九、アラン様の香り
無事にウサギの子が、仲間達と帰って行ってホッとしていた。
英雄騎士 アラン様にまた会えたし、良かった。
「……こっちへ」
突然、アラン様が険しい顔をして僕の肩を掴んで物陰へ身を隠した。ちょうど木箱が2つ重ねてあり、人が隠れる高さだ。しゃがんで背中で隠すように、僕を後ろに押し込んだ。
「どうしましたか……ん!」
大きな手で口を塞がれた。静かにしてないといけないみたいだ。
そっとアラン様が警戒している方向をそっと見てみると、先程噴水広場で大声を出して騒いでいた男達だった。間違いない。
その男達に、身なりの良い男性が近づいて話しかけた。
「……ご苦労。……まあ、思ったより……。……、……」
遠くてあまり聞こえなかった。
身なりの良い男性は、騒いでいた男達にお金を渡していた。
なんだろう……。何か……。なぜお金を渡しているの?
「う、」
アラン様が体ごと振り返って、僕を後ろから抱きしめてきた。
え!? どうして……? 口を塞がれているので話せない。
「獣人のガキが逃げたのは失敗したな。偶然故障した噴水には参ったぜ」
コツコツ……と、こちらに向かって近づいて来る靴音が聞こえた。
獣人の、ガキ? 逃がした?
キュッと、庇うように僕を包む。
「捕まえて売ろうとしたのに、惜しいことをしたぜ」
「まったくだぜ。騎士団が来たり、焦ったな」
コツコツと靴音がすぐ近くで聞こえる。
「まあ、金は貰えたから依頼を受けて良かったぜ」
「本当だぜ。酒を飲みに行こうぜ」
はははは!
男達は上機嫌で通り過ぎて行った。
依頼を受けて? まさか……。
「まだだ。もう少し奴らが行ってからだ」
僕が身動きしたら、動けないようにさらにキツく抱きしめられた。
密着しているので、アラン様の香りがする。薫り高いムスクの様な香りがふんわりと僕の鼻をかすめた。
今、騒いでいた男達が近くに歩いていて危険な場面だと思ってるけど。
アラン様の息づかいまで聞こえてきて、ドキドキしている。ダメだ。もっと危機感を抱かないと!
「……行ったようだな」
ふっ……と、抱きしめていた体温が離れて寂しい気持ちになった。口を塞いでいた手も離れて話せるようになった。
「い、今のは……」
冷静を装ってアラン様に話しかけた。アラン様は男達が去った方を見ながら険しい顔をした。
その横顔は凛々しくカッコ良かった。僕は見惚れていた。
「あの騒ぎは作為的なものらしい。やつらは雇われたらしいな」
「なんのために……、でしょうか?」
意図がわからない。
「騒いでいたやつらは、獣人の子供を売って金にするつもりだったらしいが、依頼した男は別の思惑がありそうだな」
嫌な感じ……。依頼主は別の思惑があって、お金で男達を騒がせたみたいだ。
「巻き込まれたルカは危険かも知れない。家まで送ろう」
「え」
家まで送ろう? いやいやいや! 国を救った英雄騎士様に送ってもらうなんて! それは一番最強の護衛だけど!
「い、いえ! このあと、仕事の配達をしないといけませんから!」
僕は焦った。本気だろうか? 彼ほどの騎士団長まで実力でのし上がった、実力ある騎士様が平民の護衛をするなんて!
「配達があるのか。ではそれにも付き合おう」
えっ!? 聞き違いかな。アラン様は貴族ですよね。
「そんな! 僕なんかほっといて、大丈夫ですから!」
そう言うとアラン様は、じ――っと僕を凝視してきた。
「君は一人であの男達に勝てるのか?」
……魔法を使えれば大丈夫なんだけど、目立ちたくないから使えない。なので、魔法の加護を付けたアクセサリーはあるけどあまり強力だと多数の加護がついてるのを知られたくない。肉弾戦は無理だ。
「勝てません……」
「では行こう」
僕はアラン様に負けた。
噴水広場での騒動から、だいぶ時間が経ってしまった。配達は今日中に、なので大丈夫だけど。早く渡してあげたい。
「ルカの店は、アクセサリーなどを扱っているのか」
配達が終わり、アラン様が話しかけてきた。
銀の指輪を配達した家では、本当に喜んでくれた。
このような、お客様が僕の作った物で喜んでくれるのが嬉しい。
「そうです。小さなお店、ですけど」
そのあと何件か配達をして、終えた。
いつの間にか夕方になっていて、街の人達は家路を急いていた。
配達の時、アラン様は目立たないように離れていてくれた。配達先に、英雄騎士様がいきなり来たらびっくりするだろう。
クスっと笑みがこぼれる。
「家まで送ろう」
英雄騎士様は、真面目で優しい人だ。偉い人なのに偉ぶらず、平民や獣人とか差別をしないでくれる。
「……ありがとう御座います」
遠慮しても、危険だと思ったのか身を守ろうとしてくれる。頼りがいがあり、さすがは英雄騎士様だなと思った。
しばらく他愛のない話をしながら歩いた。今日は商店街をかなり歩いて、そして走った。
喉もかなり乾いている。家に帰ったらお茶を飲もう。
住居とお店の僕の小さなお城に着いた。
「猫の目。可愛い名前だな」
可愛いと褒めてくれた。
「ありがとう御座います」
『お店の名前は、あなたの下さった猫の顔のクッキーなのです』
いつか伝えたい。あの日のお礼と一緒に。
「では、失礼する」
お店の扉の鍵を開けて開いた。英雄騎士様はそれを見届けて帰ろうとした。
「あ! 待って下さい。お茶でも飲んでいきませんか?」
僕はお礼に、お茶をご馳走することにした。