44-3話
「止めてください」
姫香が3度目に言った時だった。
「そうじゃ、止めてくれ」
そう話す、思わぬ応援が現れた。アインシュタイン博士そっくりの人物だった。
「ア」糀谷博士の喉が鳴った。
「イン」鏑矢博士が言った・
「シュタイン」井島博士が声にした。
彼らはアインシュタイン博士の権威に抗うことはできなかった。立ち上がると、アインシュタイン博士そっくりの人物が進む道を開けた。
「そう驚かないでくれ。私はオオナムチというものじゃ」
アインシュタイン博士そっくりのオオナムチは姫香の前に屈むと、「お嬢さん、彼を借りるよ」と言って比呂彦を軽く抱き上げた。
スクナビコナとオオナムチ。オオモノヌシがいたら三輪山の神がそろう。もしかしたら、ジングウがオオモノヌシ?……姫香はオオナムチの背中を目で追いながら、そんなことを考えた。
「これから修理をする。皆、外に出なさい」
オオナムチは比呂彦をジングウの隣に横たえた。
「な、何をするつもりです」
影村が抗議の声を上げた。
「言っただろう。修理だ。一時だが、放射線量が増える……」
彼は周囲の科学者をねめつけた。糀谷などは顔を蒼くして縮みあがった。
彼が白衣のポケットから放射線量計を取り出してスイッチを入れた。たちまち――ピピピピピ……、アラームが鳴った。
「ほれ、すでに漏れ出しておる。死にたいのか?……出ていけ!」
声も大きいが口も目も大きく開いた。髭までが反り返り、なかなかの迫力だ。
真っ先に糀谷が出入り口へ向かい、それに科学者たちが続いた。
「ほれ、ほれ、出ていけ!」
追い打ちを掛けられ、自衛隊員とNSCのスタッフが動いた。
姫香は「ヒロ君をお願いします」と頼んだ。その時、オオナムチが首を傾げたけれど、その意味を考える余裕はなかった。
事務所を出たスタッフの一部は比呂彦の身体が核爆発するのを恐れて遠くまで離れたが、大概の者は廊下で待った。何分仮設の建物だ。放射線量計のアラームは外まで聞こえていて、徐々に建物を出る者が増えた。
線量計のアラームが止るとドアが開いた。
「待たせたな。もう大丈夫じゃ」
オオナムチが姿を見せたのは、2時間ほど経ったころだった。それが《《たった2時間》》なのか、《《2時間も》》、なのかは人によって異なる。姫香はひどく長い時間に感じたが、居並ぶ博士たちは、「たった2時間で」と驚いていた。
事務所に入ってみると、驚いたことにジングウが目覚めていた。上半身を起こし、ボーっと周囲を見ていた。
一方、比呂彦は眼を閉じたままだ。彼は助からなかったのだ。姫香はオオナムチを恨んだ。
「ヒロ君……」
涙がこぼれた。泣いたのは、姫香だけだった。
オオナムチは姫香のことなど無視して比呂彦の亡骸を抱きかかえた。そうして驚く速さで事務所を出た。
姫香は追った。彼を返して、と頼んだ。
博士たちも追った。研究材料を返せ、と迫った。
比呂彦を抱いているというのに、オオナムチは早かった。姫香や博士たちとの距離がどんどん開いた。彼はあっという間に建物を出ると、制止しようとする自衛隊員をひらりひらりとかわして天鳥船の中に溶け込むようにして消えてしまった。
やはり彼も、あの船に乗ることを認められた者なのだ。姫香は、オオナムチと比呂彦が消えた外殻にすがりつき涙を拭った。




