42-2話
「お前と戦闘になった結果、船が壊れた。それは私たちには大きな痛手だ。本来、無限の時間を持つ我々に、終わりの時が生まれた。まあ、それはいい。問題は、お前が王を守らなかったことだ。何故、大和はこんな国になってしまった」
後ろを見ていたジングウが、姿勢を戻して天を仰いだ。
「君は変わらないな。また、多くの人間を殺した」
「お前は私を縛り、人類に自由を与えた。それで世の中の何が変わった? 我々が歴史を傍観することで、人類は何を学んだ?」
「世の中から飢えや病は減り、人類は栄えた」
「笑止。人類は80憶にも増え、享楽にふける者が数億もいる傍らで、未だ多数の者は日々の生活に困窮し、多くの餓死者を出しているではないか。そのような社会なら、大物主が逃れた世界も同じだった。結局、腐った大陸は沈み、多くの命が失われた」
「だからと言って、君が人を殺していい理由にはならない。大物主の判断さえ、今になれば正しいと言えないのかもしれない」
「何を言う。人は増えすぎた。お蔭で地球はぼろぼろだ。死にかけている。大物主の時代よりも、状況は悪化している。それを見ても自分の言うことが正しいと、スクナビコナは言うのか?」
「何が正しいのか、正直、僕には分からない。ただ僕たちの使命は、船を安全に始末することだ。人類や地球環境をコントロールすることではない」
「それでは問おう。王も守れなかったお前が、何故、船の話をする?」
「地球環境を守り、人類を守るためだ」
「その人類、守る価値があるのか? 答えを持たないわけではあるまい。人類は本能を欲望に変え、膨れ上がった欲望に自ら飲み込まれている。人は今でも至る所で人を効率よく殺している。己の欲望のために国家の名を借りて。1発のミサイルが数百、数千、数万の命を奪う。人の命は文明によって軽くなった。2500年前、大物主の理想を実現していたら、地球はこれほど汚れなかったし、人類は傲慢にもならなかっただろう」
「それは違う」
「どう、違う?」
「君が作ったクローンの、王の血は脈々と引き継がれている」
「何だと?」
「王が王座にいないだけで、王の血筋は脈々と……、おそらく数万人はいる」
「まさか……」
「それが歴史の結果だ。そして君は、王の子孫を殺したかもしれない」
その時、ゴトゴトと鈍い音がした。コンテナのドアが開いたのだ。同時に多数の足音が近づいてくる。
「クソッ」
ジングウが舌打ちをした。
「動くな」
比呂彦が警告した刹那、ジングウが飛んだ。ガラスの割れたフロントウインドウから、プールに飛び込むように。
比呂彦は拳銃の照準をオオタラシヒメに向けたが、トリガーを引くことができなかった。
地面で一回転した彼女はガードレールを飛び越える。
――パーン……、銃声が2度、3度とする。スナイパーのものだ。
しかし、どれも命中しなかったらしい。ジングウの影は闇の中に溶けて消えた。
ドアが開き、数人の特殊部隊の隊員が覗きこんだ。
「大丈夫ですか?」優しい彼はそう訊いた。
「どうして撃たなかった?」真面目な彼はそう言った。
「近づかないでください。被爆します」
命じると、彼らは慌てて後退した。
比呂彦は、助手席の遺体の膝の上から草薙の剣を取り、隠れるのに使っていた放射線遮蔽シートに包んだ。それを抱いてトレーラーを下り、後の処置を彼らに任せた。
遠くからサイレンの音が近づいてくる。爆発音を聞きつけた住人が警察に通報したのだろう。路肩に掛けて、遠い星を見上げた。




