中間子って…
朝、兄貴の顔をどうしても見たくなくて、朝食を食べずにシャワーを浴びる。
(この間に出勤してくれないかな。)
色んな事がモヤモヤする。
(高田さん…会いたくないな。)
〝自分の周りの人を良い人にする〟
俺は兄貴みたいに悟りの境地には行けない。
悔しい。
✽✽✽
「直ー。おせーよ。もうお兄ちゃん行っちゃったぞ。」
着替えてダイニングに行くと貴将に声をかけられる。
良かった。兄貴はいない。…俺に気を使ったのかな。
「つーか、直はこんな時間でいいのかよ。お兄ちゃんは早いのに。」
確かに、兄貴はいつも朝が早い。就業時間はまだまだゆっくりしても充分に時間がある。
「…兄貴は時間とか仕事量じゃなくて仕事内容で働いてるんだろ。俺とは違うの。」
その通りだ。
「ふーん。いいなぁ、直は。お兄ちゃんの弟って事で優遇されてんだろ?俺も楽して生きてー。」
「は?」
「俺も特別扱いされてー。」
…そんな考え方もあるのか。
「逆に敵意を持たれる事もあるだろ?」
つい、昨日の高田さんを思い出してしまった。
「え?いいじゃん、別に。バックにお兄ちゃんがいるんだぜ。あからさまには手は出せない。」
「それは平等じゃない。他の社員に失礼だ。」
「当たり前の対価だろ。こっちは注目されてるんだら。」
「なんて自分本意な。」
「直は真面目だなー。人生もっと面白く生きろよ。」
「貴に言われたくないんだけど。」
まだ大学生になったばかりのくせに。
「俺はラグビーが好きだからラグビーで飯が食えるようになりたいと思ってるけど」
(意外。)
あの貴将が将来を考えていたとは。なんかまだまだ子供だと思ってたのに。
ん?…兄貴と同じこと言ってないか?
「だから、お兄ちゃんと一緒の会社で働く直が羨ましい。」
「ブラコンめ。」
いい加減兄離れをしたらどうだ。
「俺にはお兄ちゃんしかいないもん。」
「は?」
なんだ気持ち悪い。
「お父さんもお母さんもいない。記憶もあんまりない。俺をおいていなくなった人より、お兄ちゃんの方がよっぽど親だね。お父さんもお母さんの役割も全部お兄ちゃんがしてくれたもん。」
「お父さんとお母さんが聞いたら泣くぞ。」
なんかこれも兄貴が言ってたような。…兄貴と同じ言葉しか言えない自分が嫌だ。
つーか、貴将がそんな事を思っていたとは。
確かに、9歳で亡くなった両親の事は今はもう…うろ覚えだ。断片的な感じが否めない。5歳だった貴は尚更か。
俺も貴も遺体すら見ていない。貴将は実感がわかず、しばらく両親は旅行に行っていて帰ってくると信じていた事を思い出した。
「それでもお兄ちゃんはいつも仕事ばっかりだったから。俺は学校じゃなくてお兄ちゃんと一緒に会社に行きたいって思ってた。」
「貴、病んでたんだな。」
全然気づかなかった。いつも元気でうるさかったから。
「だから、俺が今の直の立場だったらお兄ちゃんと一緒に会社行って一緒に帰る。会社でも会ったら手を振る。」
「すごいな。」
(兄弟愛が。)
…俺はしたくない。
(貴将はずっと寂しいって言えなかったのか…)
これまで、兄貴にべったりでワガママばかり言ってた弟の気持ちが分かった気がする。
兄貴も、貴の思いに気づいていたから甘やかしていたのかな…
俺は兄貴よりも長い間近くにいた弟の事も気づいてやることが出来なかった。
なんか…また俺と兄貴の格差が…浮き彫りになった気分だ。
しっかり者の兄と甘えん坊の弟。
…じゃあ俺は?
家でも、俺は自分のポジションを未だに模索している。俺は自分が分からない。
信頼を得られるのはほど遠い気がする。