エルフ族の神話に残る恐怖の『魔王』……それ、絶対うちの姫騎士のことだ!
「ポーターさん! お金かしてください!」
「何頭も買おうとするんじゃない!」
熱狂するオークション会場のVIP席で、ギョーショーと俺がみっともなく騒いでいた。
「おおっと、大手自警団団長の入札だぁっ! 紋章に『牛』があるから気合いが入っているのでしょうか!?」
俺たちが借り切った会場は、いつもは上品な式典や会議が行われている。
だが俺たちは『ジャバウォック銀河帝国』だ。
帝国軍だけでなく、商品の売り手(俺は皇帝ではあるが、この星系には『運んできただけ』だ)も荒っぽい。
商品の売り手の代理人である俺が結構努力したつもりなんだが、雰囲気はすっかりブラックマーケットだ。
「こうなったら僕のお船を質に入れてでもっ」
「やめんか」
俺はギョーショーの頬を指でつつく。
『ふにゅっ』とした、何度でもつつきたくなる感触だったが理性で我慢して、俺の指を引っ込める。
動揺で、指が小さく震えていた。
「ポーターさん、どうしました?」
急に冷静になったギョーショーが、俺の動揺に気付いて『にまぁ』と邪悪な笑いを浮かべる。
「お金をかしてくれたらつついていいですよ!」
「くっ……」
無意識にARメガネを操作する。
そして、俺個人の口座の残高を見て一瞬で落ち着いた。
「そもそも貸す金がない」
「そんなー!」
「落札! 落札です!」
オークションの司会が騒いでいる。
鍛え抜かれた体の巨漢が、雄々しく拳を突き上げて勝利を宣言する。
オークションは会場費用や警備費を差し引いても儲かり、次はいつ開催されるのだと『フリーキャッスル』のコンピュータが機能停止しかけるほど大量の問い合わせがあった。
☆
「ところでリゼさんは?」
「エルザに一日連れ回されているらしい。姫さんは、見栄えも凄まじいが迫力はもっと凄まじいからな。姫さんが隣にいくだけで交渉とかがうまくいく……らしいぜ」
俺はよく分からないから受け売りだ。
皇帝がこんな状態でどうするんだって思いもあるが、こんな状態をどうにかするためにエルザをスカウトしたいんだ。
だから、エルザに『姫騎士と離れたくない』と思わせるために、リゼに同行してもらっているわけだ。
「リゼさんって、あっちの銀河の謎生物と違って大人しいですからね」
「……大人しい?」
札付きの元海賊を従順にさせたり、レーザーを浴びながら平然と敵基地を制圧するリゼが、大人しい?
「はい! 契約国連合の中央では、あの一族は『秘密にしておきたかった秘密兵器』あつかいなのです!」
「あーっと、兵器だったのか」
センシチブな話題だったのか。
話題選びに失敗したかもな。
「肉人間なのに現行最新の兵器より強力って意味では兵器です! 発展途上な個体でもパイロットライセンスに合格して、個人所有の船であちこちの紛争に首を突っ込む、敵対勢力にとっての生きてる災害なのです!」
「どんな暴君だよ」
「あんなのでも地表の人たちには救世主あつかいされてるのです。……こっちと違って、治安、悪いんです」
「そ、そうか」
銀河共和国の中心領域からは蛮族の住処あつかいされるこのあたりと比べて、治安が悪い?
それはもう文明崩壊してるんじゃなかろうか。
「場所が異なれば文化も異なるものだ。住んでいる者まで異なるなら別世界と考えた方がよかろう」
リゼからの通信が届いた。
リゼのことを凝視しているエルザまで画面に映っている。
「そうだな」
ギョーショーが生まれて(製造されて?)育った場所なんだから、俺の常識では測れない場所なのだろう。
「艦長。今から合流可能だ。出港するか?」
エルザが『この世の終わり』みたいな顔になる。
「例の件はどうだ」
「難しいな。いや、即座に拒否されない時点で、正直どうかと思うが」
エルザの見た目の年齢は二十代だ。
エルフ族なのでそれよりは長生きだが、星間国家で一星系を任される地方総督という超エリート職にある。
かろうじて二星系を支配しているだけの銀河帝国へのスカウトなど、鼻で笑って拒否しても当然な立場なのだ。
「あの! リゼさま! もうすこしこの星系に留まっていただくわけにはいきませんか! 私、まだ別れたくないです」
エルザが必死の表情でリゼに呼びかけている。
「その気持ちは不快ではないが、私たちも忙しい。銀河帝国に対する責任があるのでな」
「姫さんだけこの星系に残して、他のメンバーでもう一度商品を持ってくるってことにしてもいいが、姫さんをいつまでもここに置いておくのは無理だぞ。うちの陸戦隊の主戦力だ」
「うむ。外交の重要性も分かっているつもりだが、外交は戦力があって初めて成立するものだ」
「くっ……。この情勢でなければ辞表を叩きつけて辞めてやるのにっ!」
何を言ってんだこの超エリート様は。
『エルザのリップサービスか』と目でリゼに問うと、『本気だ』と目だけで返事があった。
「帝国艦隊の乗組員がまだ休暇中だから、姫さんも俺たちもまだこの宇宙港へいる予定だ」
「よかった!」
エルザが安堵し喜ぶ。
俺は、どうにかしてエルザをスカウトできないか考える。
「この情勢でなければ、と言っていたな。何が起こっているかできれば知りたいんだが」
俺が言っても、エルザは感情を読ませない穏やかな表情で躱す。
「エルザ」
リゼが言った瞬間、エルザの態度が激変する。
「エルフ族の血が濃い人間と、エルフ族の血が薄い人間の間で、本格的な分断と抗争が始まる気配があります。人類保護機構の介入は確認されていますが合法の範囲ですので、私が打てる手は限られています」
「エルザさん、リゼさんの部下みたいなのです!」
「んんっ」
エルザの『典型的エルフ顔』が『とろけた』表情になる。
この画像が外に流出するだけで失脚級のスキャンダルじゃないか?
「艦長。人類保護機構と停戦条約を結べると思うか?」
「最低でも、遊撃艦隊ひとつを潰した落とし前は求められるだろうな」
俺たち銀河帝国の弱みを見せるような会話だ。
それに気づかないリゼとは思わない。
何か考えがあるはずだ。
「ならば『敵ではない』勢力を増やす努力をすべきだろう。人類保護機構と同様に、合法の範囲でな」
「リゼさまぁっ」
エルザは感極まり、至福の表情のまま気絶した。
☆
エルザ総督暗殺未遂の容疑が晴れたのは、エルザが目覚めた数時間後だった。
平身低頭で謝るエルザに、目覚めるまで銀河共和国の陸戦隊に包囲されていた俺たち(リゼはエルザを医者に渡してから平然と逃げ切り『フリーキャッスル』へ帰還した)は疲れた息を吐く。
ギョーショーは特に酸素は必要ないはずなんだが、排気と感情表現のための『息』をし続けている。
「まことに申しわけありませんっ!」
「あんた個人に貸し一ってことで頼む。……お互い時間がないはずだ。この星系で何が起きてるか聞いていいか?」
「友好国に公開可能な範囲でもかなりの量になるわ」
「ギョーショーちゃんはネットで公開済みの情報は全部集めました!」
「あなたが何者かも詳しく聞きたいところだけど、今はリゼさまの命令を優先するわね。『古典派』と『魔王派』で分類してみると分かりやすいと思うわよ」
「あっ、ほんとです! エルフ族の権利を主張する集団が『古典派』、エルフ族優先の慣行をなくそうと主張しているのが『魔王派』です!」
ネットからの情報収集も情報分析も、速度に関してはギョーショーは別格だ。
ただ、情報分析のセンスはあまりないのかもしれない。
「魔王、ねえ。何かの隠語か?」
「エルフ族の民話というより、神話ね。ひとつの惑星に住んでいた頃、ダンジョンに君臨する魔王に追い詰められたというお話。倒した勇者や封印した聖女の話はいくつもあって一部は矛盾しているけど、魔王に関してだけは内容が共通しているの。だから、魔王の実在を信じる者は多いわ。エルフ族に対する敵対や抵抗のシンボルでもあるわね」
「ダンジョンに君臨する魔王、ねえ?」
「私が知っているダンジョンには魔王などいなかったぞ。エルフが鉱山扱いしているダンジョンに潜入して破壊工作はしたが」
「……あの、ポーターさん、ひょっとして」
「そこは気づかないふりをしようぜ、ギョーショー」
リゼが、エルフ族にとっての、過去に実在した魔王かもしれない。
しかも魔王は、エルフ族が権力の中心にいる銀河共和国における反乱の象徴。
「私が倒したモンスターの中に魔王がいたのだろうか」
リゼだけが、気づかないまま悩んでいた。




