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追憶の潜水士  作者: 今璃 咲
Ⅰ 初任務
15/19

14.一時間目は地獄、二時間目は拷問?

 幼馴染の兄と久々の再会を果たした翌日。


 「はーい、授業始めるよ」

 「はぁい・・・・・・・」


 早速通常日課開始である。日本の未来を担う潜行士の卵にスローペースなどという言葉は存在しない。


 潜行士の第七部隊は合計六十人。なので一班から五班、六班から十班のそれぞれAクラスとBクラスに分かれて行う。三班の澪はAクラスで、担任は岬橋拓海である。Bクラス生徒に羨望の眼差しを受けたのは気にしない。


 ―だって君ら、宵の明星のように美しい容貌の帰蝶凛(きちょうりん)教官がいるでしょう?


 さて、潜行士コースの時間割は基本的に、一から四時間目が座学、昼休みを挟み午後が潜行士関連の授業である。

 一時間目は我が担任・岬橋拓海(みさきばしたくみ)の国語だ。


 「では記念すべき僕の初授業は、潜行士の、潜行士による、潜行士のための国語だよ」

 「先生、歴史の間違いじゃないですか?」

 「ははは」


 学級委員の一理どころか百理ある指摘を、爽やか笑顔で流す拓海。先生、朝から眩しいです。

 (でも今日の内容は何なのかな?)

 昨日教科書が配られたとはいえ、まだ記名しかしていない。最初の単元は物語文だった気がする―が。

 二度あることは三度ある、という言葉を澪は様々な経験から実感している。

 つまり何が言いたいかというと―


 (岬橋先生の授業は、絶対ぶっ飛んでる!)


 これだ。声を大にして地球上全人類の同意を求めたい。


 養成学校で技術担当の教官だった彼の兄・岬橋碧(みさきばしあおい)は、癖の強い教官陣でもとりわけ強烈に印象に残っている非常識人だ。例えば灯油代節約のため、冬の廊下を走らされたりとか。

 常識人の雰囲気を纏う彼もあんな兄がいるのだ、非常識人に決まっている。おそらく、多分!


 「さーてと、今日は初回だし教科書は使わずで、簡単なものから行おうか」


 彼の言葉に教室が歓喜の声に満ちる―のは玉響(たまゆら)で、一瞬にして空気が冬の海に早変わりする。常笑が売りの霧原諒も今回は、マンタのような気の抜けた顔だ。(こう)は闇になっている。

 単刀直入に言うと、絶望した。


 ―担任の手にある分厚い紙の束と、その表紙の文字に。


 「養成学校で学んだ、国語の総復習テスト。合格した皆なら泰然自若の態度で余裕綽々に解けるよね?」


 有無を言わさぬ問答無用のオーラが彼に漂っている。迫力のある声に、澪は目の前が暗転していくのを感じた。

 (終わった)

 何を隠そう、澪は入学してから、養成学校時代の復習を全くしていなかった。


 ―いわゆるチェックメイト、である。


 その後、第七部隊Aクラスに精も根も尽きた、茫然自失のゾンビが大量発生したのは言うまでもない。



 そんなこんなで、二時間目・保健体育。澪たちは入り口から溢れる海底士組をかき分け、足を踏み入れた。体育館、武道場等は共有なのだ。故にこうしてお互い観察という名目で、ガン見しつつ会話はしない―というのが暗黙の了解、もとい中高生あるある。

 

 の、はずなのだけれど。


 (なぜ故こんなに私は見られているんでしょうか?)


 なぜか【帆梶】という文字を見た海底士(リストアラー)が、鑑定をするかの如く、文字通り頭部のてっぺんからつま先まで見てくるのだ。やめて欲しい、切実に。


 (私は全く関係ありません赤の他人です)

 

 例え、リストアラーに同名の名字を持つ者がいたとしても。

 縁もゆかりもない、無縁の第三者でまっっったく知らないのである。本当に。


 それはさておき、体育館にて手を振りながら出迎える教官に澪は目を疑った。


 「やっほー」


 (なんだろう、この巡り合わせ)


 既視感で済ますには簡単すぎる。他生徒も呆気にとられ言葉が出ない様子だった。具体的にはあれだ、フリマに出品した商品が巡り巡って手元に帰ってきたような、あの感覚。


 生徒の表情を汲み取ってか、彼は整頓して、と指示を出す。動揺を抱えながらも時が動き出した。


 そして恒例の教官紹介。いや、紹介というより再確認と改めた方が正しいだろう。一時間目のあの人に類似しているこの教官を。

 

 「Aクラの君たちはご存じだと思うけど、一応教官として自己紹介しまーす。

 ボクは岬橋碧(みさきばしあおい)。以前は養成学校担当だったけど、今年からアルナ学園保健体育科の教官に就きましたー。

 潜行士科目は自明だけど技術担当。主に第七部隊担当だよー。

 君らの担任・岬橋拓海(みさきばしたくみ)の兄です☆・・・・・・ってのは蛇足かな?反応が如実に表れてるもんね」


 あっはは、と軽快な笑い声をあげ、手を叩く碧の反応は、すみませんツボが分からないです。

 だが養成時代と全く変化なしである意味安堵する。こんなトラブルメーカー兼、非常識で奇怪行動をする機械の虜の酔狂人は、昇格目的で殺伐とした競争生活学園に必要かもしれない。おそらく。


 「そしたらホラ、君たちも」

 「はいはい。保体教官・蘖 樹(ひこばえ いつき)晦渋(かいじゅう)な名前だけど現場時代は【ひこつき】と呼ばれてたのでお好きにどーぞ。潜行士科目も部隊も担当ないけど、質問は答えられるのでじゃんじゃんください」


 続いての教官はセミロングを緩くハーフアップにした気だるげな教官だった。声はアルトで中肉中背で身長も平均的、おまけにジャージを肩に被っている佇まいで中性的に見える。睫毛長い上に肌はきめ細かいが。


 「ひこしもが教官業面倒な故に不読な名前にしたと思うの、俺だけかな」

 「大丈夫だよ光、私もだから」


 思わず半信半疑の目を向ける学生たち。独断と偏見による憶測は良くないですよ。


 ラストは体育館のステージから飛び降りる小柄な教官だ。ショートヘアなので男性に見えるが、華奢な体つきとなだらかな双丘から女性だと推測できる。

 ぶかぶかのパーカーで手の甲を隠すいわゆる萌え袖ファッション。中心には【帰ってもいいですか】という言葉と共にゆるゆる鳩がぴえんしているイラストがあった。why?


 「・・・・・・雪鳩 莠(ゆきばと はぐさ)。主に第六部隊担当で保体と技術の教官。以上」


 しんしんと雪が降る、夜の街を思わせる彼女の声は針を落としたような小ささだ。そしてとにかく静か。それはもう真夜中のように。


 (鳩って鳴くんじゃなかったっけ?) 


 「ボクが言うのも何だけど、遠慮なしのハード授業なので、苦尽甘来(くじんかんらい)を胸にがんばろーね!」


 手を打ち無表情に囲まれ、一人眩しい笑顔の碧に早くも雲行きが怪しい予感。

 (このメンバーで良いのか?)

 その言葉はきっと、この場の全員が異口同音だっただろう・・・・・・。

 しかし、澪は現在別の問題にぶち当たっていた。


 「澪、お前生きてるか?」

 「うん」

 「声に覇気がないぞ」

 「そう」

 「・・・・・・俺なんかやった?」

 「もうすでにやらかしてるから問題ない」

 「ハ」

 「キャパオーバーなう」

 「さっさと言えよ」


 澪はゆるりと戸惑う光に、嵐で大荒れの海を見たような淀んだ瞳を向けた。


 「名前が覚えられない」


 「―じゃあ覚えさせようか?」

 「「!?」」

 「先生距離感おかしいです」


 ぬらりひょんの如く現れ、石のように固まる澪たちに対し珍しく日向が口を開く。流石にドライバーはないが、目線は通常通り虚空だ。


 「えー、大事でしょ名前の記憶は。あ、じゃあインパクトあることすれば、この問題は瞬殺じゃない!?ねえ!」

 「開脚180度と長座体前屈で手首が足の指に届くまでの柔軟」

 「それより教官相手に柔道する方が効率的だろ」


 恐ろしいメニューに顔面蒼白で震え上がるも、碧は気にも留めない。むしろこれからが本番というように、顎に手を当て考え込んだ。少し拓海を彷彿させるその姿は、一時間目のトラウマを呼び起こしてくる。


 (やめて、爆弾投下しないで)


 戦々恐々と回答を待つ生徒に向かい、碧は軽快な口調で地獄を述べた。


 「それなら、授業時間全部使って体育館内持久走とかどうかな?面白ラジオをBGMに笑っちゃいけないルールもつけて、腹筋も鍛えるとか」

 「・・・・・・・」

 「二人三脚追加したらどう?」

 「ひこつき先生最高。冴えてるねー」


 おかしいな、岬橋碧が閻魔大王に見えてくる。無邪気な笑みの碧は述べたトレーニングメニューを行いそうな勢いだ。

 (拷問ですか?)

 澪の感覚が生ぬるいのだろうか。はたまた彼が異次元なのか。


 「取り合えず、準備運動したら馬飛び十回、縄跳び三分間。腹筋背筋柔軟して、その後さっき話した持久走をやろっか!」

 「岬橋兄教官、やめてください」


 突如響いた静かなる声に皆は息を呑む。碧、ひこしも、雪鳩の三人も背筋を伸ばす。

 ―碧の後ろに音もなく佇んでいるのは、狐面を付けた学園長だった。


 「学園長先生、お疲れ様です!どうしてこちらに?」

 「監視・・・・・・・と、見回りですよ」

 「うわ、学園長直々に見てもらえるなんて光栄だなぁ」

 「美辞麗句は結構ですので、奇天烈(きてれつ)な発想で生徒に拷問を()いないでください。減給がお望みですか?そうですね、今月の給料は今までの三割に」

 「それは手痛いのでご勘弁を」


 珍しく言い負かさせる碧を眺めるのは、なかなか悪くない。

 ―が、学園長もコワい。碧より若く見えるが追い詰め方が海千山千のそれだ。

 引きつった顔の生徒を彼女は見ると、唯一見える口元を笑みに動かす。


 「とはいえ、千里の道も一歩から。持久走以外は行いましょうか」



 ―この日、本当に怖いのは変人より(したた)かな狐だということを、第七部隊は学んだ。

面白かったらリアクションやブクマコメよろしくお願いします。

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