表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

114/115

ヴェイロン③、落日

 ――ヴェイロンでの諮問会(しもんかい)は始まり、運命と選択の神ゲーテの降臨。

 スィスティーナさんの使徒への生まれ変わり。

 刻々と変化する状況は、遂に落日を迎えることとなった。



「――生まれ変わった気分はどうだ? 我が使徒スィスティーナ。それとも、創造神の使徒の方が良かったか?」

「いいえ、ゲーテ様。彼方様の使徒となったことで、全てを理解しました。この世界の現状、セイジュさんを使わせた意味。全ては御心のままに」

「ふむ。では、我が使徒として最初の責務を全うせよ」

「はい。ふふっ……物を見ると言う行為は初めてですが、セイジュさんは思っていた以上に幼い顔をしていたのですね。それに、クレメンスは想像通りの真面目顔。そして、今だから見える。二人の魂は気高く美しい光を放っているわ。それに比べて、他はなんと(みにく)い」


 彼女は俺とクレメンスさんを見比べ、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

 真っ黒い瞳につり上がる口端。

 ゲーテの生き写しとも言える慧眼(けいがん)は、続いて裁かれるべき人間を一瞥(いちべつ)した。


「……し…使徒スィスティーナ卿!! 我らは大聖堂に帰依(きえ)する身。より一層信仰の道を共に歩もうではありませんか! そ、そ、そうであろう、皆の衆?」

「その通りです! 今こそあるべき姿に戻り、敬虔(けいけん)な道を……」

「今後は創造神ではなく、運命と選択神様に祈りを……」


 暗黒の瞳に射抜かれた聖職者たちは、命乞いとばかりに言葉を並べ始める。

 勿論そんな美辞麗句(びじれいく)は見透かされ、スィスティーナさんの逆鱗(げきりん)に触れてしまった。


「あらあら? 随分と薄っぺらい信仰心ですね。皆様どうされました? 奴隷と遊ぶのでしょう? 酒に溺れるのでしょう? 少女を(もてあそ)ぶのでしょう? しかし、夕焼けは直ぐそこまで迫っています。さぁ、静寂を前に祈りを捧げましょう――」



 ――落日、(きた)る。

 大聖堂の鐘が国中に鳴り響き、裁きの夕日は罪人を焼き尽くす。

 (ひざまず)き、手を組んで祈りを捧げるスィスティーナさん。

 阿鼻叫喚が木霊する聖堂内で、彼女とクレメンスさんだけが満たされた表情であった。



「見事である。だが、ゆめ忘れるなスィスティーナ。貴様は使徒になったことで最早人に(あら)ず。我の許可なく死ぬこともできず、一度堕落を知ればその短剣が己を焼き尽くす。貴様に残された道は聖道のみ。精進せよ」

「元よりそのつもりでございます」

「そうか、大義なり」


 ゲーテは彼女の頬を撫でると、光の中に消えていった。

 神の残り香に満たされた大聖堂。

 試しに『マップ』検索をしてみると、一壁二壁以外の国民の反応はなかった。

 本当に堕落した人間を燃やし尽くしたのだな。

 これからの運営は大丈夫なのだろうか?



「セイジュさんにも感謝します。貴方のお蔭でヴェイロンをあるべき姿に戻せました」

「本当に良かったのですか? 国民の(ほとん)どはいなくなりましたし、その……国の運営とか……?」

「それなら、問題はありません。使徒が誕生したことは、既に世界中の教会にお告げがあった筈です。少なからずこの国の腐敗に気付いていた方もいましたから、直ぐに人々は集まるでしょう。それまでは、私とクレメンスでできる限りの準備をしておきます」

「成程、僕も手伝いますので何でも言ってくださいね」

「あらあら? セイジュさん知っていますか? 使徒は人使いが荒いですよ?」

「シスターコンクラーヴェ……ゲーテ様はセイジュさんを自分の半身と呼んでました。また神の怒りに触れますよ?」

「それは大丈夫よ、クレメンス? 私はゲーテ様の御心と繋がっていますから、好きなだけセイジュさんを使えと仰ってますの」

「お、お手柔らかにお願いします……」


 ここから始まる、ヴェイロン再興への道。

 彼女をトップとして素晴らしい国ができあがるだろう。

 後に『落日の使徒』や『短剣の聖女』と呼ばれる生ける伝説。

 三人で見た朝日が、その一歩となった。





 ――落日から数週間、俺はまだヴェイロンに滞在している。

 スィスティーナさんやクレメンスさんの仕事を手伝いながら、新たに受け入れる住人への準備を行う。

 本当に全教会へ使徒誕生のお告げがあったらしく、屋敷に転移する度に事細かく聞かれてしまった。


 セレスさんの話だと、王国や帝国は積極的に移民を推奨するらしく、各国の交流は更に盛んになるだろう。

 幸いヴェイロンは人が減っただけで、建物は幾らでもある。

 無駄な市壁を取り払えば暮らしやすい国になるはずだ。


 市壁撤去や各種整備など、俺の魔法があれば直ぐにできる。

 今日も程よい疲れを感じながら、大聖堂の客室で休んでいると不意にノック音が響いた。


「セイジュさん、少しよろしいですか?」

「どうぞ、開いています」

「お疲れ様です、セイジュさん。今日もありがとうございます」

「いえいえ、好きでやっていることですから。セレスさんの話だと、後数日もすれば最初の移民がくるそうですよ」

「セレスさん? あぁ、そうでしたね。セレス様はドゥーヴェルニ家の御当主。そして、貴方の妻でしたね」


 お礼を言うスィスティーナさんは、ベッドに腰掛ける。見えるようになったはずの瞳は再び閉じられ、当時のままの姿を映し出した。


「目は開けないのですか?」

「ええ。今までずっとこうでしたから、この方が落ち着くのです。それに、私の目は少し特殊でしょ? 真っ黒い目では、今から来る人を驚かせてしまうかもしれません。必要な時だけ開けようと思います」

「そうですか。確かにゲーテと同じ瞳で見つめられたら、僕でも身動きが取れなくなってしまいます」

「でしょう? それは、このようにですか?」


 目を開くスィスティーナさん。

 暗黒の瞳に燭台(しょくだい)の炎が反射し、星空のようにキラキラと輝く。

 これがゲーテ本人なら縛り付けられるが、いかんせん彼女だ。


「う~ん。まだまだですね。ゲーテなら心臓を握り潰されそうなくらいになりますから」

「あら、残念。身動きがとれなくなったら、ゲーテ様からの使命を果たしていましたのに……」

「使命ですか?」

「ええ。それは、セイジュさんの御子を身籠(みごも)ることです」

「ちょっと何言ってるかわかりませんが……」

「誤魔化しは通じませんよ? 以前屋敷の地下礼拝堂で約束したじゃありませんか。神とその最高傑作との子……怪物が出来たら創造神に弓を引くんでしょ?」

「あれはゲーテの冗談だったはず。それに、今のスィスティーナさんではゲーテの足元にも及びませんし、仮に身籠ってしまったら再興が遅れてしまいますよ?」

「あらあら? 痛い所を突かれてしまいました。では、今回は諦めましょう。もっと力を付けて、もっとゲーテ様の信仰を集めて、本物の神の器に成れた時は……ね?」


 目を細め、悪辣(あくらつ)に笑う。

 一瞬だけ重なる神の面影。

 どこか道化じみて揶揄(からか)いを楽しんでいる様子は、(まが)うことなくゲーテの使徒であった。



 そして、さらに数日後。

 大方の準備が終わった頃、最初の移民集団が見えた。

 大聖堂が鎮座する奇岩周辺はすっかりと市壁がなくなり、広々とした街並みが広がっている。

 これでもう大丈夫だ。

 スィスティーナさんクレメンスさんと一緒に大聖堂から眼下を臨み、俺は神聖国ヴェイロンを後にした――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ