二十九、あの日〈過去〉② ~アラン視点~
その子は大きな緑色の瞳で俺を見上げた。泣いていたのか涙の跡がついていた。
可哀想に。
「君はさらわれた、子か? 名は?」
怖くないように、優しく、その子供に聞いた。助けがきたから安心したのか、ペタンと床に座った。シーツに包まっていてよほど心細かったのだろう。
「ルカリオン、です」
その子供は、涙を大きな緑色の瞳に溜めて自分の名前を言った。怖かっただろうけど、ちゃんと名前を言えて偉いなと思った。
そんなつもりは無かったけど、包まっているシーツからはみ出していた、柔らかそうな金の髪の毛に触れたくなって頭を撫でた。
少し落ち着いたようなので、縛られていた縄を携帯ナイフで切ってやった。
「ルカリオン……、捜索願が出ていた子供だな。もう大丈夫だ。全員捕まえたよ」
「よ……、良かった……」
俺の『全員捕まえた』という話を聞いて、その子はポロポロと泣き出した。無理もない。
「うっ……。こわ、怖かった……」
しばらくポロポロと涙をこぼして泣いていた。何とか泣きやませたくて
「怖かったな。よく頑張った。これをやるから泣くのはやめろ」と慰めた。
たしか、今日俺の作ったクッキーがあったはずだ。携帯している袋からクッキーを取り出して、手のひらに乗せた。
「クッキーだ。甘いものを食べると元気になるぞ」
甘いものは好きだろうか。俺は泣いている子供に差し出した。
「もらっていいの?」
その子は猫の顔のクッキーを手にとって、微笑んだ。持っていて良かった。チラと俺の顔を見てクッキーを見た。……やはり俺に似合わない、猫の顔の可愛いクッキーだと思ったのだろうか。
「俺があげたのはナイショ、だからな?」
恥ずかしかったから、誰にも知られたくなくて『ナイショ』と子供に言った。
「うん! ありがとう!」
その子は俺にお礼を言い、クッキーを夢中で食べた。よほどお腹が空いていたのだろう。部屋の様子と縛られていた手足を見て考えると、まともに食事をさせてもらえなかったようだ。……親に早く会わせてあげたい。
もぐもぐと夢中で、美味しそうに食べている子を俺は黙ってみていた。もう一枚、あげようかと考えた。
その子は夢中で食べいたせいか、体を覆っていたシーツが床にずり落ちたのに気がついてなかった。
頭に耳と、座った後ろからしっぽが見えた。
捜索届を見ていた。
確かこの子は貴族の子供だったはずだが……。
「お前……、耳と尻尾がある。獣人か?」
人違いか? いや、名前は合っている。どういうことだ。
「えっ……、みみ……? あっ!!」
俺が子供に言うとあからさまに顔色を変えた。だんだん顔色が悪くなっていく。
「おい! 顔色が悪いぞ!?」
心配になって子供の肩に手を置いた。弱々しく俺を見る緑色の綺麗な瞳。
「大丈夫か!?」
何度も声をかけるが、顔色が悪くなっていく。
「おい! 大丈夫か!?」
子供はふっ……と力が抜け、ふらりと俺に倒れ込んできた。
「おい!? 気を失ったか!? 医師に診せないと! そしたら、家に連れて帰ってやるからな!」
俺はシーツごと子供を抱き上げた。獣人の耳やしっぽを見られないために、包んで隠した。
狭い物置部屋に閉じ込められて、ろくな食事も摂ってなく手足を縛られて怖かったのだろう。
子供を抱く手に力が入った。
物置部屋から出て走って行くと、団長や先輩騎士と新人騎士達は屋敷の外に出ていた。
犯人は捕まえられて、子供達は助けられていた。
団長が、子供を抱っこしている俺に気がついて近寄って来る。
「ご苦労。その子は?」
チラと子供の顔を見た。
「特別捜索依頼のあった子供です。大きな怪我等はないようですが、手足を縛られて、ろくな食事を与えられてなかったようで衰弱してます」
俺は団長に子供の様子を報告した。
「生きていたか……。すぐに親に知らせよう」
団長はそのまま俺に子供を預けたまま、行ってしまった。……生きていたか? 何かひっかかる言い方だと思った。
他に、さらわれた子供達もいた。これから一度城に集められて親元に帰されるだろう。
「アラン、団長と一緒にそのままついていけ」
副団長に言われて子供を抱っこしたまま、団長について行くと立派な馬車が停まっていた。
「乗れ」
「はい」
俺は言われるまま、馬車に子供を抱っこして乗り込んだ。他の騎士達は、泣いている子供達を慰めていた。他の子供達も、よくない環境で閉じ込められていたかと思うと怒りがこみ上げる。
俺は荒れた大きな屋敷を、気分の悪いまま馬車に乗って後にした。
「手続きをせず、その子供を連れて行ったことは他言無用だ。誰かに話したらお前だけではなく、一族郎党どうなるか……」
馬車の中には団長と副団長、俺と腕の中に助けた子供。おもむろに団長が話しかけてきたと思ったら。
「きっと報償をたくさんもらえるだろう。お前にも分けてやるから、何も言うなよ」
ニタリと嫌な笑い顔を見せた。人の顔を俺が言えないが、気持ちの悪い笑い顔だった。
まだ俺は新人。何も逆らえない。
頷くしかなかった。
最近になって、新しく団長と副団長が入れ替わった。上からの急な辞令だった。
とにかく助けたこの子を無事に、親の元に帰してあげたかった。




