43-5話
本部の片隅に腰を落ち着けた比呂彦は、リュックからパソコンを取り出すと、ぶつぶつと何事かを呟きながらキーを叩き始めた。モニターにあるのはあのアトランティス文字だ。
「Jの居場所を探しているの?」
姫香は訊いた。
「いいえ。プログラムを書いています」
「そんな時間があるなら、エネルギーの充填方法を考えましょうよ」
姫香は、たとえ彼が人形だとしても、生きていてほしかった。
「僕も考えました。しかし、それをしていては、とてもJの攻撃に間に合わない」
会話をしながらも、彼の視線はパソコンから離れることが無かった。その瞳は人間同様、意思の色を持っているようだ。それを感じて姫香は唇を結んだ。
彼のしなやかな指を見つめる。それはキーを打ち、音楽を奏でた。
流れる音楽はレクイエムのようだった。それに神経が耐えきれなくなって訊いた。
「プログラムで何をしようというの?」
「戦わずして勝つ」
「どういうこと?」
「孫子の兵法です。知りませんか?」
彼が諦めていないと知って嬉しかった。返事を忘れていると彼が続けた。
「これは、足のパーツのドライバーです。部品を動かすためのソフトウエア。知っているでしょう?」
姫香は首を横に振った。「私、文系だから。あ、ヒロ君もだね」
「そうですか……」比呂彦が頭をひねった。「……まあ、いいです。ドライバーが無いと新しい脚は動かないと思ってください。それをバージョンアップしています。Jは必ずこれを使うはずだから」
「ジングウのために、わざわざ新しいものを?」
「ええ、彼女のために」
こういうのを敵に塩を送るというのよね。まったく何を考えているのやら……。姫香は嫉妬した。
その晩、彼は天鳥船に入らなかった。姫香もホテルに帰らなかった。彼にはホテルに帰るように言われたが、とても心配で目が離せない。彼と一緒に本部で過ごすことにした。
『小爆発有』
そんな通信が入ったのは深夜零時を過ぎたころだった。
爆発はほぼ20分間隔で、桜井市に留まらず橿原市や天理市でもあった。狙われたのは山中の高圧線の鉄塔から市内の電信柱まで様々な送電線網だ。結果、広範囲に停電が発生した。本部は自家発電に切り替わり、もともとそれがメインの電源だったのだが、電力を失うことはなかった。
「Jの陽動作戦です」
比呂彦は見切っていたが、自衛隊はテロ攻撃の対応に人員を裂かれた。爆発物の捜索や市民の避難誘導だ。爆発は断続的に、徐々に遠方に向かっていた。それに伴い、自衛隊員も拡散、アリジゴクのように山中で罠を張っていた隊員も市民の避難誘導に駆り出された。
空が白みほんのりと青みを帯びたころ、高島1佐をはじめ本部内のスタッフは皆、疲れた顔をしていた。
「どうにか乗り切ったか……。Jのやつ、どこまで破壊の手を広げるつもりだ……」
窓際に、朝日を浴びて安堵の表情を作る高島1佐の姿があった。
「お疲れさま」
それまでパソコンをいじっていた比呂彦が言った。
彼らしくない、と姫香は思った。
「Jは、ここにいると思います」
彼の発言に、姫香も近くにいたスタッフも飛び上がった。
「そんなはずはない。周囲には隊員がごまんといるのだ」
「それなら良いのですが」
比呂彦はそう言って外に向かった。その速さは、それまで姫香が見たどんな動物より早かった。
「やっぱり人間じゃない」
モニターを視ていた加藤1尉がつぶやいた。




