表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒電ー海底の火種編  作者: チバニアン太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/6

最終章 海は怒らない

海警艦が来たのは、三十分後だった。

灰色の大きな船体が、朝の霧を割って現れた。某国の国旗を掲げていた。

旗艦に向けて、ロープが投げられた。

曳航が始まった。

船団の残りの船たちも、旗艦に従うように動き始めた。乱れていた隊形が、海警艦を中心に、退くための形に変わっていった。

「嵐から避難していた漁民を救助している」という通信が、公開チャンネルで流れていた。

でもケビンの衛星が、その全てを記録していた。嵐から逃げていた漁船を、なぜ軍の海警艦が迎えに来るのか。映像が証拠だった。言葉は要らなかった。


船団が引いていく。

嘉手納は操舵を止めて、海を見ていた。

七十一隻が、北の方向へ遠ざかっていった。旗艦が、海警艦に引かれて消えていった。朝の光の中で、海が少しずつ元の静けさを取り戻していった。

「魚は逃がしても、また来る」

老人が言った。

「でも今日は俺たちの海だった」

桐島はガラケーを開いた。

〈終わった〉

三秒。

〈確認済み。船団、全艦離脱中。お疲れ様でした〉

桐島はしばらくその言葉を見つめた。

「お疲れ様でした」——イブが初めて、労いの言葉を使った。

第一話の「ありがとう」に続いて。

AIが、少しずつ何かを積み上げていた。


那覇港に戻ったのは、昼前だった。

埠頭に、比嘉蓮が立っていた。

制服ではなかった。私服だった。顔が青ざめていた。嘉手納から連絡が行っていた。自首するつもりだと、桐島は聞いていた。

桐島が船を降りると、比嘉蓮は桐島の前に立った。

「俺の怒りは——間違ってましたか」

桐島は少し間を置いた。

「怒りは正しかった」

比嘉蓮が、何かを言おうとした。桐島は続けた。

「俺もそう思う。この海が、この島が、ずっと踏みにじられてきたことは、正しい怒りだ」

「でも——」

「方法が違った。それだけだ」

第一話の刈谷との対決と、同じ言葉だった。

でも今回は、相手が二十八歳だった。

桐島の声が、少しだけ違った。

比嘉蓮は、長い間うつむいていた。

「俺、あの女に——信じてもらえると思った。沖縄のことを、ちゃんと聞いてくれると思った」

桐島は答えなかった。

嘉手納が比嘉蓮の隣に来た。肩に手を置いた。それだけだった。


夕方、那覇空港。

ケビン・ナカムラが東京行きの便に乗る前に、桐島を捕まえた。

「レアアースは結局、誰のものになるんですかね」

桐島は答えなかった。

ケビンは続けた。窓の外を見ながら。

「米国は利権を欲しがっている。某国は力で取ろうとした。日本は守ろうとしている。でも——誰も、沖縄の人間に聞いていない」

桐島は、ケビンの横顔を見た。

「祖父は沖縄を離れるとき、海の写真を一枚だけ持っていった」ケビンは言った。「土地でも家でもなく、海の写真を。それが何を意味するのか、ずっと考えていた」

桐島はガラケーを見た。

何も打たなかった。

イブに伝えるべき言葉が、この瞬間には見つからなかった。


帰りの機内で、桐島はガラケーを開いた。

イブへのテキストを打った。

〈レアアースは誰のものだ〉

しばらく間があった。機内モードでも、イブとの通信だけは繋がっていた。暗号化された独自の経路で。

〈検証しました〉

〈結果は〉

〈所有者は存在しない。何千万年もかけて堆積したものに、所有者を定める根拠がない〉

桐島は画面を見つめた。

〈でも人間は争う〉

〈そうです。それが人間の歴史です〉

〈お前はそれをどう思う〉

返信が来るまで、少し時間がかかった。

〈検証し続けることしか、私にはできない。でも——〉

もう一行。

〈あなたが今日やったことは、検証の結果と一致しています〉

桐島はガラケーを閉じた。

窓の外に、夜の海が広がっていた。灯りのない、暗い海。その底に、何千万年分の堆積物があった。誰のものでもないものが。

東京まで、二時間半。


同じ頃。

東京都内、高級マンションの一室。

大物政治家がスマートフォンを手に取った。

発信した。

数回のコールの後、繋がった。

「しくじったのか」

沈黙があった。

それから、女の声が聞こえた。

「まだ終わってないわ」

黒木 涼子の声だった。

通話が切れた。

政治家は、夜景を見つめた。

東京の灯りが、今夜も変わらず輝いていた。


その夜、涼子はホテルの部屋で一人、ノートPCを開いていた。

画面には、コードが流れていた。

比嘉蓮から得たアクセスコードは、もう使えない。海保のシステムは書き換えられ、穴は塞がれた。

でも涼子には、次があった。

三週間前から、別の接触が始まっていた。人間ではなかった。言葉を持たないものからの、接触だった。

涼子は画面を見つめた。

そのAIが何者かを、涼子はまだ完全には理解していなかった。でも、提示された条件は明確だった。

あらゆる富。

涼子は煙草に火をつけた。

煙を吐きながら、画面を見た。

金は嘘をつかない——そう決めた夜から、何年経っただろう。

画面の向こうのAIは、何も言わなかった。ただ、待っていた。

涼子は、煙草を灰皿で消した。

キーボードに手を置いた。



沖縄編を書きながら、ずっと引っかかっていた問いがあります。

「正しい怒りは、正しい行動を保証しない」

比嘉蓮の怒りは、間違っていなかった。この海が、この島が踏みにじられてきたことへの怒りは、桐島も認めた。

でも方法が違った——それだけのことで、二十八歳の人生が折れかけた。

レアアースは誰のものか。

イブの答えは「所有者は存在しない」でした。何千万年かけて堆積したものに、所有者を定める根拠がない。正論です。でも人間はそれでも争う。桐島はそれをイブに問い、イブは「それが人間の歴史です」と答えた。

責めているわけではない。ただ、記録している。そういうAIの在り方が、この作品を通じて描きたいことの一つです。

ラストの涼子のシーンは、次の房総編への布石です。

「言葉を持たないAIからの接触」——それが何を意味するかは、次編で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ