第十八話の三
「くははっ! どうしたのじゃ、人間! 我はまだ全力の百分の一も出していないのじゃ!」
と、聞こえてくるのはシャロンの声である。
ティオはそれに対し、思わず歯噛みする。
(今は何とかなっていますけど……これはっ)
ティオの魔法にぶつけられる形で放たれたシャロンの魔法――現在、それは完全に拮抗していた。
しかし、それはあくまで今はの話だ。
シャロンが今より――。
「どーれ、少し力を入れてやるのじゃ!」
と、シャロンの言葉。
直後。
「っ!」
ティオにかかる負担が猛烈な勢いでましたのだ。
同時、拮抗していた二つの魔法はそのバランスを崩す――結果、シャロンの魔法は徐々にティオの方へと動き出す。
(おも、い……っ! 魔力を、魔力をもっと使わないと……このままじゃ!)
けれど、ティオは最初から全力だ。
これ以上魔力を使う手段などない。
むしろ。
「どうしたのじゃ、人間? 辛そうなのじゃ……くくくっ、徐々に魔力が弱っている気がするしの」
そう、シャロンの言う通りだ。
ティオは最初から全力だった。であるならば、あとは徐々に減っていく一方。
「くっ……!」
そうこうしている間にも、ティオの方にはシャロンの魔法がゆっくりと近づいて来る。
(勝て、ない……このままじゃ負けて、しまいます)
そうなれば、アッシュがシャロンのものになってしまう。
シャロン。
今もこうして、人をじわじわいたぶる事で笑みを浮かべ、心底楽しむような狐。
ティオはそんな彼女には絶対に負けたくなかった。
「うーむ、つまらないのじゃ。どうすれば力をみせてくれる、人間? いっそ、我が勝ったらこの家を破壊してみようか? 思い人を奪われ、家を破壊される……くはっ! とっても惨めで可哀想なのじゃ!」
なおもそんな事を言ってくるシャロン。
しかし、それを実行させるわけにはいかない。
故に。
(アッシュさん……ピンチです。負けてしまいそうです……助けてください)
と、ティオは祈る。
(どうかアッシュさんの力を貸してください。この家と……アッシュさんを守るために!)
祈ったところでどうにもならない。
そう思いつつも、アッシュから勇気をもらうために祈り続ける。
(アッシュさん……っ!)
ティオが最後にもう一度、そう心の中で唱えたその時。
異変は起きた。
「っ!?」
突如、ティオの内側に膨大な魔力が渦巻き始めたのだ。
それだけではない――先ほどまで感じていた魔法のフィードバック。そして、シャロンからの圧力も消え去っていた。
いける。
これならば勝てる。
どうしてこんな事が起きているのか。
それはティオ自身にもわからない。
(でも、それは二の次三の次です……きっと心の中のアッシュさんが、私の眠れる力を解き放ってくれた……今はそれでいいです)
そして今は、この渦巻く魔力をシャロンへとぶつけるだけだ。
と、ティオはそう心を決め、己が全てを魔法に注ぎ込む。
すると。
「な、なんじゃと!?」
と、シャロンの驚きの声。
彼女はなおも続けてくる。
「我の魔法が押されている……じゃと!? あ、ありえないのじゃ! 我がこんな雑魚に、ただの人間風情に!」
「アッシュさんは……アッシュさんは誰にも渡しません!」
「っ! えぇい、黙るのじゃ! 我だってアッシュは誰にも渡したくないのじゃ! 我は……我はアッシュが気に入っているのじゃ!」
と、シャロンは言ってくる。
けれど、その間にも魔法は徐々にシャロンの方へと向かっていく。
「これが、愛の力? バカな……我は無能な先代達とは違うのじゃ! 仕方ない……最強の魔王の真の実力……我の本気を見せてやるのじゃ!」
直後、再びティオの方へ動き出す魔法。
「……っ!」
ティオが放っている魔力は、間違いなく神話級のもの。
それを押し返すシャロンの実力は、もはや人界に住まう者の域を超えている。
けれど。
「負けません……絶対に、私は負けない……おまえに、勝つ!」
ティオはさらに魔力を込める。
己が全てを、アッシュを思う全てを魔法に乗せる。
「勝つのは我だ、人間! 我はこのような所で負けはしない!」
「おまえは負ける……今ここで、私が倒すからです!」
シャロンとティオの叫び。
再び拮抗する魔法――その光はどこまでも大きくなり続け。




