14.一時間目は地獄、二時間目は拷問?
幼馴染の兄と久々の再会を果たした翌日。
「はーい、授業始めるよ」
「はぁい・・・・・・・」
早速通常日課開始である。日本の未来を担う潜行士の卵にスローペースなどという言葉は存在しない。
潜行士の第七部隊は合計六十人。なので一班から五班、六班から十班のそれぞれAクラスとBクラスに分かれて行う。三班の澪はAクラスで、担任は岬橋拓海である。Bクラス生徒に羨望の眼差しを受けたのは気にしない。
―だって君ら、宵の明星のように美しい容貌の帰蝶凛教官がいるでしょう?
さて、潜行士コースの時間割は基本的に、一から四時間目が座学、昼休みを挟み午後が潜行士関連の授業である。
一時間目は我が担任・岬橋拓海の国語だ。
「では記念すべき僕の初授業は、潜行士の、潜行士による、潜行士のための国語だよ」
「先生、歴史の間違いじゃないですか?」
「ははは」
学級委員の一理どころか百理ある指摘を、爽やか笑顔で流す拓海。先生、朝から眩しいです。
(でも今日の内容は何なのかな?)
昨日教科書が配られたとはいえ、まだ記名しかしていない。最初の単元は物語文だった気がする―が。
二度あることは三度ある、という言葉を澪は様々な経験から実感している。
つまり何が言いたいかというと―
(岬橋先生の授業は、絶対ぶっ飛んでる!)
これだ。声を大にして地球上全人類の同意を求めたい。
養成学校で技術担当の教官だった彼の兄・岬橋碧は、癖の強い教官陣でもとりわけ強烈に印象に残っている非常識人だ。例えば灯油代節約のため、冬の廊下を走らされたりとか。
常識人の雰囲気を纏う彼もあんな兄がいるのだ、非常識人に決まっている。おそらく、多分!
「さーてと、今日は初回だし教科書は使わずで、簡単なものから行おうか」
彼の言葉に教室が歓喜の声に満ちる―のは玉響で、一瞬にして空気が冬の海に早変わりする。常笑が売りの霧原諒も今回は、マンタのような気の抜けた顔だ。光は闇になっている。
単刀直入に言うと、絶望した。
―担任の手にある分厚い紙の束と、その表紙の文字に。
「養成学校で学んだ、国語の総復習テスト。合格した皆なら泰然自若の態度で余裕綽々に解けるよね?」
有無を言わさぬ問答無用のオーラが彼に漂っている。迫力のある声に、澪は目の前が暗転していくのを感じた。
(終わった)
何を隠そう、澪は入学してから、養成学校時代の復習を全くしていなかった。
―いわゆるチェックメイト、である。
その後、第七部隊Aクラスに精も根も尽きた、茫然自失のゾンビが大量発生したのは言うまでもない。
◇
そんなこんなで、二時間目・保健体育。澪たちは入り口から溢れる海底士組をかき分け、足を踏み入れた。体育館、武道場等は共有なのだ。故にこうしてお互い観察という名目で、ガン見しつつ会話はしない―というのが暗黙の了解、もとい中高生あるある。
の、はずなのだけれど。
(なぜ故こんなに私は見られているんでしょうか?)
なぜか【帆梶】という文字を見た海底士が、鑑定をするかの如く、文字通り頭部のてっぺんからつま先まで見てくるのだ。やめて欲しい、切実に。
(私は全く関係ありません赤の他人です)
例え、リストアラーに同名の名字を持つ者がいたとしても。
縁もゆかりもない、無縁の第三者でまっっったく知らないのである。本当に。
それはさておき、体育館にて手を振りながら出迎える教官に澪は目を疑った。
「やっほー」
(なんだろう、この巡り合わせ)
既視感で済ますには簡単すぎる。他生徒も呆気にとられ言葉が出ない様子だった。具体的にはあれだ、フリマに出品した商品が巡り巡って手元に帰ってきたような、あの感覚。
生徒の表情を汲み取ってか、彼は整頓して、と指示を出す。動揺を抱えながらも時が動き出した。
そして恒例の教官紹介。いや、紹介というより再確認と改めた方が正しいだろう。一時間目のあの人に類似しているこの教官を。
「Aクラの君たちはご存じだと思うけど、一応教官として自己紹介しまーす。
ボクは岬橋碧。以前は養成学校担当だったけど、今年からアルナ学園保健体育科の教官に就きましたー。
潜行士科目は自明だけど技術担当。主に第七部隊担当だよー。
君らの担任・岬橋拓海の兄です☆・・・・・・ってのは蛇足かな?反応が如実に表れてるもんね」
あっはは、と軽快な笑い声をあげ、手を叩く碧の反応は、すみませんツボが分からないです。
だが養成時代と全く変化なしである意味安堵する。こんなトラブルメーカー兼、非常識で奇怪行動をする機械の虜の酔狂人は、昇格目的で殺伐とした競争生活学園に必要かもしれない。おそらく。
「そしたらホラ、君たちも」
「はいはい。保体教官・蘖 樹。晦渋な名前だけど現場時代は【ひこつき】と呼ばれてたのでお好きにどーぞ。潜行士科目も部隊も担当ないけど、質問は答えられるのでじゃんじゃんください」
続いての教官はセミロングを緩くハーフアップにした気だるげな教官だった。声はアルトで中肉中背で身長も平均的、おまけにジャージを肩に被っている佇まいで中性的に見える。睫毛長い上に肌はきめ細かいが。
「ひこしもが教官業面倒な故に不読な名前にしたと思うの、俺だけかな」
「大丈夫だよ光、私もだから」
思わず半信半疑の目を向ける学生たち。独断と偏見による憶測は良くないですよ。
ラストは体育館のステージから飛び降りる小柄な教官だ。ショートヘアなので男性に見えるが、華奢な体つきとなだらかな双丘から女性だと推測できる。
ぶかぶかのパーカーで手の甲を隠すいわゆる萌え袖ファッション。中心には【帰ってもいいですか】という言葉と共にゆるゆる鳩がぴえんしているイラストがあった。why?
「・・・・・・雪鳩 莠。主に第六部隊担当で保体と技術の教官。以上」
しんしんと雪が降る、夜の街を思わせる彼女の声は針を落としたような小ささだ。そしてとにかく静か。それはもう真夜中のように。
(鳩って鳴くんじゃなかったっけ?)
「ボクが言うのも何だけど、遠慮なしのハード授業なので、苦尽甘来を胸にがんばろーね!」
手を打ち無表情に囲まれ、一人眩しい笑顔の碧に早くも雲行きが怪しい予感。
(このメンバーで良いのか?)
その言葉はきっと、この場の全員が異口同音だっただろう・・・・・・。
しかし、澪は現在別の問題にぶち当たっていた。
「澪、お前生きてるか?」
「うん」
「声に覇気がないぞ」
「そう」
「・・・・・・俺なんかやった?」
「もうすでにやらかしてるから問題ない」
「ハ」
「キャパオーバーなう」
「さっさと言えよ」
澪はゆるりと戸惑う光に、嵐で大荒れの海を見たような淀んだ瞳を向けた。
「名前が覚えられない」
「―じゃあ覚えさせようか?」
「「!?」」
「先生距離感おかしいです」
ぬらりひょんの如く現れ、石のように固まる澪たちに対し珍しく日向が口を開く。流石にドライバーはないが、目線は通常通り虚空だ。
「えー、大事でしょ名前の記憶は。あ、じゃあインパクトあることすれば、この問題は瞬殺じゃない!?ねえ!」
「開脚180度と長座体前屈で手首が足の指に届くまでの柔軟」
「それより教官相手に柔道する方が効率的だろ」
恐ろしいメニューに顔面蒼白で震え上がるも、碧は気にも留めない。むしろこれからが本番というように、顎に手を当て考え込んだ。少し拓海を彷彿させるその姿は、一時間目のトラウマを呼び起こしてくる。
(やめて、爆弾投下しないで)
戦々恐々と回答を待つ生徒に向かい、碧は軽快な口調で地獄を述べた。
「それなら、授業時間全部使って体育館内持久走とかどうかな?面白ラジオをBGMに笑っちゃいけないルールもつけて、腹筋も鍛えるとか」
「・・・・・・・」
「二人三脚追加したらどう?」
「ひこつき先生最高。冴えてるねー」
おかしいな、岬橋碧が閻魔大王に見えてくる。無邪気な笑みの碧は述べたトレーニングメニューを行いそうな勢いだ。
(拷問ですか?)
澪の感覚が生ぬるいのだろうか。はたまた彼が異次元なのか。
「取り合えず、準備運動したら馬飛び十回、縄跳び三分間。腹筋背筋柔軟して、その後さっき話した持久走をやろっか!」
「岬橋兄教官、やめてください」
突如響いた静かなる声に皆は息を呑む。碧、ひこしも、雪鳩の三人も背筋を伸ばす。
―碧の後ろに音もなく佇んでいるのは、狐面を付けた学園長だった。
「学園長先生、お疲れ様です!どうしてこちらに?」
「監視・・・・・・・と、見回りですよ」
「うわ、学園長直々に見てもらえるなんて光栄だなぁ」
「美辞麗句は結構ですので、奇天烈な発想で生徒に拷問を強いないでください。減給がお望みですか?そうですね、今月の給料は今までの三割に」
「それは手痛いのでご勘弁を」
珍しく言い負かさせる碧を眺めるのは、なかなか悪くない。
―が、学園長もコワい。碧より若く見えるが追い詰め方が海千山千のそれだ。
引きつった顔の生徒を彼女は見ると、唯一見える口元を笑みに動かす。
「とはいえ、千里の道も一歩から。持久走以外は行いましょうか」
―この日、本当に怖いのは変人より強かな狐だということを、第七部隊は学んだ。
面白かったらリアクションやブクマコメよろしくお願いします。




