39話 宗像清海 ――若さゆえ――
政府が避難指示を出し、ジングウが日本政府に挑戦してから、国民の移動が増えた。戦火を避けて他の地域へ避難する者、逆に、参戦するためにジングウが指示した場所へ向かう者……。そしてジングウを見たいだけの野次馬達。
ジングウは、時々姿を現して自衛隊と戦っていた。兵力の小さな部隊を狙い、武器を集めるのが目的だと分かる戦い方だった。そして時には近畿、中国地方の自衛隊基地に侵入して、重火器を奪って逃げた。
ジングウのメッセージに共感した人々は、機動隊に取り囲まれてじっと座り続けていた。それがジングウの指示だった。東京では2万人、一番少ない新潟でも5千人ほどの市民が集結していた。機動隊の外側には、自衛隊が待機している。いつどこにジングウが現れるかわからない。
それは突然やって来た。集結後三日目、機動隊が排除に動き出した。集結した群衆をジングウに味方する反逆者と位置付けてのことだ。その決定を下したのは佐藤総理だ。
機動隊が鎮圧を開始した。機動隊や自衛隊にとっては簡単な仕事のはずだった。ところが、突然、群衆が発砲した。ほとんどは拳銃と自動小銃だったが、機関銃を撃つ者もあった。密かにオオタラシヒメによって配られた武器だ。当初はゴム弾のような非致死兵器を使用していた機動隊と自衛隊も、実弾を使用する事態に陥った。
都会の公園が、城跡が、あるいは立体駐車場が戦場に変わった。銃撃戦は火力に勝る自衛隊が圧勝したが、その模様がネットに流れると、自衛隊による国民の虐殺だとSNSが炎上、メディアも追随した。
弾圧の風景は世論を激昂させ、政府の動きを封じることになった。
貧困、差別、安全、環境……様々なテーマを訴える市民活動は活性化した。国会前で核廃棄物の管理の適正化を訴えるデモ行進も、そんな世論の一つだ。
「何やってるの……」
宗像洋一が総理官邸前でシュプレヒコールを上げる清海の肩をつかんだ。彼女は振り返ると、無精ひげを生やした兄を見上げた。
「核の適正管理要求よ。兄さんだって、ジングウの動画は視たでしょ」
「もちろん視たさ。でも、こんなことをしたら母さんの仕事の邪魔になるだろう」
洋一は手を引いて群衆の中から清海を引きずり出す。
「ママのためにやっているのよ。いつも後始末ばかりで、評価されないのだから」
「だからなんだ?」
「核は放置できないでしょ? こうして後始末の重要さをわからせてやるのよ」
「政治家みたいな駆け引きをするな。恥ずかしくないのか?」
「恥ずかしさなんて、犬に食わせてやるわ」
チェッと洋一は舌を鳴らした。
「おまえ、JKなのに、話はオヤジだぞ」
「兄さんこそ。JKなんて、死語よ。オヤジそのものだわ」
洋一はズンズン歩く。その手には犬のように清海が引かれている。
「兄さんのような無関心が、日本をだめにしているのよ。ジングウのために代々木公園に向かった人の方が、まだましだと思うわ」
「そうかもしれない。しかし、ダメなものは、放っておいてもダメになる」
「どういうことよ」
「革新的思想が無い限り、手遅れだということだ」
兄妹の隣を自衛隊の装甲車が国会と総理官邸に向かって走り、建物とデモ隊を分けた。
「非常時におけるこれ以上の騒乱行為は、国家反逆とみなして拘束します」
装甲車の上に立った自衛官がマイクロフォンで告げると、そこへペットボトルが投げつけられた。自衛官は飛来物をさらりとかわして右手を上げる。装甲車から降り立った多くの隊員が、デモ隊を取り囲み鎮圧に入った。
「何よ、これ! 敵はジングウでしょ」
清海が叫んだ。
「急げ!」
洋一が走り出す。清海は数度、背後を振り返った。パニックに陥る群衆が見えた。それからは必至で走った。兄妹の周囲は、いつの間にか催涙ガスの煙から逃げ惑う人々であふれていた。しばらくすると、どこからともなく発砲音が聞こえた。




