「最初の交渉で全面戦争にならなかった国って何個目です?」ヤバすぎる別銀河の外交と、重すぎるお詫びの品
「ポーターさん! リゼさんがおかしいのです! おびえてるのです!」
「姫さんは超光速が苦手なんだ。それに、万一怯えてても俺やお前より冷静だ」
目的の『操縦室』は遠く、俺たちより近い位置にいる宇宙船も何隻かいる。
推進剤の節約のため『ゆっくり』動いている、まだ『操縦室』に気付いていない連中だが、いつまでもそうとは限らない。
「艦長、『操縦室』が動き出したぞ!」
「逃げ出しただぁ!?」
超光速機関を積み込むには小さすぎるはずなのに『操縦室』が加速を始めて、すぐに光速を突破した。
「おいギョーショー! あれ、自爆するつもりじゃないだろうな!」
「さっきから僕の個人信号送ってるのに反応がないのです! 分かりません!」
ギョーショーが泣いているかのように目の光を『うるうる』させている。
俺も恐怖で泣きそうだよ。
「『フリーキャッスル』の荷物を放棄する!」
「拾われちゃうですよ!? 拾われたら所有権が移るのです!?」
「どんなイカレタ星系の法律だよそれは! ランス級の連中に拾ってもらう。身軽になった『フリーキャッスル』で追いつくぞ!」
「僕がそっちに乗り移ります!」
「なら早くしろ!」
ギョーショーを抱きかかえたリゼが、ギョーショーの大型輸送艦を飛び出し『フリーキャッスル』へ向かってくる。
俺には極彩色の空間に見える『何か』を強く恐れ、警戒しながら、それでも危なげなく『フリーキャッスル』へ『着地』する。
「速度を亜光速まで落としてからコンテナを外す。揺れるぞ」
ふたりが艦内に入ったのを確認した直後に減速。およびコンテナ放棄。
『重心』の位置が変わった『フリーキャッスル』の向きが変わるが、メイン以外の推進機を動かしもとの向きへ戻す。
「戻ったのです!」
「艦長、この方向に進み続けるのはまずい」
リゼは焦っている。
リゼにしか見えていない何かが、こっちに干渉してきそうってことか?
「あ、繋がったです」
ギョーショーの目が『ぴかー』と間抜けに光る。
「んなっ」
慣性を無視してベクトルを反転させた『操縦室』が『フリーキャッスル』へ直進してくる。
こうなると何をしても回避も防御も不可能だ。
俺は、リゼとギョーショーがいる区画を切り離して、衝突に巻き込むことだけは避けようとした。
「艦長! 問題ない。あれに敵意はない」
切り離し操作完了寸前で、リゼの声に制止される。
俺の口から「ひぃ」という情けない悲鳴があがったのと『操縦室』が異様な減速をして『フリーキャッスル』に速度と方向を合わせたのは、ほぼ同時だった。
「……寿命が縮まったぜ」
減速し、超高速移動を終了させる。
極彩色の空間が、極一部を除いて黒々とした宇宙へ変わる。
『操縦室』は何事もなかったかのように、少し前までコンテナがあった場所へ近づき、そこに軽く触れてから完全に停止した。
「開けますねー!」
ギョーショーが『操縦室』に『ぺたぺた』とさわる。
さわると『操縦室』に淡い光で紋様が浮かび、さわるたびに文様が複雑さを増していく。
「解錠作業か」
そう言うリゼは見守る態勢だ。
ただ、ヒートソードの柄に手をかけている。
リゼの首のネックレスは、リゼの武器になれないのが無念そうで、力なく漂っている。
「あっ。間違えたのです!」
文様の一部が毒々しい色に変わる。
ギョーショーは本気で焦りながら、真剣な表情で『ぺたぺた』と操作していく。
「艦長。我々はおそらくここへ誘き出された。ここなら星系は吹き飛ばないかもしれないが、ギョーショーの艦もわたしたちも無事ではすまぬだろう」
「なら、最悪ではないな。星系ごと巻き込まれないなら、な」
「開いたのです!」
音もなく『操縦室』が開く。
俺も何度も見たことのある『ドア』が開き、見慣れない『人』が見えた。
「げえっ、先輩!?」
ギョーショーは、残像が見えそうな速度でリゼの後ろへ回り込んでリゼを盾にしようとする。
ヒートソードの柄に手をかけたままだったリゼが、目つきは鋭いままで、柄から手を離して誰何する。
「何者だ。私は『ジャバウォック銀河帝国』で騎士をしているリゼだ」
光の翼は出現していない。
金の瞳孔が迫力ある光を帯びて、本当に迫力があり、頼もしく感じた。
「私は契約国連合、特命全権大使のセンパイと申します」
……今、自動翻訳機が誤動作しなかったか?
開いた『ドア』の奥から近付いてきたのは、ギョーショーを三頭身から八頭身に変更したらこうなる、という容姿の人間だった。
もちろん普通の生き物ではない。
酸素も大気もなく、生身で宇宙線を浴びて平然とできるのは、機械かリゼのどちらかだ。
「我らの同胞であるギョーショーを保護して頂けたこと、契約国連合は貴方と貴方が属する国家に対し、強い感謝を表明いたします」
卑屈にならず、傲慢にもならない、まさに『適度』な角度で頭を下げてくる。
リゼとの付き合いがなければ美貌に圧倒されていただろうし、ギョーショーとの付き合いがなければ艦外で平然と『生きている』姿に混乱しただろう。
「全権大使とやらは使い魔をよこすものなのか? 貴様、姿はそこにあるが本人は別の場所にいるだろう」
リゼの言葉は詰問というほどきつくはないが、友好的な雰囲気は皆無だ。
「はい」
センパイと名乗った人間(おそらく機械人間)は静かに頷く。
「そのことについてはお詫びいたします。ギョーショーから『致命的な技術』が流出していた場合、それ以上の情報を与えないよう『対処』する必要がありました」
その『対処』が何を意味するか知りたくはないが予測はできる。
ギョーショーが言っていた「最悪、星系全体が吹き飛ぶ」ということだ。
「勝手な言い草だ」
リゼが不快感を口にする。
回線越しに見ている俺でも『ひやり』とした殺気を感じ、リゼにほとんど密着していたギョーショーが『びくり』と震えた。
「えっ、ちょっ、センパイここにいないのです? ひょっとしてここにいるセンパイ、お手紙のかわりの人工無脳なのです!?」
人工無脳という単語が何を差しているのか俺は知らない。
文脈から考えて、相手の反応を予測して『返事』を用意して組み込んだ、簡易AIだろうか。
「それについてもお詫びいたします。船乗りの安全を重視する文明人に対し、大変な失礼をしてしまいました」
傲慢な返事だ。
だが、ギョーショーの言葉が全て正しいなら『銀河ひとつ』を支配する勢力の外交官としては、これでも『甘い』かもしれない。
「艦長」
リゼが、俺にだけ届く形で通信してくる。
「この者は『本物』だ。どう扱うかは艦長が決めろ。私は艦長に全力で従う」
「分かった。……ありがとう」
リゼの覚悟を受け取り、俺も交渉に参加する。
「俺が『ジャバウォック銀河帝国』の元首、ポーター・ジャバウォックだ。ようこそこちらの銀河へ。できれば平和的にいきたいんだがな?」
「よろしくお願いします、ジャバウォック陛下。契約国連合は常に平和を願って外交を行ってきました。望みがかなったことは、多くはありませんが」
「そりゃ災難だな。『対処』されかけた俺としては、言いたいこともあるがな」
センパイと名乗った人間が、ほんの少しだけ口元を柔らかくした。
「この言葉が再生されているということは、貴方はとても理性的で我慢強い方なのでしょう。この奇跡的な出会いに感謝を」
「おいギョーショー。この人、なんか祈り始めたんだが」
「センパイは信仰に熱心なのです! 普段は温厚ですけど信仰をからかうと精神的にボコボコにされるのです!」
信仰に熱心な奴を信仰でからかったのかよ。
それは『殺し合い開始の合図』だろ。
ギョーショーの奴、よくまだ生きてるな。
「この言葉まで再生されるということは、よほどギョーショーが気を許しているのですね。……ジャバウォック陛下。改めて謝罪の言葉と、ご迷惑をおかけしたことに対する賠償に加えて、予め賠償をさせていただきます」
なにか、話がおかしな方向へ向かっているような……。
「あの、センパイ?」
「ご覧の通り、ギョーショーも私も同系統の設計です。原型となった方が極めつけの悪運の持ち主でして、ギョーショーもあの方ほどではありませんが乱を引き寄せます」
「ずいぶんファンタジーなことを言う。あなたも機械人間だろう?」
「機械人間についてもギョーショーが説明したのですか」
満足そうに頷き、センパイ(八頭身ギョーショー)が話を続ける。
「シミュレーションではなく、多数の観測結果からの判断です。本来なら我々がギョーショーを回収に向かうべきなのでしょうが、その場合は契約国連合がそちらの銀河に直接関与することになります。可能な限り『配慮』したとしても、おそらくジャバウォック陛下にとり不愉快な展開になるでしょう」
俺がちらりと見ると、リゼもギョーショーも苦々しい表情で頷いた。
「具体的な賠償についてお話します。『致命的な技術』を除く、全ての情報および技術へのアクセスを許可します。無料ではありませんけどね」
「うひょー! これまで売れなかったものまで売れるようになってるです! すごいですよポーターさん! どんどん買ってくださいなのです!」
ギョーショーがはしゃぎだす。
リゼは静かに警戒している。
「どうにも、こちらに有利すぎる話に聞こえるな。裏を疑ってしまいそうだ」
「契約国連合は、ひとつの銀河も完全には統治できない勢力です。少々の援助で、友好的な勢力が育つのは、本当に喜ばしいことです」
「星系ふたつの勢力としてはデカすぎる話だ」
うまい話のようにも聞こえるし、悪辣な罠のようにも聞こえる。
いずれにせよ俺の選択肢は少ない。
握手するか、はね除けるかだ。
「よろしく」
宇宙服を来て、『フリーキャッスル』の甲板に出て、俺は手を差し出した。
「はい!」
俺の手を握り返す手には、適度な力加減と、隠しきれない興奮があった。
「歴史的場面なのです! 最初の交渉で全面戦争にならなかった国って何個目です?」
「ギョーショー。直接会ったときに話があります」
センパイは『こほん』と咳払いをする。
そして、てのひらから手品のように、一枚のデータチップを取り出した。
「今回の合意は現時点を以て発効します。ギョーショー、これは中央評議会からの命令です。可能な限りすみやかに、この情報を契約国連合へ送りなさい。……いいですね?」
「はい!」
ギョーショーは『ぶるり』と体を震わせてから、直立不動になって返事をしていた。
☆
センパイ、と自動翻訳された契約国連合大使は去った。
『親書』である人工無脳が機能を停止したと言い換えも可能だ。
「わーい! センパイからの差し入れなのです!」
目を閉じたまま動かない元『センパイ』の体をギョーショーが回収する。
なんとなく、リゼの首にあるネックレス『が』狙っているような気がするが、今の俺はそれどころではない。
「銀河規模の超大国の技術を利用できるなら、星間国家程度簡単に制圧できそうだな!」
好き好んで戦乱を引き起こして血を流す趣味はない。
だが、それが可能な戦力があるなら、政治も外交も難易度は激烈に低下するはずだ。
「艦長。あまり調子にのるでない。契約国連合に悪意がないのだとしても、国力の差は凄まじいのだぞ」
「分かってるさ。装甲技術ひとつでも安くはなかったしな」
俺は早速ギョーショーから買った技術に目を通す。
超光速戦闘でも通用する装甲の製造法だ。
これが実用化できれば、人類保護機構も銀河共和国も敵ではなくなる、はずだった。
「……なあ、ギョーショー。これ、数字が間違っていないか?」
生産に必要な資源の量が、この銀河で一般的な装甲より二桁多いんだが。
それに、加工に必要なエネルギーの量もとんでもない。
「圧縮技術を使うと資源がいっぱい必要なのです! こっちの銀河の装甲は全然圧縮してないから、ギョーショーちゃんのお船の装甲を張り替えたところ、被弾が怖かったのです……」
『フリーキャッスル』を無敵の不沈輸送艦にするとか、リゼの剣や鎧を超パワーアップさせるとか、案は色々思い付く。
ただ、その実現にどれだけ資源とエネルギーが必要か考えると、頭と胃が痛くなる。
「資源惑星を掘り尽くす勢いで採掘するか、原型をとどめた艦を戦場跡で何十隻も回収してようやく小型艦一隻分の装甲ってところか」
資源惑星の無駄遣いなどすれば反乱が起きかねないし、戦場跡では勝者が残骸を回収する。
普通にやれば、俺にも銀河帝国にも不可能だ。
「戦争、魔王、剣、か」
俺はふと、リゼが放置した魔王の剣を思い出すのだった。




