第九話の二
「長い……長い戦いだった……」
スライム将軍が壁に体当たりを始めてから数分後。
現在。
「スラッ……スラッ……」
と、スライム将軍はじっとしてくれている。
もっとも、それは別に攻撃の意思がなくなっただとか、攻撃できないほどに弱った。と、そういったわけではない。
スライム将軍がこうして、おとなしくしている理由。
それはただ単純に。
「アッシュよ、スライム将軍を壁で閉じ込めてどうする気なのじゃ?」
と、言ってくるシャロン。
彼女の視線の先にあるのは、スライム将軍を檻の様に囲う壁――アッシュがスキル《ウォール》によって作り出した壁である。
「スライム将軍を閉じ込めて動けなくした理由は、まだ最後の実験が残ってるからだよ」
故にアッシュとしては、壁に体当たりというしょうもない死に方をしてほしくなかったのだ。
と、アッシュはそんな事を考えながら、シャロンへと続ける。
「シャロンには言ってもわからないかもしれないけど、最後は純粋な魔法で仕留めてみたいんだ」
シャロンには詳細を説明できないため省いたが、純粋な魔法とはステータスによる強化――例えばスキル《魔力攻撃増加》などを使用しない魔法。
純粋にステータスのみに依存した攻撃の事である。
先に純粋な物理攻撃を試したのだから、順番としては当然の事だ。
しかし。
「シャロンには言ってもわからない……じゃと?」
聞こえてくる不機嫌そうなシャロンの声。
この時、アッシュは気が付いた。
アッシュの言い方では、シャロンに魔法の事を言ってもわからない。
そう捉えられてもおかしくなかったと。
アッシュはすぐさまシャロンの理解を訂正しようとする。
先ほどのはそういう意味ではない――シャロンにスキルブーストとか、そういう話をしてもわからないと言いたかったのだと。
(でもこれ、スキルとかステータスっていう単語を使わないで、シャロンにどう説明すればいいんだよ!)
と、アッシュが言葉に詰まっている間にも、どんどん不機嫌そうな様子を増していくシャロン。そして、彼女の中でついに臨界が訪れたに違いない。
シャロンはアッシュへと腕組みしたまま言ってくる。
「アッシュよ、我はおぬしの先輩なのじゃ。なのに、我はまだおぬしに我の実力を見せていないのじゃ」
「え、いや……実力ならギルドの中庭で戦った時に――」
「あれは忘れるのじゃ! あれは偶然なのじゃ!」
シャロンは「ふ、ふんなのじゃ!」と言って、更に言葉を続けてくる。
「とにかく我の実力――極大魔法を見せてやるのじゃ! 我に魔法がわからないと、そういった事を後悔させてやるのじゃ!」
「いや、あれはそういう意味じゃ――」
「今から詠唱をする。少し黙って聞いているのじゃ!」
「待て、待て待て待て! スライム将軍に魔法使う気じゃないよな!? あれは俺の獲物だぞ! 魔法使いたいなら、自分で他の獲物を探せよ!」
しかし、シャロンはそんなアッシュの言葉を無視しているに違いない。
彼女はとてとてと、スライム将軍からやや離れた位置まで歩いていき。
「魔界を統べる狐……魔王シャロンの力、見せてやるのじゃ!」
と、シャロンは刀をスライム将軍へと翳し、尻尾をふりふり詠唱を開始する。
「深淵より来たりし炎……たい焼き焼肉たこ焼き焼きそば、ついでに目玉焼き……食卓彩る万物を作り出す永劫不変の業火……今この時、我が呼びかけに応え、我が敵を焼き尽くし、お食事に変えよ!」
最後にシャロンは唱える。
「極大炎熱狐魔法!」
直後、アッシュの視界は圧倒的な光に飲みこまれる。
しかし、彼は同時に思うのだった。
(何このださい詠唱!?)




