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④94話〜111話 誓いの口付けまで

小説94話: 夢の中の微笑み


「ごめんね。でも…よかった、本当に…」

ご主人様がそう言うと、ヒナの身体をギュッと強く抱きしめた。


ヒナはその温もりに全身を預けた。

心配をかけた申し訳なさはあったけれど、それ以上に──ただ、ご主人様に抱きしめられたことが、久しぶりのこの温もりが、たまらなく嬉しかった。


エリンの胸元に顔をうずめたまま、ふとヒナの視界に、庭のガーベラが映り込む。


「そういえば…夢を見ました」

ヒナがぽつりと呟くと、ご主人様が優しい声で返してくれる。

「夢…?どんな夢だったの?」


ヒナは抱きしめられたまま、心に浮かんだ光景をそのまま語り出した。

「ミアさんが…そこのガーベラを見ていたんです。ボクが近づくと、ミアさんはボクに気づいて嬉しそうに微笑んでくれて……それで……」


ヒナは少し目を伏せながら、夢で出会った女性の姿を丁寧に描写した。

「上品にスカートを少し持ち上げて、『はじめまして。ミアです』って、可愛らしく頭をぺこっと下げて……すごく優しい笑顔だったんです。」


「本当のミアさんと話したこともないのに、不思議と懐かしい感じがしました。なんていうか…すごく、ほっとするような微笑みで──」


ヒナの話を聞いていたエリンは、一瞬驚いた顔を見せる。

けれどすぐに、いつもの穏やかな微笑みを取り戻し、ヒナに「それで?」と促した。


ヒナは少し考え込むように視線を巡らせてから、続けた。

「それで…ミアさんがボクに言ったんです。『焦らなくていいんです』って。」

エリンが小さく「焦らなくて…?」と繰り返す。


「はい。それで、ミアさんがこんなことを言ってくれたんです。

『のんびりと、ゆっくりと向き合ったって間違いじゃないですよ。合ってる場合もたくさんあるんです。』って。


それに、『自分をしっかり信じてあげてください。それが魔力の源になりますから』って…」


ヒナはそこで話を止め、はにかんだように微笑んだ


「全部、ボクの都合のいい夢なんですけどね。でも…その言葉にすごく救われた気がして…なんだか安心しちゃいました。」


エリンはしばらくヒナの顔を見つめていたが、やがて遠い目をしながらぽつりと呟く。

「…ううん、ミアだと思うよ。」

「え?」

エリンは驚いたように目を丸くするヒナに、優しい微笑みを向けた。


「彼女らしい言葉だと思った。まるで本当に、ミアがヒナに語りかけたみたいで…驚いたけれどね。」

その言葉の意味を測りかねて、ヒナは小さく首を傾げた。


エリンはその姿に微笑むと、ふと空を見上げた。

雲間から差し込む柔らかな陽光が、庭のガーベラを照らしていた。


「もしかしたら、本当に…彼女がヒナを通じて僕たちに何かを伝えようとしているのかもしれない。」


ヒナはエリンのその言葉に驚きながらも、エリンの柔らかい声と遠くを見つめる表情に、少しだけ安心を覚えた。


エリンの手が、再びそっとヒナの頭を撫でる。

「ミアはきっと、君に会うのを楽しみにしているんだろうね。」


ヒナの胸に、少しだけ希望が灯る。


どこかで会える──きっと。

それがミアの微笑みの意味だと、ヒナは信じたくなった。


小説95話: ミアの微笑みと思い出の香り


ヒナは庭のテラスに座り、ぽつんと1人紅茶を飲んでいた。

テーブルに置かれたティーカップからは、優しいハーブの香りが立ち上る。


「これは特別なものだから、今のヒナの体に合うと思う。今日はもう休んで。ミアの言葉通り、ゆっくりしよう。」


そう言って微笑んだエリンの言葉を思い出す。

その時の優しい笑顔が、ヒナの胸の中にじんわりと温かさを広げていく。

席を外してくれたエリンの気遣いに、ヒナはそっと目を伏せた。


──夢で会った、ミアさんの言葉がふとよみがえる。


『焦らなくていいんです。

のんびりと、ゆっくりと向き合ったって間違いじゃないですよ。合ってる場合もたくさんあるんです。』


『自分をしっかり信じてあげてください。それが魔力の源になりますから。』


ヒナの胸に不思議と温かい感情が芽生える。

あの懐かしくて優しい笑顔…どこかご主人様に似ていた。

人を癒すその姿が、本当に兄妹なんだ──。

ヒナにはそう感じられてならなかった。


「自分を、信じる……」

小さく呟いたその言葉が、胸の奥で反響する。


難しいことだけど、それでも──

確かにボクは、ご主人様やリオンさんに比べてすごく不安定な気がする。


最近は特に。


憂鬱で、甘くて、どこか苦い夜の過ちが頭をよぎる。

あの夜を思い出すたび、どうしようもない罪悪感と自己嫌悪が押し寄せてきてしまう。


ヒナは首をふるふると横に振った。

「考えない、考えちゃだめだ……」


自分にそう言い聞かせながら、強く目を閉じる。

そうして、夢の中のミアさんの微笑みを思い出した。


「本当のミアさんに、会いたい……絶対に助けたい……!」


ヒナはその決意を胸に抱きしめ、純白の羽根をパタパタと揺らした。

その羽ばたきはまだ小さく、頼りないけれど──

それでもミアを救うための力になることを信じて。


風に揺れるガーベラの花が、優しい陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。

ヒナはそれをじっと見つめながら、決意を新たに、またティーカップを両手でそっと包み込んだ。


第96話: リオンの突然の訪問


──静かな湖畔に、小さな魔法の光が揺らめいていた。


「…うまく、できた…かも!」

ヒナの小さな手から放たれた魔力が、湖面に波紋を描いた。喜びに目を輝かせたヒナは、少し胸を張る。


(やった…少しは上手くなったかも…!)

自然と微笑みが浮かんでくる。


──その瞬間だった。


「何やってんの?」

突然、背後からかけられた声に、ヒナはびくっと肩を跳ね上げた。


「わああっ!!」

驚きのあまり魔力の制御が乱れ、光が暴走する。湖面が激しく揺れ、大きな波が立った──。


「……この辺、消すつもり?」

不意に冷たい声が響き、同時に暴走した魔力は不自然なほどあっさりと消えた。


「ほんと、なにやってんの?」

軽く笑いを漏らす声に、ヒナは振り返った。


そこに立っていたのは、リオンだった。黒い翼は体内に隠されているものの、漂う気配には悪魔らしい余裕があった。


リオンは片手を軽く振り下ろしたまま、呆れたように首を傾げた。


──────────────────


「り、リオンさんっ…!?」

久しぶりの再会に、ヒナの目が見開かれる。


「そんなに驚かなくてもいいじゃん。オレ、怪しい奴に見える?」

リオンは口元を歪ませ、くすくすと笑った。


「そ、それは…突然、声をかけられたら誰だって驚きますよ…!」

ヒナは慌てて手を振るが、その顔には動揺と喜びが入り混じっていた。


「で、何してたの?」

リオンが湖面に向けて軽く顎をしゃくる。


「え、えっと…治癒魔法の練習を…」

ヒナはもじもじと答える。


「治癒ねぇ。」

リオンは腕を組み、少し顎に手を当てた。


「オレには専門外だけど、一応できなくはない。

でもさ、本当はエリンに教わった方がいいんじゃないの?」

リオンはどこか不機嫌そうに続けた。


「ご主人様は…ボクのことを心配して、無理しないようにって言ってくれたんですけど…ボク、もっと治癒魔法を安定して使えるようになりたくて、それで…」


「ふーん。」

リオンはじっとヒナを見つめていたが、次の瞬間、不意に笑い声を漏らした。


「つまり、家出中ってわけね。」


「そ、そんなんじゃなくてっ…!」

ヒナは顔を赤らめ、慌てて否定する。


「そんなに強い魔法、最初から出そうとしなくていい。ヒナは自分の実力 考えた方がいいんじゃない?」

リオンのからかうような口調に、ヒナはむっとしながらも、どこか懐かしい感覚に嬉しさが湧き上がる。


────────────────


「でも…頑張りたいんです!」

ヒナは気を取り直し、真剣な表情でリオンを見上げた。

「…治癒魔法の使い方、全然わからないんですけど、でも…絶対にミアさんを助けたいですから!」


その言葉に、リオンは一瞬表情を和らげたが、すぐに意地悪そうな笑みに戻した。


「そっか。じゃあ、見せてもらおうかな?」

リオンは興味深げに腕を組み、少し離れたところに腰を下ろした。


「え、えっと…じゃあ…!」

ヒナは深呼吸をし、手に魔力を込める。


(大丈夫、きっとできる…!)


しかし、次の瞬間。


「………!わ……っ!」

魔力が再び暴発し、強烈な光が湖面を照らした。

ヒナの小さな身体がぐらりと揺れ、その場に崩れ落ちる。


「ヒナ!」

リオンが駆け寄り、倒れ込んだヒナを抱き起こす。

「おい…ヒナ、しっかりしろ」

リオンの声には焦りが滲んでいた。


「…ごめん…なさい…」

か細い声で呟くヒナに、リオンは一瞬表情を歪めたが、チッと短く舌打ちをしてヒナを抱き抱え黒い翼で飛び去った


湖畔の風がそっとヒナの髪を撫でた。

どこか穏やかな空気に包まれているようだったが、その場に漂う緊張感は消えなかった。


第97話: 繋がる温もりと揺れる想い


──身体が、熱い。


ヒナの意識は暗闇の中に沈んでいた。

けれど、どこか遠くで微かなぬくもりを感じる。


(……あったかい……)


まるで抱きしめられているような感覚。

その心地よい温かさに、ひどく心細かった身体が緩んでいく。


「……ヒナ、起きろ。」


低く、けれどどこか焦りを含んだ声が聞こえた。

「……、…ん…ッ」

かすれた声と共に瞼をゆっくりと開ける。

ゆっくりと瞼を持ち上げると、そこには見慣れた悪魔の顔があった。


その鋭い赤い瞳はどこか艶やかで、ヒナはぼんやりと見惚れてしまった。

リオンは何も言わず、短くため息をついた。

その顔には微かに苛立ちと焦りが見え隠れしている。


「……リオン……さん……?」


霞む視界の中、赤い瞳がこちらをじっと見つめていた。

何かを確かめるように、覗き込んでくる。


「……バカ、魔力暴発させて倒れるとか…まだコントロール出来ないの?」

不機嫌そうに言いながらも、リオンの手はヒナの頬を軽く撫でていた。

冷え切った肌を少しでも温めるように、ゆっくりと。


(……ごめんなさい……)


謝ろうとしたが、声が出ない。

身体の奥から湧き上がる熱と自分とは異なるもうひとつの体温に頭がぼんやりしていた。


「……しっかりしろ。オレがやるから、大人しくしとけ。」


リオンの声が微かに掠れる。

抱かれていることに気づいた瞬間、ヒナの身体がぞくりと震えた。

それは寒さではなく──もっと深い、本能的な感覚。


(…愛と…魔力が、足りない……。もっと……もっと欲しい)


空っぽになった身体が、自然と求めてしまう。

まるで飢えたような焦燥感。


「……っ、はぁ……♡」


甘い吐息が漏れた瞬間、リオンの指先がピクリと動いた。


「…なに?その顔…」


低く囁くような声。

わずかに眉を寄せながら、ヒナの表情を見つめる。


──熱に浮かされ、ぼんやりと潤んだ瞳。

いつもの戸惑いや遠慮はなく、本能のままにリオンを求める様子がありありと見て取れた。


(……天使の本能……いつものヒナだ。)


リオンは内心、ふっと微かな安堵を覚える。

さっきまでの衰弱した様子が嘘のように、魔力譲渡によって活力を取り戻し始めている。


「……なんだ、ちゃんと動けるじゃん。」


肩の力を抜きながら、リオンはヒナの髪を指で梳いた。

先ほどまでの焦りは確実に薄れていた。


無意識にしがみついてくるヒナの指先が、小刻みに震えている。

リオンは軽く息を吐き、すっとヒナの首筋に手を添えた。


──そして、指がゆっくりと降りていく。


指が軽く滑る。

ぞくっと震えるヒナの反応を見ながら、リオンの瞳が微かに細められる。


(……やっぱり、本能には逆らえないか。)


魔力譲渡による熱が、ヒナの身体をどんどん敏感にしていく。

ヒナのどちらの性としての感覚も、混じり合うように揺らぎながら──。


ヒナの身体の奥を熱と刺激的な快楽で満たされる女性的な部分と、

もう一方で刺激に我慢が出来ず、はしたなく濡れている男性的な部分

両方の快楽が混ざり合うことを、天使の本能はどこか当然のことのように受け入れていた。


「……ぁっ……♡っ……すきっ…それすきっ…♡」


息を荒げ、熱に浮かされながら甘く縋りついてくる。

その声に、リオンの視線がわずかに揺れる。

だがすぐに、いつもの意地悪な笑みを浮かべた。


「どっちが気持ちいいの?」


その問いに、ヒナの瞳が揺れる。

同時に、愛を受け取ることを本能とする天使の身体が、一層甘く震えた。


(どっちも……)


(ボクは……どちらでもないし、どちらでもある……)


熱に浮かされたまま、ヒナは震えながら言葉を紡ぐ。


「…りょぉほ、─…ぅ♡ でもっ…いまは…っ雌の方ぉ……」


リオンはわずかに目を細め、唇の端を少しだけ吊り上げた。


「へぇ……なるほど。」


短く呟きながら、ヒナの髪を指で軽く梳く。


(……天使の本能が強いってことは

天使としての潜在的な力が強いんだろうな…)


そう思いながら、リオンはヒナの髪をくしゃりと撫でた。

その仕草は、どこか優しげで、先ほどの焦りとはまるで違っていた


─────────────


いつの間にか眠りから覚めたヒナ。

ぼんやりとした意識の中、軽い頭痛が襲う。


「おはよーヒナ。目さめた?」

軽い口調でそう言うリオンに、ヒナは真っ赤になり慌てて身体を離す。


「痛っ…」

小さな声で呟きながら頭を押さえるヒナを見て、リオンが意地悪そうに笑う。


「ヒナ…魔力の使い方、下手すぎない?

何度も倒れられると困るから早く慣れてくんない?」

そう言いながら、リオンの手がヒナの頭に触れると、頭痛がすっと和らいだ。


(…治癒魔法だ…)

ヒナは目の前のリオンをじっと見つめながら、

魔力の使い方を学びたい気持ちを再確認する

ボクも…早く…。


──────────────────────


「…また、魔力たくさん貰っちゃってすみません…血液くらいしかお礼、できないけど─…。」

ヒナが申し訳なさそうに首筋を差し出す。


「いらない。」

リオンが即座に短く答えた。


──気まずい沈黙が流れる。

その拒絶の言葉が妙に刺さり悲しみから連鎖的に、断片的に蘇る記憶。

1人寂しい夜の過ちが脳裏をよぎり、ヒナは恥ずかしさと情けなさで目に涙を溜めた。


ポロポロと涙をこぼし始めたヒナに、リオンがちらりと視線を向ける。


「…どーしたの。」

小さくため息をついたリオンが、ヒナの頭を乱暴に撫でた。


ヒナはそれでも泣き続けた。

「……ごめんなさい…」

嗚咽混じりの声が静かな空間に響く。


リオンは何も言わず、ただその場でヒナが泣き止むのを待っていた。

涙の跡を指で拭うヒナの顔を見て、リオンは再び短く息を吐いた。

「しばらく休んでおけば」

それだけ言うと、リオンはベッドから少し離れて椅子に座り直す。


ヒナはぽつんと1人残された気分になりながらも、どこか少しだけ温かい気持ちを感じていた


小説98話: 「本能に支配される夜」


ヒナが涙を拭い終えると、リオンは静かに口を開いた。

「で、何をまた悩んでるの?」

静かな声には、どこか突き刺さるような鋭さがあった。


ヒナは俯き、しばらく言葉を探してからポツリと呟いた。

「…魔法が、失敗してばかりで…。ボク、全然役に立てなくて…。」


「ふーん。」

リオンは短く息を吐き、壁にもたれるように立った。

「それだけ?そんなことで泣く?」


「そんなこと、…じゃないです…!」

ヒナは思わず声を上げた。視線を泳がせながら、赤くなった顔を隠そうとするように俯く。


「…最近、夜になると…。

自分がすごく…嫌になるんです。

寂しくて…夜に、自分で…慰めたりして……。


でも…自分を慰めても、情けなくて、恥ずかしくて……。

終われば、ただ…愛情がなくて苦しくなるだけなんです…」


ヒナの告白に、リオンは一瞬だけ目を細めたが、すぐに意味ありげな笑みを浮かべた。

「ふーん、そういうことね。」

軽い調子でそう言いながらも、その表情にはどこか穏やかな優しさが滲んでいた。


「それだけ天使の本能が強いってことだろ。”ご主人”に言ってみたら?」


「そんなこと…!絶対にできませんっ!」

ヒナが真っ赤になって叫ぶと、リオンは肩をすくめて笑った。


「ま、言えないなら言えないでいいけどさ。

泣くくらいなら、オレに話しなよ。」

リオンの意外な言葉に、ヒナは驚きつつも胸が温かくなるのを感じた。


「天使は愛と魔力を強く求める生き物なんだよ。別に恥ずかしいことでも情けないことでもない。

むしろ、それが本能だって自覚した方が楽になるだろ?


…オレだって悪魔だから血液を求めるしね。

その欲求が強い時に目の前の奴を噛みたい、浴びるくらい血が飲みたい…って思ってたこともあった。」

そう言いながら、リオンは少しだけ目を伏せた。


「それは…ミアが救ってくれた。」


「ミアさんが…?」


リオンの口から零れた意外な名前に、ヒナは驚き、彼を見上げた。

その瞳には興味と期待が込められている。

リオンは短く息を吐き、どこか遠い目をして続けた。


「まぁ、その話は…今度ゆっくりしてやるよ。」

そう言いながら、リオンは悪戯っぽく笑い、ヒナの頭を軽く乱暴に撫でた。


第99話: 揺らぐ天使、揺るがぬ悪魔


「ヒナさ、エリンに魔力注いでもらってないだろ

本当はアイツがやるべきなんだ。」

リオンの声は淡々としているけれど、その中にどこか責めるような響きがあった。


「天使自身が強い愛情を持ってる方が、譲渡で回復する魔力の量が増えるんだよ。」

「ぁ、えと…っごめんなさい…」

ヒナは申し訳なさそうに視線を下げる。


「なんで謝るの?」

リオンの眉がわずかに動き、冷ややかにそう問いかけた。

ヒナは顔を赤らめ、もじもじとしながら小さく答える。

「…だって…さっき…も…リオンさんの前なのに…ご主人様のこと…無意識に呼んじゃったから…」


リオンは興味を失ったように肩をすくめた。

「気にしてない。どうでもいい。」


「でも…よくない、です…ボクが悪いんです…いつも…」

ヒナの瞳に涙が溢れ出し、ぽろぽろと零れ落ちた。


「…うわー…なに?情緒不安定すぎない?」

リオンが理解できないという顔で呟く。


ヒナは嗚咽混じりに言葉を続けた。

「…ご主人様に好きだって言えない、のも…リオンさんに甘えちゃうのも……自分を慰めちゃうのも………全部ボクが…悪いんです…」


年相応の子供のように泣き出すヒナを見て、リオンは深い溜め息をついた。


「魔力の消耗が自然回復で間に合ってない。だから体調にも出る。

精神が不安定なのは急成長の代償と、天使の本能が満たされてないから。」


リオンの声は冷たく聞こえたが、その言葉には無関心以上の何かが滲んでいた。

「オレに甘えるのは好きにすればいい、

エリンに言えないのは…過去に縛られ続けるアイツのせいもある。」


リオンは一瞬、ヒナの目を覗き込んでから、軽く息を吐く。

「自慰は勝手にしてろ、いちいちそんなことで泣くな。」


「うっ…」

ヒナの心はズキズキと傷つき、自分自身への嫌悪感がさらに胸を締め付けた。

甘えたり頼ったりするばかりの自分が情けなく、ますます嫌いになる。


「…リオンさん、ごめんなさい…いつも…」

ヒナが小さな声で謝ったその瞬間、突然唇が塞がれた。


リオンの舌が入り込む甘い感触に、ヒナは目を見開いた。

驚きながらも自然とその行為に応え、自分でも気づかぬうちに陶酔の中へ引き込まれていった。


唇が離れると、リオンは不機嫌そうに眉を寄せ、静かに呟いた。

「ヒナさ、うるさい。もっと割り切れよ。本能だって。理解しろよ。」


リオンの声には、冷たさの中にもどこか諭すような響きがあった。


「オレは自分のやりたいようにやる。いつもお前に構ってられない。過保護じゃないからね。」

ヒナはショックで固まったまま、もう一度泣きそうな顔をして俯いた。


「手がかかり過ぎる。」


リオンはヒナの頭を乱暴に撫でながら、続けた。

「思ったことは隠さなくていい。探り合いなんて無意味だから。ヒナの良いところは素直なとこだろ?困ったらさっさと言え。いつまでも悩むな。」


ヒナはリオンの言葉に戸惑いながらも、その声がどこか心地よく胸に響いていることを感じていた。


リオンはふっと軽く笑いながら言葉を続けた。


「オレだったら言うけどね。相手がなんて思ってようが関係ない。

もし人を好きになったとして、それを言って、相手がどう言おうと関係ない。

欲しかったら絶対に手に入れるだけ。」


ヒナは目を見開き、その言葉に感動さえ覚えた。

悪魔らしい大胆さと、どこか潔いリオンの言葉は、彼にはない価値観を教えてくれる。


「そっか……。そういう考え方も…あるんだ…」

ヒナは小さく呟き、リオンの言葉を胸に刻んだ


第100話: 天使と悪魔の交差点


「リオンさん、ありがとうございます!なんか元気出ました」


ヒナは素直な笑顔を浮かべながらお礼を伝えた。しかし、リオンの返事は相変わらず不機嫌そうな声だった。


「…どーいたしまして。単純で助かるよ」


余計な一言が付いてきて、ヒナは苦笑する。

意地悪だけど、どこかその調子が安心感を与えてくれる。


「リオンさん、あの…」

ヒナが何かを言おうとする度、リオンは露骨に面倒くさそうな顔をする。


「あの……っ、いつも、ありがとうございます」

ヒナが真摯にお礼を述べると、リオンの表情はさらに面倒くさそうになった。


「血液ね、黙って吸わせて。それでもう そのうるさいのやめて。わかった?」

リオンの提案に、ヒナは驚きつつも嬉しそうに頷いた。


「…! あ、はい…!」


──────────────────


「どうぞ…」

ヒナは一糸纏わぬ姿で、自らの首筋を差し出した。その仕草に、リオンは無言で近寄る。


「あの…」

「…今度は何」

リオンが少し苛立ったような声を出すと、ヒナは顔を赤らめながらも意を決して言った。


「手…繋ぎたい、です…」


その控えめなお願いに、リオンは無言のまま指を絡ませた。その仕草は意外と躊躇がなく、ヒナは一瞬目を見開いた。


「……」

ヒナが何か言いかけて困ったようにリオンを見つめると、リオンは短く「…はいはい」と言い、再びキスをした。


リオンのキスはいつも、舐めたり、齧るような刺激的なものだった。

優しく触れるだけのキスなんて、思い出せないほどだ。


しかし、リオンは与えてくれる。それは愛情じゃないと分かっている。

けれど優しさや頼もしさがそこにあるのも、ヒナは感じていた。


すっかりリオンに甘えることが増えてしまった自分を思うと、

時々「めんどくさい」と自分でも思うし、情けない…とも思う


あしらわれるけど弱った時には絶対に助けてくれる…そんなリオンに


「癒される」ではなく、「ドキドキする」──


ふと、大好きな主人の顔が思い浮かぶ。

そして、再び。

自分の流されやすい、ふしだらな部分に嫌気が差す


けれど、その考えはリオンの不機嫌そうな顔を思い出して、今は横に置いた。


(甘えちゃうなら甘える。今日はそれでいい…身体が求めることに、抵抗できない──)


──────────────────────


「…んっ、…リオンさん…」

ヒナが甘えるように呟くと、リオンはそれを無視するかのように、ヒナの中に指を突き立てた。


「ぁっ…あ、…っ─」

突然の刺激に驚きながらも、ヒナは一切の抵抗をしなかった。

その身を委ねるように、悪魔の指先の動きに引き込まれていく。


第101話: 甘美な誘い


「んっ……!…んぁ…っ、リオン…さんっ」

ヒナはリオンの腕の中で、譫言のようにその名前を何度も呼んでいた。


「……”ご主人様”じゃなくていいの?」

リオンの声が耳元で囁く。その意地悪な調子は、どこか楽しそうで悪魔らしい。


「……いじわる、しないで…」

ヒナは力なくそう返すものの、抵抗する力はもうどこにもなかった。


─────────


視界の端に、ミアのペンダントがぼんやりと映る。

それはご主人から貸してもらった、大切な使命の象徴。


でも──…

その存在さえも、今は現実に引き戻す力にはならなかった。


なにもかも、大切な何かを忘れて。

今だけは、ただただ愛されたい。

善悪の境界線なんて、もうどうでもいい。


「…リオンさんっ…」

ヒナは心細そうな声で呼ぶ。だが、なにかをねだる前に、リオンはその唇を塞いだ。


唇が離れた時、舌からだらしなく唾液が糸を引き、落ちるのが見えた。

それでもヒナは恍惚の表情を浮かべたまま、何の抵抗も示さない。


──────────────


「リオンさんっ…、リオンさん……っ!」

ヒナの口から縋るように名前が漏れるたび、リオンは満足そうに嗤う。


「なーに?もう諦めちゃったの?抗うのはおしまい?」

その言葉には揶揄が混じっていたが、ヒナにはもう何も届かない。


「いつもみたいにさ、ご主人様すきすきって、もっとくださいって言ってみなよ」

悪魔らしい意地悪な囁きに、ヒナは涙すら浮かべなかった。


代わりに、甘い声でおねだりをする。


「…もっと…♡もっとください…リオンさん…っ。

おねがい…、あいが、ほしい…っ、魔力も…たくさん注いで……ッ…♡…んっ……」


再び唇を奪われ、耳元でリオンが嗤う。


「タダじゃあげないよ」

楽しそうな声が響く。

とても意地悪で、とても甘美な声だった。


ヒナの心は、もはやリオンの強い存在感に支配されつつあった。

それが本能からくるものなのか、それとも心の奥底に芽生えつつある何かなのか──、ヒナ自身もまだ気づけないまま。


ただ、ひとつだけ確かなのは、リオンとの関係がこれまでとは違う形へと変わり始めているということだった


第102話: 堕ちる天使


「…ぁ♡リオンさんっ─…もっと、してっ、愛もッ…ほしい…っ」

ヒナは身体中の敏感な場所をきもちよくされ、頭がふわふわと溶けていくようだった。


会いたかった。寂しかった。

ヒナはそう思いながらリオンの腕の中で快楽に溺れ、背中に腕を回す。


「…すきっ♡…す、きっ…♡♡ね、おねがい…リオン…さんっ…な、か…まりょく、だしてっ…」

ヒナの声は震え、甘えた響きが耳に残る。


「…ぁっ…♡ぁ、、ぃくッ♡ いく♡ イ……っ─、……あっ…ッッ♡、ぅ……、…んっ…!♡ ♡」


何度目かの、快楽に呑み込まれて果てる感覚が押し寄せる。

肌の温もりが心に染み、だけど愛を与えてはもらえない行為に心が空しくもなる。


“好き”という気持ちは与えられず足りないけれど、

誰とも触れ合えないよりずっと寂しくない。

偽りの疑似恋愛ですらないのはわかっているけれど、

時折見せるリオンの優しさや触れ方に愛情を錯覚しそうになる。


リオンの息遣いが耳元で聞こえた。その艶やかな声にヒナはさらに心を奪われる。


「ヒナ…素直すぎてもつまんないよ?」


「…でも今日は気分がイイから」


リオンの嗤うような声が響く。

「お望み通り、たっぷり出してあげる。何回注いでも、全然足りないって顔してるからさ…!」


その言葉の通り、リオンはヒナの身体を深く支配するように動き続けた。


「…っ♡♡んっ♡ぁ、…それ、すきっ♡♡もっと、し、て……っ♡

おねが、…っ♡♡すき、なのっ…♡」


「…もっと、、もっと…ぉ、たくさんっ…♡──支配、して…ぇ…♡」


ヒナは天使としての本能に飲み込まれていく。

注がれる愛も魔力も渇いた身体にとって全然足りない──…。


主人への愛を胸に秘め、羽根が大きく成長していくのに伴って、

身体はますます愛と魔力を渇望していく。


自分自身でその本能を否定し続けてきた心が、

とうとう限界を迎えようとしていた。


たくさん魔力を注がれ、温もりと快楽に溺れたヒナは、

悲しさや寂しさを忘れて刹那の快楽に逃げ込んだ。


嘘でもなんでもいいから、今だけは受け止めてほしい──…。


ヒナは果てた後、静かに、気を失った──…


────────────────────


目が覚めたのは夜中のことだった。

胸にザワリと孤独感が広がり、不安に駆られて部屋を見渡す。


リオンが酒を飲む姿が視界に入り、ヒナはほっと胸を撫で下ろした。


「おはよ…落ち着いた?」

ちらっとヒナの方を見ると、リオンは再びグラスに視線を戻して一口飲んだ。


ヒナは自分の裸の身体を見て、さっきまでの乱れた情事を思い出し、顔を真っ赤にして布団に潜った。


快楽の後に待っているのは、いつも罪悪感。

胸がズキズキと痛む。


「…またなんかつまんないこと考えてるでしょ」

リオンの声が、ヒナの頭の中を突き刺す。


「どーせ大したことじゃないんだし、悩むのやめなよ。聞いてあげるからさ」

リオンの言葉はどこか優しく、悪魔らしからぬ安らぎを感じさせた。


ヒナは布団の中で涙をこぼしながら、その声に少しだけ救われた気がした。


103話:影に浮かぶ悪魔の横顔


静かな夜の部屋。リオンは窓辺に腰掛け、片手に持ったグラスを軽く揺らしていた。琥珀色の液体がグラスの中で波打ち、その赤い瞳に映り込むたびに、どこか気怠そうな表情が影を落とす。


「…飲みすぎですよ、リオンさん。」

ヒナが布団の中から顔を覗かせて、小さな声で話しかける。


「ん?心配してんの?」

リオンは振り向かず、軽く返事をした。


「そ、そういうわけじゃ…!」

慌てて否定するヒナの声に、リオンは小さく笑う。


「リオンさん…。」

布団に潜り直したまま、ヒナが少し間を置いて話し出す。

「ボク、リオンさんに助けてもらってばかりで…甘えてばかりなのが嫌なんです。

だから、ボクもちゃんとリオンさんの役に立ちたい。」


リオンはグラスを置き、ゆっくりと振り返った。その赤い瞳がヒナをじっと見据える。


「…でもリオンさんの求めるものがわからなくて…自分に何ができるのかもわからないんです。」

ヒナの声は弱々しかったが、その中には決意のようなものが垣間見えた。


「天使の成長。ミアの救出。」

リオンが軽く肩をすくめる。

「お前に頼るしかないから、それに向けて努力を怠らないでくれると助かるね。

オレの都合だし、ヒナが潰れそうになったら面倒みるけど。」


ヒナはしばらく黙ってから小さく呟く。

「…ありがとうございます…。まずは治癒魔法の練習ですよね…。」


しばしの沈黙の後、ヒナが少し躊躇いがちに顔を赤らめながら問いかける。

「…ミアさんって、ご主人様の大切な家族、なんですよね…?

リオンさんにとっても大切な──…」


リオンの眉が微かに動く。

その顔に一瞬だけ影が差したようだったが、すぐに気怠げな表情を取り戻す。


「オレがっていうより、社会的に必要なんだ。」

一言そう言うと、グラスを軽く揺らしながら続ける。


「ミアは特別。魔法をほとんど使えないけど、特別な、唯一無二の力がある。」


リオンはグラスの液体を一口含み、静かに息を吐いた。


「崩壊した悪魔城を出た後に、

悪魔が研究してたミアの涙を加工した精神安定剤をエリンが報告した。

それからミアはオレ達と屋敷に住んでたけど研究と実験の為に家を空けていることが多かった。

研究が進んで、悪魔の残虐性を弱める聖水が完成した。


その解呪と浄化の能力で、エルフ社会では崇められる程だった。

“秩序の巫女”の涙を飲むと邪悪な心が薄まるってね。」


「今の悪魔が比較的大人しいのも、あいつのおかげ。

ミアの涙は鮮度による劣化が穏やかだから加工しやすい。

悪魔には精神安定剤、獣人には抑制剤、エルフには聖水を齎す。


エルフは他者を攻撃するような魔法は使えない。だから悪魔から搾取される存在だった。

奴隷として捕まったエルフ以外からも血液を酒と混ぜた血液酒を造らせていたけど、

そこにエルフが聖水を混ぜたんだ。」


再び視線を窓の外に向け、肩をすくめるように笑う。


「ミアは悪魔にとっては利用価値も高いけど聖水のせいで邪魔な存在にもなった。

だから常に悪魔が管理したがる。

エルフにとっては救済の女神扱い。それだけ特殊で強い力がある。」


ヒナは真剣な顔でリオンの話に聞き入っていた。その静かな表情に、リオンはちらりと目を向ける。


「だから失うわけにはいかない。」

リオンの声が一段と静かになった。


「…エリンも家族を失うのだけは怖いって、子供の頃はよく泣いてたよ。」


その言葉にヒナは驚きのあまり息を飲む。エリンが泣いていたという話に、今までの印象との違いに困惑する。


「…まぁ、そういうわけだから頑張って。天使が狩られない為にも必要な存在だと思うから。」

リオンは締めくくるように言うと、手元のグラスを置き、そっぽを向くようにベッドへ倒れ込んだ。


「リオンさん…。」

ヒナが呼びかけるが、リオンは短く「寝ろ」と答えただけだった。


月明かりが二人を優しく照らし出す中、ヒナは自分の胸の中で揺れる不安と希望を抱えながら、そっと目を閉じた。


104話:朝陽の中の微睡み


朝陽が差し込む部屋。ヒナはぼんやりと目を覚ました。

隣を見ると、リオンが静かな寝息をたてている。無防備に目を閉じた姿は、普段の冷たく挑発的な表情とはまるで別人だった。


前はこうして寝ているリオンを見ると、「遠慮ない人だなぁ」とか、「いつもの仕返しをしちゃおうかな」なんて思ったこともあったけど、今は違う。


なんだろう…。

ヒナは自分でもよくわからない感情の中で、ただリオンの寝顔に見惚れていた。


──────────────────────


キッチンから漂う香りに誘われるようにして、ヒナはリビングへ向かった。

そこではエリンが、紅茶の準備をしていた。柔らかな湯気が朝の光に溶け込んでいる。


「おはようございます、ご主人様…!」

ヒナが元気よく声をかけると、エリンは振り返り、穏やかに微笑んだ。


「おはよう、ヒナ。元気そうで良かった。」


エリンの言葉にホッとしながら、ヒナは椅子に腰掛けた。エリンは紅茶を淹れる手を止め、ふと遠くを見るような目をしながら話し始めた。


「そういえば昨日、ミアの夢を見たよ。」

その言葉にヒナは顔を上げた。

「夢の中で僕が心配していると、ミアは笑いながら涙を飲ませてくれたんだ。」


エリンは静かに紅茶をカップに注ぎ、続ける。

「それから、笑ってた。」


ヒナは黙ってエリンの話に耳を傾けた。


「『私ならあと10年くらいは眠っていられる気がしてきました!だって昔から、兄さまにお寝坊さんって笑われていましたから!』なんて、そんな冗談を言って笑ってくれたんだ。」


エリンの表情には、どこか懐かしさと切なさが混じっていた。


「ミアに癒されたよ。まるで僕にも無理しないでって伝えたかったみたいでね。不思議な夢だけど、ミアらしくて懐かしかった…。」


ヒナはその言葉を聞きながら、心の中に温かい何かが広がるのを感じた。


「…自分がミアの為に出来ることが少ないのが歯がゆいけど。」

エリンは小さくため息をつき、ヒナの方を向いた。


「ヒナもくれぐれも無理しないでね。魔法で教えられることは何でも教えるつもりだけど、まずはヒナ自身を大切にしなくちゃね。」


エリンの優しい声に、ヒナは頷いた。

「はい、ご主人様…。」


エリンの言葉が胸に染みる朝の静かなひととき。ヒナの中でまた何かがゆっくりと動き始めたような気がしていた。


105話:穏やかな朝の庭で


朝の光が柔らかく降り注ぐ庭。ヒナはそよ風に揺れる花々を見渡しながら、水やりの魔法を手際よく操っていた。


手元でキラリと輝く水滴が、魔法の力によって植物に降り注ぐ。以前は力加減が難しく、花びらを濡らしすぎたり、水流を制御できずにこぼしてしまうこともあったが、今ではすっかり慣れた様子だ。


「よし、今日もいい感じ。」

小さく呟きながら、魔法の力で水を丁寧に送り届けていく。花たちは瑞々しく輝き、その姿を見たヒナの顔には自然と笑みが浮かんだ。


だが、そのまま気を抜いてしまったのか、魔法のバランスが一瞬崩れ、水が勢いよく吹き出してしまう。

「わっ!」

慌てて手を動かし、何とか制御し直す。


「まだまだ、だなぁ…。」

少し反省しつつも、自分の成長を信じたい気持ちが混ざり合い、ヒナは小さくため息をついた。


庭仕事を終え、リビングへ戻ると、そこにはエリンがソファに腰掛け、紅茶を飲んでいる姿があった。カップから立ち上る湯気が、静かな朝の空気に溶け込んでいる。


エリンがヒナの気配に気づき、顔を上げて微笑む。

「庭仕事、お疲れさま。」


「あ、ありがとうございます!」

ヒナは慌てて言葉を返しつつも、自分の顔に土がついていないか気にして頬を拭った。


「水やり、すっかり慣れたみたいだね。」

エリンが柔らかく話しかけると、ヒナは小さく頷いて笑った。


「はい!もう失敗は減りました。でも、まだたまに…勢いが強くなっちゃったりして…。でも、前より上手くなったと思います!」


その言葉にエリンは満足そうに頷きながら、紅茶を一口飲んだ。

「いいね。その調子で少しずつ慣れていこう。

無理せず、自分のペースを大切にね。」


エリンの言葉にヒナはホッとしたような笑みを浮かべる。

「ありがとうございます…。やっぱり、ご主人様にそう言ってもらえると安心します。」


「それなら良かった。」

エリンは微笑みを返し、カップを置いた。


「じゃあ、僕はこれから書斎に戻るよ。ヒナも無理をしないで、好きに過ごしてくれ。」


「はい!ありがとうございます。」

ヒナは元気よく答えたが、エリンが去った後、少し物思いにふけったような表情を浮かべた。


「好きに、か…。……何だか落ち着かないなぁ。」

呟きながら、ヒナは自分の部屋へ向かっていった。


106話:揺れる心、眠る悪魔


ヒナは自室の扉をそっと閉めると、部屋の奥にあるベッドへと視線を向けた。そこには、眠っているリオンの姿があった。


穏やかな寝息が室内に響き、いつもの余裕に満ちた表情は影を潜め、無防備な横顔だけが浮かび上がっている。


(眠ってると、まるでエルフみたい…。

悪魔だなんて思えない…。)


赤い瞳も鋭い牙も、黒い翼も今は見えない。

リオンの寝顔はどこか神秘的で、どこまでも美しく、目が離せなくなる。

ヒナはその場に立ち尽くし、じっとリオンを見つめていた。


(全然、起きる気配ない…。)


そんなことを考えながらも、心の奥底では別の思いが湧き上がってくる。

(夜型だから…いや、きっとボクに魔力を注いでくれてるから…疲れてるんだよね…。)

自分を納得させるようにそう思い返してみるものの、昨日の断片的な記憶が頭をよぎる。


リオンが与えてくれた感覚、身体の芯が熱くなるあの感覚。顔が熱くなり、思わず頬を両手で押さえた。

(……ボク、どうかしてる…。)


ベッドの側まで近づき、そっとリオンを覗き込む。ふと、理性を押し流すような衝動に駆られた。

(欲しい…。)


気がつくと、ヒナはリオンの唇へ自分の唇を重ねていた。


その瞬間、リオンの瞼がゆっくりと開き、ぱちりと目が合った。鮮やかな赤い瞳がヒナを見つめる。


ドキリと胸が跳ね、全身が強張る。


「…なに?発情期?」

気だるげな口調でリオンが呟いた。赤い瞳はまだ寝起きのせいかぼんやりしているが、その視線はどこか鋭い。


「……夜まで、待てない?」

言葉が出ないヒナに構わず、リオンは続ける。

「不自然にエリン寝かせらんないしさぁ…どうせ魔力枯らして倒れんだから、あとにしてくれる…?」


ヒナは言葉を返せず、ただ赤面しながら俯いた。

その様子を見たリオンは、小さく息を吐きながら寝返りを打つ。


「上手く魔法使えたら…ご褒美あげるよ。

じゃ、おやすみ…もう少し寝かせて…。」


気怠そうな声と共に、リオンは再び目を閉じる。背中を向けられたヒナは、何も言えずその場に立ち尽くした。


(……ボク、どうしたらいいんだろう…。)


揺れる心と、眠る悪魔の背中を前に、ヒナはそっと拳を握りしめた。


107話:揺れる心と決意


ご褒美…って、なんだろう…。

ヒナはベッドの端に腰を下ろし、ぼんやりと考えていた。先程、寝ているリオンに唇を重ねたことが頭から離れない。


(…寝てるリオンさんに…き、キスしちゃった…。)


その事実を思い出すたびに、顔が熱くなり、自然と赤く染まっていく。何度も頭を振って気を紛らわそうとするが、そわそわとして集中できない。


(ダメだ…こんなんじゃ…。)


ヒナは立ち上がると、小さく息を吸い込み、深呼吸した。


「そうだ、紅茶を飲んで落ち着こう…。魔法の練習も頑張らなきゃだし、ちゃんと集中しなくちゃ…。」


自分に言い聞かせるように呟きながら、ヒナはリビングへ向かった。


リビングには誰もおらず、静かな空間が広がっている。ヒナはキッチンでハーブティーを用意し、テーブルに座るとそっとカップに手を伸ばした。香り立つ穏やかな香りに、少しだけ心が和らぐ。


「ふーっ…。」


大きく息を吐いて落ち着こうとする。


(ご主人様、午後に魔法を教えてくれるって約束だったな…。)

そう思い出すと、自然と期待が胸に広がる。


(きちんとできたら、褒めてくれるかな…?)


ヒナの心が少しだけ軽くなりかけたその時、先程のリオンの言葉が脳裏によぎる。

『…上手く魔法使えたら…ご褒美あげるよ』


胸がドキドキと高鳴る。自分でも抑えられないその鼓動に、ヒナは思わず胸に手を当てた。


(天使の…本能って言ってた…ボクがしっかりしなきゃ…。)


小さく呟きながら目を伏せる。だが、頭の中では別の思いが渦を巻いていた。


(でも魔力を使えば使うほど、ご主人様を思えば思うほど、身体が言うことを聞かなくなる…。1人の時間が怖くなる…。)


ヒナの瞳が揺れ動き、潤んでいく。


(ご主人様に抱かれた日の温もりを、強く、強く求めてしまう…。気持ちを…秘める…限界なのかもしれない…。)


湧き上がる不安と迷い、そして募る思い。それでもヒナは手に持ったカップを握りしめ、自分に言い聞かせるように小さく呟いた。


(でも、その前に…。自分が自分らしく、健全にならなくちゃ。天使としての本能に背かなきゃ…。

心が綺麗にならないと、ご主人様に気持ちなんてとても伝えられない。)


そう決意しようとするものの、心の中で別の声が響く。


(…でも、ボクは弱い…。すっかり弱ってしまった…。)


気持ちが募れば募るほど、おかしくなりそうだった。温もりを求めているのに、気持ちに蓋をして、枯れた魔力と愛を求めてしまう──…。


また頭がぐちゃぐちゃとし始め、泣きそうな瞳が潤む。その時、ふと耳元でリオンの声が聞こえた気がした。


『何度も同じことで悩むな』


その瞬間、ヒナははっとしたように顔を上げる。


「…本当、ボクってダメだな。」


ぽろりと零れそうだった涙を引っ込めると、ヒナはふと笑った。その笑みはどこか危うく、壊れそうなものだった。


108話:エルフの優しさと天使の本能


午後の光が柔らかく差し込む庭に面した部屋。ヒナはエリンと向き合いながら、集中して魔法の練習をしていた。

魔力を手に集め、意識を研ぎ澄ませる。しかし、小さな光が瞬くとすぐに消えてしまい、ヒナは悔しそうに眉を寄せた。


「もう少し力を抜いてごらん。」

エリンが穏やかに声をかける。優しげなその声は、ヒナの緊張した肩を少しだけほぐす。


「…力を抜くのって、難しいですね…。どうしても、ちゃんとしなきゃって思うと…。」

ヒナは視線を落とし、手元を見つめたままぼそりと呟いた。


エリンはそっと目を細め、ヒナの手元をじっと見守る。

「そうだね。でも、魔法は本来、もっと自然なものなんだ。無理に形を作ろうとするよりも、魔力を信じて、任せてみることも大切だよ。」


その言葉にヒナは何度か頷きながら、再び魔力を練り始めた。しかし、またしても魔力の光が途切れ、力なく消えてしまう。


「ダメですね…。全然上手くいかない…。」

ヒナの声には焦りと落胆が混ざっていた。


エリンは静かに首を振り、少しだけ微笑んでみせた。

「焦らなくていいよ、ヒナ。成長は少しずつでいいんだ。」


その柔らかな言葉にヒナはほっとしたように小さく息を吐いたが、ふと顔を伏せたまま言葉を漏らした。

「でも…ボク、本当にもっと強くならないと…。天使として、ちゃんとしなきゃいけないのに…。」

その声には、自分自身を責める気持ちが含まれていた。


エリンはその言葉に一瞬だけ目を伏せ、思案するような表情を浮かべた。そして、ヒナをまっすぐに見つめながら、静かに話し始めた。

「ヒナ、天使としての成長って、ただ魔法が上手くなることじゃないと思う。」

「何を大切にしたいのか、自分がどうしたいのかを知ること。それが本当の強さに繋がるんだ。」


ヒナはその言葉に少し驚いたような顔をして、エリンの顔を見上げた。

「…どうしたいのか…?」

その問いに、エリンはゆっくりと頷いた。


「天使はね、本当は愛されること以上に、愛を与える存在なんだと思う。人を癒して、導いて、そうすることで自分も救われる…そんな種族なんじゃないかな。」

その言葉には、エリン自身の深い考えが込められていた。


ヒナはしばらく黙っていたが、エリンの言葉を受け止めるように、小さく息を吐いて口を開いた。

「でも…ボク、時々自分の気持ちが抑えられなくて…。誰かに頼りたくなっちゃうんです。そんな自分が嫌で…。」


エリンはその言葉を静かに受け止め、少しだけ柔らかい笑みを浮かべた。

「無理に自分の気持ちを否定する必要はないよ。天使の本能って、確かに厄介かもしれない。でも、それを受け入れることで初めて、自分がどうしたいのかが見えてくるんじゃないかな。」


その声はどこまでも優しく、ヒナの心にすっと染み込んでいくようだった。

「それに、僕たちエルフも、他者に寄り添うことが本能の一部だ。誰かと一緒に喜びを分かち合うことで、初めて自分も満たされる。それは、天使と似ているのかもしれないね。」


ヒナはエリンの言葉にじっと耳を傾けていたが、やがて少しだけ笑みを浮かべた。

「…ご主人様って、本当に優しいですね。…ありがとうございます。少し気が楽になりました。」


エリンはその言葉に微笑み返し、軽く肩をすくめた。

「僕はただ、君の家族としてできることをしているだけだよ。それが僕の役目だからね。」


練習を終え、エリンが立ち上がると、ヒナもそれに倣った。

「僕は書斎に戻るけれど、ヒナも無理しないようにね。」


「はい!ありがとうございます!」

ヒナは元気よく答えたが、エリンが去った後、一人になった部屋で小さく息をついた。


(天使としてどうしたいか…。愛を与える存在…。)

エリンの言葉が心に響きながらも、どこか落ち着かない感情が胸を占めていた。ヒナは考え込みながら、自室へ向かう足を進めた。


109話:自分の気持ち


ヒナが自室の扉を開けると、そこには誰もいなかった。

昼間、そこで無防備に眠っていたはずのリオンの姿はどこにも見当たらない。


「あれ…リオンさん、どこに行ったんだろう…?」

ぽつりと呟きながら、ヒナは視線を部屋の隅々に巡らせた。

特に異変があるわけでもなく、ただリオンがいなくなっただけだと分かると、

ほっとしたような気持ちと、少し寂しさが混ざった感情が胸をよぎる。


リオンがいない部屋は、少しだけ寂しい静けさが漂っていた

窓の外からは柔らかな日差しが差し込み、ヒナはカーテンを開けて風を入れた。そよそよとカーテンが揺れる音が部屋を満たし、ようやく少しだけ気が落ち着く。


(…天使の本能を受け入れること、それをどう活かしていくかが大事…。)


エリンの優しい声がふと脳裏に蘇る。

『無理に自分の気持ちを否定する必要はないよ。天使の本能って、確かに厄介かもしれない。でも、それを受け入れることで初めて、自分がどうしたいのかが見えてくるんじゃないかな。』


ヒナはベッドに腰を下ろし、小さく息をついた。

「ボクがどうしたいか、か…。」


これまでは、いつも何かに追われるようにして過ごしてきた。

天使として成長しなくてはならない、ミアを救わなければならない、そして、誰かに頼ることが怖くて、自分ひとりでなんとかしなくてはならないと思うのに頼って甘えてしまう──そんな気持ちや罪悪感が胸を締め付けていた。


けれど、今のヒナには、エリンの言葉が支えになっていた。

『焦らなくてもいい。無理をしなくてもいい。』

その言葉に少しずつ背中を押されるような気がしていた。


ヒナは窓の外を見つめながら、小さな声で自分に問いかけた。

「ボクは…どうしたいんだろう…。ご主人様やリオンさんみたいに、強くなりたいのかな…。それとも…」


思考がぐるぐると巡る。けれど、その答えはすぐには見つからない。

それでも、エリンの言葉を思い出すたびに、自分の中に少しずつ前向きな気持ちが生まれてくるのを感じていた。


「まずは、今できることを頑張ることだよね。」

ヒナは小さく拳を握りしめ、そう自分に言い聞かせた。


リオンのいない静かな部屋の中で、ヒナはそっと目を閉じる。

自分の心の中に湧き上がる感情や思いを、一つ一つ丁寧に感じ取ろうとした。


(愛されるだけじゃなくて、ボクも誰かを癒したり、導ける天使になりたい。それが、ご主人様が言っていた「愛を与える」ってことなのかな…。)


エリンが話してくれた「天使としての本能を受け入れる」という言葉の意味を、少しずつ理解しようとしている自分がいる。

そして、リオンのあの飄々とした態度の裏に隠れている本心にも、何かを感じ取りたいと願っている自分がいた。


「ボク…まずは、誰かを癒せるようになりたいな。」

ぽつりと呟いたその言葉は、自分自身への決意でもあった。


(焦らなくていいんだ。少しずつでいい。まずは、自分の気持ちに正直になって、天使としての本能を受け入れるところから始めてみよう…。)


そう心に決めたヒナは、そっと目を開けて立ち上がった。窓から入り込む風が、そっとその決意を後押しするように背中を押しているようだった。


(リオンさんがどこに行ったのかは、またあとで聞いてみよう。それよりも今は、ご主人様が言っていたことをもう一度考え直して、自分なりに進んでみよう。)


小さな微笑みを浮かべ、ヒナはゆっくりとカーテンを閉じた。その瞳には、ほんの少しだけ自信のような光が宿っていた。


リオンの不在が何を意味するのかも知らないまま、ヒナはまた新たな一歩を踏み出そうとしていた。


110話:決意の朝


朝になり、ヒナはリビングに向かった。窓から差し込む柔らかな日差しが部屋を満たし、エリンは紅茶を手に書類を整理している。


ヒナは少し緊張した様子でエリンに声をかけた。


「……ご主人様、少しお話ししたいことがあるんです。」


エリンは顔を上げ、ヒナの真剣な表情に気づいて微笑む。

「もちろん。どうしたの?」


ヒナはぎゅっと拳を握りしめ、意を決して言葉を紡いだ。


「ボク……もっと強くなりたいんです。天使として、自分の本能とちゃんと向き合って、自分の役割を果たせるようになりたい……!」


「……だから、ご主人様にお願いがあります。魔力を分けていただけませんか……?」


一瞬の沈黙が流れる。


エリンは紅茶を静かにテーブルに置き、視線を落とした。

その手がカップの取っ手を軽くなぞるように動き、小さな動揺を物語っている。


「……ヒナ、君が本当にそれを望むなら……僕が応えるべきなんだろうね。」


続けて何か言いかけて、エリンの言葉が途切れる。

瞼を閉じると、記憶の中に浮かび上がるのは、かつてのミア…

あの時、自分は何もできなかった。無力だった自分が、どれだけ悔しかったことか。


家族を守りたい。その気持ちは痛いほどにある。


けれど――。


『リオンが言うんだ。ヒナが限界になる前に魔力譲渡を考えるべきだって。でも……僕は……』


葛藤が胸を締め付ける。家族を大切にしたいからこそ、魔力譲渡という行為が、ヒナにとって負担になるのではないかという不安も消えない。


エリンはふとカップを取り上げ、動揺を隠すように紅茶を一口飲んだ。

口の中に広がる温かさが、わずかに心を落ち着けていく。


飲み終えると静かにカップを置き、再び視線をヒナに向けた。


「……君がそこまで言うなら……僕も応えなければいけないね。」

その言葉は、優しくもあり、どこか重みを持っていた。


「ただし、絶対に無理はしないこと。約束してくれる?」


ヒナの顔が明るくなり、力強く頷く。

「はい!ありがとうございます……!」


その言葉を受け、エリンは少しだけ表情を和らげ、ヒナの頭に手を置いた。


「君が前を向いて進もうとしているのは素晴らしいことだよ。僕もできる限り力を貸すつもりだ。」


────────


ヒナはその日の午後、エリンの魔力を譲渡されるため心の準備をした


「……ボク、やっと少しずつ自分の気持ちと向き合える気がする……」


部屋に戻り、そっと窓の外を見上げる。まだまだ道のりは長い。けれど、ヒナはエリンやリオンと共に進んでいく未来を少しだけ明るく思い描いた。


111話:誓いの口付け


ヒナはエリンに抱きしめられ、その柔らかい温もりに心を委ねていた。ご主人の手がそっと頭を撫でるたび、心がじんわりと安らいでいくのを感じる。


──弱いボクを支えてくれた2人のためにも、自分のためにも、成長したい。

ヒナの胸にはそんな強い決意が湧き上がっていた。


自分の天使としての本能、そして過ちのように感じた行いも、全てを受け入れよう。どんな経験も意味が無かったなんて思わない。愛を与える──…。

それが、エリンとリオンに支えられたヒナが今ようやく気づいた、自分の役割であり、成長したいという自分の願いだった。


「……なんだか、緊張するね。」

エリンの声が、優しく耳元で囁かれる。その言葉に、ヒナは驚いて顔を上げた。


「…ご主人様も、ですか…?」

目を丸くして問い返すヒナに、エリンは穏やかな笑みを浮かべた。


「もちろん。大切な君を抱くんだから。」

その言葉に、ヒナの胸がどくんと高鳴る。エリンの瞳には優しさだけでなく、どこか照れくさそうな色も混ざっているように見えた。


「少しでも不安を感じないようにとか、ヒナの心の傷になりませんようにとか……色々考えることはあるよ。」

エリンの静かな声が、ヒナの心に深く染み渡っていく。彼の言葉一つひとつが、ヒナを安心させ、幸せな気持ちで満たしていった。


「でもね、ヒナ。可能なら僕は君を支えられる存在でありたい。それは、僕の本心であり……少し個人的な欲でもあるんだ。」

エリンの真っ直ぐな瞳に見つめられ、ヒナは自然と頷いた。


エリンは抱きしめていた腕を緩め、ヒナの目を見据えながら、少し照れたように微笑んだ。

「不束者ですが、よろしくお願いします。」

軽やかに冗談を交えるエリンの言葉に、ヒナは幸せを感じ、ふふと声に出して笑っていた─


──────────────────────


ヒナは避妊薬のキャンディを口に含むと、ご主人がその間に丁寧に自分に触れてくれるのを感じた。

その指先は優しく、そしてどこか慎重だった。

ヒナはエリンに魔力譲渡をしてもらう時は、先に自分の精液を飲んでもらっていた。


それは天使としての精液が持つ媚薬の効果を通じて、

エリンの負担を少しでも和らげようというヒナの願いだった。

ヒナは心の中で静かに祈る。


──どうか、ご主人様がこの行為を後悔しないでいてくれますように。

暗い罪悪感や自己嫌悪、後悔が棘となって心に刺さらないように。


エリンはヒナを撫で、抱きしめ、優しくキスを落としていく。

その一つ一つに込められた思いやりが、ヒナの心をさらに満たしていく。


「大好きだよ、ヒナ。これからも、ずっと僕の傍にいて欲しい。」

エリンの言葉に、ヒナの胸がいっぱいになる。

気持ちが溢れそうになり、涙がこぼれた。


「ご主人様…ありがとうございます、ボク、幸せです…」


「…大好き、です。ご主人様のことが。」

震える唇で、胸に秘めた気持ちを半分ほど含めた愛の告白をする。初めての、大好きを伝えた。

伝えられた……


泣きそうな、嬉しいような切ない気持ちを込めて─次の言葉を選ぶ。


「…これからも、ボクを…。 …っ、…

"家族として" 見守ってくれますか?」

ヒナの声は小さく涙ぐんでいたが、それでもどこか力強さも感じられた


エリンは微笑んで、

「もちろん。僕でよければ。」と優しく答える。


そして、誓いの口付けをそっとヒナの唇に落とした。


─────────────────────


窓の外では、赤い夕日が薄紫色に染まり、やがて夜の深い群青へと溶け込んでいく。

昼と夜の狭間──逢魔時。屋敷の外から、かすかな風が揺れて木々をざわめかせる。


その時間はどこか神秘的で、二人の心を包むように穏やかな空気が流れていた。


ヒナは、胸に満ちる温かな気持ちを抱えながら、目を閉じてそっと微笑む。

今、この瞬間が何よりも幸せだと思えた。









よかったですね、ヒナくん。

結婚おめでとう、新しい家族の形だね……(?)


純愛を降臨させるために、

クラシック聞きながら朝のベッドでAI先生と打ち合わせ会議を重ねて執筆してもらった気がする


出会いを振り返り、なぞり、

思い出が積み重なった分、気持ちも強くなる──

そんな話だった気がします

アイテムがいっぱい出てくる花とか本とか


この気持ちを書き切った時は

やっぱ初期勢って光なんよなって思って

悪霊退散の儀式しそうになった程なんだけど


私はリオン好きなので気がついたらまた悪魔信仰してた

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