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女王の涙  作者: ロースト
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2.14 水底に沈む

 小鳥がチュンチュンと囀る緑深い森。

 広く深い森はいつしか惑いの森と呼ばれ、忌避されていた。そんな森に、一つの湖が存在した。風もないのに時折湖面に波ができる。惑いの森に似合いな、不思議の湖である。

 その人跡遠くなった森に、一人の美しい青年が足を踏み入れていた。

 長い銀髪を簪にひとまとめにした、人形のように精巧なつくりの顔立ちをした青年、ディディカ。淫魔と人のハーフであるだけあって、その美しさは比する者がない。

 サクリ、とディディカの足元から朝露に濡れた草が踏まれる音がなる。


 朝も早くから友人邸を抜け出したディディカはかねてから来る予定だった、森へと来ていた。目指すは森の奥底に眠る湖。そこに、ディディカが求めてやまない――水の魔神がいる。


 木々の隙間に、輝かんばかりの蒼を見かけてディディカは足早に草を掻き分けた。

「美しい……」

 視界いっぱいに広がる蒼に、ディディカはホゥ……と甘美なる溜息を吐いて感想を述べた。

 湖は湖面を朝日に輝かせていた。

 蒼。その透明さは湖面の白砂を伺わせる。――水中の藻が、魚が活き活きと生命力に溢れていた。それは美しく、力強く、豊かさが漲る湖だった。


 ディディカは素早く縁に屈み込み、魔力を練った。

 指先にマナを集めれば光の粉が灯る。恣意してその状態の指先を水面へ乗せる。水に浸からないよう、触れて。マナが他の生物に影響を与えないよう、最大限配慮して。

「水の神――あなた様への謁見を求めます……」

 集めたマナを指先に集中させ湖面に文字を書く。

 マナを外部出力させているわけだが、魔法と言うには拙いマナの使用法。

 けれど、その文字は湖に突如沸き立った波に淡く砕かれた。

(やはり、水底まで行かなければならないか)



 二年前、エレナは旅に出た。地元からの推薦で、勇者に推薦されたのだ。

 魔王討伐の任を与えられた勇者の一行を決めるため、世界各地から勇者候補が集まる世界一大会。それに出場するため、エレナは地の王を伴に、七か月後の大会に向け土地を去った。

 そして、精霊王を従えたエレナは予想通り――勇者として選ばれた。精霊を従えるエレメンタナーとしての称号と、聖女という冠を受けて。

 しかし、華々しく旅立ったにもかかわらずその戦績は芳しいものではなかった。未だ魔王との勢力争いは一進一退。勇者の力一つ、それだけで変わるはずだった戦況だが、激化となるばかり。

 民衆からの不安、エレナという少女を勇者とするに懐疑が生まれ始めた。

 そうして、――再び世界一大会が開かれる。


 これはチャンスだ。

 今まで、エレナと言えば勇者としての担ぎ上げから国の中央への隔離、謁見さえも叶わない巫女として秘され、近づく術はなかった。

 だが、ディディカは既に二年前の力なき孤独な青年ではない。

 いつかを望んで二年を準備に割いた。必ず訪れるはずだと、弛まず爪を研ぎ続けた。

 今、ディディカの元には伯爵という地位がある。

 リオード邸で夜会を開き、ゲームマスターDとして名を売った。情報を売り買いし、人脈を広げ、資金を蓄え、領地を買い、ディディカ・クロックという伯爵位を手に入れた。

 権力は人を従え、操る。お飾りの勇者に近づくのにうってつけの力だ。


 勇者としての立場が脅かされたエレナは必ず、世界一大会に出場する。今、立ち位置があやふやとなってしまったエレナは表舞台に出ざるを得ない。――そう、その場所で再び会いまみえよう。

(――公衆の面前で君を屈辱に喘がせてあげるよ……)


 だが、それにはまだ足りないものがある。

 二年前、ディディカは火の魔神と契約をした。つい先日、地の魔神を手に入れた。

 二柱の力は他に比するものなどない。

 それでも、エレナは既に七つの王を従えている。

 王は神の前に力を取り上げられる。けれど他の五王はそうもいかない。

 負けないだろう。しかし、抵抗されることさえ不満だ。やるならば、徹底的に。――五つ柱とも、手に入れる。

(君を、壊しつくすために……)

 油断したエレナの背後を、ブスリ――血を噴出させる。

 かつて、レギナがされたと同じく。優しく、愛しく微笑を残して。残酷に、終わりを贈りつける。


 湖面の透明感ある美しさから遠ざかり、ゆっくりと水底の暗く深い闇へと沈み込みながら、ディディカは狂わしい笑みを浮かべた。


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