第八話 =それぞれの「水瀬優次郎」=
後半、結構シリアスです。
瞳が嫌な奴に感じるかもですが、決して根っからの悪いやつじゃないので、どうか彼女を嫌いにならないでやって下さい。
では、今回もよろしくお願いします。
「あぁー…………疲れた」
「おぅ、お疲れさん」
放課後。
研究室にて、生徒からの一時間に及ぶ質問を全て受け止め終えた優次郎は、現在終業した学食の机に突っ伏していた。
その横で労いの言葉をかけるのは、同じく片付けを終えたばかりの椎名だ。彼の前にお茶を置くと、自分もその対面に座り、お茶をすすりだす。
優次郎もありがとう、と一声かけ、身体を起こしてお茶をすすった。
「あぁー…………生き返る」
「何おっさんみたいな事言ってんだよ。うちより8つも年下のくせして
こちとら気づけば三十路超えちまってんのに、毎日毎日働いてんだぞ? 週一の授業しか無いお前がそれでどうすんだよ」
「授業が無くても、講師は色々仕事があるんだよ。
っていうか、そっか。もうしーちゃんも31なんだね」
ついこの間まで二十歳半ばだったのに、なんて軽口を叩く優次郎を、椎名は軽く小突いた。
「うっせぇよ。全く……しかし、一週間でここまで変わる奴はお前くらいだよ」
「? 何、いきなり。ボク、そんなに変わったかな?」
軽く頭をさすりながら、優次郎は首を傾げる。
「お前が、ってわけじゃねぇよ。お前を見る生徒の話だ」
椎名はそう言って、感慨深げにお茶をすすった。
聞けば、一週間前までは言われたい放題だった優次郎だが、ここ最近は掌を返した様に話題が変わったそうだ。
前までの恐怖や愚痴、罵声は何だったのかと思うほどに。
「まぁお前の授業は昼休み空けだから、それに関する話はまだ聞いちゃいないけどな。ただ、授業中に人を殺さないらしいって話が一番耳に残ってるよ」
「あぁ、それボクも聞いたよ。失礼しちゃうよね、いくらボクのイメージが最悪だからってさ」
「……そうだな」
ケタケタと笑う優次郎は、全くもっていつも通りだ。
だが、椎名は1人思う。仮にこの学院の長が叶では無く、生徒の中に瞳もいなかったとしたら、果たして彼は、本当に人を殺さなかっただろうか。あくまで仮定の話でしかない事は分かっている。だが、椎名には「そんな事はあり得ない」と言い切る自信は無かった。
「どしたの? しーちゃん。急に黙り込んじゃってさ」
「ん? あぁ……いや、何でもない」
苦笑を添えて答える椎名に、優次郎はふーんと返す。
「そういえばさ」
そして、今思い出したかの様に話題を変えた。
「猪丸君、今どうしてるか知ってる?」
「猪丸?」
唐突に出て来た名に、椎名は思わず聞き返す。
猪丸健二。優次郎の赴任初日に彼と一悶着起こし、そして優次郎が火炎魔術の授業を行った時、度々例として名を挙げられた生徒の名だ。
あんな事をしたのでは、今ものうのうと学校へ来ているとも考えにくい。優次郎にとっては気になっていた事だったが、慣れない講師生活が始まり、聞くタイミングを逃していた様だ。
「自宅謹慎か何かしてんのかなーって思ってさ。別にボクにとっちゃもう関係ない話かもだけど」
そう言いつつも、優次郎の瞳が一瞬怪しく光ったのを、椎名は見逃さなかった。
おそらく彼は、もし健二がまた自分との『コロシアイ』を望むなら、真っ向から受けて立つつもりなのだろう。
雪菜の様な会って間もない者とは違い、椎名は彼の性格や生い立ちをそれなりに知っているつもりだ。一度でも彼に向かって『殺す』などと言う台詞を吐けば、彼の中にあるパンドラの匣を開ける事になるのだろう。
だからこそ椎名は、慎重に言葉を選び始める。
「…………お前、旧館は分かるか?」
「あぁ、確か此処から少し離れた場所にある木造のアレでしょ?
何でもボクが通ってた頃から何十年も前に使われてたっていう」
「そうだ。あそこは今、重大な校則違反を犯した生徒の懲罰房になってるんだよ」
椎名が言えば、優次郎は目を細める。
「と言っても、もちろん食事は出すし生活には困らない。監禁って言った方が早いかな」
「なるほどね。自宅謹慎じゃあ、親の目を盗んで外に出る可能性も否定できないと」
「そういう事だ。実際、昔そうやって謹慎中に外出していた生徒がいたんだよ。だから前の院長が旧館を改造して、生徒専門の監禁施設に変えたんだ」
ただ、な。
一拍おいて、椎名は目を細める。
「これはあくまで生徒たちの噂話でしかないんだが………その猪丸が今、旧館を脱走したという話が出ている」
「脱走?」
「あぁ。当然監禁施設なんておどろおどろしい名を付けてるわけだから、警備員もいるし魔術を無力化する魔法陣も張ってあるから、警備は万全だがな。脱走出来る奴なんざ、世界中探してもそうそういないだろう」
「そこまで厳重にしてりゃ、そうだろうね。ていうか皆無に等しいんじゃない?」
「…………お前が言うと真実味に欠けるな」
皮肉気味に言えば、優次郎はひどいなーと言って笑うだけだった。
だが、実際そうだろう。それだけ厳重な警備体制を張っていれば、脱走など不可能に近い。優次郎の様な『例外』を除けばだが。
少なくとも、一学生である健二にどうこう出来る場所じゃない事は確かだ。
「まぁとにかく、あくまで噂話だ。叶や他の講師が言っていた訳でもないし、信憑性に欠ける」
「そうだね。噂話なんてそんなもんだし。でもさぁ」
そこで話を区切る優次郎を見れば、わらっていた。
椎名ですら身震いを起こす程に―――――――嗤っていた。
「噂話だろうと何だろうと、火の無い所に煙は立たないって言うのも……忘れちゃいけないよ」
■ □ ■ □
同時刻。
その日の授業を全て終えた雪菜は、帰り道にあるコンビニへと足を運んでいた。今日の晩餐を買うためである。本来彼女は、料理が好きだ。自他どちらに振る舞うかに関わらず、料理を作るという作業が好きだ。そのため、今の様にコンビニ弁当で済ませるなんて事は滅多に無い。
だが今日ばかりは違った。頭の中に様々なものが充満しすぎて、料理などに手を付けるだけの要領が残っていない。理由は一つ。自身の夢についてだ。
種類豊富に並べられた弁当を見つめながら、彼女は思う。自分の目指しているものは、果たして本当に欲されているものなのだろうか? 今日の優次郎を見ていれば、そんな疑問も浮かんでくる。
彼女は思う。優次郎が『愛』を求めれば、喜んで愛をささげよう。
彼女は思う。優次郎が『家族』を求めれば、自分が家族になろう。
彼女は思う。優次郎が『温もり』を求めれば、傍に寄り添おう。
だが―――――――彼はすでに、それを手にしてしまっている。
瞳や叶が、形は違えど彼女たちなりに彼を愛し、家族の様に接し、常に寄り添っている。無論、瞳はそれを否定するだろうが、客観的に見ている雪菜からすれば、それは一目瞭然だ。
自分の入り込む隙などない程、自分の入り込む必要などない程、彼は愛され、家族と共にあり、温もりを感じている。
綾瀬川姉妹だけではない。彼は今や多くの生徒たちから愛されている。今日の授業は、その証明に十分成りうる。
ならば自分は? 自分は彼に何をしてあげられる?
二週間前、瞳に問われた際に答えた言葉が間違っていたとは思わない。優次郎は何かの切っ掛けで『狂人』となってしまった。今もそう思っている。それに、優次郎は自分で認めていた。学生時代に、親友と呼べる存在がいた事を。それならば、彼も他の者と何も変わらない、普通の学園生活が遅れていたはずだ。
では、一体何故? 何故、あんなにも愛されている優次郎は狂ってしまった?
疑問が脳を逡巡し、行き場を無くして跳ねまわる。いくら考えても、答えに辿りつける気がしない。
救える魔術師になりたいと優次郎本人の前で豪語しておきながら、彼の授業によって近づいてる筈なのにそう感じられない自分に腹が立ち、雪菜は拳を握りしめた。
「……ねぇ」
そんな時だ。聞きなれた、されど思ってもみなかった声で話しかけられたのは。
ハッと我に返りそちらを振り向けば、いつもの様に仏頂面を浮かべた彼女が立っていた。
「綾瀬川先輩…………」
「その様子だと、また考え事をしていた様ね」
そう言って、綾瀬川瞳はため息を吐いた。
「ただ、そうやって商品の目の前で考え事をされると、お弁当を買いに来た私たちとしては少し困るのだけど」
「あっ」
そこでようやく思い出した。ここはコンビニで、時刻は午後五時をまわった所だ。学生の多いこの辺りでは、コンビニ弁当で夜を済ませる者は多い。
すなわち、何人かの学生たちから怪訝な視線を向けられている今の状況は当然の結果と言えるだろう。
「す、すみません。失礼しました」
ペコペコと頭を下げ、雪菜は適当に弁当を取るとその場から立ち退いた。
それを横目で確認してから、瞳は一歩前へ出て、弁当を二つ手に取る。
またやってしまったと想い、雪菜は申し訳なさそうに俯く。
「…………月城さん」
「は、はい!」
再び声を掛けられ、俯かせていた顔を上げれば、弁当を手に取った瞳は弁当コーナーの前から立ち退き、雪菜の前に直立していた。
「余計な詮索なら申し訳ないのだけど……水瀬先生の事で悩んでいるなら、相談に乗りましょうか?」
「え…………」
「アナタが最近考えている事なんて、水瀬先生の事ばかりじゃない。内容によっては答えかねるかもしれないけれど、これでも私は水瀬先生と知り合って五年以上経ってるから、少しは力になれると思うわ」
何故だろう。五年以上経っているという言葉をやけに強調していた様に聞こえた。
だがそこはあえて無視し、口を開く。
「で、でもご迷惑じゃ?」
「別に。どうせ帰っても、夕食を済ませてお風呂に入るだけだしね」
そう言うと、瞳は雪菜の手にある弁当をそっとつかみ、レジへと向かった。
瞳の行動に目を見開き、口を開こうとした雪菜だったが、瞳の視線によって制止させられる。
「とりあえず、アナタは外に出ていなさい。私たちもすぐに行くわ」
瞳はそのまま何も言わず、そして何も言わせずにレジへと歩き出した。
その視線と雰囲気に押し負け、雪菜はそのまま店の外へと向かう。
「ごめんなさい。待たせたわね」
「あ、いえ…………」
雪菜が外に出て数分後。扉から少し離れた場所に立っていた雪菜は、瞳の声に振り向く。
すると、レジ袋を持った彼女の隣には、これまた意外な人物がいた。
「が、学院長……」
「こんにちは、月城さん。私からもごめんなさい。待たせてしまったわね」
「い、いえ! とんでもありません!」
素直な感想だが、雪菜は驚いていた。
まさか学院長であり、希代の天才魔術師でもある叶が、コンビニ弁当で夜を済ませるなど想像もしていなかったからだ。よくよく考えれば、彼女の妹である瞳が弁当を二つ買った時点で気づきそうなものだが、流石に気が回らなかった。
「はい。これアナタの分よ。一応、温めてもらってあるけど」
「あ、すみません。ありがとうございます」
細やかな心配りに感謝しつつそう答えると、瞳は別にいいわ、と短く答えた。
その横では、相変わらず叶が優しい笑みを浮かべていた。
「瞳から聞いたけど、月城さんはユー君の事で悩みがあるんですって?」
「え? あ…………は、はい」
叶にまで知られたのならば、もう誤魔化せない。そう思い、雪菜は素直に白状する。
「ユー君の事かぁ……もしかして、恋の悩みとか?」
「ふぇっ!?」
ニヤニヤと意地悪く笑う叶の言葉に、雪菜は思わず顔を真っ赤に染め上げる。
それを呆れ気味に見つめ、瞳はまた息を吐いた。
「姉さん、ふざけるなら先に帰ってもらえるかしら?」
「あら冷たい。瞳だって、少しはそれを危惧してたんじゃないの?」
「……危惧とはどういう事かしら? 何故私が、月城さんが水瀬先生に恋する事を危惧しなければならないの?」
「だってアナタ、昔からユー君が大好きじゃない。昔はずーっとユー君にしがみつい……」
「姉さん?」
何やら不穏な殺気じみたものを纏いつつ、瞳は声を落として言った。
「あらあら、素直じゃないわね」
「私はいつだって素直なつもりだけれど」
そんなやり取りを見て、あぁ、やはり姉妹なんだなぁと雪菜は実感する。瞳のこんな所も、叶がこれだけ子供っぽい事を言うのも、普段は見られない光景だ。言い争いつつも、本来は大の仲良しなのだろう。
こんな姉妹だからこそ…………。
「月城さん」
「っ、はい!」
またもや急に声を掛けられ、雪菜は声を張り上げた。
「ごめんなさい。アナタの相談に乗るために待っていてもらったのに、姉が妙な事を口走ったせいで蚊帳の外にしてしまったわね」
「い、いえ! 仲がよさそうで羨ましいです!」
「あら、月城さんにもそう見える? そうなのよねぇ、瞳も何だかんだ言いつつ――――」
「姉さん。話が進まないから、本当に帰ってもらえるかしら?」
横目で叶を睨む瞳に、叶は本当に素直じゃないわねぇ……と言ってくすくす笑う。
「本当に仲がよさそうで羨ましいですよ。そんなお二人だからこそ…………水瀬先生も、ああやって笑えるんだと思います」
叶と瞳の視線が、雪菜に集中する。今、自分がどんな顔をしているのかは雪菜には分からない。だが、叶たちから見た彼女の表情は、とても綺麗で…………それでいて儚かった。
「……月城さん。確かに水瀬先生はよく笑うけれど、それは私たちの前でだけ、というわけでは無いわ。きっとアナタたちの前でも、心からの笑顔を向けている筈よ」
「瞳の言う通りね。ユー君は、瞳とは正反対に素直な子だから。愛想笑いなんて器用な事が出来る子じゃないのよ? だから心配しなくてもいいわ」
不愛想な言い様の中にも、確かな温かみを感じさせる瞳の言葉と、包容力溢れる笑みを浮かべた叶の言葉に、雪菜は思わず目をこすった。
「ありがとうございます。あの……………一つだけ、聞きたい事があるんです」
「何かしら?」
問い返したのは、叶だった。
その瞳を一心に見つめ、雪菜は口を開く。
「水瀬先生は――――――一体どんな人なんですか?」
予想外。
叶と瞳の表情は、そう語っていた。
雪菜はつづける。
「お二人の言う様に、水瀬先生は素直で、子供っぽくて、誰も見えていない魔術の奥底までしっかり見ていて…………とっても優しくて、柔らかくて、凄く良い先生だと思います。
でも、だからこそ分からなくなってしまったんです」
「前に言っていた、『水瀬優次郎を救う方法』かしら?」
答えたのは、瞳だった。叶にとっては初めて聞く話だが、今は何も言わずに雪菜を見つめる。
雪菜はと言えば、瞳の言葉を首肯した。
「水瀬先生には、綾瀬川先輩や学院長の様に傍に寄り添ってくれる人がいます。自分を肯定し、愛情を向けてくれる人がいます。学食の三木さんだって、多分そうなんだろうなって見てて思います。
そして、これは水瀬先生自身から聞いた話なのですが…………水瀬先生には、学生時代に親友さんがいらしたんですよね?」
「…………えぇ、いたわね。本当に仲が良かったわ。四六時中一緒にいたもの」
肯定したのは叶だ。瞳もその人物に心当たりがあるのか、目を細めて見せた。
「それなら、何で水瀬先生は『狂人』と呼ばれる様になってしまったのでしょうか。何が水瀬先生を変えてしまったのでしょうか。そして…………もしかしたら、水瀬先生はもう―――――」
「月城さん」
最後に何かを言いかけた雪菜を制したのは、瞳だった。
雪菜は言葉を止め、彼女へと向き直る。
「申し訳ないけど、私に言える事は一つしかないわね。
―――――――人を、水瀬先生を救いたい。それはとても素晴らしい考えだと思う。でも今の話を聞いて確信した」
その瞬間、心なしか瞳の眼が、敵を見るかの様な鋭いものに変わった。
「月城さん。アナタは結局、あの人の事を何も分かっちゃいないのよ。浅瀬にしか立っていない人が『海を知った』とほざいている様なものでしかない。それなのに、そんな顔で水瀬先生の事を語らないでもらえるかしら。正直言って吐き気がするわ」
それだけ言うと、瞳は彼女に背を向けて歩き出す。
「…………どこに行くの?」
「もう帰るわ。気分も悪くなってしまったし」
振り返る事無くそう言い、瞳はそのまま自宅へ向けて去ってしまった。
今の彼女の言葉は、今の雪菜の心を抉るには十分すぎるものだ。結局、自分は水瀬先生を何も分かってはいなかった。それなのに、さも全部わかった様にのたまって。勝手に悩んで、勝手に夢を疑って。
滑稽も滑稽。ピエロにだって笑われる。それが今の自分だ。
瞳の言葉はそう言っていた様に、雪菜には思えた。
「ごめんなさい、月城さん。あの子、本当にユー君が大好きなのよ。だからユー君の事になると、相手の気持ちや、その言葉がどれだけ相手を傷つけるかを知らないでモノを言ってしまうの。
姉として謝ります。本当にごめんなさい」
そう言って深々と頭を下げる叶に、雪菜は覇気のない笑顔を向けた。
「とんでも無いです。頭を上げてください。
先輩の言う通りなんです。私は何も知らなかったんですよ、先生の事を」
「月城さん………」
「たった二週間。それも授業と初対面の時以外全く話したことも無いのに、勝手に知った気になってただけで…………あはは、笑っちゃいますね」
そう言う雪菜に、叶は掛ける言葉は無かった。もう何を言っても、今の彼女を癒す事など出来ないだろう。
「…………瞳には、後でキツく叱っておくわ。何度も言ってしまうけど、本当にごめんなさい。
私も、もう帰るわね。ただ……」
そこで話を区切る叶に、雪菜は思わず顔を上げる。
そこにはいつもの穏やかな彼女は無く、大魔術師に相応しい精悍な顔つきをした叶がいた。
「アナタの質問に、私も答えないといけないわね。
…………アナタの言っていた事は、確かに彼の一面よ。そこに何の偽りも無い。アナタの言葉には、私も知っている水瀬優次郎が確かに存在しているわ。それは決して嘘なんかじゃないし、知った気になっているわけでもない、本当の彼の一面である事は間違いないわ。だから、もう知った気になっていただけなんて、そんな悲しい事言わないで?」
「学院長……」
彼女の優しさが、雪菜の涙腺を刺激する。
そんな彼女を優しく抱きしめ、叶はつづけた。
「アナタの夢は、本当に素晴らしいものよ。いつか、アナタはユー君の全てを知って、彼を本当の意味で癒せる存在になれる。私はそう信じているから。
ただ、これだけは言っておくわね」
そういうと叶は雪菜を離し、赤くなった彼女の瞳を見つめた。
「ユー君はね、常に「操り手」なの」
「…………え?」
言葉の意味を測りかね、雪菜は思わず聞き返す。
「彼は誰にも操れない。彼と対峙した人は、自分の意思で動いていると思っていても、実は彼の掌の上で踊らされているだけ。
相手の行動や意思を自在に操って、そして最後に勝つ。それが水瀬優次郎なの」
じゃあ、また明日ね。
そう言ってニコリと笑い、叶は瞳が去った方向へと歩き出した。雪菜は彼女の言葉の意味が分からず、ただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。右手に握られた袋の中にあるコンビニ弁当は、すっかり冷めてしまっていた。
瞳は性格悪いわけじゃないんです! ただちょっと愛が重いだけなんです!(必死)
彼女は作中でも色んな人が言っている通り、優次郎が大好きです。だからこそ、二週間しか経っていないのに優次郎を語る雪菜に腹が立ったんでしょうね。
ただ、叶さんは優次郎を可愛がりつつも冷静な立場にあるので、こうして雪菜を癒してあげられるんだと思ってます。
多分この後、綾瀬川家では姉妹喧嘩が勃発するんでしょうね。恐ろしや……(汗
次回もよろしくお願いします