落ちたサンドイッチ
その日オイラーはいつものようにアンダーと合流できればと思い食堂へ向かった。たまたま目についたサンドイッチを昼食として選択。紙皿に乗ったサンドイッチを慎重に運びつつ視線をあちこち移して会いたい相手を探す。そうしてようやくその空色の瞳が求めている人を捉えた。すると偶然目が合って。嬉しくなったオイラーは弾む足取りでその人の方へ向かおうとしたのだけれど、席と席の間の狭い通路を駆けてきた青年にぶつかられてしまう。
「あっ……」
気づいた時にはオイラーのサンドイッチが床に落ちてしまった。
ぶつかった青年は「お、俺悪くないし!」なんてこぼしながら、気まずそうな顔をして、そそくさと去ってゆく。
本当は罪悪感があるのだろう。何も感じていない、悪いと思っていない、それにしては不自然な動きだ。本当に悪いことをしていないと思っているのであれば逃げるように立ち去りはしないだろうから。一応やらかした自覚はあるものと思われる。ただ、それを認めないだけで。
「ああ……」
オイラーは萎れた花のような表情でしゃがみ込む。
無残に散らされたサンドイッチだった物を拾おうと手を伸ばして――何者かの手に遮られる。
「……アンダー」
ハッとしたように目を開くオイラー。
「片付けとくからもいっこ貰ってきな」
アンダーは無残に散ったサンドイッチの残骸を素手で集めようとしている。
「し、しかし……」
親切な言葉をかけられて徐々に冷静さを取り戻しつつも様々な不安が過り次の行動へ移れないオイラーだったが。
「食っとくわ」
しゃがんだままオイラーを見上げるアンダーは意図して片側の口角を持ち上げる。
「い、いや、それは駄目だ……落ちたものを食べるなど……」
「食える食える」
「えええ……」
「アンタからすりゃおかしなことかもしんねーけどよ、オレみてーなのからすりゃこーゆーの食べんのふつーだから」
雑にではあるが散らばった物体を手でサンドイッチの形へ戻すとそのまま口へ運ぶ。
アンダーは豪快だった。
そして衛生面の心配など欠片ほどもしていない様子だ。
「ぼさっとしてんじゃねーよ、さっさと貰ってきな」
「あ、ああ……すまない」
オイラーは一度静かに頷くと食べ物を再び貰うため進行方向を変えた。
歩きながら思う。もしかしてアンダーは自分のために無理をしているのではないか、と。込み上げる不安に似た複雑な色。自分の失敗のせいでアンダーが損をしているのではないか、なんて、一度考え出してしまえばもう止まらなくて。歩いていても、並んでいても、脳内には同じことばかりが大量に湧き上がってくる。そしてそれは止めようとしても自分では絶対に止められないものだ。
もし今の自分が考えていることをアンダーに話したとしたらきっと呆れられてしまうのだろう――漠然とそんなことを思いながら列に並び、やがて、再びサンドイッチを手に入れた。
そうしてオイラーは来た道を戻る。
慎重に人の波を掻き分け、先ほどサンドイッチを落としてしまった地点へようやくたどり着くと、しゃがみ込んだままでほぼ完食しているアンダーの姿があった。
食べる速度に驚いたオイラーが「もう食べ終わったのか」と声をかければ、アンダーは口のすぐ傍に付着した少量のマヨネーズを舌の先で舐め取ってから「美味ぇなコレ」と呟くように感想を述べる。
「サンドイッチを貰ってきた」
「そりゃ良かったなぁ。ま、今度は落とさずゆっくり食えや」
「ああ。慎重に行動しようと改めて強く思った。そうやって君が食べてくれたから良かったものの……危うく食料を無駄にしてしまうところだった」
その時だ、悪意をはらんだ複数の声がその高貴な耳に入ったのは。
「ううぇえ……床に落ちたの食ってるよアイツ」
「きっしょきしょきっしょ」
「やっぱ貧民は汚いの平気なんだなぁ」
恐らくアンダーのことを言っているのだろう。すぐにそう察したオイラーは声の主を目に焼き付けるべく視線を動かす。すると短時間で声の主を見つけることができた。悪意ある言葉を発していたのは、たまたま付近にいたちょうど二十歳になるかどうかといったくらいの若い男性兵士三人組であった。
オイラーは自覚なく三人組へ鋭い視線を向けていて――それに気づいた若い三人は逃げるようにその場から離れていった。
その間ずっとアンダーは視線を動かさなかった。
心中は誰にも察せない。
ただ彼は確かに動じていないというような振る舞いをしていた。
悪意ある者たちは去って。取り敢えず一旦飛んでくる刃はなくなって。それでもまだ不快感を拭いきれないオイラーはそれを隠し切れずにいた。本人としては意図してはいないのだろうが、今まさに彼が抱えている複雑な心情が整った面に滲み出てしまっていて。
「気にすんな」
そんなオイラーの心情を察してか、アンダーは小さく言い放った。
「アンタにゃ関係ねーから」
言われてようやく自分の顔に感情が見事なまでに映し出されてしまっていることに気づくオイラー。
「す、すまない、不快な思いをさせてしまったかもしれない」
即座に謝った。
……もっとも、相手が気にしているのはその点ではないのだが。
「取り敢えず座りな。で、食べな?」
「ああそうだ、そうしよう。ありがとう。君は本当に頼りになるな」




