捕虜を気絶させるほどの『殺意』を見せた姫騎士が、極彩色の宇宙に潜む『アレ』には真っ青になってガチ怯えする。そして胃が痛い終戦交渉の末、厄介なダンジョンを押し付けられました
「怖くないですよー」
ギョーショーが体を使って『接待』している。
三頭身の体でコミカルに振る舞うと、ホロムービーに登場する『愉快な妖精』にも見える。
ただし観客は一人だけだ。
家畜の毛で作られた超高級毛布を被って縮こまっている、幼女エルフ(ハイエルフのソール)ただ一人だ。
「ポーターさん、何を他人事みたいに見てるのです! ポーターさんも手伝うのです!」
ギョーショーは振り返って俺に抗議する。
俺は観客でなく劇場オーナーで劇のスポンサーのつもりだったんだが、残念ながら表に引っ張り出されてしまった。
「怖くないぞー!」
「怖くないのです!」
毛布も中身も動かない。
だがこれでもマシになったのだ。
最初にソールをなだめようとした海兵隊員(女性)は、最初はうまくいっていたのだがソールが『魔王』について言及した時点で破綻した。
リゼに対する忠誠心が篤い帝国軍の中でも、海兵隊のそれは信仰心とか狂信というレベルだ。
リゼとの敵対を公言する相手には、演技では隠せない強さの敵愾心をいだいてしまう。
なので俺が出るしかなくなったんだが、俺には子供をあやした経験は皆無だ。
このソールという奴は実年齢はとんでもない高齢なんだろうが、もともとあったリゼへのトラウマが致命的なレベルになってしまったようで、ご覧のありさまになっている。
あれこれやって途方にくれている間にギョーショーが到着して、物で釣って必死に宥めて、ようやくこの状況だ。
「ポーターさん。薬つかいます?」
ギョーショーの目の光は非常に弱々しい。
明らかに『気が進まない』という雰囲気だ。
「共和国に無傷で返すんだから、きつい薬は使えないぞ?」
「なら使えないのです」
ギョーショーは毒々しい色のアンプルを手品のように消して、玩具っぽい道具を手にして「ガラガラ」と鳴らし始めた。
「艦長! 操縦は自動操縦で良いのか?」
リゼの声が響いてしまった。
毛布の上からでも分かるほど大きく震えたソールが、這いずるようにして豪華な部屋の隅へ向かう。
「姫さん! 声、大きい!」
俺は『リゼの耳なら聞き取れる小声』で叫ぶ。
「そやつも生物としての位階が高い。艦長が小声で言ったことは全て聞こえているぞ」
「なにっ」
「小さい」とか「触ると折れそう」とか「これが謎生物って奴か?」とか言ったのも全部聞かれていたのか。
「ど、どうして」
振り絞るような声が、毛布を通して聞こえた。
「どうして、人間が、いる。全部、殺した、のに」
ソールの言葉は途中で消えた。
いや、艦内の音すべてが消え去った。
リゼの『殺意』が艦のすべてを覆い尽くし、温度の変化がないはずなのに、体も心も魂までも凍りついた感覚があった。
「ほう?」
「姫さん。殺すのは後だ」
俺は『寒さ』で歯を鳴らしながら、なんとかそれだけ口にした。
一度声を発したことで、心身の状態が少しマシになる。
「姫さんが本心から殺したいと思うなら殺していい。共和国と揉めてもなんとかする。最悪の場合でも姫さんに最期までつきあう」
リゼも俺や銀河帝国の都合につきあっている。
だったらこっちもつきあうのが、当然のことだ。
「だがその前に情報収集だ。復讐も利益追求も、情報がないと時間と努力の無駄遣いになりかねん」
「ふふ。艦長は肝心な場面で私が必要とする言葉をくれる。それだけでも、この宇宙で目覚めて良かった」
リゼが微笑む。
艦を覆っていた『殺意』がリゼの体の中へおさまり、警備として周囲を固めていた海兵隊員が呼吸できるようになる。
なお、最も濃厚に『殺意』を向けられたソールは、白目を向いて気絶していた。
「ポーターさん。残念ながら呼吸が止まっているのです」
「処置を頼む。止めじゃなくて命を助ける奴だからな」
人間(エルフも含む)の体の扱いは、船乗りより陸戦隊の方が得意だ。
多分リゼの方がもっと得意なんだろうが、気絶していてもリゼが近づくと震えてしまうので、ソールは陸戦隊の担当になった。
「ポーターさん。共和国の艦隊が進軍を停止しました。エルザさんから通信が入ってるのです! えっと、そのエルフさんを殺さないでと言ってるのです」
エルザの通信を直接繋がないのは、エルザが慌てすぎていてまともな言葉を話していないかららしい。
「捕虜にしたハイエルフは最大限丁寧に扱っていると伝えてくれ。生きているともな」
「了解なのです!」
俺たちは『フリーキャッスル』でランス級艦隊と合流し、そのまま超光速に加速して銀河帝国第二星系を目指す。
「しかしギョーショー。どうやってあんなに早く合流できた?」
「位相跳躍で長距離跳躍したのです! ……調子が悪い機関を酷使したので、隣の銀河からの補給がないと、もう修理もできないのです」
俺とギョーショーは、自動操縦で『フリーキャッスル』の隣を飛ぶ大型輸送船を見る。
極彩色の宇宙でも、効率を極めた流線形の艦体はとても目立つ。
「ギョーショー」
リゼの顔色が悪い。
超光速移動が始まるまでは魔王という表現がびったりな雰囲気だったのに、今は『近くにいる猛獣に怯えるただの少女』にも見える。
「位相跳躍は……少なくとも今回のような位相跳躍は、せめて帝国の近くではしないでくれ。無闇に『あれ』を刺激しかねない。
リゼは『何もいない』はずの極彩色の宇宙に『何か』を見ている。
幻覚と思いたいが、ときどき超光速通信を上回る速度で『遠くに敵に気付く』リゼが間違っている可能性は、低い。
そのことは俺もギョーショーも分かっている。
俺はぞっとして、ギョーショーも『やべっ』という感情が分かる『目の高速点滅』をしながら、リゼに対して何度も頷いた。
「……艦長。意識と呼吸が戻ったソールの証言だが」
「ああ、俺も陸戦隊から報告を受けている。ハイエルフ視点では、純血の人間は全滅したらしいな」
「うむ。だが、艦長は人間なのだ。私の目にはそうとしか見えない」
リゼは真剣だ。
人間であることと、人間を守ったことに強い思いがあるのだろう。
「ハーフエルフの両親から、たまたま人間の要素が強い俺が産まれたという可能性はないか?」
「ないとは言い切れぬ。ただ、その可能性は『無視して良いほど小さい』はずだ」
「あのー、絶滅に備えて『復活』のための工夫をしておくのは、少なくとも僕が製造された銀河では普通のことですよ? 肉人間も機械人間も『ほぼ全滅』したことが何度かあるのです」
「いきなり壮大な話が出てきたな」
俺はからかうのではなく、驚いている。
そんな俺とギョーショーの会話を聞いたリゼは、気が抜けたように小さく笑った。
「うむ。今考えても憶測にしかならぬことは、後に回すことにする」
「それがいいのです! リゼさん、予定通りならしばらく仕事がないのです? 試作品の食べ物、一緒に食べません?」
ギョーショーがリゼを連れて大型輸送艦へ向かう。
俺も誘われはしたんだが、俺の腹と相性の悪い乳製品であることを知らされて諦めた。
「エルザ、今から時間、とれるか?」
「ええ。さっそく始めましょう」
戦いの第二ラウンドである、交渉が始まった。
☆
それから十日後。
ハイエルフであるソールを連れてきた艦隊だけでなく、もとからいた駐留艦隊の半数以上が、銀河共和国第四十七星系を後にした。
残ったのはわずかな共和国艦隊と、魔王の剣と、エルザだ。
「不幸な偶発的な戦闘に巻き込まれたソール様を助けた銀河帝国に対し、銀河共和国は第四十七星系に属する惑星一つを譲渡することで感謝を示す。帝国の勝利ね?」
エルザが、感情の読めない笑みを浮かべている。
俺は頭痛と腹痛に耐えてポーカーフェイスを維持しようとして失敗する。
「共和国が制御しきれない『剣』ごと、使えない惑星を渡してきただけだろ。ソールを共和国に戻すのは構わんが、帝国の軍事力でこの星系の共和国の資産を守る不平等条約だぜ、これは」
「艦長。形の上では帝国の勝利だ。勝利は威信に繋がり、威信は統治のコストを下げる。良い取り引きではないか」
上機嫌なリゼを見て、エルザのポーカーフェイスが崩れて蕩けたような顔になった。
「姫さん。それだけじゃないぞ。この星系から『剣』を動かすときは共和国の許可が必要になっている。で、この星系からの税は帝国と共和国で折半だ」
「……あっ」
リゼが『はっ』とする。
背中から『にゅんっ』と伸びた光の翼が、慌てたように『ぱたぱた』する。
「『ミミズ』から出現する謎の宝箱とその中身。帝国に流通し始めた、未知の技術系統の高度技術。中央に少しにおわせるだけで、面白いように話がまとまったわ」
エルザは会心のドヤ顔をして、対照的に俺は、疲れた顔で胃薬を飲んでいる。
「ポーターさん! 戦争中の国相手の商売は儲かるのです! すごいチャンスなのです!」
ギョーショーの目は金銭欲でギラギラしている。
こいつの倫理観は、相変わらず薄々だ。
「分かっている。しばらくは……いや理想はずっとだが、内政の時間だ。しっかり稼いで、配下を食わせて、俺たちもいい暮らしをするぞ!」
「うむ!」
「はいなのです!」
あの『剣』が原因でダンジョン攻略という難事業が始まるとも知らず、俺たちは無邪気に喜んでいた。
第四章完結です!




