ただ、喜んでほしいだけ。
ある日の晩、遅めの時間に、オイラーとアンダーは食堂へ向かった。
営業終了の時間が近づきつつある時間帯に食堂にいる者はそれほど多くない。昼間であればほとんどすべての席が埋まっていることも稀ではないのだが、今は空席が目立っている。
「遅い時間になってしまってすまなかった」
「いーよ」
その日オイラーにはしなくてはならない用事が多くあった。それらを一つずつ片付けていっていたのだが、途中傘立をひっくり返して廊下が水浸しになってしまうハプニングなどもあり、すべての用事を片付けるまでには想像以上に時間がかかってしまった。一日中いろんな意味でバタバタしていて、夕食を取る間もなく、気づけばこの時間になってしまっていたのである。
「アン、お腹が空いただろう?」
「まーな」
「今日の夕食代は私が持とう」
「なんだそりゃ」
話が掴めず眉間にしわを寄せるアンダーとは対照的に明るい面持ちでいるオイラーは「実は、前から気になっていたアレを頼もうと思って!」と考えていることをはっきり口にした。
その瞳には子どものような純粋な色が浮かんでいる。
それから彼は、綺麗なものしか見えない世界で憧れの存在について語る子どものような顔つきで「肉乗せパンタワー!」と言い、真正面にいるアンダーと一瞬目を合わせてから楽しそうに頬を緩めた。
「アンには色々手伝わせてしまってばかりだからな、たまにはお礼をさせてほしいんだ」
「や、べつに、ゆーほど何もしてねぇけど」
数秒、沈黙があったが。
「だがアンは肉が好きだろう?」
オイラーは躊躇わず次の言葉を発する。
「好き」
「良かった! では二人分注文してくるので少し待っていてくれ」
「おいおい待てよ。オレ、頼んできてくれとか言ってねーけど」
アンダーは少々戸惑っている様子だったが。
「私がしたくてしていることだ、気にしないでくれ」
やりたかったことができる瞬間を迎えたオイラーは嬉しそうに笑っていた。
「――で、これが?」
肉乗せパンタワーを二人分注文したオイラーは、暫しカウンター周辺で待機し、やがて料理が出来上がればそれらを落とさないよう慎重に一つずつテーブルまで運んだ。
「肉乗せパンタワーだ!」
「美味そ」
ソースでほのかに色づいたパンとしっかり焼かれた肉のスライスが白い皿に盛りつけられている。
重ねられ山のようになった豪快な見た目のそれらは、見る者の心を簡単に奪ってしまう。
「魅了されているな、アン」
「食っていい?」
「もちろん。喜んでもらえそうで安心した。では思う存分食べてくれ」
そこからのアンダーは早かった。向かいの席に座っているオイラーが驚くほどの勢いで肉乗せパンタワーを食い尽くす。好物を目の前にした彼はもう他のものなんて少しも見えていなくて。赤い双眸は終始皿の上のものだけを捉えていた。
オイラーは自分の分の料理を静かに食べ進めながら時折向かいの席の彼へと視線を移す。
日頃はぶっきらぼうでもなんだかんだで結構喋るアンダーだが、今は食べることに夢中でそれ以外のことは忘れている様子。そんな彼の姿を見つめる時、オイラーの面には自然と柔らかな笑みが滲む。
アンダーはいつも自分を支えてくれている大切な存在。唯一無二の友。
それゆえ、その大切な人が食事という幸福に身を委ねられている様を目にできることは非常に喜ばしいことだ。見つめているだけで嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
「美味かった」
ボリューミーな肉乗せパンタワーをあっという間に平らげたアンダーは、シンプルに、一言で感想を述べた。
「初めて食べたわ」
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
「てか、アンタ、食べんの遅くね?」
「いやそれは恐らく……アンが早いんだ。あくまで恐らく、だが……」
「そか」
アンダーは目を伏せる。
「ありがとな」
一旦は素直に礼を言って。
「センスねぇアンタにしちゃ今回はまともだったな」
数秒の間の後、余計な言葉を付け加えた。
だがオイラーが苛立つことはない。
喜んでもらえたことが嬉しい、そこだけに意識が向いているから。
オイラーとしては、自分がしたことをアンダーに喜んでもらえたならそれだけで満足なのだ。
◆終わり◆




