41-2話
「その前に装備のチェックをしてください」
比呂彦が、周囲で蒼ざめた顔をしているメンバーに向かって言った。その指示で倫子も落ち着いた。
装備を点検すると自衛官4名と比呂彦、鏑矢博士の防護服に亀裂があることがわかった。カメラも壊れており、本部へ映像が届いていないとわかる。他に携帯線量計が壊れていた。手元にコントロールのないロボットの状態は、見当もつかない。
「軽微な損傷だけでよかった」
「しかし、ロボットの状態が分からない。やり直すべきでしょう」
防護服の亀裂に補修テープを張りながら鏑矢博士が言った。その判断が妥当だ、と倫子も考えた。
「平時なら、そうすべきです。しかし、ロボットは壊れているでしょう。すぐに同じ作戦はできない。再度ロボットを投入しても、壊れたロボットが通路をふさいでいる。核燃料洩れとJのリスクを考えたら、一日でも早く核を処理すべきです。今の爆発がきっかけで、臨界が始まらないとも限らない」
臨界!……彼の言葉に殴られたような衝撃を覚えた。
比呂彦が立ち上がって、ホースの伸びた先を見つめた。
「それはそうだけれど、住吉君、何か策があるというの?」
倫子は自衛隊員の裂けた防護服に補修テープを張った。
「僕がホースを設置してきます」
スタッフの驚きの顔が、比呂彦の背中に向けられた。
「そんなの無茶よ」
「僕ならできます」
そう言った彼は、すでに歩き始めていた。
「僕はみなさんよりは少しだけ放射線に強い。防護服を着ているから、心配はありません」
扉の向こう側から声がした。
「止めなさい!」
倫子は言ったが、本音は違った。彼に期待していた。
彼の返事はなく、その場は静まり返った。倫子が聞いているのは、自分の呼吸音だけだった。
燃料除去チームのメンバーはポンプの周りで呆然としていた。先に進んだ比呂彦が、無事に作業を成し遂げると信じる者はいないだろう。
「ほら」
突然の倫子の声で、メンバーが我に返った。
「住吉君がホースを設置したらすぐに稼働させられるように、ポンプとポッドを接続しましょう」
メンバーは比呂彦の安否を気に掛けながらも、散乱したポッドをポンプの周りに集め、それぞれの作業に戻った。
しばらくすると倫子の足元のホースがズルリと動いた。倫子はホースの伸びた先の扉を見つめた。
「あいつ、大丈夫なのかな」
自衛隊員が言った。
「住吉君なら大丈夫よ。しっかり務めを果たしているわ。私たちも負けないようにしましょう」
倫子は足元のホースを引っ張り、前方に送り出してみようと思った。少しでも彼の負担を減らしたいと思ったのだ。しかし、倫子の力では、ホースが動くことは無かった。
「ポンプの点検も忘れるなよ」
鏑矢博士が担当の隊員に声をかけると、彼は手袋をはめた手でOKのサインを出した。
「遅いな」
ポッドの設置を終えたメンバーは、腰を下ろして比呂彦の帰りを待ちわびていた。
「先に進むのが大変なのでしょう」
「エンジンは使えないだろうな」
比呂彦よりもエンジンの心配をする鏑矢博士に、倫子は面白くなかった。
比呂彦が前方に向かってから四十分が過ぎていた。
「遅すぎる」
誰もが口に出すのをはばかっていた言葉を糀谷博士が言った。倫子も同じ気持ちだった。その時、彼女の足元のホースがズルリと動いた。
「彼は大丈夫よ」
倫子は立ち上がった。




