43-3話
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天鳥船の周囲でひとりたたずむ比呂彦を見るのはジングウも同じだった。
「自分から的になるとは、甘ちゃんだな」
その日は狙撃銃のスコープを通して比呂彦を見ていた。トリガーを引かないのは、トレーラー内でスクナビコナが撃たなかったからだ、と自分の感傷に目をつぶった。もし、トリガーを引けば、この世に残った、ただ一人の友人を失うことになる。それは権力の奪取にしくじることと同じほど辛いことだと思う。
そうして五日が過ぎた。
「私も甘ちゃんだな」
トリガーを引けない自分をそう評価した。
「しかし、それも今日までだ」
ジングウは引き金に掛けた指に力を加えた。その時、視覚に写るものに違和感を覚えた。スクナビコナの表情の揺らめき、背景の不明瞭さ、空気の重さのようなものだ。
「3D映像? 罠か……」
ジングウは大木をするすると滑り降りた。
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『J、視認』
天鳥船の周囲には50メートルほどの間隔で自衛隊員が潜み、ジングウを待っていた。その特殊部隊から本部へ報告があった。
5名体制のチームは、2名は狙撃銃を持ち3名は狙撃手を守るために自動小銃を装備していた。彼らはひとところに持ち場を決めて、アリジゴクのように獲物が近づくのを待っていたのだ。
「ヨシ、発砲を許可する」
高島の声と同時に、――ターン――と遠くから音がした。
「やったか……」
本部内のスタッフは握りこぶしを作っていた。
――ターン――
それは少し離れた場所から聞こえた。ジングウが移動しているのだろう。
――ターン――
――ターン――
狙撃銃の発射音が続く。
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――ヒュン――
小さな身体を更にかがめて走るジングウの耳元を銃弾がかすめ飛んでいく。
ジングウも比呂彦を狙撃するために射程の長い狙撃銃を所持しているのだが、次々と様々な方角から狙われていて、反撃する余裕はなかった。狙撃戦では先に居所を見つけたほうが断然に有利だ。
「クソッ」
ジングウは狙撃銃を捨て、ベルトに挟んでいた拳銃を握った。それで接近戦に持ち込み、自動小銃を手に入れようと考えた。混戦になれば、仲間の多い自衛隊は狙撃銃や自動小銃が使えなくなる。
銃弾が飛んでくる方向に向かって、物陰を獣のように走る。すると別の方角から弾が飛んでくる。銃弾の散発的な攻撃が止むことはなかった。
ジングウは右へ、左へ移動を繰り返しながら、着実に一人の狙撃手に向かっていた。
私がやられるものか! そんな自負があった。狙撃銃の銃口が見え、スコープが見える。そしてスコープを覗いていない方の黒い瞳が見えた。
「死ね!」
目標に到達したのが嬉しく、叫んだその時、自動小銃の軽く撥ねるような音がした。
――タタタタタ――
しまった、という後悔と、当たるものか、という意思が脳内のチップを同時に走った。刹那、――ターン――、異なる方角から狙撃銃の銃声がした。
そこは別の部隊からも視界に入っていたらしい。
引くしかないか。……弱気になった時に、動きが鈍った。当たるはずがないと思った自動小銃の小さな弾が右足を貫通し、筋肉の役割を果たす合成樹脂のパイプが破損した。それからは何も考えず走って逃げた。
私もここまでか。……弱気の虫が笑った。が、自衛隊の罠から脱したのか、銃声が絶えた。




