二十七、ブドウとアラン様の指
「アラン様も食べて下さい」
僕に食べさせてくれてばかりで、アラン様は全然食べてなかったので心配になってしまう。
だけど今度は、パンをちぎって僕に食べさせようとしていた。
「うちの焼きたてのクロワッサンは、美味しいぞ。ほら」
「わぁ……焼きたてだ。美味しそう、いただきます」
パクッと、つい……。美味しそうだったからアラン様の手から食べてしまった。
もぐもぐ。
「美味しいか?」
もぐもぐ、もぐもぐ。ごくん。
「はい、とても! あ、しまった。ひ、一人で食べられますから」
アラン様は食べさせるのが上手だ。嫌じゃないのが困る。
「アラン様も召し上がって下さい」
「肉の腸詰めは、食べられるか?」
ナイフとフォークを優雅に使って、太い肉の腸詰を一口大に切った。それを小さくまた切り、フォークに刺した。
「あ、はい。少しなら……モグッ」
話すために口を開いた時に、タイミングよく口の中へ小さめに切った肉の腸詰が入ってきた。
「……美味しい、です」
口の中に肉汁がジュワッと広がる。噛めば噛むほど肉汁があふれ出して、初めてこんな美味しい肉の腸詰を食べた。
「ほら。もっと食べるか?」
口の中のものを飲み込んだ時には、次の肉の腸詰がフオークに刺してあり僕は迷いなくパクッと食いついた。
「アラン様も食べて下さいね」
「ああ。切ったぞ」
パクッ! もぐもぐ。もぐもぐ。
そんなやり取りが続いて、僕は太い美味しい肉の腸詰を一本食べてしまった。アラン様は僕の様子を見て、果物の乗っているお皿を手に取った。
「果物は何が好きか? 取ってやろう」
「すみません。ブドウをお願いします」
果物は高級品で、なかなか庶民の口には入らない。遠慮しつつ、大好きなブドウを食べたいと言ってしまった。
僕のテーブルの目の前に小皿が置かれた。
ブドウを取り分けてくれると思っていたら、アラン様は器用にブドウの皮をむき始めた。
「アラン様?」
「口を開けて」
半分くらい皮を剥いたブドウを、指で摘まんで僕の口に近づけた。真っすぐ見てブドウを勧めるアラン様。普段は険しい顔をしているのに、僕を見る表情は優しくてどこか寂しそう。
口を開くと、ブドウの甘い果汁と香りを感じた。
指に力を入れブドウの実を押し出すと唇に果汁がついて滴り、口の中に甘い実が入ってきた。
唇に、アラン様の指が触れて果汁をぬぐっていく。
まるでゆっくり時間が過ぎて行くように、アラン様と視線が重なっている。
ああ。僕はこの人が好き。
冷たいと言われ、怖がられている金の瞳に僕の姿を優しく映してる。
「ルカ……」
「アラン、様」
アラン様の手が、僕の顔へ触れそうになる。
「指が、濡れているな。ルカに触れられない」
動きがとまった。
「あ……いや。もう一つ、どうだ?」
何か言いたそうだったアラン様は、僕から離れてブドウを一粒摘み取った。
「いえ……。もう」
いらないと、首を振った。離れて行くのがとても寂しかった。
ぱくっ! 皮のままブドウを口の中に入れた。
「美味しいな」
ペロ。果汁で濡れた指を舐めた。……何だろう。なぜかドキドキした。
また扉がトントンと叩かれた。
「お食事はお済でしょうか?」
ネネさんがお皿を片付けにきた。アラン様は扉に向かって話しかけた。
「もう少し待ってくれ」
「……かしこまりました」
今度は僕の方に顔を向けて話しかけてきた。
「すまん。俺のせいでゆっくりになってしまったな」
「いえ。もうお腹いっぱいなので、大丈夫です」
アラン様は「え?」と驚いたような顔をした。
「まだスープと、クロワッサンと肉の腸詰とブドウを食べただけだぞ? 足りないだろう?」
確かに普通の人ならば足りないだろう。でも僕はもうお腹いっぱいになってしまった。
「アラン様のように、食べられないですよ」
僕はクスリと笑った。
「そうか。では」
アラン様はパンを取って、ちぎって口に入れた。すごい速さでお料理が無くなっていく。だけど所作が上品で、きれいに残さず食べている。
そんなアラン様を見ていた。
「そういえば。アラン様、お仕事はお休みでしょうか?」
いつまでもアラン様は、僕の世話ばかりは出来ないだろうし……。
「ああ。今日は休みにしたが、明日は仕事に行く。すまない」
紅茶を飲んで教えてくれた。そうか……。仕事に行くよね。寂しいな。
「ゆっくり休むと良い。しばらく家には戻らない方がいい」
「……はい」
正直、不安だ。
「明日、ニールが来る。事件の事を詳しく聞かれるだろう。その時は俺も同席する。大丈夫か?」
ニールさんが来る。○○○○の事は言えないので、なんて話したらいいか……。
「事情は話してあるから負担にならないように、でいい。それに『事情聴取』という名の、お見舞いだ。気軽に話してくれればいい」
ニールさんだったら知っている騎士さんだし、大丈夫かな? それにアラン様も一緒に居てくれるみたい。
「はい。アラン様が一緒にいてくれれば心強いですし、ニールさんだったら事情聴取でも緊張しないと思います」
「そうか」
「ニールは話術に長けているし、人当たりもいい。ルカは、ニールみたいのがいいのか?」
ん? 何だか様子がおかしいアラン様……。
「ニールさんは、商店街の皆さんに老若男女問わず人気でしたね。お話が上手で、お仕事も出来る方でしょう。貴族なのに威張った感じは全然ないですし、素敵ですよね」
僕が話を終えると、アラン様は静かになってしまった。
「アラン様?」
僕は様子がおかしいアラン様に首を傾げた。
「ルカ」
ふわっと手を取られて、優しく握られた。
アラン様は座っていても僕より頭の位置が高い。少し見上げて待った。
「あんまりニールを褒めないでくれ。やつを北の極寒の砦に左遷したくなる」




