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灰色の世界  作者: ken
第七章
106/140

第百五話 =喧騒の中で=

第百五話です。よろしくお願いいたします。


「おい、黒岩」


「何かな?」


「よりによってコイツか?」


「よりによって、キトウちゃんだね!」


 玲央が浮かべる満面の笑み。それを見れば、この男が椎名と紗友里の関係を知った上で誘った事が分かる。

 本当に、良い性格をしているもんだ。


「ねぇ三木さん。この人誰?」


「あー、コイツか? コイツは……」


「んー? もしかして後輩ちゃんかにゃー?」


「あ、はい」


 いつの間にかカウンターまでやって来ていた紗友里に、押される様に境子は答えた。


「初めましてー! アタシ、紀藤紗友里って言いまーす♪ シィちゃんのマブダチ的な?」


「出鱈目な事言ってんじゃねぇよ。いつからうちとお前が親友になったんだ」


「ひっどー! 学生・・()、よく家まで遊びに行ったじゃん!」


「押しかけたの間違いだろうが。うちの方から招いた事なんざ一度たりともねぇぞ」

 

 再び調理を始めた椎名と紗友里の言い争いが始まった。気の置けない仲である事は分かったが、未だに要領を得ずにいる。

 紗友里はどう見ても二十代位に見えるが、紗友里は『学生の頃』と言った。一体どんな繋がりがあるのかと、騒がしいBGMを聞きながら思案するも、やはり分からないものは分からない。


「本当に、親友さんじゃないの?」


「だから違ぇよ…………ただの同級生だ、ここの学生だった頃のな」


 境子は思わず目をむいた。

 彼女だけではない。紗友里とは初対面の朱美や芽衣、そして面識のある瞳までもが驚きを隠せずにいる。

 全員の中に生まれた疑問を口に出したのは、芽衣だった。


「三木さんの同級生って事は、もう三十―――――――――」



「何 か 言 っ た か ニ ャ ー ?」



 ゾクリと悪寒が走った。

 気が付けば紗友里は芽衣の目の前まで来ていて、真っ黒に染まった笑顔を向けている。椎名は我関せずと調理を続け、優次郎と玲央は笑っており、叶もくすくすと口元に手を当てている。辰正も面識がある様で「またか……」と頭に手を置いていた。


「え? あ、あのー……」


「ねぇ、おじょーさん?」


「ひゃい!?」


「今後一切、年齢の話はしないでほしいなぁ……()さん(・・)と、約束できる?」


「は、はい! しません! 約束します! 三木さんに誓って!」


「何でうちが出てくんだよ」


「ん。よろしー♪」


 ニコリ。快活な笑顔が紗友里へと戻った。椎名の言葉は聞き流した様だ。


「初めましての人もいっぱいいるねー☆ 改めて……アタシ、紀藤紗友里って言いまーす! 玲央ちんから話は聞いてるよ? んーっと、朱美ちゃんってどの子かな?」


「あ、はい……私、です……」


 朱美が控えめに手を上げた事を確認し、紗友里も彼女の前へと歩を進めた。


「よろしくね♪ それで、どうかにゃ? アタシも手伝わせてもらっちゃってもオッケー?」


「そんな……こちらこそ……よろしく、お願いします……」


「ありがとー☆ よろしくね!」


 答えを聞き、紗友里は勢いよく朱美に抱き着いてみせた。そう言ったスキンシップに慣れていないのか、朱美は手を振ってあわあわとしているが、そんな光景が何とも微笑ましい。


「ん? って事は……ねぇ、玲央先輩」


「何? ミナセ君」


「紗友里ちゃんが手伝ってくれるって事は、もう一人ってもしかして……」


「想像通りだったりしちゃうと思うよ―――――おーい、早く入って来なよ!」


 玲央が振り返り、扉へ向けて叫んだ。すると、その端に辛うじて見えていた人影がびくっと動くのが分かる。

 全員の視線が集中すると、やがて諦めたかのように、おずおずと人影は姿を現した。その人物とは


「やっぱり! ひよりちゃんも手伝ってくれるの?」


「こ、こんにちは水瀬先生……それに、皆さんも」


 優次郎の想像通り、ひよりだった。

  

「水瀬先生、何故中西さんが『やっぱり』なのですか?」


「それはねー? 妹ちゃん。ひよりはアタシの従妹なんだよん♪」


「え、そうなの!?」


 芽衣がひよりを見れば、彼女は遠慮気味に頷いた。


「あー! それで思い出した! 紗友里ちゃん酷いじゃんか! ひよりちゃんと従姉妹だなんてボクに一言も言ってなかったし!」


「ありゃ、そーだっけ?」


「そうだよ! お陰でひよりちゃんから話を聞いた時何事かと思ったし!」


「お姉ちゃん、それは私からも言わせて欲しいな……酷いよ、先生に私の事話したって言ったのに……」


 うるうると目を潤ませるひよりの元へ、紗友里が慌てて駆け付ける。


「ご、ごめんねひより! おねーちゃん勘違いしちゃってたよ! ごめん! 謝るから!」


 あたふたとしている紗友里を見れば、否が応でもわかる。

 なるほど、そういう人かと全員が思ったのだった。


「うぅ、もうこんな事しないでよ?」


「わ、分かったよ! もうしない! 約束します!」


「……うん、なら良いよ」


 ひよりの目から涙が無くなったのを確認し、紗友里もほっと胸を撫でおろした。

 どこの姉も、下の兄弟に対してはこうなのだろうか。


「そう言えば、叶先輩も昔は―――――――」


「辰正君? 何か言ったかしら?」


「……いえ、何も」


 叶の黒い笑顔を喰らい、辰正は口を閉じた。


「ん? 今の声は……あーやっぱり! たっつんお久ー♪」


「どうも」


「それにカナカナまでいるし!」


「こんにちは、紀藤さん。まさかアナタが来るとは思いませんでした」


「もー! 敬語やめてっていつも言ってるのにー!」


「そういう訳にはいきませんよ、先輩なのですから」


「相変わらずかったいなぁー!」


 何故だろう。紗友里が一人増えただけで、十倍ほど騒がしくなった気がする。


「ねぇ、瞳っち」


「何かしら」


「あの人、どういう人なの? 学院長も敬語使ってるけど」


「取締委員会の方よ」


「そうなの!? へぇー、じゃあ凄い魔術師なんだね」


「そ……の筈だけど」


 騒がしいのは知っていたが、まさかひよりの従姉妹で、しかもひよりにはこんなに弱いとは知らなかった。

 だが、腕は確かの筈だ。多分。おそらく。

 瞳がそうやって己を落ち着かせているのを察知してか、芽衣もそれ以上何も言わなかった。


「さて、あっちの喧騒はおいといて……ナカニシちゃん」


「は、はい!」


 名を呼ばれそちらを見れば、玲央が微笑みをたたえてこちらを見つめていた。

 優しく、そして穏やかに。


「ほら、モトノちゃんにいう事があるでしょ?」


「……はい」


 何かを決心した様に、ひよりが未だ状況を掴めずにいる朱美へと歩み寄る。


「あ……あの、本野先輩」


「っ……は、はい……」


 朱美がこちらに気を向けた事を確認し、ひよりは一つ深呼吸を落とす。

 そして、目を開き、告げた。


「わ……私! 先輩が自分を変えようって一生懸命で! それで、学園祭で喫茶店しようとしてるって聞きました! 

 じ、実は私も夢があって、それを追いかけてて……今のままじゃダメだって思って、変わろうって思ってるんです! だ、だから! 先輩の気持ち、私には分かります!

 なので、あの、その…………お願いします! 私にも、先輩のお店、手伝わせてください!」


 勢いよく頭を下げるひよりを見て、朱美は目頭が熱くなっていくのを感じていた。

 あぁ、何で今まで人と関わろうとしなかったんだろうと、今更になって思う。


「あ、ありが、とう……こちらこそ……お願いします……」


 本当に――――――温かい人たちばかりだ。

 そしてもう一人、泣いている人物。


「うぅ……ぐすっ……」


「アンタは何で泣いてんですか」


「だ、だって……」


 号泣している紗友里に、思わず辰正がツッコミを入れた。


「ひよりが、勇気出して言ってるのが、嬉しくて嬉しくて……」


「美しい従姉妹愛デスネー」


「芽衣、感情がこもっていないわよ」


 さっきのどす黒い笑顔を間近で見ていた芽衣からしてみれば、最早同一人物なのかすら怪しく思えてしまうというものか。

 だが、そんな芽衣達のひそひそ話も聞こえないと言う様に、紗友里は身体を震わせ、そして――――。


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁん‼‼」


 大号泣を引き起こした。


「き、紀藤さん? 大丈夫?」


 叶が紗友里の肩を支える。が、涙は止まる気配を見せない。


「だってぇぇぇぇ‼‼ 何かひよりが遠く行っちゃったみたいでぇぇぇぇぇ‼ ちょっと寂しいんだよぉぉぉぉぉぉぉ‼‼」


「えぇ!?」


「本当にこの人、紀藤さんなのかしら……」


 ついに瞳までもが疑い出した。


「昔はさぁ!? 何かある度に『お姉ちゃーん!』って私に駆け寄って来てさぁ!? 何でもアタシがいないと出来なかったのに! 近所の大型犬に吠えられた時なんて‼」


「お姉ちゃん、ちょっと静かにして?」


「Yes Sir」


「一瞬で元に戻った!?」


「芽衣、やっぱり別人かもしれないわ……」


 そして瞳は、現実から目をそらした。


「玲央、この人本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫だよ、こんなんだけど腕は確かだし。社交的だから接客にも向いてたりしちゃうしね」


「なら良いが……中西を気にしすぎて接客が手に付かないなんて事にならないな?」


「……大丈夫、多分」


「何故、目をそらす」


 もはやどう収集をつけていいのか分からない惨状を納めたのは、椎名だった。


「じゃれ合ってる場合か? 中西に紀藤、お前ら採寸まだだろ。もうじき飯出来るから、手伝うってんなら今の内に測ってもらえ。黒岩、お前もな」


「了解だよ、シーナちゃん」


「は、はい!」


「シィちゃんのご飯! ひっさびさだー♪」


「お前、飛び入りで来といてよく言えるな」


「えぇ!? まさか無いの!?」


「いや、材料はある」


「なぁーんだ! びっくりさせないでよーシィちゃんったら♪」


「材料があるって言っただけだ。それ以上騒ぐなら作らねぇぞ」


「朱美ちゃん! 採寸! 採寸行こう!」


「は……はい……」


 紗友里が朱美を、半ば引きずられる様な形で裏へと連れて行った。

 さっきまでの喧騒は何だったのか、と言いたくなるほどの静寂が辺りを包む。原因は言うまでも無く紗友里だが。


「賑やかな喫茶店になりそうだな」


「約一名のおかげだったりしちゃってね」


「騒がしいの間違いじゃないですか」


「あはは! まーそれぐらいがちょうどいいんじゃない?」


 紀藤紗友里と言う人間のパワフルさを、ここにいる全員が実感、再認識した瞬間だった。

 そんな中、瞳が叶へと近づいていく。


「姉さん」


「何かしら?」


「姉さんにとって、私もあんな感じなのかしら?」


「……あそこまででは無いけどね」


 でも、大切な妹よ。

 そう言って微笑む叶。全く表情は違うが、紗友里がひよりへ向けていたものをしっかりと感じ取る事が出来、瞳は少し嬉しくなった。


「でも意外ね。姉さんが手伝いを買って出るとは思わなかったわ」


「大切な生徒が、一生懸命になっているんですもの。出来る限りの事はしたいに決まっているでしょう? それに――――――」


 叶は視線を瞳へと向け、ウインクをしてみせた。人差し指を口にあて、まるで悪戯っ子の様に。


「私も、瞳がいない所でアプローチはしておかないとね」


「…………そう、そういう事ね」


 思い出すのは、叶に対して優次郎への想いを告げた夜。

 叶は一瞬面食らっていたが、やがて優しく微笑んだ。


『そう、そこまで素直になれたのね。姉としては嬉しく思うわ。でも……一人の女としては別。ユー君の事を譲る気は無いわ。例え瞳が相手であっても』


 なるほど、と思う。そして同時に、妙な話だが嬉しくも感じた。

 姉が自分を、対等の存在として見てくれている様で。


「でも、だいぶ人増えて良かったね! 紀藤さんと中西さん、それに学院長に境子ちゃんも入ったから……えーっと」


「接客担当は九人だな。もう十分、店として回せるレベルにはなったと思うぞ」


 料理長である椎名がそう言うのだから、安心感も一入ひとしおだ。


「だが、接客に慣れてない人間も多い。そもそも向いてない奴もいるしな。贅沢を言えば、もう一人や二人欲しい所だ」


 接客に向いてない人間。

 その言葉に、優次郎と辰正が顔を見合わせた。


「言われてるぞ、優」


「え、辰の事じゃないの!?」


「いやどう考えてもお前だろ」


「阿保、二人ともだ」


 椎名の呆れた物言いに、周りの人間も思わずくすりと笑った。

 確かに『狂気の魔術師』に『人付き合いが苦手な科学者』だ。接客している姿など、今でも想像できない。

 

「でも、他にやってくれそうな人かー……あ! シエルちゃんとかは!?」


「ノーランドさんの場合、まともに注文とれるかすら怪しいですよ?」


 なんせあの日本語だ。美沙子の意見も最もと思い、優次郎は再び腕を組んで思案する。


「んー、なら……雄清君?」


「もっと無いだろ、そもそも頼もうとすら思わん」


「ははは! フジワラ君がやってたら、多分僕笑って接客どころじゃなくなっちゃったりしちゃうかもねー!」


 想像してみれば、何ともおかしな光景だ。

 叶も雄清がウエイターの服装なんかして『いらっしゃいませ』と言っている姿を想像してみるが、全くイメージが湧かずやめた。


「なら、えーっと……」


 優次郎は更に思案する。彼だけではなく他のメンツも考えてみるが、どうも思い浮かばない。

 そもそももう一週間前だ。今から頼んで引き受けてくれるような人がいるかすら怪しい。


「まぁでも、最悪九人でやるしかないよね」


「えぇ、そうね……」


 生徒会の二人が、それで話をまとめようとした時だった。


「あー! 一人いるじゃんか! すっかり忘れてたよ!」


 優次郎が声を上げた。


「また変な人じゃないよね」


「心配しないでよ境子ちゃん! 大丈夫! 多分だけど引き受けてくれるよ!」


「随分な自身だな。誰だ?」


 辰正が問えば、優次郎はニコリと笑い、その人物の名を告げた。


「和也君だよ!」


 ズキン!

 芽衣の心に、何かが突き刺さった。笑顔が消え、目線を泳がせる。


「ねぇ、芽衣ちゃん!」


「っ! な、何? 優ちゃん先生」


 名前を呼ばれ、意識を戻すと、優次郎がこちらを見て笑っているのが分かった。


「和也君、誘えないかな? あの子何か出し物とかしてるの?」


「え? えっと……ううん、してない筈だけど」


「じゃあさ! 芽衣ちゃんが朱美ちゃんを連れて誘ってみてよ! あの子、何だかんだ芽衣ちゃんのお願いは全部聞いてくれてるしさ! 芽衣ちゃんから頼んだら大丈夫じゃないかな!」


 芽衣は、思わず顔を下へ向けた。

 和也を喫茶店へ誘う。言葉にすれば簡単な事なのに、分かったの一言が言えない。

 朱美の想いは応援したい。椎名が懸念している事も理解出来ている。ならば、ここは優次郎の頼みを了承して、和也にお願いしてみるべきだろう。

 だが、出来ない。止めているのは、あの日の出来事。

 もし否定されたら?

 もし嫌な顔をされたら?

 もし―――――――――――あの時以上の、明確な拒絶を示されたら?

 芽衣の心が、黒く塗りつぶされていく感覚に陥った。

 こんな時でも、自分は自分の心を守ろうとしている。皆の想いも、努力も、全てを理解した上で、それでも自分が可愛いのだ。結局、これが自分なのだと。

 あの(・・)()()わっていない(・・・・・・)のだと(・・・)。 

 あぁ、本当に――――――――――。




「……つ、辻上君は一回誘ったんだけど『学園祭はゲームやるから無理』って断られちゃったからさ! ごめんね? 別の人探してみるね!」




 自分は、なんて醜く我儘な女なのだろうか。

今回もありがとうございました!


こういう皆でわちゃわちゃしてるシーン書く時、紗友里さんみたいなキャラがいてくれると書きやすいですね。それ目当てのキャラでは無いけど、思わぬ所で救われてしまった……(笑)


では今回はこの辺で

また次回もよろしくお願いします!

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