第17話 罰の刻
扉がおずおずと開き、ドアの縁から赤い鱗に覆われた手が覗いた。
ラファエルは唇を噛みしめ、蒸気が立ち込める室内からゆっくりと姿を現す。背後の尾が揺れ、もぞもぞと動いた末、ようやくバスルームから半身を覗かせた。
男は、どうやらシャツを買い込んだらしく、着替えを済ませた彼は部屋の端に立ち、オイルランプに火を灯した。
「馬車の灯りほど明るくはないが、まあ、使えるだろう……」
男は表紙の見えない小さな冊子を手に取り、二つ目の項目【竜人】の欄に目を落とす。彼にしか見えない文字が、行間に浮かび上がっていた。
【身体研究進捗度:10%】
【竜人種社会研究進捗度:2%】
【次段階の報酬:身体研究進捗度20%、竜人種社会研究進捗度:20%】
【報酬:体質+2、繁殖能力+10、フェルマバッハ竜廷魔法書】
ヴィクトルは手にしていたノートを閉じ、扉の陰に隠れようとしているラファエルに向き直った。今
日の厚着が嘘のように、麻のシャツ一枚になった彼女は、罰の時間を迎えようとしている今、ひどく心もとない気持ちになる。
「そこで突っ立ってないで、まずはこちらへ来て傷の手当てを」
ヴィクトルは鱗が剥がれ落ちた箇所に目をやった。清水で洗い流されたそこは、奥に赤い肌が覗いており、圧迫すれば血が滲み出てくるだろう。
「…………」
ラファエルは無言でヴィクトルの前に歩み出た。馬車のような広い椅子はない。ヴィクトルは彼女をベッドに腰掛けさせた。
初めて体験する柔らかなベッドに、彼女は物珍しそうに尾を這わせ、先端の枕に心地よさそうに絡ませた。
ヴィクトルは包帯と薬草を手に取り、手当てをしながらふと尋ねた。
「少し気になったことがあるんだが、以前、竜人種の家庭は繁殖力が高いと言っていたな。亜人種の中でも子だくさんな方だと思うが、なぜ竜人種の総人口は他の亜人種より少ないんだ?」
ラファエルは彼が急にそんな話題を振ってくるとは思わず、答えるつもりはなかったが、今は罰ゲームの時間だ。少し迷った後、口を開いた。
「確かに、私たちは……その、そういうことを強く求めるけど……」
ラファエルの鱗がわずかに開き、中から温かい蒸気が吐き出された。
ヴィクトルは気づいた。この蒸気は彼女の感情状態を如実に表している。例えば、恥ずかしい時はこのように温かい温度で、怒りや憤慨の時は蒸気機関のものより熱くなるのだ。
今は照れているのだろう。
「でも、そういう気持ちは、適尾の伴侶にしか抱かない……」
「適尾の伴侶?」
ヴィクトルは傷口に薬を塗る手を一瞬止めた。
「ふっ、人間みたいに、求愛がそんなに安易だと思う?」 ラファエルは軽蔑するように鼻で笑った。
まるで今日彼が女からバラを受け取った行為を思い出したかのようだ。彼女はそれをひどく軽蔑している。
「竜人の真の適尾の伴侶は、苦労して探し当て、適合する相手だけ。身体も心も絶対的に適合して初めて、そういう反応が生まれる……」
なるほど、竜人種は適切な伴侶を見つけるのが非常に困難なのか。もし見つからなければ生涯 孤独 を選ぶため、繁殖衝動も起こらない。しかし、一度適尾の伴侶を見つければ、竜人種に秘められた繁殖衝動が爆発的に溢れ出し、子孫の数を確保するわけだ。
道理で彼女たちの部族の夫婦は子だくさんなわけだ。もっとも、その子供たちのほとんどは一生独身を貫くのだろうが……。
「なるほど」
疑問が解けたヴィクトルは、そっと彼女の怪我をした右足をベッドに置いた。
そして立ち上がり、「傷の手当ては済んだ。では、研究の続きといこうか。今回は罰ゲームの内容だから、多少不快感を伴うかもしれないが、我慢してくれ……」
彼がそう言えば言うほど、ラファエルは恐怖を募らせる。まるでこれから恐ろしい拷問が始まる前の宣告のようだ。
「横になって……」
悪魔のような声が響き、ラファエルは唇を噛み締め、彼の言葉に従った。
長く手入れされていない赤い髪が、白いシーツの上にバラの海のように広がる。竜人種特有のすらりとした美しい肢体が、白に映えて際立っていた。
「そうだ、慣れないといけないかもしれないから、アイマスクを用意したが、使うか?」
「私が怖がるわけないでしょう、どうぞご自由に……」
「そうか」
「ま、待って! 待って!」
服が少しずつ捲り上げられるのを感じ、ラファエルは慌てて口を開き、彼の次の行動を制止した。
「アイマスクは必要か?」
ヴィクトルは再び尋ねた。
「…………いらない……」
ラファエルは震えながら目を閉じた。
ヴィクトルの瞳に温度はないように見えた。
彼は頷き、指を彼女の腹部から上へと滑らせる。これから竜人種の魔力回路の確認を始めるのだ。魔力の波動とともに、人間とは全く異なる色の魔力回路が浮かび上がった。神経のように赤く輝く回路が発光し始める。
やはり種族間で魔力回路は全く異なるのだな。
人間も微細な形状の違いはあるが、竜人種の魔力回路は基本的な構造から大きく異なっている。
ヴィクトルの研究内容など知る由もないラファエルは、ただ人間の指が鱗に覆われていない肌の上を優しく滑るのを感じていた。指がさらに危険な領域へと向かおうとした時、彼女は慌てて叫んだ。
「やっぱり、アイマスク、ください……」
「…………」
次の瞬間、彼女の視界は暗闇に覆われた。漆黒と静寂の中、視覚を奪われたことで、他の感覚が研ぎ澄まされる。ヴィクトルの指が少しずつ滑り、彼女は思わず 身を震わせた 。
「やっぱり……やっぱりアイマスクはいらない……」
ヴィクトルは無表情な顔で困惑の色を浮かべながら、再びアイマスクを取り外した。震える彼女の視線など意に介さず、研究モードに入ると彼はひどく真剣になる。
「動かないで」
「ん……」
ラファエルの鱗から熱い蒸気が絶え間なく噴き出す。まるで冬の暖炉かサウナのようだ。
ヴィクトルは竜人種の多くの部位が人間と酷似していることに気づいた。指輪の魔法光を通して、外見からは分からない彼女の体内器官の様子まで見ることができる。
竜人種の皮膚の下に埋まっている代謝器官は、人間とは大きく異なっている。これが彼女が常に蒸気のようなものを噴き出す理由なのだろう。例えば今……。
部屋全体がサウナのように蒸気に包まれ、目に見えるほどの蒸気が立ち上り、廊下を掃除していたメイドが口元を押さえて走り過ぎるほどだった。部屋の中は異様な熱気に包まれており、集中していたヴィクトルもさすがに異変に気づいた。
彼は顔を近づけ、ラファエルを見ると、彼女は目を閉じ、息も絶え絶えに喘いでいた。まるで何か苦痛を伴うことを経験するかのようだ。
「どうした?」
「は……え……え?」
ラファエルもぼんやりと目を覚まし、周囲の霧がかった光景を見渡し、自分の力が入らない体を見下ろした。四肢の鱗は電気に打たれたような痺れを感じ、特に頭痛がひどい。
ヴィクトルは彼女の青白い顔色を一瞥し、黙って彼女の白い体を布団で覆い、立ち上がった。
「少し様子がおかしい。ミルを呼んでくる」
「ん……」
彼が立ち去ろうとした時、何かに引っ張られていることに気づいた。
見下ろすと、赤い尾がいつの間にか自分の太腿に絡みついていた。
ヴィクトルが顔を上げると、発熱したように頬を赤らめたラファエルが彼を見つめていた。その姿は、ヴィクトルの心をわずかに揺さぶった。
やはり、竜人の体は美しい。
彼はそっと手を伸ばし、彼女の落ち着きのない尾を掴み、緩く絡みついた尾を解き放った。
「これは罰とは言えないな、きっと」




