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本日、四回目の投稿です。
ご注意ください。
「母上、わたしは将来の妻を見つけてまいりました! わたしは「宝珠の王妃選定」の儀式を放棄します!」
クリステルは息子である王太子が飛び込んできた勢いのままに言うのに、それもよかろうと思った。
第一王位継承者であっても、自分で見つけてきた者と結婚すれば良いと思う。なのに、今までバダンテールの歴代王太子はことごとく「宝珠の選定した未来の王妃」を妻にした。そうすることで次期王座が約束されたも同じと思ったのだ。
なんて軟弱な。
自分でつかみ取るくらいの気概なくして王座に君臨することなどできないだろう。
アランの子、王太子はもう少しで成人となる。そろそろ「宝珠の王妃選定」の儀式が行われるだろうという声が関係各所から上がっているところだった。
王太子は帝王学を学びながら、見聞を広げたいと言って王国の視察をよく行った。そこで意中の人を見つけ、口説き落として連れて来たのだという。
「ぜひ、会ってください!」
まだ幼さが残るまろやかな頬を紅潮させながら言う。「あらまあ」と思いつつ、クリステルは息子が選んだ妻にしたい女性と会った。今まで色恋沙汰に無縁だった息子が、という意味の「あらまあ」である。
「あらまあ、よろしいの?」
今度の「あらまあ」は連れてきた相手は一般的な令嬢の生活よりも動植物と触れ合うことを希望して修道院で務めている女性だったからだ。ついでに言えば、クリステルの歳の離れた友人でもある。
「元気そうね、アルメル」
「お久しぶりです。王妃さまもお元気そうで良かったです」
王太子は国内の視察にめぐる際、怪我をして立ち寄った修道院で治療してもらううち、アルメルを見初めたのだという。
「ひと目惚れで押して押して押しまくりました」
母とアルメルが知り合いであったと聞き、がぜん、盛り上がっている。
王太子は人となりを見極めるのを得意としていた。
修道院で働くアルメルは飛びぬけて容姿が良いわけでもなにかの技術に抜きんでているのでもない。なんなら、王太子よりも年上だ。手際は良かったし、突然現れた旅人が怪我をして助けを求めたのに、動じずに対処した。修道院にいる他の者も同様のことをする。
しかし、アルメルは物事の本質、必要なことをつかむ力を持っていると思えたのだ。たとえば、怪我人や病人が幼い場合、泣いていやがったら言うことを聞く者がいるとする。それは表面上の同情にすぎない。必要とあらばうわべのことに捕らわれずに、第三者から見てひどい、不潔だと思われることも行える。それが自分や相手にとってどれだけ大切なのかわかっている。
「この人でなければ、と思い定めました!」
王太子は満足げな笑顔を浮かべる。対する王妃はうろんげだ。
「無理強いしていないでしょうね?」
王太子とともに自分を見比べる王妃に、アルメルは首をすくめて上目遣いになる。凛と背筋を伸ばした王妃と変わらぬ背丈になっているというのに、心情的にそうなってしまう。
「最終的には自分の意思で了承しました。ただ、」
いろいろと条件をつけたのだと正直に話す。
「まずは離宮で生活することと、動植物園を作ることを」
「あら、すてきね。アルメル嬢はそういうことをしたいとおっしゃっていたし、じゃんじゃんやってちょうだい」
「じゃんじゃ―――母上?」
「広い場所を用意するわ!」
「動物を放牧する場所に関してはあまり手を入れなくても良いと思います」
「そうなのね。場所は―――そうだわ、生活する離宮ですけれど、あそこはどうかしら?」
王太子をよそに王妃とアルメルでどんどん話がまとまっていく。
王太子ははじめは母と未来の妻が仲が良さそうなのに満足げであったが、次第に、自分を除け者にしないでくれと仲間はずれをいやがった。
「正直、あの宝珠の相手をひとりでするのは大変だったのよ」
「そうですね。たまに放置すると王妃さまのありがたみがわかるかも」
「あら、その案、良いですわね!」
『こら、嬢ちゃん、余計なことを言いなや! ねえちゃんにはそういう冗談は通じへんねんで!』
「母上、アルメル嬢、わたしも仲間に入れて下さい!」
クリステルとアルメルは顔を見あわせて吹き出すように笑い合う。
クリステルとアルメルは令嬢らしからぬと言われ、孤独だった。それが今や非常ににぎやかで笑いが絶えない。
ふたりはそれぞれがんばった。そうして、手に入れた。とても温かく心地よい居場所だった。
王太子妃となったアルメルの植物園には貴重な薬草が育てられ、多くの者を救った。そして。
動物園とは名ばかりの広大な敷地にのんびり暮らす動物の姿があった。ときおり、そこには動物の姿を借りた妖精が訪れる。
「ポコ、また来たの?」
『だめだった?』
「ううん、大歓迎よ。ただ、ポコが来るとくっついてきちゃうのもいるからさ」
『わたしは師匠の弟子だからな!』
「ギリギリ、デシは良いんだけれど、その部下たちがね」
魔王の部下たちは力ある魔族たちだ。
『まあ、これで、魔族が少なくともバダンテールに悪さをすることはないやろ。万事解決! いっちばん良い結末や!』
「ということは、結局、宝珠の次の選定した王妃というのはアルメルだったのかしらね」
宝珠の選定から逃れ、王太子が自身で見つけてきたというアルメルこそが、バダンテールに長い繁栄をもたらす存在だったという。
『なにしろ、魔王を弟子に持つ妖精のマブダチやからな!』
本人は元残念令嬢で、そのお供はへっぽこである。傍からどう見えようと、その内実はわからないものなのだ。だったら、他者の目を気にせず人生を楽しめばいい。一度しかない時間なのだから。物事の本質、自分に必要なことをする。この世に存在しているのだから、精いっぱいしたいことを楽しめばいい。
『今度こそ、俺が勝つ!』
『チョロはもっと自分の特性を知るべきですよ』
『我輩のように長距離を高速移動はできなくとも、短距離ならば、右に出るものはおるまい』
「ポコにつきまとうチョロはともかく、ピイちゃんは宝珠と因縁がありそうだし、そのピイちゃんと不思議な関係のプニルもしょっちゅう来るんだものねえ」
正直、アルメルとしてはたまに顔を見せに来てくれてうれしい。
ただ、魔王の部下さえ来なければ。
魔王が友好的なので、部下たちも険悪ではない。ごつくていかついのだ。そんな威圧感たっぷりの者たちがアルメルに恭しく接するものだから、王宮では王太子妃は下にも置かない待遇だ。
アルメルにはまったくそんなつもりはないのに、いつの間にか「虎の威を借りる狐」の構図が出来上がっている。なんでだ。
元残念令嬢は残念王太子妃と言われているかもしれない。けれど、それぞれ欠点を抱える仲間たちとともに、楽しく暮らしている。
アルメルは、望んだ未来をつかみ取ることができたのだ。
『なんやなんや、わしの出番、えらい少ないやないか!』
「アルメル、そっちの冷水をかけてちょうだい。その後、わたくしが熱湯をかけますわ」
「はい。王妃さま、先に熱湯をかけた場合はどうなるんでしょうか?」
「そうね、そちらも試してみましょうね。ただし、同時にしてはいけないわ。温度がまざりあってしまうから」
「はい、王妃さま」
『ちょ、ちょお、待ってや! やめい! やめんかい!』
こうして、宝珠はクリステルに続き、アルメルという自身の声を聞く存在を手に入れた。ながいながい孤独から解放されたのである。
『いややーっ! 湯気たっとるやん! ぎゃっ! 冷たっ! 嬢ちゃん、やるな! ねえちゃんに気を取られているうちにっ! って、あかん! ねえちゃん、ほんまにあかんって!』
めでたしめでたし?
※他者に向けて冷水、熱湯をかけることは危険です。
おやめください。
これを持ちまして、年末年始「あ、しゃべった」シリーズの投稿は終了となります。
お付き合いいただきありがとうございました。




