狂乱したハイエルフが『人類最大の機密』を全艦隊に暴露。艦隊サイズの特大魔法陣から『超光速の雷ドラゴン』が飛んでくる
超高速通信と比べれば艦は遅い。
艦隊を組むともっと遅くなる。
「上手いな」
「うむ。敵ながら見事なものだ」
装甲が薄く武装も少ない代わりに高速な『駆逐艦』で追跡し、ランス級艦隊が迎撃しようと反転すれば『巡洋艦』で足止めして『戦艦』の合流を待つ。
言葉で表現すれば『簡単』でも、実現は非常に難しいことを実行しているのが共和国艦隊だ。
俺が帝国艦隊の最精鋭を指揮しても、共和国艦隊の真似は不可能だろう。
「それじゃ行くか。姫さん、ウォーミングアップを始めてくれ」
「うむ!」
リゼは牛乳をゆっくり飲んでから、手の指先から足の指まで(俺の目からは足指は見えないが多分してる)確認しながら動かしていく。
背中からは光の翼が少しずつ伸びていき、リラックス状態から戦闘状態へ少しずつ移行していく。
「思えば、ダンジョン時代は常時走り続けていたようなものだ。艦内では体を休め、宇宙や敵前でのみ力を振るう生活のなんと楽なことか」
『フリーキャッスル』がいるのも戦場なんだが、リゼにとってはこの程度では戦場とはいえないのかもしれない。
穂先を並べたランス級艦隊が、まだ遠距離にいる敵『戦艦』から発射された亜光速質量弾をなんとか撃ち落としているという、かなり不利な戦況なんだがな。
『フリーキャッスル』がランス級艦隊を追い抜く。
ランス級によって敵『駆逐艦』は大きな被害を受けているので迎撃してくる『駆逐艦』は少なく、豊富な推進剤を惜しみなく使う『フリーキャッスル』を捉えられない。
敵『巡洋艦』はランス級と同程度の数がいて、被害も最大で中破程度だ。
敵『巡洋艦』が体当たりを覚悟して『フリーキャッスル』に接近戦を挑めば、『フリーキャッスル』は速度を落とさざるを得なかった。
装甲は新装甲に全部張り替えたが、お互い高速の一割は出している状態でぶつかれば衝撃で死ぬからな。
だが一隻もそんなことはしなかった。
海賊でなく真っ当な軍人だから仕方がない(艦は国の財産だし軍人も育てるのに金と時間がかかったある意味財産だ)とはいえ、共和国にとっての判断ミスであり、俺たち帝国にとって最高の幸運だった。
「『戦艦』の火力があれば『フリーキャッスル』を撃破できるという判断も間違いじゃない」
画面に表示された、十分な装甲と十分な兵器と十分な推進機で構成された、人によっては『平凡すぎる』と感じるだろう『戦艦』を見る。
天才的な射手の存在は感じられず、超高出力のレーザーが届いても『フリーキャッスル』に届いても新装甲の状態悪化はゆっくりしたものだ。
だが、『フリーキャッスル』に搭載可能な兵器では『戦艦』を撃ち抜けない。
時間をかければ負けるのは『フリーキャッスル』だ。
「よし」
リゼが大きく息を吐く。
光の翼が『しゃきん!』と気合いが入ったポーズをとる。
「行ってくる」
「おう。俺は、姫さんが帰ってくるまで適当に戦ってる」
劇的な見送りなど必要ない。
姫騎士リゼにとって、『戦艦』一隻程度、少し手応えが『あるかもしれない』程度の敵だ。
「今『着地』した。演習のときに動き回っていたランス級の方が面倒だったぞ」
熱くなったヒートソードが『戦艦』の装甲を『くり抜く』。
ヒートソードの光り方が製品マニュアルと少し違うので、多分リゼが魔力か何かを使っているのだろう。
「『戦艦』は対艦、対要塞、対宇宙港の兵器であって対姫さん用の兵器じゃないからな。罠には気をつけろよ」
「もちろんだ」
リゼが『戦艦』の内部に侵入する。
リゼが持つ通信機が、対人用としては非常識に強力なレーザーを観測するが、リゼが展開した『盾』を貫けない。
『盾』なしでも肌で耐えそうなのも、リゼの怖いところだ。
「私の心配も良いが艦長も気を抜くな。ミサイルや実体弾で艦を『揺らされ』た上でトラクタービームで捕獲という手もあるのだからな」
「そりゃ大丈夫だ。ランス級の連中が『駆逐艦』以下の艦を痛めつけたからな」
『フリーキャッスル』の甲板では、数十のレーザー砲塔が高速で向きを変えながらレーザーを照射し続けている。
『巡洋艦』の『シールド』や装甲を破壊するには時間がかかる程度の攻撃力しかないが、高速で移動し『フリーキャッスル』を包囲しようとする軽装甲『駆逐艦』相手なら一撃必殺だ。
レーザー砲塔複数で集中攻撃すれば、だがな。
リゼは「そこに攻撃するぞ」とわざわざ宣言してから人型の機動兵器の動力部分を『適度に』壊す。
敵の命も大事だとか倫理的に正しい行動をするため『ではなく』、死体にしなくても勝てるので身代金や捕虜交換用に、殺さずに戦闘力を奪っているのだ。
『戦艦』の中枢近くに『アンテナ』を刺したリゼが、急に足を止める。
「これはまずいかもしれん。ダンジョンに入る前、エルフの砦を落としたときに軍資金や有用な装備を先に持ち出されていたときの感覚と同じだ
「自爆装置は感じるか?」
「それはない。『戦艦』を鹵獲されないようしている、のかもしれん」
死角から飛んできたはずの小型質量弾を、リゼは目も向けずに指でつまんで止める。
『アンテナ』を介して俺が表示させた艦橋内の映像では、半分がエルフ族で半分がそれ以外の艦橋クルーたちが、ファンタジーすぎる光景に衝撃を受けて呆然としていた。
「例のハイエルフがいる艦隊も接近中だ。『戦艦』の鹵獲にこだわって追いつかれるのは嫌だな」
どの作戦を採用するかは俺の仕事で俺の責任だが、どの作戦が有効か考えるのは専門家の方が向いている。
「艦長。ここで退けば要塞は手放すことになるぞ? 第二星系の工場まで退かねば大規模な補給と修理は不可能だ」
「もともと『剣』と引き換えにするつもりだった場所だ。自爆装置でも仕掛けて時間稼ぎに使うさ」
「うむ。ならば即時撤退を提案する」
「姫さんが『フリーキャッスル』に戻り次第即時撤退だ。艦長ども! 援護を頼むぞ!」
俺がランス級艦隊に命令をしている間に、リゼは『戦艦』から悠々脱出している。
体重は一般的な人間女性程度なのに、速度がとんでもないので『着地』の際に『フリーキャッスル』が揺れた。
「艦長! ランス級の被害は?」
リゼの声が響く。
「装甲のみだ。ミサイルと質量弾の残弾は四割。装甲は半減だ」
詳細な内容はグラフにしてリゼの近くの画面に映す。
「同じ規模の敵艦隊と戦えば、『駆逐艦』を落としきれずに『巡洋艦』に包囲されるか」
「今度は『戦艦』も姫さんを警戒して、距離をとったまま戦おうとするだろうしな。『フリーキャッスル』と姫さんだけが無事でも、他が全滅すれば銀河帝国は終わりだ」
一箇所だけ守れても他で全敗したら意味がない。
俺は深刻な戦況であることを伝えたのに、リゼは何故か幸せそうな表情になる。
「真正面からの殴り合いが成立している戦争など、初めてだ!」
背中の翼が上機嫌に『ぱたぱた』していた。
☆
「陛下ぁ! この状態でも嫌がらせならできますぜぇ」
艦長連中はやる気十分だ。
対『戦艦』戦で出番がなかった陸戦隊の連中も、悪辣な作戦を複数提案してきている。
「どう思う?」
簡易AIによる評価と俺の評価もつけてリゼのARメガネへ送る。
「仕掛けるとしても第二星系でだ。要塞も落ちていない状況で、命を使う必要はない」
作戦参加者の戦死が前提になっている作戦を、リゼはそう評価した。
「残念ですぜぇ」
「はい。リゼさまがそうおっしゃるなら」
俺が却下してもしぶとく反論しそうな連中が、全員素直に従っている。
銀河帝国皇帝に求められる資質として『姫騎士リゼより下に扱われても気にしない』という資質があると思う。
「ところで姫さん。さっきから何をしてるんだ?」
手を開いてどこかに向けたり、たまに好き勝手に動こうとするネックレスをいじったりと、普段はやらないことをしている。
これがリゼ以外なら『ファンタジー能力を得たと思い込んだ子供または馬鹿』の行動と解釈するんだが、リゼは外見も能力も実績も良い意味でファンタジーなので一般的な解釈はあてはまらない。
新しい能力に目覚めでもしたのかもしれん。
「例の『剣』の遠隔操作を試みていた。最初は少しだけ反応があったのだが、今はさっぱりだ」
リゼはもう一度だけ手を開閉して、困惑したように小首をかしげた。
「ポーターさん! 今時間いいです? エルザさんが通信したがってるのです!」
「ギョーショー? 分かった。繋いでくれ」
俺はギョーショーをあまり信用していないが信頼はしている。
性格は雑でお調子者だが、商売人としてはお人好しにすぎるからな。
「ポーター! あなた、和平するつもりならあれは何!? 巨大生物を次々に召喚するなんて!」
「エルザか。もしや……」
リゼが『やべっ』という表情になる。
うっかり、もう一度手を開閉させてしまった直後、エルザが画面の外を見ながら悲鳴をあげた。
「また大きな『ミミズ』がっ」
「す、すまぬ。手応えが軽かったから、何も起きなかったものと思い込んでいた」
「い、いえ、戦争中ですし……」
なんとも表現しづらい雰囲気だ。
俺が口を挟んでもエルザは反発するだけだろうし、どうしたもんかな。
「僕も『剣』が欲しいのです! 共和国が売ってくれるなら、これだけ払えるのです!」
通信画面に割り込んできたギョーショーが会話に参加する。
同時に送信された具体的な買取条件を見たらしいエルザは、最初は冗談を疑い、本当だと分かると目を見開いてギョーショーを凝視した。
「あなたは何者です」
「よくぞ聞いてくれました! 僕はお隣の……」
「艦長! ギョーショー! 星系外縁に共和国の艦隊だ! 我らが一度撃破した艦隊の残りも同行している!」
リゼの警告がギョーショーの言葉を止める。
「あっ。本当なのです! 原始的なステルスを使ってるのです!」
ギョーショーが目を光らせて驚いている。
エルザが「嘘でしょ最新技術を辺境に持ち込んだの!?」と驚愕している。
「要塞を放棄する」
俺は決断する。
艦の乗組員が休息するための施設や、エネルギーの補給のための機能は修理したが、リゼが突入したときの破孔は応急処置しか済んでいない。
要塞に籠もって戦うのは自殺行為だ。
元賊たちは逃げるのにも慣れている。
リゼまで驚くほどの短時間で、要塞から運び出せるもの全てがランス級の中に詰め込める。
最後に作業員と乗組員が乗り込んでランス級が出港した時点で、星系外縁の共和国艦隊はまだ艦隊の隊列が乱れたままだった。
「艦長。今後の展開はどうなる」
「俺たちは時間稼ぎだ。共和国の敵国は、早ければ今回の騒動の情報が届き次第、遅くとも共和国艦隊が銀河帝国の奥深くまで攻め込んでから共和国を攻撃するはずだ。俺たちは、共和国艦隊が撤退を始めてから追撃するか、追撃しない代わりに『剣』を要求する、予定だ」
俺の言葉を聞かされたエルザが、心底嫌そうな表情になる。
こっちの方針が分かってもエルザに打てる手はない。
銀河帝国を攻撃している共和国艦隊は、ハイエルフの意思で動いているからだ。
「魔王」
二度目の声が聞こえた。
怯え、震え、しかし殺意だけは激烈だ。
「私は魔王と名乗ったことは一度もないのだがな」
「にげっ、逃げるのかっ、魔王! あんなに、あんなにっ、殺しておいて!」
俺はARメガネを操作して色を濃くする。
幼女エルフの髪が眩しすぎて目が痛かったからだ。
「お前のせいでどれだけエルフが死んだと思っている! 数を維持するために忌まわしい異種族の血をっ、混血をっ、全部お前のせいだっ!」
幼女エルフは頭に血が上りきっている。
「……聞いた人間を全員殺すしかないようなセリフを聞かされたな」
俺は胃に激しい痛みを感じながら、なんとかそれだけ口にする。
そしてギョーショーに目配せする。
「ニュースで放送するです?」
「共和国の威信が消し飛んで人類保護機構が一人勝ちしたら俺たちまで困る。各艦長も部下の口止めを徹底してくれ」
どの艦長も『聞きたくなかった』という顔をしている。
俺だってそうだよ。
「エルザ。そこのハイエルフさんをどうにかして黙らせてくれ。俺たちは第二星系まで後退する。いやほんとに頼むぜ?」
「なんてこと……」
エルザは頭を抱えている。
気持ちは分かるぜ。
エルフ族の長老か上位種族が論外レベルの差別発言をした、ってだけじゃない。
『現在の人間はハーフエルフ』という事実が広まれば、星間国家が崩壊する規模の大混乱が発生しかねない。
せっかく、リゼが口外しなかったのに台無しになってしまう。
「艦長。急いでくれ」
リゼが緊張している。
光翼が大きく展開し、『盾』まで出現している。
「どうした。今から加速すれば交戦開始前に超光速移動可能な場所に到達するぞ」
「遠距離攻撃魔法だ」
「ポーターさん! 微弱ですが現実改変の反応があるです!」
「陛下ぁ!」
ギョーショーと艦長から最も緊急の警告が届く。
座標の指定もあった。
その座標の映像を超光速回線を使って呼び出すと、『戦艦』の数倍のサイズを持つ円形の魔法陣が、艦隊全体を覆い尽くす数出現していた。
「射程延長と威力強化の重ねがけか。ふむ。もとの攻撃魔法は最大でも音速のはずだが、これだけ強化すれば……超光速?」
その瞬間、星系全体が『真っ白』になる規模の『光』が出現した。
ARメガネの色を最大まで『濃く』すると、稲光でできた『ドラゴン』が『戦艦』から抜け出し俺たちを『見た』。
「全艦全速! 逃げろ!」
『フリーキャッスル』を最後尾にして、ランス級艦隊が逃走を開始する。
『ドラゴン』の目は幼女エルフの目にそっくりで、凄まじい憎悪で輝いていた。




