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Crap Ur Handz  作者: 石丸優一
28/34

Cancion De Amor

『Cancion…歌』

 

 

ガコッ!

 

堅い革靴で、腹を蹴り上げる音。

 

「『げっ…ふ…!』」

 

ボタボタ…

 

口元から血が溢れ、悶絶する男。

 

「『おら、どうした!だらしねぇぞ!』」

 

フミヤは余裕の表情でうずくまっているドライバーを見下ろした。

 

「『く…そ…』」

 

ただ力負けしたわけではない。いくら高い身体能力を持つ人間だとしても『場数を踏んだ人間』には到底及ばなかった、ただそれだけの事だ。

 

 

やはりフミヤは威勢がいいだけあって、かなり喧嘩慣れしていた。

 

初めは素早いドライバーの動きに翻弄されるかに見えたが、わざと打撃を数発受けながら出方を窺い、今放ったたった一撃の蹴りでトラックドライバーを吹き飛ばし、形成を逆転させてしまったのだ。

 

「『終いか?』」

 

「『…!』」

 

もはや言葉も出ず、ドライバーはフミヤをただ睨みつけた。


「『なんだよ?そんじゃトドメだ…このまま外に放り出してやるよ』」

 

ドライバーの目を睨み返し、胸ぐらを掴んで軽々と持ち上げる。

 

「『おい!フミヤ!返事しろ!フミヤ!

クソ!どうなってんだ!なんでさっきから返事がない!?聞こえないのか!?』」

 

「『あん?』」

 

戦いのさなかは気づかなったがタケシが何度も運転席から声を張り上げていたようだ。

 

「『おい!車を止めるぞ!』」

 

「『げ…そりゃまずいな。

おい!タケシ!聞こえるか!俺なら大丈夫だぜ!』」

 

ドライバーを床に投げ捨て、あわてて返事をするフミヤ。

車を止められてはドライバーを放り出せない。

 

「『フミヤ!?何かすごい音がしたぞ!?』」

 

「『おう!ハエが一匹紛れ込んで来やがった!もう駆除したから気にするな!』」

 

「『やっぱりあのドライバーか!…分かった!手間かけさせたな!』」

 

トラックは再び加速し始める。


ゴウゴウ…

 

開きっぱなしの荷台の後ろから風の音が入ってくる。

フミヤは、一度は離したドライバーの襟首をもう一度掴み、そっちに引きずる。

 

「『くっ…』」

 

「『大人しくしてりゃよかった…のにな?』」

 

「『やめろ…死んでしまう…』」

 

外に後続車がいるわけではないが、確かにこのスピードでアスファルトの地面に落ちたらただでは済まない。

 

「『ははは!死なねえように頑張れや!

命乞いするくらいならハナッから追いかけてくるんじゃねぇよ!』」

 

ドンッ。

 

最後に、フミヤはドライバーの身体を蹴落とした。

 

「『うあぁぁぁぁ…!!』」

 

「『おぉ、生きてるじゃないか。はっ、よかったな?』」

 

落ちた後にもしばらく聞こえていた悲鳴に、フミヤは嘲笑を漏らした。


「『おい、タケシ!』」

 

「『あぁ!ミラーで確認した!どこかで停めてやるから助手席に来い!』」

 

「『おう!頼むわ!後ろも閉めるからよ!』」

 

フミヤがまさに頼もうとしていた事を先にタケシに提案される。

意気はぴったりだ。

 

 

キキィ…プシュ!

 

間もなくトラックは停まり、フミヤは荷台から見える景色を確認した。

 

場所は一軒家がいくつもある住宅街。

運送業者のトラックが荷台を開けて停車していても何ら不思議な事はない。

 

事実、パトカーが問題なく横を通過していった。

それを見送り、タケシは運転席から降りて荷台側に回り、フミヤに声をかける。

 

「『ご苦労だったな』」

 

「『どうって事はねぇよ』」

 

差し伸べられたタケシの手を握って、フミヤは地面に立った。

 

「『俺たちの勝ちだな。仲間を集めよう』」

 

灰狼はこうして、アイス・キャンディの金を強奪する事に成功した。


 

 

フロントから電話を受けてはや十五分。

 

アイス・キャンディは潜伏先のホテルの一室で、冷蔵庫からビールを取り出してあおっていた。

 

酒が飲みたい気分だったわけではなく、冷蔵庫の中で目についたドリンクがビールだったというだけだ。

ラベルを細かくみれば『Beer』の文字は見えたかもしれないが。

 

 

部屋は狭く、セミダブルのベッドがそのほとんどを占めている。

枕元に小さな冷蔵庫、足元に小型のテレビがそれぞれ壁際に備え付けられており、他には何もない。

 

 

テレビをつけるが、どれも日本語。

フロントの従業員もほぼ日本語で話してくるので、簡単な英単語を並べてニュアンスを伝える事でなんとか会話している感じだ。

 

チェックインにも手間取ったのは言うまでもなく、先ほど受けた荷物の連絡も理解するのに苦労した。

 

「…」

 

空になったビール瓶をテレビの上に置き、キャンディは部屋で唯一の窓を開けた。

 

下を覗き込んでみるが、この窓はホテルのエントランスとは逆側にある為人の出入りは確認出来なかった。


 

ウー!ウー!

 

「サイレン?」

 

不覚にも、アイス・キャンディはパトカーのサイレンが聞こえるまで、その異変を真摯に受け止めなかった。

荷物を運ぶのに時間がかかっているだけだという、甘い考えが心の片隅にあったからだ。

 

しかし、キャンディは最悪の事態を先に予想した。

荷物にトラブルがあった事ではなく、自分自身の居所が見つかったと勘違いしたのだ。

 

「クソ…あの従業員!俺を売ったな!

金と同時に警察まで送り込みやがって…!許さないぞ…!」

 

壁を殴るキャンディが言っているのは、現在潜伏しているホテルの従業員ではなく、最初に滞在していたホテルの女性従業員の事だ。

彼女はキャンディからの連絡を受け、間違いなく約束通りに超特急で荷物だけを手配したのだが、それはキャンディの知るところではない。

 

焦りから、一切は彼女の裏切りによるものだという思い込みに陥ってしまった。

 

トゥルル…

 

鳴り響く備品の電話機。

キャンディの緊張はさらに高まった。


トゥルル…

 

トゥルル…

 

出るか出まいか躊躇している間に、五回のコールが鳴り響いた。

 

ガチャ。

 

「…」

 

結局、キャンディは受話器を上げる。

しかし、声は出さず、相手が話すのを待った。

 

「『あ、恐れ入ります。フロントの者でございますが』」

 

相変わらず日本語だ。まったく外国人客に慣れていないのだろう。

 

「フロントか?どうした?」

 

キャンディは言葉を理解したわけではなく、その声から受付の従業員であることを推測した。

 

「『あの、実はお客様宛ての荷物を運んで来たトラックが目の前で盗難に合いまして…嘘みたいな話なんですけれどね』」

 

「は?」

 

「『それで警察の方にも通報して来ていただいたのですがね…荷物が届かずにお困りでしょう?誠に申し訳ございません。後ほどお部屋にも伺いますので少々お待ちください。

心ばかりですが、お食事とお飲み物など、サービスさせていただきます』」

 

ホテルに責任などない。あるとすれば運送会社だ。

そう考えると丁寧な謝罪の連絡だが、キャンディにはさっぱり伝わらない。


「だから何を言っているのかさっぱり…警察は俺を探しに来たのか?なんなのか教えてくれ!」

 

「『そ、そんな怒鳴られても。と、とにかくお荷物の事は警察にお任せするしかありませんので…お部屋でお待ちください。

えーと、ウェイトユアルーム、プリーズ?』」

 

フロントもカタコトな英語を並べて必死の対応だ。

 

「待て…って、か」

 

ガチャ。

 

待てと言われた事だけは分かったが、その理由が不明確だ。

そうなればキャンディの不安は解消されるどころか、むしろ大きくなっていくばかり。

 

『警察が部屋まで事情聴取に来るまで待っていてほしい』

 

そうとらえるのは当然の事だろう。

 

まだキャンディの顔が警察に割れているわけではないが、偽名を使って潜伏している以上、関わりたくないのは当然の事だ。

 

「…」

 

すでに荷物は特に持ち合わせていないので身軽だ。

キャンディはドアを開け顔を出し、そっと周りを確認した。

 

「おや…?どこかで見た顔ですな?」


最悪のタイミング。

とっさに扉を閉めたのは言うまでもないが、顔を見られてしまったのだ。

 

それも、かけられた言葉は英語だった上にその台詞からキャンディと顔見知りである可能性が高い。

 

「クソ…誰だ…」

 

声にならない声。

残念な事に、キャンディからその人物を確認する事はできなかった。

 

しかし、それは問題なくすぐに解決する。

 

「おぉ!思い出しましたぞ!いつぞやの飛行機でご一緒した貴族の方ではございませんか?」

 

扉の外からお構いなしに大声をかけてくる男。

 

「…アイツか」

 

キャンディの記憶がひとりの人物を導き出す。

 

「私です、私!メキシコ発の飛行機で杯を交わしたベンです!覚えておりませんかー!

いやーしかしまさかこんな所で!飛行機といいホテルといい、倹約家でいらっしゃいますなぁ!ははは!」

 

「よくしゃべる奴だったな…迷惑な事だ」

 

メキシコ政府の特別捜査官、ベン。

扉の向こうにいたのは彼だった。


「人違いじゃないか?…では通じそうにもないな」

 

諦めともとれる独り言をつぶやくと、キャンディは再び扉を開けた。

そう。警察の追っ手から逃げるにはもう時間がないのだ。

 

 

ガチャ。

 

「おや!やはりそうですな!うん、間違いない」

 

ご丁寧に扉の前で待っていたベンは、仰々しくキャンディにむけてお辞儀をした。

 

「あぁ、久しぶりだな。それじゃ」

 

「え!?ちょっと!もう行かれるのですか」

 

ベンの横をすり抜け、エレベーターに向かって歩くキャンディ。

ベンはまだ話し足りない様子でそれについてくる。

 

「なんだ?急いでいるのだが」

 

「いやいや、お忙しいのはお察ししますよ。しかしラフな格好をしていらっしゃいますなぁ」

 

「いつも正装しているわけがなかろう。

要件はなんだ?」

 

キャンディがエレベーターのスイッチを押す。

 

「特にありませんが、偶然とはいえ約束通りお食事にでも誘うチャンスだと思いましてね!」


「行かないと言ってるだろう?用があって急いでいる」

 

「で、では…いつ戻られますか?荷物も持っていらっしゃらないようですし、まさかチェックアウトされるわけではありますまい!」

 

にこにこと笑いかけながらベンは何とかキャンディをつなぎとめようと必死だ。

 

「いや、チェック…あぁそうだな。チェックアウトはしない」

 

途中で不自然に言葉を切り替えたキャンディ。

だがベンは特にそれに気づいた様子もない。

 

「二、三時間程度といったところだろうか?」

 

そしてキャンディはそう続け、嘘をついた。

 

望んだ形ではないものの、もはや潜伏先と大金を捨てる覚悟が出来ているという事だ。

 

「そうですか!ではお待ちしております!

私は2つ隣の部屋におりますので、是非ご一緒しましょう」

 

ここでようやくエレベーターが彼らのフロアに到着して、扉が開いた。

キャンディだけが箱に乗り込む。

 

「どうしてそこまで私に関わろうとするんだ?」

 

ベンは応えず、手を振った。


 

 

「『ここまで来たら少しは時間を稼げるだろう』」

 

タケシ達は大きな廃倉庫のなかで車を止めた。

 

以前タケシがケンゾウやジュンイチロウを連れて、フミヤに引き合わせたあの場所だ。

 

相変わらずガラクタが散乱していて汚い場所だが、トラックを隠すには最適だろう。

ただし、警察の捜査がここまで及んでしまうと、それ以降はアジトとして使うのは難しくなる。

 

「『さーて、お宝を拝見するとしますか!』」

 

フミヤが上機嫌で助手席から飛び降りる。

 

「『そうだな』」

 

タケシも荷台へと移動した。

 

 

ビリビリと箱のガムテープを次々にはがしていくフミヤとタケシ。

 

関係ない荷物まで開けてしまっているため、十五分程度はその作業に手間取った。

 

「『これで全部か?』」

 

「『ひゃっほう!米ドルなのがややこしいが、すげー量だ!本当に俺達億万長者だぜ!』」


「『さて、みんなを呼ぶか』」

 

タケシが倉庫から路地へと歩き出す。

公衆電話を探すのだろう。

 

「『おい、タケシ。みんなでキレイに割るのか?』」

 

「『あぁ。量も量だし、そのつもりだが?

思った以上の金額だ。俺はそれで構わないが、お前は不満か?』」

 

「『いいや、俺だって鬼じゃねぇ。今回はそれで充分だぜ。

ジュンイチロウ達だけ額を跳ね上げてやってもいいが、そんなことすらどうでもよくなっちまう』」

 

段ボールいっぱいの百ドル札。詳しく数えたわけではないが、灰狼のメンバー全員で割ったところで一人頭一億円前後はくだらない。

 

「『じゃあ何だ?言ってみろよ。みんなを呼んだ後じゃ話せないことだってある。

遠慮はいらないぞ』」

 

「『大した事じゃねぇんだがよ。

ドルでアイツらに渡していいものか?バカな奴らだから、すぐ銀行に駆け込むぜ?』」

 

「『確かに…そりゃアシがつくきっかけになりかねないな。言ってくれて助かったぞ』」


 

タケシは倉庫内に放置されているドラム缶に腰掛け、策を練り始めた。

 

「『どこか…非合法でドルと円を等価交換してくれる知り合いはいないか?』」

 

「『冗談きついぜ!そんなケチな商売やってる奴がいるはずねぇだろ!

等価が望ましいなら金融機関を使うしかない。

ドルと円を交換してくれる奴ならいくらでもいるが、まともな取り引きは出来ると思わない方がイイぜ。

ま、俺達が持ってる金だって、もともとまともな金じゃねぇんだけどよ?』」

 

「『ううん…それもそうだな…』」

 

フミヤの回答に、タケシはうなった。

 

「『だが…いくら時間が経っても、金融機関を通す方がリスクが高いな。

どちらにせよ、取り引きをする必要がありそうだ。

手数料はどのくらい持っていかれるんだ?』」

 

「『よくて半分…?』」

 

「『半分!?冗談じゃないぞ!

千円、二千円の話じゃないんだ!そんなに持っていかれてたまるかよ!』」


思わず声を張り上げるタケシ。苦笑いを浮かべてフミヤを見やった。

だが、フミヤは厳しい表情だ。

 

「『気持ちは分からないでもないがな。

そんだけのリスクをしょってる取り引きに応じてくれるだけでもありがたいと思わないとな。

だが、見たところコイツが本物のドル札なのが幸いだぜ。

偽札だったらほとんど金にならねぇからな。アメリカ国内ならまだしも、日本ではドルの偽札なんて何の価値もない。

下手すりゃ使い道がなくて燃やすだけの運命にもなりかねない』」

 

「『待てよ…』」

 

「『あん?』」

 

フミヤの言葉を軽く聞き流し、タケシは何かをひらめいた様子だ。

 

「『アメリカに用事がある奴ならかなり等価に近い額で円と換金してくれるんじゃないか?』」

 

「『は?そりゃあっちに渡れば価値はそのままだが、好んで汚い金に換える意味なんてないぞ?』」


「『もちろん丸々等価交換だったら好き好んでやろうって奴はいないだろう。

だが、本物は本物。近々にデカい額の米ドルを使う予定がある奴になら、多少の手数料さえ与えておけば、いけるんじゃないか?』」

 

タケシの言葉の真意が見えない。

 

「『どういうこった?社長さんや政治家でも捕まえようってのか?一流企業の大株主や大富豪だかなんだかをよ』」

 

「『ふむ…それも悪くはないな。

だが、汚れた金を厭わないで使う人種ってのは、どんな連中だと思う?』」

 

「『また難しい話を…ストレートに言ってくれよ、タケシ。

どんな方法を思いついたんだ?』」

 

ぼりぼりと頭をかきながら、フミヤはタケシにたずねた。

 

「『アウトローだ』」

 

「『アウトロー?何が?金を交換してもらう相手か?

それなら俺が先に言ったように、まともな取り引きなんて出来ねぇって。ちゃんと人の話を…』」

 

「『バカやろう。そんな事は分かってるんだよ。俺が言いたいのは、アメリカを拠点にしてる、あるいはあっちとつながりがある奴らの事だ』」


「『は?何の解決にもならないぞ』」

 

盲点でも何でもないように聞こえる。

アウトローであることに変わりなければ、半分以上持っていかれる取り引きが当然だという話をしたばかりなのだから。

 

「『まだ分からないのか?』」

 

「『それはこっちのセリフだろうが!

海外の組織と付き合いがある連中なら俺でも知ってる!いくらドルを使う奴らでも意味ないぞ。そういう奴らも含めてまともな取り引きなんか出来なやしない!』」

 

「『まぁまぁ、落ち着け。よく考えてみろよ。

さっきまで都合がイイ奴が俺達と一緒にいただろ?』」

 

ニヤリと笑うタケシ。フミヤもここまで言えばすぐに分かった。

 

「『ゴンドウのおっさんか…?確かにアイツはアメリカのマフィアみたいだが…取り引きをしてくれるはずなんてないだろう!』」

 

フミヤは納得しない。


「『確かにあのおっさんは俺達を騙して置き去りにした。

まともな道歩いてきてないってのは誰にでもすぐ分かることだ。いい人には見えないし、信頼なんておけるはずもない。

だが、少なからず俺達に好感を持ってくれていたのは事実だ。はなっから騙すつもりで組織へ誘っていたようには見えなかった』」

 

「『嫌いじゃないんだけどな。あぁいう奴もよ?

他の連中よりは融通がききそうな気はするが、やっぱり俺達相手の取り引きに乗るとは思えないな。それも等価に近い額なんて夢の話だ。

だいいち、連絡はどうやって取る?日本に住んでないのなら、アイツらに電話はないぞ』」

 

「『下っ端の奴が携帯電話を持っていたのを見なかったのか?しっかりしてくれよ。

直接ゴンドウにつながるとは思えないが、ホテル側が電話番号を控えている可能性が高い。富裕層むけの立派なホテルだったからな。携帯電話を持ってる奴も客には多いはずだ』」


タケシはRGと連絡を取る方法まですでに考えていたようだ。

確実とは言えないが、ホテルが彼らの連絡先を抑えている可能性は高いというのは頷ける意見だ。

 

「『マジでアイツと取り引きする気なんだな…絶対に乗ってこないぞ』」

 

「『いや、連絡さえ取れれば必ず取り引きは出来る』」

 

「『はぁ?そんな事までいまの時間で思いついたのか?

どんな頭の作りしてんだよ、お前』」

 

呆れているとも取れる言葉だが、フミヤはタケシが頼もしくてしょうがない。

半額以下になると踏んでいた大金が、丸々そのまま自分たちのものになるとあれば、言葉とは裏腹に彼の顔に笑みが浮かんでいる事もおかしくはないだろう。

 

「『簡単な事だぞ。代わりに奴が必要としているものを差し出せばいいのさ』」

 

「『必要としているもの?』」

 

「『そう。奴は今、喉から手が出るほどに欲しているものがあり、それを俺達は持っている』」


タケシは親指を立ててみせるが、理解力の低いフミヤにはさっぱりだ。

いつもこんな調子の二人だが、タケシもフミヤも互いに長所を生かしあっているので相手をバカにする事は決してない。

 

「『えーと…いつも通り説明を頼むぜ、相棒。

奴に欲しいものなんてあるか?金もかなりの量持ってるはずだし、アメリカに帰れば大勢の部下と地位もあるはずだ。詳しく聞いてはいないが、アイツがあのマフィアの長なんだろ?』」

 

「『そうだな。俺の言い方が悪かったかもしれない。奴に欲しい『もの』なんてあまりないのかもしれないな』」

 

「『はぁ?適当な事いってんじゃねぇぞ!期待しちまったじゃねぇか!』」

 

バシン!とフミヤがタケシの腕をはたく。

 

「『じゃあ…欲しいものじゃなく、欲しい『奴』がいる。

これでどうだ?分かっただろ?』」

 

「『お…!!そうか!そういう事だな』」

 

フミヤもタケシの狙いを理解した。


「『分かってくれたか、相棒』」

 

タケシがそう言いながら笑うと、フミヤも笑みを返して得意げに言った。

 

「『アイツだろ!アイス・キャンディ!

ゴンドウは奴を探してる』」

 

「『正解だ。さすがフミヤだな』」

 

「『あったりめーだろ!俺をなめたらタダじゃ済まないぜ』」

 

フン、と鼻を鳴らしてフミヤはタバコを口にくわえた。

 

つられてタケシも棒キャンディをくわえる。

 

「『待てよ…?そうは言っても、奴が金の到着の遅れに気づくまで、そう時間はかからないはずだ。

ゴンドウに奴の居場所を売って取り引きするなら急がないと!』」

 

「『あぁ…フロントから連絡がすぐに行ってるはずだ。

しかし、奴はもう金を追ってまで動こうとはしないと俺は踏んでる』」

 

「『なぜだ?』」

 

「『得るものもデカいが、それ以上にリスクがデカい。

おそらく金を奪った人間は俺達だと、アイツはすぐに断定するはずだ。

ゴンドウや他の連中はアイス・キャンディの『身柄』を欲しがってるんだからな』」


「『リスクが見えないが…まぁいいか』」

 

度重なるタケシへの質問責めで余計な時間を使っている暇があれば、すぐにRGとのパイプを繋ぐべきだとフミヤは考えた。

 

「『あー、リスクじゃないな。自分を狙う敵が減るっていうメリットと言えば分かりやすいかもしれない。

奴にとってこの金が何なのかは分からないが、少なくとも金を与える事で灰狼の手からは逃れられる。俺達はアイツの身柄になんて興味はないんだからな。

ただし、奴にとってこの金が命よりも大事なものでなければ…の話だ』」

 

「『最後の言葉が気になるが、今はとにかくゴンドウの携帯電話の番号を聞き出さないと。

そこまでいけば俺たちの勝ちだ』」

 

「『アイス・キャンディがそこまでバカじゃない事を祈るよ』」

 

タケシは口に含んだキャンディを噛み砕いた。


 

 

ガタン。

 

緩やかな衝撃が足下から伝わり、扉の向こうにはエントランスが広がった。

 

「…」

 

キャンディは首を動かす事なく、目線のみで素早く周りを確認する。

 

警官の姿は見えない。

しかし、部屋から出てここに下りてくるまでのわずかな時間で警察が去ったとは考え難い。

 

キャンディは慎重になっているが、実際には警察は彼を追ってきているわけではない。

 

そしてこの時、実はキャンディの視界には警官が入っていたのだが、彼はそれを見逃していた。

受付の目の前。従業員相手に話をしているスーツ姿の二人組の男。これが聞き取りを行っている警察だったのだが、キャンディは完全にそれを見逃した。

 

「よし…大丈夫そうだ」

 

「『あれ?何をしてるんですか?』」

 

エレベーターから足を踏み出した瞬間。

キャンディの心臓は悲鳴を上げた。


とっさにフードを深く被り、恐る恐る声の主を探す。

いきなり逃げ出したりしなかった彼のこの判断は正しかったのかもしれない。

 

「…ふう、アンタか。何か用か?」

 

なぜならば、声をかけたのは警察の人間ではなく、このホテルの従業員だったからだ。

 

「『お部屋でお待ちいただくようにお伝えしたのに、待ちきれなかったのですか?』」

 

そう日本語で言いながら笑う男性従業員の両手には大きな盆。

その上にスープやハンバーグステーキなど、見るからにうまそうな料理とワインのボトルとグラスが乗せられていた。

 

「…?客に料理を運ぶ途中なんだろ?俺は用があるから失礼するぞ」

 

やはり何も伝わっていないキャンディは足早に離れようとする。

 

「『あ!ちょっと!お客様!』」

 

「ん…?」

 

「『えーと、サービス、フォーユー』」

 

「サービス?」


予想だにしていなかった言葉に、混乱するキャンディ。

こんなにも豪華なサービスを受ける理由が分からないからだ。

 

一瞬、後から請求がくる詐欺を疑ったが、そんなことをされたところでキャンディが払うはずもない。

 

「ところで、警察はどこだ?どうして警察がいたんだ?」

 

「『ポリス?あぁ、警察の方でしたらあちらに』」

 

従業員が指をさす。

 

それは先ほどキャンディが見逃した二人組。

彼の目と鼻の先だ。

 

「…!!」

 

キャンディがエレベーターにとんぼ返りする。

 

キャンディの部屋に向かうはずだった従業員も、もちろん一緒にその中に乗り込んだ。

 

「『心ばかりのサービスですので、是非お召し上がりください。お荷物を奪われたままでのご旅行になってしまわれては、お心苦しいと思いましたので』」


不満は残るが、キャンディはやむを得ずホテル側のサービスを受ける事になってしまった。

 

「…」

 

エレベーターに揺られている間、懸命に頭を回転させるキャンディ。

 

警察がいる理由が自分を追っているからではない。まずそれが分かる。

 

ホテル側が自分の身を警察に差し出すどころか、こうして特別なサービスまでしてくれている。その理由から自身の捜索の線は消えた。

 

次に、サービスを受ける理由だ。

警察が来ている事と、このサービスとの接点が見えない。

 

では、警察と関係ない理由で、ホテル側から迷惑をかけられたか?

思い当たらない。

 

不自由があるとすれば、言葉が通じない事くらいだが、それならなぜかこのホテルを利用しているベンにも同じような施しがあったのだろうか。

 

ではやはり、警察沙汰でキャンディにとって何か迷惑がかかったと見るのが妥当だ。


「…やはり分からないな」

 

「『はい?』」

 

ため息まじりに言葉を吐いたキャンディの顔を覗き込む従業員。

しかし、フードに光を遮られているそれは、細やかな表情を見て取るには不十分だった。

 

ガタン。

 

「いや、なんでもない。気にしないでくれ。

着いたな。このフロアだ」

 

エレベーターが停止し、キャンディは廊下に出た。

 

従業員が後ろから出てくるが、両手がふさがった状態で一体どうやってここまでたどり着くつもりだったのだろうか。

 

エレベーターのスイッチを押すことも、客室のチャイムを押すこともかなわないはずだ。

結局はこうしてキャンディに遭遇したことでたどり着いてはいるのだが。

 

ガチャ。

 

「入れ」

 

「『ありがとうございます』」

 

数分ぶりの客室。

キャンディは扉を開いて従業員を招き入れた。


「『えーと、このお盆ごとベッドの上に置いておきますね』」

 

「ん?あぁ、そこに置いてくれて構わない」

 

言葉通りベッドに食事を下ろす従業員。

 

「『それでは、ごゆっくりお楽しみ下さい。お食事の替えはありませんが、お酒でしたらお気兼ねなくお電話でご注文下さい。サービスいたしますので。

あ、こちらのビール瓶はお下げします』」

 

キャンディが先ほど飲み干していたビール瓶を手に持つ従業員。

 

「一体この料理や酒は…」

 

至れり尽くせりのサービスだが、キャンディの耳には意味不明な外国語としてしか入ってこない。

 

分かっていたとしても、彼が悠長に酒を注文するとも思えないが。

 

「『それでは』」

 

「あぁ」

 

 

「あれあれぇ!?どうなさったんです?」

 

扉を閉める間際。中を覗いている人物に遭遇してしまった。


「お前か…ベン」

 

「いやいや、先ほどお出かけになったと思っておりましたが。

どうなさったんですか?」

 

「まぁ、二人いるには狭い部屋だが…入れ」

 

「え?はい、それではお言葉に甘えて」

 

立ち話になったり、無視して部屋の前に居座られてもかえって目立つ。キャンディはこの男を部屋に入れるという苦渋の決断を余儀なくされてしまった。

 

 

 

バタン。

 

ガチャ。

 

ドアと鍵を閉め、二人は向き合った。

 

「椅子もないつまらない部屋だ。悪いが地べたにでもかけてくれ」

 

「ははは!こんなにきれいな地面に座ることなんて大したことありませんよ。

メキシコでは太陽の下、泥だらけの地面に座って幼少期を過ごしたものですからな!」

 

「そうか。それは良かった」


ベンはあぐらをかいて座り、キャンディはベッドに座った。

小さなベッドは料理のせいでさらに狭くなってしまってはいるが。

 

「おっと、それを店員さんが?

いったいそれは…このリーズナブルなホテルに似つかわしくない品々ですな?」

 

「あぁ、すっかり注文していたのを忘れて出かけてしまうところだったよ」

 

「ははは、お忙しいでしょうからな!

ホテル代を抑えても料理は一級品ですか!さすがは高貴な方ですなぁ」

 

さらりと嘘を言ってのけるキャンディ。

確かに『身に覚えのない料理』などと言ってしまっては、この好奇心旺盛なベンという男が何を詮索し始めるか分からない。

 

それならば自分で注文していたことにした方が自然だ。

時に、この男はキャンディを貴族だと信じて疑っていないのだから。


「しかし、どうして私を部屋に?」

 

「たまたま部屋の前にいたじゃないか。

ただそれだけだ」

 

キュッとワインのボトルをあけるキャンディ。

 

「はて」

 

「それに、食事にと誘っていたのはそちらだろう?

どちらにせよ、私一人で食べきれる量でもないからな。好きなものを食べてくれ」

 

「あ、ありがとうございます。しかし、寿司レストランでも予約してゆっくりとまた」

 

「いや、せっかくだが遠慮させてもらおう。食事をする約束はもう果たせたはずだ。形はどうあれな」

 

なるほど。アイス・キャンディにとって、この苦渋の決断もデメリットばかりではなかったらしい。

 

こうしてベンと食事をしておけば、確かに約束を最低限のレベルで済ませた事にはなる。


「いやはや、こりゃ一本取られましたね。部屋に入れられて突然お食事に誘われてしまうとは思いもしますまい」

 

「寿司が食べたいなら頼んでもいいんだぞ?おそらくホテルに置いているだろうし、無ければデリバリーサービスに配達してもらえばイイだけだ」

 

「本当ですか!それはありがたいのですが、どうも私の日本語は現地民に伝わりにくいようでしてね。

ここに来るまでは私も自信満々で、ホテルも安ければどこでもイイと踏み込んだ矢先。とほほ…といった感じですな!ははは!」

 

苦労話を笑いながら聞かされても、辛そうには聞こえない。

しかし、これでベンがこんな場所にいる理由がわかった。

 

「ところで、仕事はもう終わったのか?何日こちらにいるのか知らないが、忙しいのはお互い様だろうに」


「えぇ、一応は。まったくお偉方にペコペコ媚びへつらうのも楽じゃありませんよ…おっと、貴方の事ではありませんよ!貴方は気さくな良い方だ!

国のお偉いさん達です!堅苦しくてかないませんからな!ははは!」

 

「とんでもない事をさらりと言ってのける男だな…

私が国の関係者に告げ口する事など造作もないというのに」

 








「シカシ貴方ハ、ソンナコトハシナイ」

 







 

一瞬、部屋中の空気が重くのしかかってくるような感覚にキャンディは襲われた。

 

「…!なんだと…?貴様、一体!」

 

「はて?お人柄を見てそう申し上げただけですが。

どうしたんですか、突然怒鳴ったりなされて。

さあさあ!ワインでも飲みながら楽しくやりましょう!」

 

ベンはボトルを持って、ワイングラスをキャンディに差し出した。


「…」

 

無言でそれを受け、ゆっくりとワインを注いでもらう。

 

ただでさえ人を疑う事しか知らないキャンディの眼がベンを見つめる。

 

「さぁさぁ!飲んで下さい」

 

「酒は香りから楽しむものだ。違うか?」

 

「メキシコでは陽気な音楽の中、テキーラのショットを一気飲みさせられるものですぞ!

しかもその後に頭までぐるぐる回される始末!いやぁ、愉快愉快!」

 

「根本的に育ってきた環境が違いすぎるな…」

 

ぐっと酒をあおり、キャンディはベンからボトルを取り上げた。

そして代わりに空になったワイングラスを渡す。

 

「おや?どうされました?」

 

「交代だ。その、メキシコ仕込みの飲みっぷりとやらを見せてもらおうじゃないか?」

 

「…。ははは!仕方ありませんなぁ!」

 

ベンが何やら訝しそうにキャンディを見つめたが、すぐに笑顔を見せた。


「グラスを」

 

「あ、あぁ…はい。いただきます」

 

ボトルの口をベンに向け、キャンディがワイングラスで酒を受けるように促した。

 

「これでよし…と」

 

グラスのふち、今し方キャンディがワインを飲んだ際に彼の口が当たった部分を洋服の袖で軽くこすって唾液を拭き取るベン。

案外と几帳面で潔癖なのかもしれない。

 

そこに一気に流し込まれる赤ワイン。

たちまちワイングラスをいっぱいにしてしまった。

 

「ええっ!?私の時だけやけに酒の量が多くはありませんか!」

 

当然ベンから抗議があがる。

 

「気のせいだろう?それとも、メキシコ人はワインだとあまり飲めないのか?それでは酒豪には程遠いぞ」

 

「むむっ!それは聞き捨てなりませんね!」

 

キャンディの目論見はただ一つ。この迷惑な客人をさっさと酔い潰れさせてしまう事だ。


 

それからしばらく後。

 

「もう一本!注文をお願いいたします!」

 

「仕方ないな…」

 

床に転がる幾本のワインボトル。

ベンはぺろりとそれを平らげ、なおもまた追加をキャンディにお願いしているところだ。

 

プルル…

 

「『はい、フロントでございます』」

 

「酒の追加を頼めるか?」

 

「『あ、ワインですね?すぐにお持ちいたしますので少々お待ち下さいませ』」

 

もちろんこの電話の相手の男性従業員に英語は通じていないが、何度も繰り返される酒の注文に、キャンディの声を聞くだけで反応するようになってしまっていた。

 

「一体金額はいくらになってるんだか…」

 

ぼそりとつぶやくキャンディ。

もちろん酒はサービスだと、先ほど伝えられているが、彼はそれを知らない。


 

コンコン。

 

 

ガチャ。

 

「『お待たせいたしましたー。追加のワインをお持ちいたしました』」

 

ほどなくして、部屋に持ち込まれるワインボトル。

 

「おい、待て。なんだか量が多くないか」

 

確かによく見ると、今まで一本ずつ運んできていたはずのワインボトルを三つ、従業員は抱えてきていた。

 

「『はい?あ、ボトルが多いとおっしゃっているのでしょうか?

お気になさらないで下さい。お代はいただきませんので』」

 

「?」

 

「どうやらワインは無料のようですな。ホテル側のご厚意です、いただきましょう!私は構いませんからな!ははは!」

 

ベンは上機嫌だ。

 

「また調子のイイことを…私はもう充分飲んだ。このボトルはすべてお前が飲むんだぞ」


「あいわかっておりますとも!言われるまでもございませんぞぉ!」

 

従業員が去るやいなや、ベンはボトルのコルクをオープナーで弾き飛ばして、なんとそれをラッパのみし始めた。

 

うまく煽れたことに納得したキャンディは心の中でほくそ笑む。

 

 

「時に閣下」

 

「私はそんな大層な者ではないぞ。どうした?」

 

ようやく目が虚ろになってきたベンが切り出す。

 

「妻帯されていらっしゃいますかな?」

 

「いや?私は天涯孤独だ。一度も妻帯していた事はないが…」

 

先ほど見せた鋭いセリフのように核心を突く言葉が飛び出すかと身構えたキャンディだったが、何やら他愛もない話だったのでキャンディは本音で返した。

 

「そうですか…ご家族のお話でもお聞かせ願いたいと思ったのですが、残念ですな」

 

「では逆にそちらの家族の話をきかせてくれ。妻は?子供はいるか?」

 

大して興味があるわけではないが、気分を上げてさらに酒を進みやすくするためにキャンディが一芝居うつ。


「むぅ?以前飛行機でお話したかと思いますが…」

 

「そうだったか?俺も酔いが回っているようだな」

 

「ははは!まだ酔っておられるようには見えませんがね!」

 

 

適当に会話をつなぎ、その後三十分程経ったが、まだベンはつぶれる事なく元気だ。

 

「く…便所にいってくる」

 

「ははは!せっかくの酒を吐いたら承知しませんぞ!」

 

バスルームに向かい、小便をするキャンディ。そして、ふと荷物の事を思い出す。

 

「そういえば…やはりあの女が俺を騙したのか…いや、実際に送ってくれていたとしても時間がかかるものなのだろうか。

日を跨ぐという事もあり得るのでは…」

 

酔いのせいもあり、キャンディの独り言が増えている。

 

「しかし、まずはこのオヤジをつぶしておかないとな」

 

水を流し、キャンディはベンのもとに戻る。


「おぉ、お待ちしてました。早速ですが、また酒が」

 

「なんて奴だ…この期に及んで飲むスピードが上がってるじゃないか。

ワインが物足りないのならば、景気づけにテキーラでも注文するか?」

 

呆れたキャンディが冗談まじりに提案する。

 

「おぉ!なんとお優しい!

お心遣い感謝します!ぜひともよろしくお願いします」

 

「お前、正気か…」

 

さすがにベンが首を横に振るものだと踏んでいたキャンディは言葉を失った。

しかし、ワインとは違ってアルコール度数が高いテキーラならば、この男を黙らせて追い返す事ができるかもしれない。

 

荷物の事が気がかりになり始めたキャンディは、早くフロントや以前旅行したホテルの女性従業員にそのことを尋ねたいのだ。


ガチャ。

 

「『はい、フロントでございます。

ご用件を承ります』」

 

他に働いているものは何をしているのか、と言いたくなる程に、同じ従業員ばかりがキャンディの対応をしてくれている。

飛び込みでチェックインした時から、今に到るまでずっとだ。

 

「あー…酒の注文を頼む」

 

「『その声はっ!また追加ですか!?今お持ちしたはずですが…ザルとはお客様のような方の事を言うのでしょう…』」

 

「ん?ワイン以外の酒を注文したいんだが。

もちろんサービスしろなんて言わない。勘定は払うから安心してくれ」

 

「『しかしお客様のためならば、すぐにお持ちしますのでお待ち下さい!』」

 

ガチャ。

 

英語が理解出来ない従業員は、キャンディが話し終える前にワインの追加注文だと勘違いして電話を切ってしまった。

 

「ん?なんだ、まだテキーラを頼んではいないのに」

 

キャンディは冷静にもう一度コールする。

 

「『はぁ…はぁ…フロントでございます…』」

 

何やら息が辛そうだが、また同じ従業員だ。


「おい、要件は最後まで聞け」

 

「『はぁ…はぁ…あ、あれ!?お客様、どうなさいましたか?

お酒ならばすぐに』」

 

キャンディの為のワインを急いで準備していたのであろう。

再びのキャンディからの電話に驚いている。

 

「ワインじゃないんだ。ワインはもう充分だ」

 

「『イナフ…?はて、ワインのご注文ではなかったのでしょうか?』」

 

「あー…何を言っているのかわからないが。ワインじゃない。

テキーラは用意できるか?金なら払う。テキーラだ」

 

「『はい?テキーラ…あぁ!お酒を変えられるのですね!

テキーラでしたらご用意出来ます。ただ、お酒の在庫の兼ね合いもありますので、そろそろご遠慮いただければと思います』」

 

「通じてるのか?テキーラだ。テキーラ」

 

ばかばかしいようだが、キャンディは意思を伝えようと何度も連呼した。


「『かしこまりました!テキーラをお持ちしますので少々お待ちくださいませ!』」

 

ガチャ。

 

「まったく何を言っているのか分からんな…不安だが、待つしかあるまい」

 

「おぉ、頼んでいただけましたか!懐かしのメキシコの味!待ち遠しいですね!」

 

ベンは会話を聞いていたわけではなく、受話器を下ろしたキャンディの仕草を見てこう言っただけにすぎない。

 

「まぁ待て。テキーラが来たら好きなだけ飲ませてやる」

 

「それでは、我が祖国メキシコに対する愛を込めてラブソングを一曲!」

 

「いや、結構だ。テキーラが空いたらお開きとしよう」

 

「はい!?そんな!まだまだ私はいけますよ!ははは!」

 

やはりこの男はまだまだ居座るつもりだ。

つぶしてしまっておかなければ、キャンディにつきまといかねない。


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