二、そのモノ、消息を絶つ(2)
半刻が過ぎた頃、二人は洞穴の前にいた。満月の強い明りが辺りを煌々と照らしている。いくら満月とは言え、明るすぎやしないか。胸騒ぎを覚えて視線を動かすと、章桂の顔も気味が悪いほど蒼白い。二人は重い足取りで中へ入って行った。
最下層の空間まで降りて来ると、注意深く戸口まで歩を進めた。上から漏れ入る光のおかげで細部までよく見える。包みを置き、数歩下がると、二人は膝をついて身を屈めた。静まり返った洞穴の中は湿った空気が充満し、生臭い匂いが鼻をつく。
少しの間が過ぎた。しかし、戸の向こうは静まり返っている。ずるずると足を引きずる音が近づき、軋む音を立てながら戸が開けられるのを今か今かと待つが、何も起こらぬまま時は過ぎていく。
顔を少し上げて、隣で身を屈めている章桂を見た。やはり、何かがおかしいと感じながらも動けずにいる章桂の左目がゆっくりと成貴へ向けられた。少しの間、二人は胸の内を探り合うように視線を交わしていたが、やがて心を決めたように章桂が立ち上がった。成貴はじっと章桂の動きを見守った。恐る恐る近づいて耳をそばだてるが、静寂は深まるばかり……。少し迷った後、章桂は戸に耳を当てて中の様子を探った。
(章桂さま、そんなに近づいては危険です!)
そう叫びそうになるのを辛うじて堪えた成貴は、章桂を連れ戻そうと立ち上がった。章桂は成貴に向かって首を振ると、近づかぬよう手で制してから戸を叩いた。成貴は息を呑んだ。ぴんと張り詰めた空気が揺れる。
―どんどん。
更に強く叩いた。が、反応はない。
(やむを得ない。覚悟を決めろ)
己を奮起させるために拳を握りしめて歯を食いしばると、章桂は意を決し、戸を強く押した。
「章桂さま!」
言葉を発してはならないという決まりをすっかり忘れてしまった成貴は章桂へ詰め寄り、「何をなさっているのですか!」と、必死の形相で問い詰めた。
「確認せねばならんのだ!」
成貴以上に切羽詰まった声で章桂は叫んだ。
「反応がなければ、生死を確認せねばならない。これは我々の任務だ!」
成貴は雷に打たれたように体を痙攣させた。生死を確認するだと?それはつまり、中へ入って確認しろということか?冗談ではない!
「そのようなこと、私にはできません!」
「できる、できないの話ではない!やらねばならんのだ!」
そう言い放つと、章桂は押してもびくともしない戸に拳を叩きつけた。
「おやめください!」
「どうしてもできぬと言うのなら、ここで待っていなさい!」
幾度も拳を打ち付けていると小さなひびが入り、やがて戸は破られた。ひとりで行かせるわけにはいかない。成貴は大きく息を吸い込んだ。
頭上から差し込む月光の中で二人が目にしたのは、思いのほか広い空間であった。いつ襲われるか分からない緊迫感と闘いながら必死に目を動かし、そのモノの姿を探した。奥の方にぼろきれらしきものがある。どろだらけの器、原型をとどめていない桶、積まれた石。それら全てが妖魔の抜け殻に見えた。
「章桂さま、どこにもおりません」
乱れた息遣いで成貴が言った。
「ああ、どこにもいない。なんということだ。これは、大変なことになった」
そう呟く章桂の顔は幽霊のようだ。
「章桂さま、どういたしましょう」
「直ちに報告せねばならぬ!急ぐのだ!ぐずぐずしている暇はない!」
あのモノが姿を消した。あの卑しいモノが、世に放たれたというのか?早く、一刻も早く見つけ出し、連れ戻さなくては!
鞭に打たれた馬のように二人は飛び上がった。そして地上を目指し、真っ暗な空洞を一心不乱に駆け上がった。




