59 カレーライス4(前編)
ナナホシは凝視と呼べるほどの熱視線をユニバスたちに向けていた。馬車は牛歩と呼べるほどにゆっくりだ。
精霊姫たちは気にしていなかったが、人間の視線が苦手なユニバスは居心地の悪い思いをしていた。
そのまま通り過ぎてくれることを願ったが、馬車はピタリと停まる。
すぐに扉が開いてナナホシが降りてくると、ユニバスたちのテーブルへ向かってトテトテと歩いてきた。
そこでようやく精霊姫たちも気づいたのだが、ナナホシはテーブルの空いた席に当然のような顔で着席すると、「はやくするのだ!」と急かす。
「えっ、なに?」とティフォン。「あの、どちら様でしょうか……?」とイズミ。
「無礼者! 頭が高いのだ!」
ナナホシはムッとしつつも、ポケットから取りだしたちっちゃい王冠を両手で位置を直しながら頭に乗せた。
本人はこれで威厳が出たと信じきった、得意げな顔である。
しかしそれでもわかってもらえず、「なにアンタ」とガミメス。
ユニバスはナナホシから見える場所でヒザを折りつつ、慌てて言った。
「この国の女王、ナナホシ様だよ!」
「えっ、そうなの?」と、ティフォンとイズミも慌てて椅子から降りてヒザを折る。
しかし対面にいるガミメスだけは気にせず椅子に座ったまま、組んだ脚をぶらぶらさせていた。
「ってか知ってたよ、クソザコ女王っしょ?」
「なにっ!?」とナナホシ。
「あっ、よく見たらそなたは、ヒートアイランドのクソガキ精霊姫なのだ!」
「ざぁこ、誰がクソガキだって? あんたのほうがガキじゃん!」
「むむむ……!」と睨み合うナナホシとガミメス。
背丈も口の悪さも見事に釣り合っていて、まわりからはどちらが女王か見分けがつかなかった。
不意に腹がぐぅ~っと鳴り、ナナホシはうつむいてしまう。
「ああ……朝からなにも食べていないから、力が出ないのだ……」
「絶食する女王なんて初めて見た」とティフォン。
「好きで絶食していたわけではないのだ! この村のカレーが辛すぎて食べられなかったのだ!」
「あ、そうなんだ。このカレー……『ユニバスカレー』は甘くておいしいよ」
「何カレーでもよい!」
ナナホシはテーブルをドンドン叩いた。
「なんとなく懐かしい感じのするカレーの匂いだったから、わざわざ招かれてやったのだ! わかったら、さっさとよこすのだ!」
「誰も招いてないけど」とガミメス。
「は……はい……!」
人間相手だと子供でも委縮してしまうユニバスは、あたふたとカレーセットを準備する。
お取り潰しをなんとかしてもらおうと、ナナホシの後を追いかけてきたカレーキングとカレイラ、そして村人たち。
彼らは『ユニバスカレー』が振る舞われる様子を見ていたのだが、カレーキングは怒りを露わにしていた。
「な……ナンではなく、米……ですと……!? ぐぬぬっ……! カレーに対するなんたる冒涜! もはや、邪悪といっていい……! あんなのを召し上がったら最後、ナナホシ様の怒りは収まらず……お取り潰しは確定的となってしまいます……!」
村人たちも同じ考えのようで、「ああ……」と落胆のため息をもらしていた。
「おつカレーっ……! そう……! すべては、あの男のせいだったのです……!」
責任転嫁する気満々のカレーキング。
「あの男がこの村に来なければ、こんなことにはならなかった……! あの男が、すべての元凶なのです……!」
つい先ほどまで、自分の沽券のために暴れていたことは、きれいさっぱり棚に上げていた。
しかし、カレイラだけは違う感想を抱いていた。
――カレーをごはんで食べる……!? なんて斬新な……!
あんなに美味しいカレーを作れるのに、それに驕らず、新しいカレーを追求するなんて……!
あの人は、真のカレーの王様どころじゃない……! カレーの神様だ……!
ナナホシに続いて馬車を降りた大臣たちは、離れたところに設えさせたテーブルで休憩中だった。
たいした関心もなさそうな様子で、ナナホシを眺めている。
「こんな所で馬車を停めたりして……あの傀儡のワガママっぷりには困ったもんですなぁ」
「いやはやまったく。いっそのこと、あのカレーに毒でも入っていれば後腐れがないというのに」
「いやいや、あの傀儡にはまだまだ使い途がありますからなぁ」
「それより、次はどうしましょう?」
「外国人を地方の長にできる、という法案でも認めさせますかな」
「おっ、いいですな。そうすれば、アパーレ殿を長にすることができます」
「そうなれば、よりいっそう侵攻が進む……フーリッシュの王もお喜びになるでしょう」
人目もはばからず邪悪な相談がなされる中、ナナホシが『ユニバスカレー』をひと口。
瞳に星が……浮かばなかった。
「こっ……この……味は……!」
かわりに、瞳の端からあふれた涙が、つぅ……と筋になって頬を伝う。
ナナホシの脳裏には、シルエットが浮かんでいた。
亡き母のシルエットだった。
















