第三十九話 =苦悩と再会=
第三十九話です。よろしくお願いいたします。
海水浴(?)を終えた後。
四人は近くにあったシャワー室で体を流し、着替えを終えると宿泊地へと向かった。選んだのは、科学の時代から存在しているという老舗旅館だった。せっかくの旅行なのだから温泉でも満喫してきなさい、と叶が金銭面で援助してくれたものだから、有難い限りだ。
チェックインを済ませ、地元の海鮮を使った夕食に舌鼓を打ち、そして現在。
「ふぅー……生き返るねぇー……」
「何おばさん染みた事言ってるのよ」
芽衣と瞳は、温泉で体を癒している最中だった。
「だってホントの事だもん。全く……今日は辻上君のせいで疲れたよ」
「それにしたって、公衆の面前であんな事するものじゃないわ。私まで恥ずかしかったじゃない」
「うぅ、ごめんってば」
思い返されるのは、和也との一戦。結局芽衣と和也の争いは、各々の部屋へ分かれるまで続いたのだ。
瞳がチェックイン手続きをしている時も、ロビーで待っている二人の言い争いは止むこと無く続いていた。優次郎は心ここに在らず、といった様子で外をじっと眺めており、止める人間がいなかったのも大きいだろう。他の宿泊客は煙たそうにする者もいれば、「若いっていいわねぇ」と微笑ましく見ているものもいたが、二人は気付いていなかった様で、瞳だけが恥ずかしい思いをさせられたのだから、迷惑な話である。優次郎もぼーっとしてないで止めてくれれば良かったのに、とも思う。まぁ彼の事だから、見ていたとしても面白がって止めなかったとは思うが。
その後は、結局手続きを終えた瞳が二人を窘め、口論は終わりを告げた。しかし部屋に向かっている最中も睨み合いは続いており、もうどうにでもしてくれと諦めた。優次郎は終始笑っていたが。
「食事中も些細な事でもめ出したし、本当にアナタたちときたら……」
「些細な事なんかじゃないよ! だって辻上君、私のお刺身勝手にとったんだよ!? 『会長はもう十分育ってるんだからいいでしょ』とか言ってさ‼ どこ見ながら言ってんだよもう‼‼」
「芽衣、他の方もいらっしゃるの。もう少し静かにしなさい」
言われてハッとすれば、ロビーの時と同じ様な視線が自分に向けられているのが見え、思わず顔を赤くした。
瞳は申し訳なさそうに他の客たちに会釈する。
思い出されるのは、夕食中の一コマ。和也は芽衣の前に置かれた料理をこっそりとつまみ食いし始めたのだ。当然、言い争いは始まる。そこからは、互いに食事の奪い合いに発展してしまった。ロビーでの一件で既に諦めていた瞳は止める事もせず、食事を堪能していたが。
「そういえば、優ちゃん先生もお酒飲めばよかったのにね。私達の事は気にしなくていいって言ったんだけどなぁ」
「…………そうね」
そんな言葉を聞けば、瞳が過去に出会った弱弱しい優次郎を思い出す。芽衣と和也はあの時学食にいなかったため知らないのは当然だと、瞳は特に理由を言わずに流した。
芽衣にお酒を勧められた時の、滅多に見れないであろう優次郎の焦り切った顔が少し面白かったのは内緒だ。
――――まぁ、その後すぐに夕食だけでなく昼に買ったものまで綺麗に平らげた優次郎に驚愕する羽目になったのだが。
それより、と瞳は話を戻す。
「前から思っていたのだけれど、アナタ達もう少し素直に出来ないの? 芽衣だって、辻上君の事嫌いなわけでは無いんでしょう?」
「き、嫌いじゃないけど……でも辻上君、私の事からかってばっかりだから……」
「それは私も擁護出来ないけど……でも、辻上君のいう事も一理あるわね」
「え?」
何を言い出すのかと瞳を見れば、彼女の視線は自身のある一部へと向けられていた。瞳のそれとは違い、豊満に育っている部分を。
そんな彼女を見つければ、芽衣は意地悪く笑った。
「ははーん、そういう事か」
「……まぁ、発育は人それぞれだわ。別に何とも思ってない。それに私だって、アナタ程では無いにしろ小さいという事でもないのだし。平均的なだけよ」
「でも、学院長だって大きいんだから大丈夫だよ‼ 瞳っちだって大きくなるって‼」
「アナタに言われると嫌味っぽいわね」
ごめんごめん、と謝る芽衣だが、その言葉が空っぽである事は理解でき、瞳は咳払いをした。
「話がそれたけど、芽衣。確かに辻上君の言葉は目に余るものもあるけれど、この間も言った通り売り言葉に買い言葉を続けていても仕方ないわよ」
「うん……そうだよね……」
「それに、アナタ顔に書いてあるわよ?」
「?」
首をかしげる芽衣に、瞳は優しく笑いかけた。
「『辻上君との会話は楽しいなぁ』ってね」
「え!?」
斜め上の指摘に、思わずそんな声が漏れた。
「た、楽しいわけないじゃん! いつも言ってるでしょ!? 辻上君ったら、やれ『会長ってホントに子供っぽいよね』とか『栄養胸以外にもちゃんと送りなよ』とか、そんなことばっか言ってさ! てか今のなんて普通にセクハラだし‼」
「ふふっ」
「な、何さ……」
和也に対する不平不満を並べてみれば、何故か瞳は笑った。
「今、アナタ自分で言ったじゃない」
「言った? 何を?」
「『いつも言ってるでしょ』って。つまり……自分でも気付いているのでしょう? 最近のアナタ、辻上君の話ばかりしている事」
「……そう……かも」
言われてみれば、あの事件があった後から自分と瞳の会話の中に、かなりの確率で彼の名前が出てくる様になったかもしれない。
今まで全く考えていなかったが、瞳に言われてはっとした。
「芽衣、こういう機会だからハッキリと聞いておきたいのだけれど、アナタ―――――」
辻上君の事を、異性として意識しているんじゃないの?
突然の問いに驚きながらも、芽衣は彼と出会ってからの記憶をめくる。
いつも自分をからかい、馬鹿にした態度ばかりとって来る後輩。自分たちでは理解出来ないような、事件や人生を『ゲーム』と捉える考え方。正直に言えば、いけ好かない。それが本音だ。
だが、それだけじゃない。本当は優しく友達思いである事を、芽衣は知っている。
芽衣の無謀とも言える提案にも、彼女の意思を尊重し賛同してくれた。そして、瞳の事も説得してくれた。
いつもからかってばかりだけれど、今日の海での出来事の様に、本当に褒めてもらいたいと思った時は素直に褒めてくれる。
きっと、悪い人じゃない。むしろ自分より人に優しく出来るんじゃないかとすら思うし、人として尊敬できる所もある。瞳が言った通り、嫌いではない。
だが―――――
「……わかんない」
それが、芽衣の素直な思いだった。
「悪い人じゃないとは思うよ? 確かに後輩のくせに生意気な事ばっか言うし、可愛げのかけらもありゃしないけどさ。でも優しい所もあるんだなって思ったし、良い人だとは思うんだ。瞳っちの言う通り、辻上君とお話するのを楽しみにしてる自分がいるのも事実だと思う。
でも……異性として好きかって、恋人になりたいって思うかって言われると、それもちょっと違うような気がしてさ……」
「そう……」
思い返せば、芽衣とこうして色恋沙汰に関して話すのは初めてかもしれない。
優次郎との関係を冷やかされる事はあった。だが、彼女の口から恋愛について聞いたことは、記憶を辿っても存在しない。
きっと彼女は、こういった経験をした事が今まで無いのだろう。今自分が彼に対して抱いている感情を分からずにいるのだ。
「ご、ごめん! 私もうあがるね? 部屋で待ってるから、瞳っちものぼせないようにしなよ!」
「えぇ、分かったわ」
瞳からの返答を確認し、芽衣は足早にその場を後にした。
「散々私をからかっていたのに、あの子も初心ね」
前の……出会った頃の彼女からは想像出来ない様な言動に、思わず笑みがこぼれた。
だが、すぐにそれはかき消され、憂い顔が前面に現れる。
「私も……」
脳裏に浮かぶ、優次郎の笑顔。何よりも大好きなその表情。
「私も、もしかしたら分かっていないのかも知れないわね……」
そんな彼女の言葉は、湯気と共に空へ昇って行った。
備え付けの浴衣に着替え、女湯の暖簾をくぐった芽衣は立ち止まる。自分の感情は、瞳が言うように恋なのだろうか。だが、瞳にも伝えた通り付き合いたいと思っているわけでもない。
ならば友人か。いや、それも少し違う様に思える。
「辻上和也、君……」
無意識に彼の名を零した所、
「俺に何か用?」
当の本人がそれを拾った。勢いよく声の方向へ目をやれば、そこには芽衣と同じく浴衣に着替えた和也が立っていた。体からはまだ湯気が立っている。
「……辻上君も温泉?」
「今あがった所。見たところ会長もそうみたいだね」
「うん。優ちゃん先生は?」
「『知り合いの顔が見えた』とか言って、外行ったよ。多分、帰って来てから入るんじゃないの? 誰かさんと違って忙しいみたい」
「そっか」
会話の最中、和也の心中に驚きが生まれた。いつもなら『誰かさんって誰の事さ!』なんて叫んで噛みついてきそうなものだが、芽衣の返答があっさりしたものだったからだ。
「会長、何かあった?」
「え?」
「いや、何か元気ないみたいだからさ」
「うーん、そういう訳でもないんだけど……ちょっと考え事してて」
「考え事? 会長が? いつもテンションだけで生きてそうなのに……ハッキリ言って似合わないよ」
「はは、そうだね」
今度は驚きが表情に出てしまった。今の彼女が、あきらかに普段と違う事は、和也にも明白だ。まさかその原因が自分だとは思っていないだろうが。
(……何か調子狂うな)
ガシガシと頭を掻き、怪訝そうに眼を逸らす。
「……別に良いんじゃないの」
「えっ」
「何考えてんのか知らないけどさ。答えをそんな焦って出さなくても良いと思うけど」
和也からの言葉に、芽衣は彼を凝視したまま固まってしまった。
「俺ら、まだ学生でしょ。これからいろんな経験するだろうし、そん中で『答え』を見つけりゃいいって話だよ。分かんない事なんて、あって当たり前なんだからさ。会長が考えてる事の答えが、本当に必要なもんなんだったら、ちゃんと後から出て来るもんだよ」
「……一応聞くけど、そのソースは?」
「だってゲームってそういうもんだし」
「やっぱり……」
こんな事言わなけば、素直に『いい人だな』で終わるのに。
芽衣は心の中で悪態をついた。
「だから、今はそんな考えなくていいんだよ。どんだけ悩んだって、自分がそれを解決するためのアイテムを持ってなけりゃ謎解きは不可能。いつかアイテムが手に入ったら、答えは分かるって。それに経験積んで、『学』んで、そうやって『生』きるってのは、学生の本分なわけだし」
そう言うと、和也は芽衣の横を通り抜け、部屋へ向けて歩き出した。
「だから、あんま根詰めて考えない方がいいよ。さっきも言ったけど、似合わないし。てか、俺が調子狂うから勘弁して。いつもの能天気でアホっぽい、目に毒なくらい眩しく笑ってる会長でいてよ」
そんな事を言われれば、芽衣は思わず笑った。言葉に難のあるものだが、どうやら彼は自分を励ましてくれている様だと分かったからだ。
やはり、自分が彼に抱いている印象は間違っていなかった。彼は優しい。きっと、自分よりも。
(……ありがとね、辻上君)
そんな想いは、口にする事なく押し込まれた。きっと彼に言うと、また『らしくない』なんて言われるだろうから。
だが、これだけは伝えたい。
思った時にはもう、芽衣は息を吸い込んでいた。
「アホっぽいって言うなー‼ この毒舌ゲームオタクが―――!」
芽衣の言葉に、和也は振り返る事なく歩を進める。その為、彼女の叫び声を聞いてどこか嬉しそうに笑っている和也の顔を、芽衣が見る事は無かった。
その頃、優次郎は一人、夜の街を歩いていた。いつもの彼とは違う赤いパーカーや綺麗にアイロンがけされた白いTシャツ、それに紺色のジーンズも、当然彼の私物ではなく玲央が瞳に預けたものだ。
落ち着かないな、と優次郎は一人思う。
それは同行者三人も同じだった様で、和也と芽衣にジロジロと見られた時は恥ずかしかったものだ。瞳が顔を赤くしていたのは、少し面白かったが。
閑話休題。
優次郎が歩いているのは、まだ出店が勢いを失わない繁華街でも無ければ、綺麗にライトアップされた街はずれの神社でもない。
彼が歩く場所、それは路地裏だった。
人通りは多いはずも無く、たまにゴロツキと思われる人間がたむろしている程度だった。そんな彼らも、優次郎が歩いてくるのを見つければ、足早にどこかへ去ってしまったが。
ある程度歩いた所で、優次郎は足を止める。
彼が到着したのは、煌びやかな繁華街の裏手。店と店の間を数分歩いて到着する最深部。
およそ観光客が訪れる場所では無いが、むしろ彼にとっては都合がいい。『知り合い』も、きっとそうだろうと推測する。
「…………ここなら良いでしょ? 出てきなよ。せっかくの再会なんだし、顔をみたいな」
そんな事を言いながら振り返れば、そこにあるのは一面の黒。当然だ。こんな所誰も来やしないのだから。来る途中は聞こえていた賑やかな声も、もう聞こえて来ない。
その時、小さな風が彼と黒との間を通り過ぎていった。何かを優次郎へ届ける様に。
風が運んできたもの。それは――――――『人』。優次郎より少し小柄な、年は彼と大差ないであろう『黒い女性』。
髪の隙間と、着用しているショートパンツから伸びている白い肌だけが、唯一それを『人』だと認識させていた。
後はもう、全てが一面の黒。黒。黒――――。目元を覆う程の髪も、首元を覆うマフラーも、彼女が羽織る見慣れたコートも全て。
普段の彼とは、正反対な色を身に着けた女性だ。
「久しぶり、シエルちゃん」
優次郎の声が、彼女に降り注ぐ。女性は俯き気味だった顔を上げる。髪の間からのぞく眼は、やはり黒―――――ではなく、似つかわしくない金色。
しばし無言の戦争が続いた後で目の前の女性、『シエル・ノーランド』は口を開いた。
「水瀬。優次郎。御無沙汰」
「相変わらず、日本語上達してないね」
優次郎は思わず笑った。
今回もありがとうございました!
なんかこの章が始まってから、芽衣ちゃんと和也君がクローズアップされてますね。だって書いてて楽しいもん。つい書きたくなっちゃうもん。
そんな言い訳はさておき。
今回の新キャラであるシエルちゃんが登場しました。ここから大きく、この章は動き出す事になります。
と言う訳で、日常編と言うか、旅行満喫編は一旦お休みしまして、シリアスな展開が続くかなぁと。途中で口直し的に挟むとは思いますが。
では今回もありがとうございました!
また次回もよろしくお願い致します!




