配送先がド変態。リゼ、借金返済のために「根拠地」の確保を宣言
「分かりました! 『姫騎士』様を全額こっち持ちで招待します!」
「だから人身売買には関与できないって言ってるだろ。こっちは合法的な商売してるんだ」
画面に映っている『目が逝っている女性』が、『姫騎士』の石像の持ち主だった奴だ。
輸送途中に石像からリゼになっちまったから所有権は消滅した。
人間を所有できるのはブラックマーケットみたいな無法地帯だけだからな。
「そんな! 私は『姫騎士』様をお迎えしたいだけなのに!」
最初に依頼を受けたときは、趣味人ではあるがまともな人間に見えた。
だが今は、理想に近い石像が、理想そのものの『姫騎士』になったという事実に逝かれてしまった趣味人だ。
「艦長! 掃除が済んだぞ!」
通信室にリゼが顔を出す。
掃除と言っても艦の甲板に並んだコンテナを巨大なモップもどき(宇宙港からのレンタル)で『対レーザー塗装を塗り直す』大工事だ。
機動兵器も使わず生身でやっちまうリゼのデタラメさが、頼もしいやら恐ろしいやらだ。
「姫さん! 報告は文字通信でしろって言っただろ!」
「『姫騎士』さまぁ!」
『目が逝っている女性』が歓声をあげる。
リゼは特に驚かず、鷹揚な態度で頷いてみせる。
「私はリゼだ。姫騎士と呼ばれることもあったが、名前呼びの方が好みだぞ」
「はいリゼ様!」
人工眼球を使っていたなら確実に目にハートマークが浮かんでいたはずだ。
呼吸が困難になるほど興奮しながら、リゼの全身をなめ回すように見ている。
リゼは他者からそういう目で見られることに慣れているようで、特に気にした様子はない。
「では私は仕事に戻るので後は艦長と頼む」
「エルザ! エルザと申します!」
「む。名前を聞かないのは私の非礼だったな。すまぬエルザ。ではな!」
相変わらずの『姫騎士』用の鎧姿で、颯爽と船外へ向かう。
実際はブーツだけ吸着仕様に換えている。
輸送艦『フリーキャッスル』が停泊しているのは、気密もなく宇宙線が容赦なく降り注ぐ、宇宙港の外側だ。
リゼは魔力を使って宇宙線を防御できるし、全力で動いても無呼吸で数分は活動できる。
本来、企業に依頼しないとどうにもならないことを単身でやっちまうんだから、一個人としては最上級の人材だ。
「はぁあぁ……」
その女性が恍惚としていたのはそこまでだった。
天然の分厚い一枚板で作られた執務机から、小さな瓶を取り上げ鼻の下で『開ける』。
非合法薬並の効果と安全さを兼ね備えたそれは、俺でも知っているほど有名かつ高価な合法薬物だ。
「失礼。少し動揺してしまったわ」
細く長い耳に冷たい瞳が目立つその女性は、銀河共和国で地方総督を勤める超エリートだ。
一介の輸送艦艦長である俺と知り合いなのは、特別な理由はない。
こいつの勤務地までニッチな商品を運ぶ物好きが、俺くらいしかいなかっただけだ。
「馬鹿高い超光速通信で長話だな」
「仕事ばかりだと余暇がないのにお金は貯まるの。理想の『姫騎士』を直接見ることができて私は満足よ」
「なら違約金をチャラにしてくれ」
「それは無理。悪いとは思うけどね。私の立場が立場だから、誰か一人に肩入れすると監査局がうるさいの」
公私を区別する清廉な政治家の姿だ。
直前までの『姫騎士』狂いを見た後だと、温度差で風邪を引きそうだ。
「フィギュアや石像集めで監査局とやらが文句をつけないのか?」
「文化事業の一環ですもの。文句は言わせないわ。……リゼ様を私の所まで連れてきてくれたら『たっぷり』お礼するから、考えておいてね」
最後に私情たっぷりの言葉を残し、全額相手持ちの超光速通信は終了した。
そして再びリゼが顔を出す。
リゼが出たり入ったりしていたのは事前の打ち合わせ通りだ。
中継していた映像でエルザの情報を読み取れなかったとき限定で、通信室へ来るよう決めておいた。
「なかなかの人物だな。高ぶっているときでも思考は乱れない。亜人が攻めてきたとき、あのような者が宰相であればな……」
リゼの表情は、珍しく暗い。
リゼはどう考えても軍人か武官だから、文官とは揉めていたのかもしれない。
「姫さん。また差別用語が口に出てるぞ」
「む。すまぬ」
「それにエルザさん……エルザ総督はエルフだろう。どっちかというと敵対していた側じゃないか?」
「艦長にはエルフに見えるのか。あれはハーフエルフだぞ」
「それも差別用語だ」
「うむぅ」
リゼはふくれっ面になる。
『にゅっ』と光の翼が背後に現れ、俺を威嚇するように広がった。
「時代が変われば常識が変わるのは当然とはいえ、未だに慣れんぞ」
「時代? 場所か、世界が違うんじゃないのか?」
リゼは最初『ダンジョン』がどうとか言っていた。
俺は古代史には詳しくないが、モンスターが出てくるような『ダンジョン』はフィクションのはずだ。
「艦長たちが話している銀河標準語は、一部の単語と文法が変わっているがエルフ語だ。……エルフは差別語ではないのだな」
「ああ。エルフ族は昔からエルフ族だ。一応言っておくが、エルフも人間だからな?」
「なるほどな」
リゼが考え込む。
肩から広がる光の翼は『するする』とリゼの中に引っ込んでいっている。
「私が戦っていた時代の遠い未来だと思っていたが、違和感がある」
「遠い未来か。……知っている人間がいないのに、寂しくないのか?」
ノンデリとは思うが、聞かずにはいられなかった。
リゼは『意外なことを聞かれた』表情をした。
「私個人は勝っていたが、あのままでは人類絶滅不可避の戦況だったからな。艦長のような人間が生き延びているなら、私たちの戦いも無駄ではなかったのだろう」
「それは……」
「無論、ここが未来ではなく単に遠い場所なら、早く戻らねばならんのだが」
勇ましい言葉なのにリゼの表情は曖昧だ。
これまでの理想化された『姫騎士』の態度ではなく、厳しいノルマに追われて疲弊した人間のような雰囲気もある。
「婿捜しもまだなのに延々前線で戦わされていたのだ。既に一生分の軍役は果たした。艦長と私がいる以上人類は絶滅しないのであるし、このまま気楽な船員暮らしというのも悪くない」
光の翼が『にゅっ』と生えて、機嫌良さそうに『ぱたぱた』動いた。
以前に「この歳になって魔力制御に失敗するなんて恥」とか言ってた気がするんだが、いいのか?
「ずいぶん俺にこだわるな。他にも人間は大勢いるだろ?」
「宇宙港で見た『人間』は他種族の血を強く引く者ばかりだったからな。……艦長が考えていることは分かる。人間に近い見た目の者もいたが、魔力の質が違うのだ。おそらくドワ……他種族とエルフの混血だ」
「いや、俺は普通に生まれて普通に育っただけの、この宇宙の一般的人間だぞ!」
「私個人のこだわりだ。艦長が気にする必要はない」
そう言うリゼは、少しだけ寂しそうだった。
「まあそれはそれとして」
リゼは艦橋にある席の一つに着席する。
ガンナー(砲手)用の席だ。
俺が少し教えただけなのに、簡易AIに指示して俺の家計簿を呼び出している。
「放漫経営にもほどがあるぞ」
「しゃ、借金は返せる予定だぞ!」
「定期的な仕事はないのに艦の維持費は常に必要なのだ。不運が連続すればすぐに破綻する体制を放置はできぬ」
リゼは家計簿以外にも、この星系の地図や定期配信ニュースの過去ログを表示させていく。
相変わらずとんでもない美形だが、厳しく情報を精査する姿は歴戦の軍人、いや『姫騎士』に見えた。
「艦長。ここの星系には国家が存在しないのか?」
振り返ったリゼの表情は、驚きが半分で呆れが半分だ。
「銀河共和国も、こんな僻地にわざわざ関わらないさ。どうやっても統治コストが利益を上回る。他の星間国家がわざわざ長期遠征してきたとしたら、小規模な防衛艦隊くらいなら派遣するかもしれんがな」
僻地の扱いなんてそんなもんだ。
統治し続けて利益がある星系なら、エルザのような地方総督が派遣されている。
「よし、いいぞ。法律と慣例はどうなっている」
リゼは簡易AIに指示や質問を繰り返す。
呆れが消えて、不敵な笑みが浮かんでいる。
「おい姫さん。物騒なことは……」
「任せておけ、艦長! 艦には根拠地が必要だろう? まずは一つ目だ」
光の翼が『しゃきーん!』と伸びて、神々しく輝く。
リゼ本人は、翼の動きどころか翼が出現していることにも気付いていない。
このとき、『姫騎士』リゼが何をやらかす気なのか予測できているつもりだったのに、俺の予想は天文学的に甘すぎた。




