第三十八話 =採点と青春、突然の戦い=
第三十八話です。よろしくお願いします。
「先生、いくらなんでも買いすぎです。せっかくの豪華な夕食も堪能出来なくなりますよ」
「えー?」
時刻は十三時をまわった頃。瞳に釘を刺された優次郎は不思議そうに呟いた。胸の前で組まれた両腕の中には、これでもかと言う程の食料が積み上げられていた。四人で分けるでもなく、全て食べたいが為に優次郎が購入したというのだから驚きだ。
転移魔術により宿泊先近くまで来た四人は、しばし見慣れない風景を楽しみながら散歩していたが、途中で市場を発見。所狭しと並ぶ店、そこに並ぶご当地名品に目を輝かせながら、優次郎は瞳が止める間もなく買い物を進めた。
新鮮な魚介類に様々な加工を施している辺りは、流石は観光地としてそこそこ名の知れた港町だと感心はするものの、三人は優次郎の食い気に呆れ気味だ。
「そうかなぁ。これでも抑えたつもりなんだけど」
「いや下手したら明日の朝食まで持つくらい買ってると思うけど」
和也が早口気味に言葉を乱射する。二人も同意見だった様で首を縦に振っていた。
「優ちゃん先生って、ホント色気より食い気って感じだよね……これは瞳も苦労するわけだ」
「……芽衣?」
最後の方は独り言のつもりだったが、どうやら隣を歩いていた瞳には聞かれていたらしい。じろりと此方を射抜いてくる瞳に、芽衣は慌てて笑った。
「ご、ごめんって。そんな怒んないでよ」
「別に怒ってないわ」
「いや百パー怒ってるでしょ。会長なに言ったの? まぁどうせ、ろくな事じゃないんだろうけど」
「つーじーうーえーくーん?」
今度は和也が睨まれる番だった。そんな三人を見て、優次郎はただただ笑った。
そんな時だ。静かで心地いい音色が、四人を刺激したのは。
「ん? あぁ。気付かないうちに、こんなトコまで歩いて来てたんだね」
「え? ……うわぁ」
優次郎の言葉を拾い、芽衣は視線を彼と同じ方へ向ける。そして広がっていた光景を目の当たりにした時、思わず感嘆の声が漏れだした。
そこにあったのは、一面の藍と、対抗するような白だった。
「すごーい! 私あんまり街を出なかったから、海なんて初めて見たかも!」
「え、そうなん? でも、確かにこりゃ絶景だね」
「えぇ、とても綺麗ね」
「そうだねー……」
三者三葉の言動を見せるが、そのどれもが目の前の光景に感動を覚えているのが分かる。魔術学院は内陸部に位置している為、海を見る機会はほぼ無いと言っていい。
しかも生まれも育ちも海とは無縁であった芽衣と瞳からすれば、まるで異世界にでも来たような感覚なのだろうか。
和也は海に近い町の出身である為、過去には見慣れた光景の筈なのに場所によってこんなにも違うのか、と感心する。そして優次郎は、どこか懐古するような目で海を見つめていた。
「ねぇねぇ! せっかくだからちょっと遊んでいこうよ!」
「いいんじゃない? チェックインまで少し時間あるわけだし」
「ボクも良いと思うよー!」
「私も異論はないわ……というより芽衣、アナタ最初からそのつもりだったんでしょう?」
「にっしっしー! やっぱバレちゃう?」
子供の様に笑う芽衣に、瞳は思わず笑ってしまった。チェックインは十五時半からだと言うのに、午前十時集合と決めたのは芽衣だ。宿泊先近くに海があると知って、少しでも遊ぶために設定した時間なのだろう。
本当にこの子は分かりやすいな、と一人無意識に思考を動かす。
「なら瞳っち! 早速着替えに行こうか! まだ海開きした直後でお客さんも少ないし、更衣室も空いてるだろうしさ! 」
「分かったわ。二人とも、また後で」
「うん! ボク等は此処で待ってるね!」
「いってら」
「「え?」」
「「え?」」
男性陣の返答に、思わず二人して聞き返す。
そして男二人もまた、同時に疑問を投げた。自分たちが、何か変な事を言っただろうか? とでも言いたげだ。
「あの……二人は着替えないんですか?」
「そうそう! せっかくの海だよ? てっきり二人も着替えて来るかと思ったのに待ってるって言うから!」
瞳と芽衣の言葉を聞けば、優次郎はきょとんとしてしまった。和也は表情こそ崩さないが、何言ってんだこの二人、とでも言いたげだ。
そして、正直な言葉を吐き出す。
「だってボク、水着持って来てないし。そもそも持っても無いし」
「右に同じく。持ってるけど持って来てはないよ」
「えぇー!?」
芽衣は思わず叫んだ。
「なんで用意しとかないのさ! 海に行くって言ってたでしょ!?」
「そんな事言ったって、二人も知っての通り、ボク万年金欠だし。水着買うお金なんて無いし。それなら美味しいご飯にお金使いたいし」
「隣の暴食漢はさておき、俺元々海に入るつもり無かったし。てか、男の水着見て誰が喜ぶん?」
「それ誰に向けて言ってんのさ……」
あからさまに呆れる芽衣。まさか海に行くと言うのに水着を持ってこない人間がいたとは夢にも思わなかった様だ。
「まぁそういう訳だからさ! 二人は着替えてきなよ!」
「先生が持って来ていないのは予想できていましたが、まさか辻上君までとは思いませんでした。それなら、私たちだけと言うのは……」
「いいじゃん! それにボク、二人の水着姿見てみたいな!」
優次郎がそんな事を口走れば、瞳は思わず顔を赤く染めた。
それもそうだ。優次郎と旅行に行くという事実に支配されており全く考えていなかったが、彼に水着姿を見られる事になるのだ。瞳としては恥ずかしい事この上ない。
「芽衣、やっぱり着替えなくても……」
「なーに言ってんのさ! 私たちもう四回生で卒業間近なんだよ? 社会人になったら、次いつ海なんて来れるか分からないんだし、今の内に遊んでおかないでどうすんの?」
「でも……」
「瞳ちゃん、芽衣ちゃんの言う通りだよ! それにさ……ねぇ、和也君も二人の水着姿見たいでしょ?」
「んー……まぁ、確かに見てみたいかな。揺すりのネタ増えそうだし」
「なんで私を見ながら言うかなぁ!」
和也と芽衣はさておき。
「瞳ちゃん、お願い!」
「っ! ……はい」
純粋な笑顔で言われれば、瞳の抱える赤はこれ以上ないものとなった。そして同時に、退路も断たれてしまった。
芽衣は和也との言い争いを止め、瞳の腕を引く。
「じゃあ、私たち着替えて来るね! 逃げないで待っててよ!」
「はいはーい!」
「善処はするよ」
「それ絶対守らない約束する時のヤツだから! 逃げちゃダメだからね!? 優ちゃん先生、ちゃんと見張っててね!?」
芽衣の叫び声を残し、二人は更衣室へと向かって姿を消した。
「和也君、あんまりからかったら可哀そうだよ?」
「分かってるけど止まんないんだよね。会長の反応面白いから」
「……それは否定できないかも」
そこで、二人の会話は止まった。思えば優次郎と和也が二人きりになる事など、今まで無かった。気まずいという訳でもないが、どこか新鮮だなと和也は感じていた。
優次郎はと言えば―――――
「……何? 先生」
満面の笑みで和也を見つめていた。
「玲央先輩から聞いたよ? あの空間切離結界の打開策を考えたの、キミだったんだね」
「……まぁ、一応」
そういえば、もう一か月も前になるのか、なんて時の流れの残酷さを感じながら、和也は答える。
「空間切離結界の打開策は三つあるけど、和也君がとった方法の『結界に従ってただ歩く』っていうのはその中の三つ目。つまり『最終手段』みたいなもの……ちょっと違うね。失礼な言い方になっちゃうけど、『悪あがき』って感じかな」
「そっか。まぁ、今の俺じゃそれが限界なんだろうね」
「ごめんね? 貶したかったわけじゃないんだ」
「別にいいよ。むしろハッキリ言ってくれた方が、俺も自分の力を過信しないで済むし」
申し訳なさそうに言う優次郎だったが、和也は気にしない素振りだった。
それを見れば、優次郎もくすりと笑みをこぼす。
「和也君がその方法をとった理由も教えてもらったんだけど、それを聞いた時に思ったんだ。和也君ってさ、皆の事大好きなんだね!」
「……どういう意味」
和也にしては珍しく、少し濁した言葉を返した。
「あり得ないでしょ。この間もそうだけど、俺がやったのは他の人に前衛を任せて、後ろで呑気に頭動かしてただけ。そのスタイルを変えるつもりも無いよ。取締委員会に入った後もね。そんな奴が皆を好き? 自分以外の人間に危険な立ち位置を任せてるやつが? 本当にみんなの事好きなら、ちゃんと努力して力をつけてるよ」
「そうかもしれないね! でも、……ボクはそう思ってるよ」
そう言って笑う優次郎に、思わず見とれてしまった。いつもの無邪気な物でも、狂気を含んだものでもない。『教師』の名に相応しい、自分を見守ってくれている様な笑顔に。
「今言った三つ目の方法は、他の二つとは全く毛色が違うものなんだ。不確定要素が多い事もそうだけど、何より……他の二つの方法は、熟練の腕を持った魔術師でもない限り、結界の中に閉じ込められている人間を傷つけてしまう可能性がすごく高いって事もそうだね」
空間切離結界を打開する方法。
和也が行った、結界に逆らわず相手の裏をかく事。
結界を形成する魔力の中心部を特定し破壊する事。
一つ一つ虱潰しに結界を破壊していく消去法。
「二つとも、今の取締委員会では推奨されている方法だけどね。でも、あの時はキミも含めて学生が事に当たってたんだし、中心部の特定は難しかっただろうね。瞳ちゃんなら出来たと思うし、和也君もそれを考えてたんだろうけど……瞳ちゃんは確かに優秀だけど、まだまだ経験は浅いから、特定には時間がかかりすぎちゃうだろうね。そうなれば、楠木先生がそれに感づいて、攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
一つ一つ潰していく方法もそうだよ。楠木先生は結界魔術に関してだけなら、かなり優秀だったからね。空間が少しでも破壊されれば、気付いていたと思うよ。
まぁ、そもそも打開策がある事を念頭に入れてたんだろうけど」
優次郎が並べる言葉を、和也はただただ追っていた。
「それに、最後もなんかひと悶着あったらしいね? 芽衣ちゃんの先天性魔術で打開したらしいけど、玲央先輩が言うには、成功率を格段にあげる手を考えたのは和也君だったって話だし」
「……結局、何が言いたいの」
悪あがきのように問う和也。そしてそれは、彼自身も理解していた。
目の前の講師は、自分の考えていた事を全て把握しているのだと。
「簡単に言えば、キミは『仲間が誰も傷つかない方法』を選んでたって事だよ。取締委員会は確かに優秀な魔術師ばかりだけど、毎年数人程度とは言え、殉職者が出てるのも事実だってことは和也君も知ってるでしょ?」
「なんなら、先生が現役だった頃は数十人だったって事も知ってるよ」
「はは! 流石だね」
特に気にする事もなく笑う優次郎を見れば、せめてもの反撃が無意味であったと知らされ、和也は思わず顔をそむけた。
「だからキミは、あの方法をとった。瞳ちゃんや芽衣ちゃん……境子ちゃんが傷つかない方法をね」
「……買いかぶりすぎだよ。俺はただ、面白そうなゲームだと思って乗っただけ」
「そう? ボクはそう思わないけどなぁ……それに、キミのノートに書いてあった夢も踏まえると余計にね」
和也が優次郎へ視線を送る。この子は驚くとこんな顔をするのかと、優次郎は少し可笑しくなってしまった。
「でも、和也君が言うなら、今はそういう事にしといてあげるよ!」
「……先生って、ホントにチートだよね。敵にしなくて良かったよ」
「はは、そっか!」
ちょうど二人の会話に区切りが出来た時だった。
「二人ともお待たせー!」
元気な芽衣の声が聞こえて来た。二人してそちらを見れば、面白いくらい正反対な表情を浮かべる。
「へぇー!」
感心した様子の優次郎に対し、和也は黙って歩いてくる二人を見つめていた。
芽衣の水着はワンピース型のもので、明るい彼女を体現した様な黄色に染められた可愛らしいものだった。胸元が予想以上に強調されているのは、おそらく狙ってやった訳では無いだろうと思いたい。
対する瞳は黒を基調としたシンプルなビキニ姿で、落ち着いた雰囲気とスレンダー体形を持つ瞳によく映えている。
ニコニコと笑う芽衣と恥ずかしそうに俯く瞳の対比も面白かった。
「二人とも似合ってるねー! 芽衣ちゃんは可愛いし、瞳ちゃんは綺麗だし!」
「そ、そうですか……?」
不安そうな瞳の上目遣いが、優次郎を襲う。
「うん! 瞳ちゃん、すっごく綺麗だよ!」
男なら誰もがやられてしまうだろうが、そこは水瀬優次郎。いつもの笑顔でドストレートに瞳を褒めれば、逆に瞳の方がやられてしまい、顔から湯気が吹き出そうになっていた。
「良かったね! 瞳っち!」
「め、芽衣!」
にやにやと笑う芽衣を、瞳が窘める。よく見る光景だが、今の瞳にいつもの迫力は無く、ただただ年相応の愛らしい少女でしかなかった。
優次郎はそれを面白そうに見つめた後、先ほどから言葉を発していない和也へと視線を送る。
「和也君はどう思う?」
「そうだね……良いんじゃない? 綾瀬川さんの雰囲気ともあってるし、似合ってると思うけど」
「あ、ありがとう」
「ちょっと辻上君! 私には何かないの!?」
芽衣は少し怒りを含めて言葉を出すものの、瞳と同じく顔を赤く染めているのが分かる。
和也はそんな彼女を、何も言わずじっと見つめた。
「な、何さ。なんか言ってくれてもいいじゃん」
あまりに見つめられて恥ずかしくなり、芽衣は少しどもり気味に言う。
「……似合ってるんじゃない」
「え?」
予想外の返答だった。てっきり和也の事だから、いつもの様に馬鹿にしてくると思っていたのだが。
「だから、似合ってるって言ったんだけど。可愛いと思うよ」
嘘偽りなく口にした和也に、芽衣もまた湯気が立ち込めそうになっていた。
そして、
「おりゃあああ‼‼」
「ちょっ!?」
思い切り、和也を海の中へ突き飛ばした。
「え? なんで? 俺褒めたよね? 何で水浸しにされてるわけ?」
「ななななな、何でこんな時に限って素直に褒めてくれるんだよ! 思わず恥ずかしくて突き飛ばしちゃったじゃん!」
「それは横暴でしょ……」
「うるさーい! そんな照れる事言う人が悪いんだよ! それに水着は無くても、服は送ったって言ってたんだから、濡れても別に問題ないでしょ!」
もはや開き直った芽衣に怖いものは無い様で、見事なまでの傍若無人ぶりを見せた。
和也は「はぁ…」とため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
「まぁ、確かに着替えはあるし良いけどさ……でも、これで正当防衛だからね」
「へ?」
芽衣が言うより早く、今度は和也が芽衣の肩を掴み――――――思い切り海へ投げ入れた。
「いったいなぁ! 何すんのさ!」
「言ったでしょ、正当防衛だって。俺もやられたんだから、文句は言わないで欲しいね」
「っ、このぉ!」
「うぉっ!」
勢い良く立ち上がった芽衣は、お返しとばかりに和也を海へ放り込む。そこから二人の取っ組み合いへと発展した。互いに「このゲームオタクがぁ!」「うっさい独裁者」等と罵りあいを交えながら。
「あっはは! 二人とも青春してるねー!」
「止めなくて良いんでしょうか……」
愉快に笑う優次郎の言葉を横目に、瞳が二人を心配する声を上げる。
「いいんじゃないかな? 何だかんだ二人とも楽しそうだし! それより瞳ちゃん」
「? 何です―――――」
か。
その言葉を言う前に、瞳は海へと飛び込む事となった。もちろん、優次郎によって。
「先生! 何するんですか!」
「せっかく瞳ちゃんも着替えたんだから、海に浸かっちゃえばいいと思ってさ!」
「っ、アナタと言う人は!」
「うゎっ!?」
優次郎の足を掴み、思い切り引っ張ればどうなるだろうか?
答えは簡単。バランスを崩した優次郎は倒れてしまい、そのまま海へと直行した。
「ちょっと瞳ちゃん! ボク着替え持って来て無いんだよ!?」
「心配いりません! 先生の着替えは黒岩先生から拝借しています!」
「なんで!?」
「『せっかく海行くんだから遊んじゃったりしちゃうんでしょ? 多分だけど、ミナセ君は水着なんて持ってない気がするし、濡れても良い様に僕の服貸してあげるよ! だから思い切り水浸しにしちゃったりしちゃったら良いよ!』
以上が、黒岩先生の言葉です」
「玲央先輩めぇ―‼」
そこからは、四人入り乱れての大合戦が始まった。傍から見ると、水着美女二人と私服の男二人が本気で海への投げ合いをしている光景は、さぞ異常なものとして映る事は間違いない。
だが今は他に人はおらず、当の四人も何処か楽しそうにしているのだから、それで良いのだろう。
結局四人の戦いは、チェックインの直前まで続くのだった。
今回もありがとうございました!
サービス回です(キリッ)
それと同時に、前章で和也が行った作戦に対する優次郎の採点も入れました!
この章のどこかで和也と優次郎を二人きりにするつもりではいたので、どうせなら一緒にやろうと思いまして。
そして同行はせずとも策士ぶりを見せて来る玲央先輩強い(確信)
そんな感じの三十八話です。
書いてて楽しかったです。大満足です。僕が()。
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!