水道が
「うわあぁぁぁ!!」
響きわたる声。
夜の静寂を揺らす。
どたどたと音がして、狭い自室で今まさに眠りに落ちようとしていたアンダーのところへやって来たのは――王子オイラーであった。
「どした?」
扉を激しくノックされて、目もとを擦りつつ扉を開けると、そこには青い顔をしたオイラーが立っていた。
「す、す、水道がっ……」
オイラーは口をぱくぱくさせている。
「はぁ? 水道?」
「気づいたら大暴走していてっ……ど、どど、どうすればっ……」
「壊れた?」
「そ、そうだ! そういう感じだ!」
はぁー、と長めの溜め息をついて、アンダーは部屋の外へ足を踏み出す。
アンダーが面倒臭そうな面持ちで「部屋?」と短く尋ねれば、オイラーは救世主得たりと言わんばかりに急激に瞳を輝かせ「ああ! ああ! そうなんだ、その通りだ!」と何度も頷く。
オイラーの部屋の前に着くと豪快に水の音がする。
こりゃやべぇなぁ、なんて呟きながら、アンダーは素早く靴を脱いで躊躇うことなく室内へと歩き出した。
「私は何をすればいい?」
「アンタはそこにいな」
「わ、分かった。手伝えることがあれば言ってくれ」
足音ではなく水を掻き分けて揺らす音が空気を揺らしている。
――それから少しして、激しい流水の音が停止した。
「止まったのか!?」
思わず口を開くオイラー。
「はいはい、もー止まった」
アンダーは呆れたように返事をする。
十秒ほどして彼が部屋から出てきた。
その姿を目にして安堵したような顔をしたオイラーは「こんなにすぐ止められるとは……君は水道の管理も得意なのか?」と純粋に尋ねる。
貴い人が発した馬鹿みたいだと思ってしまうほど純真な問いにアンダーは呆れ顔になることしかできなかった。
「あれはなぁ、蛇口んとこ変になってんだ」
「……というと?」
「つまり、根っこを止めりゃいーんだ」
きょとんとするオイラー。
「洗面台の下。捻るとこあんだろ」
「あ、ああ。確かにある。触ったことはないが……」
「そこ閉めりゃいーんだ」
アンダーは簡単に口だけで説明した。
「それで水が止まるのか!?」
「大体はな」
「そ、そうだったのか……」
水浸しになってしまったという状態は改善していない、が、それでも水量がどんどん増えるよりかはずっとましである。
「君はさすがだな、知識が豊富だ」
オイラーは胸を撫で下ろし頬を緩める。
「けど、どーするよ? こんだけ水浸しじゃ今夜は寝れねぇよな」
「あ、ああ……」
暫し沈黙があって。
「オレんとこ泊まってくか?」
やがてアンダーが提案した。
思わぬ提案に驚きつつも嬉しさを感じるオイラーは救世主でも見るかのように瞳を輝かせながら「いいのか!?」と発する。
それに対しアンダーは「今日だけな」と短く返した――それはつまり、泊めても構わない、という意味である。
「も、もちろんだ! それでいい! いや、というよりか、非常に助かる!」
そうしてオイラーはアンダーの部屋に泊めてもらうことにしたのだった。
「んじゃ、来な」
「ありがとう!」
オイラーは気づいていないだろう。
しかしアンダーが誰かを自室へ入れる泊まらせるというのは極めて珍しいことである。
その出自ゆえ、外からは解放的に見えても心の奥底の警戒心は強めなアンダーだ。周囲に敵の多い環境で育ってきたこともあって、なおさら、常に周囲への警戒を怠らないように育った。要因は色々だろうが、なんにせよ、他者を自分のテリトリーに入れることを良く思うタイプではないのである。
そんな彼が自室に招き入れるというのだから、アンダーのオイラーへの信頼感というものはかなり特別なものであると言えるだろう。
「アンダー、そういえば、濡れた足が冷えているんじゃないか?」
「拭きゃだいじょーぶだろ」
「しかし身体が冷えて風邪を引いたら大変だ」
「マジで心配性だなアンタ……」
――その後アンダーの部屋へ足を踏み入れたオイラーは。
「君の部屋はこんなに狭かったのか!?」
自分が与えられていた部屋の広さとの違いにかなり驚いていた。
「な、なぜ!? 嫌がらせか? これは嫌がらせなのか!?」
「アンタんとこが広ぇんだよ」
「そうなのか……?」
「オレんとこせめぇのは事実だがアンタんとこは広すぎんだろ。けど、ま、こん国の王子だからなぁ。とーぜんっちゃあとーぜんかもしんねーけどな」
二人で横になるスペースも十分にはない。床は固く薄い布団が敷かれているだけ。当然立派なベッドなんて設置されているはずもなく。その部屋で一夜を過ごすとなれば、例外なく、冷たい床で横になって眠るしかないのである。
本来であれば文句を言ってもおかしくないような状況、なのだが。
「だがたまにはこういうのもワクワクするな……!」
オイラーはそれすらも楽しんでいるようだった。
「マジかよ。呑気すぎんだろ」




