小説163話:迷いの先に見えたはずの光
「……ご主人様……!」
思わず抱きついたヒナは、 エリンの腕の中の温もりに安堵する。
「どうしてここに……?」
「……リオンがね、連れてきてくれた。」
その言葉に、ヒナは思わず目を瞬かせた。
——過保護な王子様、出番だよ。ヒナを連れ戻してあげて——
からかうような笑顔で、わざとらしく言ったリオンが、エリンの返事を待つことなく肩を押し、半ば強引に連れてきた。いつもの気まぐれな態度。
けれど、話を聞いたヒナは
リオンのその“強引さ”が、今はたまらなく愛おしく思えていた
「……ヒナ、大丈夫?」
エリンがそっとヒナの頬に手を伸ばし、涙の跡を指で拭う。その指先は、いつものように温かかった。
「……っ……ごめんなさい……。」
堪えきれず、ヒナはエリンの胸に飛び込むように顔をうずめた。
「何も言わずに出て行って……ご主人様に心配かけて……っ」
「いいんだよ。何も言わなくても、君が辛いのは分かってたから。」
優しい声と共に、エリンの腕がヒナの背を包み込む。髪を優しく撫でる手の動きに、ヒナの心は少しずつほぐれていった。
「……リオンと、何かあった?」
その言葉に、ヒナはびくりと肩を震わせる。
「……ノアさんと……魔力譲渡をするように言われました。」
ぽつりと零れた言葉に、エリンは眉を寄せた。
「そうか……それで、辛かったんだね。」
ヒナはゆっくりと首を振った。
「違うんです……辛かったのは……ノアさんのことが羨ましかったから……。」
エリンの腕の中で、ヒナはぽつぽつと本音を吐き出す。
「ノアさんは、リオンさんに信頼されていて、必要とされていて……。ノアさんが撫でられてるのを見て、胸がぎゅっと苦しくなりました。」
「リオンさんから信頼されること、大切に思ってもらえること……それが羨ましくて……。それなのに、ボクには何もないような気がして……。」
エリンは黙ってヒナの頭を撫で続けた。
その優しさに包まれながら、ヒナはようやく気づいた。
(……ボク、何をしてたんだろう。)
ノアは、信念を持ってリオンに尽くしていた。ただ愛されたい、必要とされたいという気持ちだけじゃない。「役に立ちたい」という純粋な願いが、彼を動かしていた。
(ボクは……ただ、リオンさんに甘えていただけだった……。)
魔力譲渡を受けながら安心感に溺れ、寂しさを埋めるためにリオンを求めていただけ。 ノアほどの覚悟も、信念もない自分が、リオンの側にいられるはずもなかった。
けれど——
(あんなに冷たくノアさんとの譲渡を提案してきたけれど、本当にボクのこと、どうでもよかったんだろうか……?)
リオンの言葉は、いつだって棘を含んでいる。それでも、ヒナが弱っているときには必ず手を差し伸べてくれた。
(本当に、ただの“手段”だったなら……あんなに優しい瞬間があったのは、どうして……?)
思い返せば、リオンは一度たりとも「ヒナを拒絶」したことはなかった。 必要だから。役に立つから。そんな理屈を並べながら、リオンはいつだってヒナを見捨てなかった。
(……リオンさん……本当は、ボクのこと……考えてくれている……?)
答えは分からない。
でも、ノアに対して向けるあの柔らかな笑顔が、いつか自分にも向けられる日が来るのだろうか——そんな淡い期待が、心の奥にぽつんと灯った。
「……ご主人様。」
ヒナはエリンの胸に顔を埋めたまま、そっと呟いた。
「ボク、もう一度……リオンさんと、ちゃんと話してみたい……。」
エリンは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに優しく微笑んで頷いた。
「……そうだね。自分の気持ちを無視して、リオンと何も話せないまま すれ違うのは悲しいから…。
話したいと思ったのなら、きちんと向き合うべきなんだと思う。
もし勇気が出ないのなら僕も同席するし、
二人できちんと話し合いたいのなら、それが一番いい気がするよ。」
ヒナはエリンの言葉に強く、静かに頷いた。
星の瞬く夜空の下、ヒナの胸に芽生えた小さな決意は、静かに温かな光を放ち始めていた。




