十、お礼にお茶を
お店の入り口から入って、奥の個人的な場所に入ってもらう。
ちょっと強引だったかな?
「一人で……、暮らしているのか?」
小さい家なのでお店の奥の部屋は、リビングとキッチンとお風呂など水回りがある。お店と個人的な場所の間は、不審者が入って来られないように見えない結界を張っている。
あまりにも物が少ないのでびっくりしたのだろうか? そのわりには植物が多いから苦手、だっただろうか。
「はい。修行元の親方から独立して、一人でやってます」
「そうか。偉いな」
アラン様に言ってもらえると嬉しい。
「ありがとう御座います。椅子に座っていてください」
冷静を装っているけれど、とても緊張している。
お茶を淹れるためにキッチンへいるが、憧れの英雄騎士様が僕の家に来てくれてリビングの椅子に座っている。信じられない!
飛び跳ねたいくらい嬉しいが、あんまりはしゃぐと耳とシッポが出てきてしまう。……気をつけねば。
「バレンシア公爵様。コーヒーと紅茶、どちらが良いでしょうか?」
キッチンから顔を出すと、アラン様はリビングに飾ってある観葉植物を眺めていた。
「ああ。紅茶を頼む」
椅子から立ち上がっている姿は大きく、でも姿勢が良くて。
少し乱れた額にかかる前髪から覗く瞳は、ドキリとしてしまうほど色気があって僕は困ってしまう。
艶のある黒髪と金の瞳。
体が大きいので怖いと言われてしまうけれど、僕は今の姿のアラン様が好き。
好き……。迷惑にならないように、この思いはしまっておこう。
「少しお待ちになっていてくださいね」
急いで準備をする。アラン様を招待出来るなんて、思ってもみなかったからお茶菓子を買ってなかった。けれど、近所の大きな商店の奥様からお土産にもらったお菓子があったからお出ししよう。
トレーに乗せてリビングに運ぶ。
「お待たせしました! 狭い所ですがゆっくりしていって下さいね」
テーブルにトレーを置きながら話しかける。
「あっ……。もしかしてお仕事が、この後ありますか?」
勝手に、ゆっくりして行って下さいなんて言ってしまった。無理やり引き留めてもいけない。
「いや……この後は何もない。帰るだけだ」
アラン様がそう話してくれたので、ホッとする。紅茶の葉が、透明な茶器の中で琥珀色に染めていく。
数分だったけれど静かな時間が流れていった。その時間は、二人でいても苦痛なく過ごせた。
「どうぞ。平民が好み、飲んでいる紅茶なのでお口に合わなかったらすみません」
コポコポとティーカップに紅茶を注いでいく。安価ながら美味しいと評判の紅茶の葉だ。高級な茶葉のお茶を飲み慣れたアラン様に申し訳ないけれど、家にはこれしか無い。
「いただこう」
優雅な所作で、ティーカップを持ち上げて口をつけた。僕は内心ドキドキしながらアラン様を見ていた。
「僕も……。いただきます」
一口、飲むと香りが広がりクセのない美味しい紅茶だ。そんなにこだわりはないけれど、この紅茶は美味しいと思う。
「うん。美味しい」
ふ……と、アラン様は口角をあげた。微笑んで美味しいと言ってくれた。良かった。
「あの。こちらお土産にいただいたお菓子ですが、宜しかったら召し上がって下さい」
僕がお土産にもらったお菓子を進めると、今度は顔をクシャリとさせて笑った。
お土産にもらった、この柔らかい丸いスポンジケーキの上には猫の顔が焼印されていた。
近所の大きな商店の奥様が僕のお店の名前が【猫の目】なので、気を利かしてくれて選んでくれたのだろう。
「あ……。ちょっと可愛い過ぎましたか? すみません」
もしかして甘いものも好きじゃないかも知れない。僕は失敗したと思った。
「いや、甘いものは好きだ。見かけによらんと思われる」
コホンと咳払いして、照れたのを誤魔化していた。
「良かった。遠慮なく召し上がって下さい。隣国の名物らしいですよ」
僕はアラン様の前に置いた平皿へ、トングでお菓子を乗せた。
「ありがとう。遠慮なくいただく」
アラン様は、パクパクと大きな口でお菓子を食べた。わりとこのお菓子は大きめサイズなのだけど、3口位でなくなった。僕は1つでお腹いっぱいになるので、ゆっくりと食べていたから驚いた。
「良かったら、もう1ついかがですか? 僕一人じゃ食べきれないので、食べてもらうと助かります」
まだお腹が余裕そうに見えたので勧めてみた。
「菓子を好むとは思われなくて、なかなか口にする機会がなくてな。隣国の名物のお菓子を食せて良かった。美味しいお菓子だ」
アラン様は、お菓子の焼印の猫をジッと見ていた。そして微笑んだ。
わぁ……。もしかしてアラン様は、こういう可愛いお菓子とか好きなのだろうか?
「焼印の猫、可愛いですよね?」
ふふ……と笑みがこぼれる。
「そうだな」
口数は少ないけれど、優しい顔をしていた。
美味しいお菓子と紅茶を飲みながら、僕の日常の話をしたり、アラン様の戦いの合間で出会った人々のお話を聞いたりした。大変な戦いのほんのわずかの合間でも、心が休めたのだろうか。
「そういえば。礼を言うのが遅れたが、君がこの指輪を拾って届けてくれたそうだな」
左手の中指にはめられた指輪は、確かに僕が届けた指輪だった。
話をいきなり振られて動揺した。
「この指輪は、とても大事な指輪なんだ」




