第三十六話 =狂気的ハプニング=
第三十六話です。よろしくお願いします。
「あーもう! ほんっとに優ちゃん先生はいつもいつも大事な時に遅いんだから!」
夏休み開始より一週間。今日は芽衣や瞳達にとって待った日だった。四人を歓迎するかの様に晴れ渡る空に見守られた絶好の旅行日和だと言うのに、芽衣は怒りに顔をゆがませていた。
既に時刻は十時十分。待ち合わせ場所に到着しているのは、芽衣のみとなっているのがその原因だ。
「瞳っちは優ちゃん先生起こしてるんだろうけどさぁ! なぁーんで辻上君まで遅刻するかなぁ全く……後で絶対なんか奢ってもらうんだから!」
周りからすれば、少女が一人で叫びながら怒りを爆発させている状況は奇異に映っている事だろうが、今の芽衣にはそんな事すら気にならない。それほどまでに芽衣は怒り心頭だった。
そして、得てして悪い事に限って続くもので。
「ねぇねぇ、君さっきから何一人で怒ってんの?」
芽衣の姿を見ていた男が、彼女に声をかけてきた。反射的にそちらを見れば、見るからにチャラついた男二人組がこちらへ近づいてくる。
「もしかして、約束すっぽかされちゃった感じ?」
「だったらちょうどいいし、俺らと遊ばない? 君みたところ学生でしょ? ひと夏の思い出にはなると思うしさ!」
思わずため息が出た。今時こんな分かりやすいナンパがあるだろうかと、芽衣はどこか他人事の様に感じていた。
それもこれも、三人が自分を待たせているせいだと、芽衣は一人、さらなる怒りを燃やす。
「すっぽかされた訳じゃないですから、気にしないでください。今アナタたちが言った通り人を待ってるんで、そういう事は他を当たってもらえませんか?」
「まぁまぁ連れない事言わないでさ。ね? いいじゃん」
「こんな可愛い子待たせる様な奴らほっといてさ」
尚も食い下がる二人組に、元々虫の居所が悪かった芽衣は更に表情を歪ませる。
「聞こえませんでしたか? 他を当たってと言ったんですけど。ただでさえチャラチャラして見っともないのに、更にしつこい男ってなったら余計嫌われますよ」
当然、芽衣から吐き出される言葉も刺々しいものに変化を遂げ、刺された二人組も芽衣と似た表情を浮かべる事になった。
「は? 何それ、人が心配して声かけてあげたのにさぁ」
「女だからって調子に乗ってると、マジで痛い目見せるぞ」
「やめといた方がいいですよ。今待ってる人、多分アナタたちじゃ到底倒せない人ですから」
「へぇ、そう。だったら、さっさと呼べよそいつ」
「んなハッタリで俺らがビビると思ってんの? お前みたいな半人前の学生じゃねぇんだよこっちは」
聞いていると、どうやら目の前の二人も魔術を生業にしている人間らしい。どんな世界にも光と闇は存在するものだ。
いい加減うっとうしくなっていた芽衣は、更に口撃を重ねようとするが―――――
「ねぇ、お兄さんたち。その辺にした方がいいと思うよ? その人、多分アンタ達じゃ手に負えないくらいのじゃじゃ馬娘だから」
四つ目の声が、三人の間に割って入る。同時にそちらを見れば、二人組は怪訝そうにそちらを見つめ、芽衣は怒りを内側へ納め、目を丸くしていた。
立っていたのは、芽衣の待ち人の一人である和也だった。面倒くさそうに頭をガシガシとかき乱しながら、三人へと近づいてくる。
そんな彼を一瞥すると、二人組は心底バカにした様な笑顔を浮かべた。
「はっ! これがお前が待ってた彼氏君か? 大口たたくから誰かと思えば、お前と同じガキじゃねぇかよ」
「え、彼氏? 俺が?」
口をついて出た言葉を流した後、和也はジト目で芽衣を見やった。
「会長、いくらナンパが面倒だったからって、言っていい事と悪い事があると思うけど」
「私は人を待ってるって言っただけで、彼氏なんて言葉出した覚えないし。この人たちが勝手に勘違いしただけだよ。ていうか、人の事散々待たせといて最初の言葉がそれってどうなのかなぁ」
和也の言葉を真向から否定する芽衣。それはいつもの怒鳴りながらの発言ではなく、本気で面倒くさそうな静かな怒りの声だった。
「あーごめんごめん。昨日遅くまで夢中になってやってたら、眠れなくてさ」
「一応聞いとくけど、何に夢中になってたの?」
「ゲーム」
「だと思ったよ……」
ここまで来ると呆れるしかないなと、芽衣はため息を漏らした。そして、すっかり蚊帳の外をくらっていた二人組の怒りは更に上がっていく。
「おい、無視してんじゃねぇぞ雑魚が」
「あー今のでマジにキレちまったわ。こりゃ焼きいれるしかねぇな」
あろう事か、野次馬が出来始めたこんな場所で魔術を放とうとする二人組に、和也は冷え切った視線を送った。
「あのさぁ、こんな大衆の面前でおっぱじめようとする馬鹿はアンタらくらいのもんだよ。あ、俺らに有利な証人用意してくれようとしてんの? だったら見かけによらず、アンタら優しいんだね。ありがとう」
「あ? ふざけんなよクソガキ。なめてっとマジで殺すぞ」
「今までそれで逃げて来たのか知らねぇが、世の中そんな甘くねぇんだよ」
和也が行ったのは、明らかな挑発。そして二人組は、それに反応した。
その事実を確認すると、和也は一瞬だけ目だけを左へうつした後、すぐに視線を二人へ戻し、更に口を動かしていく。
「そんな田舎のヤンキーみたいな事言われてもねぇ。むしろそれで今まで世の中渡ってこれたんなら、多分俺が思っている以上に世の中は甘いんだろうね。俺、甘いの苦手なんだよなぁ。あー、やっぱ将来働きたくないわ」
「どさくさに紛れて何言ってんのさ」
呆れ気味に言うのは芽衣だっが、三人は無視して続ける。
「そうか。お前本気で俺を怒らせに来てるわけだ。なら良いぜ、裏来いよ」
「大人を怒らせるとどうなるか分からせてやるよ。最悪、あの世で反省する羽目になるが構わないよな? 自業自得ってやつだ」
見たところ、二人の怒りのボルテージは最高潮に達しているらしい。二人の本気を感じ、流石に芽衣も少し身構えた。
だが、和也は臆する事なく言葉を放つ。
「良いよ、別に。ただ、俺にも条件がある。アンタらの提案に乗ってやるんだから、当然飲んでくれるよね」
「あ? なんだよ」
イライラを隠そうともしなくなった男の言葉に、和也は答えた。
後ろにいる芽衣を指さしながら。
「……行くのは俺だけ。この人は此処に置いていく」
「はぁ?」
「え、ちょっと、辻上君?」
「いいでしょ? アンタらにとっちゃお得な提案なわけだし。大人二人に、こっちは俺みたいなガキ一人で相手してあげるって言ってるんだから」
戸惑いを含んだ芽衣の言葉をかき消す様に、和也は続けた。
「それとも、アンタら女に手を上げるつもりだったの? まさかそんな事しないよね」
「はっ! 良い度胸だな、素直に褒めてやるよ……良いぜ、来いよ」
「彼女に一言かけといたら? もう二度と会えなくなるかもしれないんだから」
「辻上君! そんなのダメだよ! 私は許さないからね!」
愉快に嗤う二人組を、和也は無言で睨み続ける。そんな光景をただ見ていた芽衣だったが、流石に口をはさんでしまう。
今、和也は自分を庇い、一人で死地に向かおうとしている。生徒会長として、そして芽衣個人として、同じ学院の生徒を―――――友人を止めなければならないと。
「大丈夫だよ会長。今日は旅行初日だし、そんな日に修羅場見せたって会長この後楽しめないでしょ。俺は死ぬ気も怪我する気も無い。唯一あるのは、今日から旅行に行くって事実だけだよ」
「でも! 今行ったら絶対ただじゃすまないよ!?」
「だから大丈夫だって。それに……本当に行く気ないし」
「え?」
突然何を言い出すのかと、芽衣は驚きを隠さず前面に押し出す。和也は視線を左へ向けた。
そこにあったのは――――何かに怯えた様に、中には悲鳴を上げながら散り散りになっていく野次馬の群れだった。
そして、その奥から聞こえてきたのは
「和也君、芽衣ちゃんの言う通りだよ……そんな面白い事を、キミだけ独り占めなんてさ」
芽衣と和也にとって、聞きなじみがありながらも聞きなじみのない、そんな矛盾を孕んだ声が鼓膜を揺らした。
先ほどから黙っている二人組を見れば、彼らもまた怯えた様にそれを凝視している。
「……おはよ、俺が言えた義理じゃないけど、遅かったね。水瀬先生」
和也から紡がれた言葉を聞けば、二人組の表情は怯えから絶望へと変化を遂げる。
彼の言葉で確信したのだ。
今、こちらに向かってゆらゆらと歩み寄りながら嗤うそれが、人類史上最悪の『狂気の魔術師』、水瀬優次郎その人であると。
「ねぇ、キミ達?」
目線を向けられた二人組は言葉を返さない。否、返せない。
二人は既に、水瀬優次郎の狂気に飲まれてしまっているのだから。
「途中からしか聞いてなかったけど、和也君や芽衣ちゃんに手を出すっていうんなら、ボクも黙っているわけにはいかないなぁ……これでも、三人はボクの教え子なんでね。あまり危険な行為に足を突っ込んでもらっちゃ困るんだよねぇ……そういうのはボクの仕事だし」
だからさ、と続け、優次郎は二人の顔を覗き込んだ。
彼らのそれが生温く思える様な、狂気と闇をぐちゃぐちゃに混ぜ込んだ眼を携えて。
「そんなにケンカしたいなら……今からボクが相手になるよ。さぁ、行こう?」
それが、二人の限界だった。情けない悲鳴を響かせながら、二人組は勢いよくその場を走り去った。先ほどまで群がっていた野次馬も、優次郎が姿を現した事で一人残らずいなくなってしまい、決して人通りが少なくないはずの場所に閑古鳥が鳴く。
残っているのは優次郎、芽衣、和也、そして――――――
「はぁ……もう終わりましたよ、水瀬先生」
優次郎の後ろを付いて来ていた瞳だった。優次郎は顎に手を当て、うーんと考え込む仕草を見せる。そこにはもう、狂気は欠片も見せていなかった。
「ボクが疎まれてる事がプラスに働く事もあるって玲央先輩が言ってたけど、今が正にそれだったね。やっぱ凄いなぁ、玲央先輩って」
いつかの居酒屋で言われた言葉を反芻する優次郎に、三人は思わずため息を漏らした。そこには優次郎に対する恐怖などは微塵も感じられない。慣れっこだ、とでも言いたげだった。
「そもそも! 優ちゃん先生たちがもっと早く着いてればこんな事にはならなかったでしょ!? 三人とも酷いよ! 時間守ったの私だけじゃん!」
ずいっと顔を近づける芽衣の剣幕に、優次郎に思わず後ずさりしてしまった。
「ごめんごめん。でも、ボクはちゃんと時間に間に合う様に起きたんだよ?」
「え? って事は寝坊したのは……」
和也と芽衣が同時にそちらを見ると、当の本人である瞳は顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。
「珍しいね、綾瀬川さんが寝過ごすなんて」
「ホントだよ! 初めてなんじゃない?」
「その……ごめんなさい」
素直に謝罪を口にする瞳に、優次郎はケタケタと笑った。
「なぁーんか昨日、用事があって夜遅くまで起きてたらしいよ! 何がかは知らないけど、まぁ瞳ちゃんにもそんな時くらいあるでしょ!」
優次郎はそういうが、二人には分かる。いつも以上に御洒落して来ている瞳を見れば一目瞭然だ。
((今日着てくる服選んでたな……))
恋は盲目とは、本当によく言ったものだ。
「ていうか……」
芽衣はそう口にすれば、今度は和也をジト目で睨んだ。
「そういう辻上君だって普通に遅刻してきたじゃん。しかも理由ゲームって……子供じゃないんだから」
「だから謝ったでしょ。着ていく服は選んであったし、皆もそうだと思うけど荷物も既に今日泊まる旅館に転移させてたからさ」
「だから夜更かしして良いって事にはならないけどね」
芽衣はそこで話を区切る。いつもならここから更にヒートアップしていく所だが、せっかくの旅行の前に言い争いがしたいわけでもない。
「とにかく! 三人ともバツとして何か奢ってもらうからね! 二泊三日もあるんだから、全員からしっかりお詫びしてもらうから!」
「まぁ、ボク達が全面的に悪いからねぇ、今回は。仕方ないかな」
「私は今回当事者だから、もちろんそうさせてもらうわ」
「まぁ、しょうがないか」
三人とも遅れたことへの申し訳なさはある様で、異論を唱えるものはいなかった。
「さて、じゃあ思わぬハプニングもあったけど、向かおうか! ちょっと遠いし、転移魔術でいいかな?」
「せっかくだから近場までにしようよ! そっからは歩いて景色楽しみながらさ!」
「良いわね、あまり遠出した事ないし、今日行く所も初めての場所だから」
「俺もいいよ」
何だかんだ言いながらも全員旅行を楽しみにしていた様で、今日からの三日間に気分を弾ませながら話す。優次郎はあれこれと遊びの予定を立てている三人を微笑ましく見つめながら、転移魔術を起動した。
「なら、さっそく行こうか! 三人ともはぐれない様にね!」
三者三葉に反応し、四人はその場から姿を消した。
こうして、少し出鼻を挫かれながらも四人の小旅行は始まったのだった。
そんな彼らを、遠巻きに見つめていた影が一つ。
「はぁ……さっきの優ちゃんかっこ良かったなぁ。やっぱり優ちゃんは狂気的笑顔が一番だよね! でも……せっかく優ちゃんのかっこいい顔が見れても、浮気現場でやられちゃ台無しだよ。あーあ、優ちゃんは本当に浮気ばっかりするんだから」
影は四人が立っていた場所を見つめながら呟いた。
とても愛らしく、無邪気で、そして――――――狂った笑顔を張り付けて。
「そろそろ……ちゃんとお仕置きしてあげなきゃ行けないね」
艶を含んだ彼女の言葉は、前に倒れている二人組の男にすら届かず消えていった。
今回もありがとうございました!
旅行の前って必ずと言っていいほど何か緊急事態が起こるのは僕だけですかね?
携帯どっか行って慌てて探したりとか……はい、僕だけですね。すみません、気を付けますm(__)m
そんな感じの三十六話でした! いろんな人がそれぞれの目的で動き出してます!
玲央の用事って何?
叶が頭を悩ませてた計画って?
最後に出て来た『あの人』の目的は?
この章で、また物語も大きく動いていくと思いますので、どうぞ楽しんでください!
では今回はこの辺で。
また次回もよろしくお願いします!




