第百五話 =喧騒の中で=
第百五話です。よろしくお願いいたします。
「おい、黒岩」
「何かな?」
「よりによってコイツか?」
「よりによって、キトウちゃんだね!」
玲央が浮かべる満面の笑み。それを見れば、この男が椎名と紗友里の関係を知った上で誘った事が分かる。
本当に、良い性格をしているもんだ。
「ねぇ三木さん。この人誰?」
「あー、コイツか? コイツは……」
「んー? もしかして後輩ちゃんかにゃー?」
「あ、はい」
いつの間にかカウンターまでやって来ていた紗友里に、押される様に境子は答えた。
「初めましてー! アタシ、紀藤紗友里って言いまーす♪ シィちゃんのマブダチ的な?」
「出鱈目な事言ってんじゃねぇよ。いつからうちとお前が親友になったんだ」
「ひっどー! 学生の頃、よく家まで遊びに行ったじゃん!」
「押しかけたの間違いだろうが。うちの方から招いた事なんざ一度たりともねぇぞ」
再び調理を始めた椎名と紗友里の言い争いが始まった。気の置けない仲である事は分かったが、未だに要領を得ずにいる。
紗友里はどう見ても二十代位に見えるが、紗友里は『学生の頃』と言った。一体どんな繋がりがあるのかと、騒がしいBGMを聞きながら思案するも、やはり分からないものは分からない。
「本当に、親友さんじゃないの?」
「だから違ぇよ…………ただの同級生だ、ここの学生だった頃のな」
境子は思わず目をむいた。
彼女だけではない。紗友里とは初対面の朱美や芽衣、そして面識のある瞳までもが驚きを隠せずにいる。
全員の中に生まれた疑問を口に出したのは、芽衣だった。
「三木さんの同級生って事は、もう三十―――――――――」
「何 か 言 っ た か ニ ャ ー ?」
ゾクリと悪寒が走った。
気が付けば紗友里は芽衣の目の前まで来ていて、真っ黒に染まった笑顔を向けている。椎名は我関せずと調理を続け、優次郎と玲央は笑っており、叶もくすくすと口元に手を当てている。辰正も面識がある様で「またか……」と頭に手を置いていた。
「え? あ、あのー……」
「ねぇ、おじょーさん?」
「ひゃい!?」
「今後一切、年齢の話はしないでほしいなぁ……お姉さんと、約束できる?」
「は、はい! しません! 約束します! 三木さんに誓って!」
「何でうちが出てくんだよ」
「ん。よろしー♪」
ニコリ。快活な笑顔が紗友里へと戻った。椎名の言葉は聞き流した様だ。
「初めましての人もいっぱいいるねー☆ 改めて……アタシ、紀藤紗友里って言いまーす! 玲央ちんから話は聞いてるよ? んーっと、朱美ちゃんってどの子かな?」
「あ、はい……私、です……」
朱美が控えめに手を上げた事を確認し、紗友里も彼女の前へと歩を進めた。
「よろしくね♪ それで、どうかにゃ? アタシも手伝わせてもらっちゃってもオッケー?」
「そんな……こちらこそ……よろしく、お願いします……」
「ありがとー☆ よろしくね!」
答えを聞き、紗友里は勢いよく朱美に抱き着いてみせた。そう言ったスキンシップに慣れていないのか、朱美は手を振ってあわあわとしているが、そんな光景が何とも微笑ましい。
「ん? って事は……ねぇ、玲央先輩」
「何? ミナセ君」
「紗友里ちゃんが手伝ってくれるって事は、もう一人ってもしかして……」
「想像通りだったりしちゃうと思うよ―――――おーい、早く入って来なよ!」
玲央が振り返り、扉へ向けて叫んだ。すると、その端に辛うじて見えていた人影がびくっと動くのが分かる。
全員の視線が集中すると、やがて諦めたかのように、おずおずと人影は姿を現した。その人物とは
「やっぱり! ひよりちゃんも手伝ってくれるの?」
「こ、こんにちは水瀬先生……それに、皆さんも」
優次郎の想像通り、ひよりだった。
「水瀬先生、何故中西さんが『やっぱり』なのですか?」
「それはねー? 妹ちゃん。ひよりはアタシの従妹なんだよん♪」
「え、そうなの!?」
芽衣がひよりを見れば、彼女は遠慮気味に頷いた。
「あー! それで思い出した! 紗友里ちゃん酷いじゃんか! ひよりちゃんと従姉妹だなんてボクに一言も言ってなかったし!」
「ありゃ、そーだっけ?」
「そうだよ! お陰でひよりちゃんから話を聞いた時何事かと思ったし!」
「お姉ちゃん、それは私からも言わせて欲しいな……酷いよ、先生に私の事話したって言ったのに……」
うるうると目を潤ませるひよりの元へ、紗友里が慌てて駆け付ける。
「ご、ごめんねひより! おねーちゃん勘違いしちゃってたよ! ごめん! 謝るから!」
あたふたとしている紗友里を見れば、否が応でもわかる。
なるほど、そういう人かと全員が思ったのだった。
「うぅ、もうこんな事しないでよ?」
「わ、分かったよ! もうしない! 約束します!」
「……うん、なら良いよ」
ひよりの目から涙が無くなったのを確認し、紗友里もほっと胸を撫でおろした。
どこの姉も、下の兄弟に対してはこうなのだろうか。
「そう言えば、叶先輩も昔は―――――――」
「辰正君? 何か言ったかしら?」
「……いえ、何も」
叶の黒い笑顔を喰らい、辰正は口を閉じた。
「ん? 今の声は……あーやっぱり! たっつんお久ー♪」
「どうも」
「それにカナカナまでいるし!」
「こんにちは、紀藤さん。まさかアナタが来るとは思いませんでした」
「もー! 敬語やめてっていつも言ってるのにー!」
「そういう訳にはいきませんよ、先輩なのですから」
「相変わらずかったいなぁー!」
何故だろう。紗友里が一人増えただけで、十倍ほど騒がしくなった気がする。
「ねぇ、瞳っち」
「何かしら」
「あの人、どういう人なの? 学院長も敬語使ってるけど」
「取締委員会の方よ」
「そうなの!? へぇー、じゃあ凄い魔術師なんだね」
「そ……の筈だけど」
騒がしいのは知っていたが、まさかひよりの従姉妹で、しかもひよりにはこんなに弱いとは知らなかった。
だが、腕は確かの筈だ。多分。おそらく。
瞳がそうやって己を落ち着かせているのを察知してか、芽衣もそれ以上何も言わなかった。
「さて、あっちの喧騒はおいといて……ナカニシちゃん」
「は、はい!」
名を呼ばれそちらを見れば、玲央が微笑みをたたえてこちらを見つめていた。
優しく、そして穏やかに。
「ほら、モトノちゃんにいう事があるでしょ?」
「……はい」
何かを決心した様に、ひよりが未だ状況を掴めずにいる朱美へと歩み寄る。
「あ……あの、本野先輩」
「っ……は、はい……」
朱美がこちらに気を向けた事を確認し、ひよりは一つ深呼吸を落とす。
そして、目を開き、告げた。
「わ……私! 先輩が自分を変えようって一生懸命で! それで、学園祭で喫茶店しようとしてるって聞きました!
じ、実は私も夢があって、それを追いかけてて……今のままじゃダメだって思って、変わろうって思ってるんです! だ、だから! 先輩の気持ち、私には分かります!
なので、あの、その…………お願いします! 私にも、先輩のお店、手伝わせてください!」
勢いよく頭を下げるひよりを見て、朱美は目頭が熱くなっていくのを感じていた。
あぁ、何で今まで人と関わろうとしなかったんだろうと、今更になって思う。
「あ、ありが、とう……こちらこそ……お願いします……」
本当に――――――温かい人たちばかりだ。
そしてもう一人、泣いている人物。
「うぅ……ぐすっ……」
「アンタは何で泣いてんですか」
「だ、だって……」
号泣している紗友里に、思わず辰正がツッコミを入れた。
「ひよりが、勇気出して言ってるのが、嬉しくて嬉しくて……」
「美しい従姉妹愛デスネー」
「芽衣、感情がこもっていないわよ」
さっきのどす黒い笑顔を間近で見ていた芽衣からしてみれば、最早同一人物なのかすら怪しく思えてしまうというものか。
だが、そんな芽衣達のひそひそ話も聞こえないと言う様に、紗友里は身体を震わせ、そして――――。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁん‼‼」
大号泣を引き起こした。
「き、紀藤さん? 大丈夫?」
叶が紗友里の肩を支える。が、涙は止まる気配を見せない。
「だってぇぇぇぇ‼‼ 何かひよりが遠く行っちゃったみたいでぇぇぇぇぇ‼ ちょっと寂しいんだよぉぉぉぉぉぉぉ‼‼」
「えぇ!?」
「本当にこの人、紀藤さんなのかしら……」
ついに瞳までもが疑い出した。
「昔はさぁ!? 何かある度に『お姉ちゃーん!』って私に駆け寄って来てさぁ!? 何でもアタシがいないと出来なかったのに! 近所の大型犬に吠えられた時なんて‼」
「お姉ちゃん、ちょっと静かにして?」
「Yes Sir」
「一瞬で元に戻った!?」
「芽衣、やっぱり別人かもしれないわ……」
そして瞳は、現実から目をそらした。
「玲央、この人本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、こんなんだけど腕は確かだし。社交的だから接客にも向いてたりしちゃうしね」
「なら良いが……中西を気にしすぎて接客が手に付かないなんて事にならないな?」
「……大丈夫、多分」
「何故、目をそらす」
もはやどう収集をつけていいのか分からない惨状を納めたのは、椎名だった。
「じゃれ合ってる場合か? 中西に紀藤、お前ら採寸まだだろ。もうじき飯出来るから、手伝うってんなら今の内に測ってもらえ。黒岩、お前もな」
「了解だよ、シーナちゃん」
「は、はい!」
「シィちゃんのご飯! ひっさびさだー♪」
「お前、飛び入りで来といてよく言えるな」
「えぇ!? まさか無いの!?」
「いや、材料はある」
「なぁーんだ! びっくりさせないでよーシィちゃんったら♪」
「材料があるって言っただけだ。それ以上騒ぐなら作らねぇぞ」
「朱美ちゃん! 採寸! 採寸行こう!」
「は……はい……」
紗友里が朱美を、半ば引きずられる様な形で裏へと連れて行った。
さっきまでの喧騒は何だったのか、と言いたくなるほどの静寂が辺りを包む。原因は言うまでも無く紗友里だが。
「賑やかな喫茶店になりそうだな」
「約一名のおかげだったりしちゃってね」
「騒がしいの間違いじゃないですか」
「あはは! まーそれぐらいがちょうどいいんじゃない?」
紀藤紗友里と言う人間のパワフルさを、ここにいる全員が実感、再認識した瞬間だった。
そんな中、瞳が叶へと近づいていく。
「姉さん」
「何かしら?」
「姉さんにとって、私もあんな感じなのかしら?」
「……あそこまででは無いけどね」
でも、大切な妹よ。
そう言って微笑む叶。全く表情は違うが、紗友里がひよりへ向けていたものをしっかりと感じ取る事が出来、瞳は少し嬉しくなった。
「でも意外ね。姉さんが手伝いを買って出るとは思わなかったわ」
「大切な生徒が、一生懸命になっているんですもの。出来る限りの事はしたいに決まっているでしょう? それに――――――」
叶は視線を瞳へと向け、ウインクをしてみせた。人差し指を口にあて、まるで悪戯っ子の様に。
「私も、瞳がいない所でアプローチはしておかないとね」
「…………そう、そういう事ね」
思い出すのは、叶に対して優次郎への想いを告げた夜。
叶は一瞬面食らっていたが、やがて優しく微笑んだ。
『そう、そこまで素直になれたのね。姉としては嬉しく思うわ。でも……一人の女としては別。ユー君の事を譲る気は無いわ。例え瞳が相手であっても』
なるほど、と思う。そして同時に、妙な話だが嬉しくも感じた。
姉が自分を、対等の存在として見てくれている様で。
「でも、だいぶ人増えて良かったね! 紀藤さんと中西さん、それに学院長に境子ちゃんも入ったから……えーっと」
「接客担当は九人だな。もう十分、店として回せるレベルにはなったと思うぞ」
料理長である椎名がそう言うのだから、安心感も一入だ。
「だが、接客に慣れてない人間も多い。そもそも向いてない奴もいるしな。贅沢を言えば、もう一人や二人欲しい所だ」
接客に向いてない人間。
その言葉に、優次郎と辰正が顔を見合わせた。
「言われてるぞ、優」
「え、辰の事じゃないの!?」
「いやどう考えてもお前だろ」
「阿保、二人ともだ」
椎名の呆れた物言いに、周りの人間も思わずくすりと笑った。
確かに『狂気の魔術師』に『人付き合いが苦手な科学者』だ。接客している姿など、今でも想像できない。
「でも、他にやってくれそうな人かー……あ! シエルちゃんとかは!?」
「ノーランドさんの場合、まともに注文とれるかすら怪しいですよ?」
なんせあの日本語だ。美沙子の意見も最もと思い、優次郎は再び腕を組んで思案する。
「んー、なら……雄清君?」
「もっと無いだろ、そもそも頼もうとすら思わん」
「ははは! フジワラ君がやってたら、多分僕笑って接客どころじゃなくなっちゃったりしちゃうかもねー!」
想像してみれば、何ともおかしな光景だ。
叶も雄清がウエイターの服装なんかして『いらっしゃいませ』と言っている姿を想像してみるが、全くイメージが湧かずやめた。
「なら、えーっと……」
優次郎は更に思案する。彼だけではなく他のメンツも考えてみるが、どうも思い浮かばない。
そもそももう一週間前だ。今から頼んで引き受けてくれるような人がいるかすら怪しい。
「まぁでも、最悪九人でやるしかないよね」
「えぇ、そうね……」
生徒会の二人が、それで話をまとめようとした時だった。
「あー! 一人いるじゃんか! すっかり忘れてたよ!」
優次郎が声を上げた。
「また変な人じゃないよね」
「心配しないでよ境子ちゃん! 大丈夫! 多分だけど引き受けてくれるよ!」
「随分な自身だな。誰だ?」
辰正が問えば、優次郎はニコリと笑い、その人物の名を告げた。
「和也君だよ!」
ズキン!
芽衣の心に、何かが突き刺さった。笑顔が消え、目線を泳がせる。
「ねぇ、芽衣ちゃん!」
「っ! な、何? 優ちゃん先生」
名前を呼ばれ、意識を戻すと、優次郎がこちらを見て笑っているのが分かった。
「和也君、誘えないかな? あの子何か出し物とかしてるの?」
「え? えっと……ううん、してない筈だけど」
「じゃあさ! 芽衣ちゃんが朱美ちゃんを連れて誘ってみてよ! あの子、何だかんだ芽衣ちゃんのお願いは全部聞いてくれてるしさ! 芽衣ちゃんから頼んだら大丈夫じゃないかな!」
芽衣は、思わず顔を下へ向けた。
和也を喫茶店へ誘う。言葉にすれば簡単な事なのに、分かったの一言が言えない。
朱美の想いは応援したい。椎名が懸念している事も理解出来ている。ならば、ここは優次郎の頼みを了承して、和也にお願いしてみるべきだろう。
だが、出来ない。止めているのは、あの日の出来事。
もし否定されたら?
もし嫌な顔をされたら?
もし―――――――――――あの時以上の、明確な拒絶を示されたら?
芽衣の心が、黒く塗りつぶされていく感覚に陥った。
こんな時でも、自分は自分の心を守ろうとしている。皆の想いも、努力も、全てを理解した上で、それでも自分が可愛いのだ。結局、これが自分なのだと。
あの頃と、何も変わっていないのだと。
あぁ、本当に――――――――――。
「……つ、辻上君は一回誘ったんだけど『学園祭はゲームやるから無理』って断られちゃったからさ! ごめんね? 別の人探してみるね!」
自分は、なんて醜く我儘な女なのだろうか。
今回もありがとうございました!
こういう皆でわちゃわちゃしてるシーン書く時、紗友里さんみたいなキャラがいてくれると書きやすいですね。それ目当てのキャラでは無いけど、思わぬ所で救われてしまった……(笑)
では今回はこの辺で
また次回もよろしくお願いします!




