生意気な機械人間と、うっかり別銀河の超大国に公式認知される俺の帝国
「姫さん、緊急時用の星系内ワープの許可が出た。飛ばすぞ」
返事がくる前に超光速機関を起動する。
星間国家のトップハッカーですら手こずる厳重なセキュリティが、『航行の安全』に関わる状況を認識して自動で緩んでいる。
リゼはガンナー(砲手)用の席で、借りてきた猫のように大人しくなっている。
俺には極彩色の空間にしか見えない場所に、何が見えてるんだろうな。
「か、艦長。この速度で敵艦に突撃するのか?」
まだ動揺はしているが冷静さは戻っている。
「さすがの姫さんの宇宙船乗りの常識はまだか」
銀河標準語をすぐに身につけるほど頭がいいリゼだが、宇宙船なんて影も形もない時代または惑星の出身だからな。
この常識外れを攻める気にはならない。
「どのような常識だ」
「恒星や惑星、恒久的な宇宙居住地を破壊する行動はとれないんだ。具体的には超光速機関とそれに繋いだ動力が止まる」
「超光速機関に支配されているのか?」
「面白い考え方だが、支配されているとしても超光速機関が要求してくるのは『人類が生存可能な環境を壊すな』だけだ。性能を考えると『被支配者に異様に甘い支配者』だぞ」
しかも救命活動の際は普段かかっている制限が甘くなる。
ただ、一方的に甘いわけでもない。
「砲戦可能な距離まで近付いたら速度をゼロにさせられるから覚悟しといてくれ。襲撃者がアホじゃなければ『フリーキャッスル』を迎撃してくるから、いきなり殺し合いだ」
「なるほどな。私が塗った『対レーザー塗装』が役に立つ訳だな」
リゼは得意げに胸を張る。
光の翼が背中からちょっとだけ出ている。
「そういうことだ。……通常空間に出るぞ!」
極彩色の宇宙が普通の宇宙に一瞬で切り替わる。
無動力の慣性飛行をする大型輸送艦を放置した『駆逐艦』艦隊が、全てのレーザー砲をこちらに向けていた。
「回避っ!」
ワープの直後は『最も近い恒星』との相対速度がゼロになるのが超光速機関の『仕様』だ。
既に戦場にいて戦っている連中は、推進剤とエネルギーが足りるなら有利な向きと速度で迎撃できるわけだ。
文字通り光速のレーザーが『フリーキャッスル』に到達する。
リゼが何度も重ねて塗った『対レーザー塗装』が蒸発しながら耐えるが、そう長くはもたない。
「艦長。このままではまずいぞ」
俺は後先など考えずに全力で推進剤を吐き出す。
満載したコンテナのせいで『フリーキャッスル』は重くなっていて、加速はするが速度はなかなか上がらない。
『駆逐艦』は艦のあちこちについている推進器を使って『艦』の向きを変えてレーザーによる攻撃を継続する。
レーザー砲は動かない。
固定式だ。
「問題ない!」
『フリーキャッスル』の速度が上がる。
向きの変更が追いつかなくなった敵レーザーが『フリーキャッスル』の船体を照らせなくなる。
コンテナや装甲の『対レーザー塗装』は既にゼロ同然の薄さだが、溜まった熱は許容範囲だ。
「何者だ! 官姓名を名乗れ!」
この時点でようやく人類保護機構の遊撃艦隊から通信が届く。
「こちら『ジャバウォック銀河帝国』の外交使節艦だ。民間船を襲っていて、外交使節艦に襲いかかってくるそちらさんはどこの所属だ?」
まだこっちの対艦レーザーは撃たない。
限界までエネルギーを溜める。
「銀河帝国だと? 一星系を支配する程度の弱小組織が偉そうな口を叩く。こちらは人類保護機構だ。即座に停戦して我らの臨検を受けよ」
「正規の所属コードも示さず臨検要求とは、まるで宇宙海賊だな、えぇ? 本物の人類保護機構さんがぶち切れるんじゃないか?」
「……亜人風情が」
冷たい視線と吐き捨てるような言葉を残し、通信が一方的に切断された。
「複数の種族が入り交じっているので分かり辛いが、海系の亜……んんっ、種族が中心の混血だな」
リゼは出来の悪すぎる喜劇を見てしまったような顔をしている。
光の翼が完全に引っ込んでいるのは、やる気が低下しているからかもしれいないな。
「捕虜にできたら直接言ってやれ。……戦闘開始だおら!」
『フリーキャッスル』に搭載した対艦レーザーは十二。
外付けしたものなので配置の関係で同じものを同時には狙えないので、六基ずつで別の『駆逐艦』の姿勢変更用推進器を狙われる。
俺のARメガネにレーザーの奇跡が分かり易く表示される。
戦闘中に一つ二つの推進器が壊れても戦闘可能なように設計されている『駆逐艦』は、推進器を一つずつ焼き溶かされても速度は落ちない。
ただし、進路を変えながら飛ぶ『フリーキャッスル』にレーザー砲口を向け続けるのが不可能になる。
「次!」
三隻目と四隻目を狙う。
おそらく俺と『フリーキャッスル』を甘く見ていたのだろう。
移動式の装甲で守れたはずの推進器を、六つずつのレーザーで焼かれて機能を失っていく。
「抵抗を止めろ! 我らは本物の人類保護機構遊撃艦隊だ。神聖な任務を妨げるなら、遊撃艦隊だけでなく正規艦隊も貴様を狙うぞ!」
再度通信が繋がる。
自分が上だってことを疑わないむかつく声と表情だ。
「正規艦隊の移動コストを知らないのか? 遠く離れた人類保護機構の星系からここまで戦力を展開しようとしたら、限界までリソース注ぎ込んでも遊撃艦隊一つか二つだろ」
俺が元軍人だから知っている、という展開は『ない』。
輸送艦艦長として危険を避けるため、必死に知識を調べて身につけた結果だ。
「俺は救難信号に応えて救助に来ただけだ。あんたらが海賊だろうがどこかの国所属だろうが関係ない。邪魔するなら撃ち落とすぞ?」
はったりだ。
半数は撃墜できるとは思うが、半数打ち落とす頃には『フリーキャッスル』の推進剤が切れる。
そうなれば、怒り狂った残り半分にこんがりレーザーで焼かれておしまいだ。
「……撤退する。覚えていろ、辺境の亜人め」
再び通信が切断される。
『駆逐艦』十数隻からなる艦隊が反転し、この星系の惑星ではなく、星系から離れる方向へ加速していく。
「艦長、超光速で追わないのか?」
「超光速機関の制限が緩くなるのは『人助け』のときだけだ。追撃は範囲外だよ」
「なるほどな。……残念だ」
リゼは、『シールド』発生装置も推進器も機能していない大型輸送艦に悲しげな目を向けた。
そうか。
全滅か。
「すごい! ボロい輸送艦で艦隊を撃退しちゃった!」
底抜けに明るい声が聞こえてくる。
発信元は大型輸送艦だ。
リゼは一言「悪趣味な」とつぶやいている。
「こちら『ジャバウォック銀河帝国』の外交使節艦だ。俺は艦長のポーター」
「これはご丁寧に! あれ、映像届いてないんですか? うわ、エネルギーが切れる、切れちゃう!」
声の響きは作り物っぽいのに、感情の表現は特別に感情豊かな人間のそれだ。
罠にしては手がかかりすぎている。
「エネルギー売ってください! 支払いは水で良いですか? とれたての軽汚染水ですよ!」
「汚染された水なんて売り物にならねーよ。冗談はいいからその艦の規格を教えろ。近くの宇宙港まで行ける程度のエネルギーなら貸してやる」
「ありがとうございます! 肉人間さん!」
回線が安定する。
大型輸送艦の艦橋らしきものが映し出され、その中央にいる『三頭身の人型のなにか』がズームアップする。
「肉人間とはまた、ホロムービーに出てくるケイ素系異星人みたいなことを言う奴だな」
この野郎、いや、性別があるのかどうかは分からんが、とにかく冗談が悪質すぎる。
まさか本気で言ってるわけじゃないよな?
「アイアム機械人間! ユーアー肉人間!」
小さく丸っこい指で俺と自分自身を指差す三頭身。
本人(?)は面白いことを言っているつもりらしい。
「ところでここどこか分かります? 契約国連合の所属国ならいいんですけど」
「どこかの保険の名前か?」
「またまたご冗談を! 銀河に冠たる覇権国家じゃないですか。あなた、独自の言語を使う独特な文化をお持ちらしいですけど、その程度知ってるでしょ?」
悪意のない上から目線だ。
リゼに意見を求めるために目をやると、目が大きく見開かれて金の瞳孔が広がっていた。
「かわいい……」
「そうかな?」
クソ生意気そうだぞ?
性格もあまり良くはなさそうだし。
「近隣の星間国家にその名前の国家は存在しない。十世紀以上遡るなら、似たような国名が見つかるかもしれんな」
「えっ……。まさか位相跳躍失敗してる? ちょ、まっ、隣の銀河じゃん!?」
助けられたのに名乗らない三頭身が、画面の向こうで騒いでいた。
☆
仕方がないのでリゼに乗り込んでもらった。
案の定、何もかも規格が違うので、俺が指示してエネルギー変換器を組み立ててもらってエネルギーを補給して大型輸送艦を再起動させた。
「やめろー! なでなでするなー! やめろー!」
三頭身の奴は、リゼに抱き上げられて可愛がられている。
「魔法生物か。しかしこの形、私は人形に可愛らしさを感じなかったが、これは実に、愛らしい」
本当にそうか?
騒々しいだけじゃないか?
「初なでなでは未来のマスターのためにとっていたのに!」
体はともかく顔は人間に見えるのに、目が『ぴかぴか』と光っている。
おそらく生身の部分はゼロに近いか、ゼロだろう。
「とりあえず名乗ってもらっていいか?」
「うむ! 私はリゼだ。『ジャバウォック銀河帝国』で『姫騎士』をしている」
「これはご丁寧に! 僕はギョーショーちゃんです! 由緒正しい設計の機械人間! しかも正規のパイロットライセンス持ちです! 今は、まあ、輸送艦で行商してますけど……」
落ち込む三頭身を、リゼが優しく撫でる。
ギョーショーはもう反発は止めて、大人しく『なでなで』を受け入れている。
「事実なら世紀の大発見でファーストコンタクトなんだろうが……」
俺は『フリーキャッスル』で曳航中の大型輸送艦を見る。
外見もこのあたりの艦とは傾向が違うが、中身は根本的に違う
ギョーショーの大型輸送艦は、『フリーキャッスル』のような超光速機関を積んでいないのに、銀河間のとんでもない距離を移動できたのだ。
間違いなく、全く別種の超光速機関が搭載されている。
「ファーストコンタクトにしようとしても契約国連合が無視すると思いますよ。僕がここまで来ちゃったのも偶然ですし、移動にコストがかかりすぎます。ああ、せっかく新造艦を買ったのにもうぼろぼろ……」
人間か機械か良く分からない三頭身とスクラップ寸前の大型輸送艦を連れて、俺とリゼは当初の目的地であるこの星系の宇宙港を目指す。
自称別宇宙の人間と、銀河に悪名轟く人類保護機構の遊撃艦隊。
予想よりかなり、面倒なことになりそうだ。
「あ、そうそう! 僕の命の恩人である『ジャバウォック銀河帝国』との正式な国交樹立申請、連絡用の小型無人機で契約国連合へ飛ばしました!」
……は?
「建国から今まで『まともな』国との国交が片手で数えられるくらいしかないですからね! ポーターさんたちはこの銀河で会ったはじめての『まともな』人です。ひょっとしたら正式な使節が送られてくるかもですよ! そのときは僕は便乗して帰ります!」
「超大国からの正規の使節とは、かなりの優遇だな、艦長」
「おい待て。お前、ただのパイロットで行商じゃなかったのか」
「ただのパイロットで行商のギョーショーちゃんですが、設計は由緒正しいのです! ぶっちゃけると中央評議会へ申請するための書式が内部メモリにあるタイプなんですよ。新型だと削除してその分をパイロットの素養向上に使ってるんで、ギョーショーちゃんもそっちが良かったです」
ギョーショーが再び落ち込み、リゼが優しく慰める。
人間か機械か良く分からない三頭身と、スクラップ寸前の大型輸送艦。
そして、うっかり別銀河の超大国に『公式認知』されるかもしれない、俺の『銀河帝国』。
予想よりかなり、面倒なことになりそうだった。




