

ドンッ!

 

フミヤはいつまでも自分の身体を押さえつけているドライバーを、力ずくて引き剥がして投げ飛ばした。

 

「『ふぅ…ふぅ…』」

 

「『あぁ?お前…そうか。この車のドライバーか』」

 

ようやくフミヤもこの男の意志を理解した。


「『この…泥棒が!』」

 

「『あー…なんていうか、おめでたい奴だな。アツいというかくさいというかな』」

 

「『うるさい!今すぐに車を止めるんだ!顔は覚えたぞ!』」

 

実直で真面目なドライバーは少しも震える事なく、プロレスラーのような出で立ちのフミヤと対峙した。

 

「『表彰ものだな。その勇気を買って、特別に相手してやる。かかってこいよ』」

 

バキバキと腕を慣らしながらフミヤは笑みを浮かべた。

しかし、このトラックドライバーも日頃の仕事からか、引き締まった美しい体型をしている。

先ほどの人間業とは思えない身のこなしといい、ただ者ではない事だけは確かだ。

 

「『仕方ない…怪我しても知らないからな!』」

 

「『てめぇこそ、尻尾巻いて逃げ出さなかった事を後悔するんじゃねぇぞ。

末代まで語り継いでくれや。俺は、灰狼のフミヤだ』」


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