新年、啓示と短剣
――あけましておめでとうございます。
新たな年を迎えると同時に、俺は十六歳になった。
今年も屋敷に残った者達と食卓を囲む。
去年と少し違うのは、ユグドラティエさんエルミアさんやセレスさんマーガレット姉妹が妻になったと言うことだ。
マーガレットさんは相変わらずマルゴー様付きで、会える回数は少ない。
でも、それは今年いっぱいまでだ。
シルフィーが学園を卒業し、俺と結婚すれば彼女専属となりこの屋敷に住むことになっている。
部屋の準備はできてるし、後は待つばかりだ。
例年通り休暇で帰ってきたシルフィーを交えて新年会。
今年は友達二人を連れて来たことに驚いたが、とても楽しそうに過ごす彼女達を見て安心した。
シルフィーも、ちゃんと青春を謳歌しているようだ。
しかし、困ったこともあった。
ゲルマニアからセレスさんの妹リムステラさんが帰って来て、本当に俺の妻になると駄々をこね始めたのだ。
現在は俺からの返事を待ってもらっている状態で、答えが出るまで屋敷に通い妻をすると言う……
そして、数日が過ぎ日常は平常運転に戻っていく。
新年一発目の手紙整理をセギュールさんとしていると、神妙な面持ちで一通を差し出してきた。
「――セイジュ様、こちらは至急ご確認くださいませ」
「これは……?」
二本の鍵がクロスし、百合を戴いた紋章の封蝋。
王家にも負けるとも劣らない上質な紙は、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
加えて、そこには見覚えのある名前――スィスティーナ・コンクラーヴェと刻まれていた。
「その紋章は神聖国ヴェイロンの物です。そして、その封蝋を扱えるのはごく限られた枢機卿のみでございます」
「枢機卿? 彼女は、只のシスターだと言っていましたが……」
スィスティーナさんが枢機卿?
彼女は自分のことを只のシスターだと言っていたし、目の見えない人が手紙を書けるか?
膨れ上がる疑問を胸に内容を確認する。
季節の挨拶からアンドラ領での労い。
一緒に戦った冒険者達は元気か、と墨痕鮮やかな字が書き綴られていた。
更に、最後の方には大聖堂を案内したいからいつでも訪問を歓迎するとも記されていた。
「内容をお聞きしても?」
「う~ん……季節の挨拶に始まって、帝国とのアンドラ領浄化作戦の労いですね。最後には、大聖堂? を案内するから来てほしいとも書いてありました」
「何と!? 総本山から招待ですと! それは、この上ない名誉でございます」
「え? そうなんですか?」
「はい。そもそも総本山大聖堂には、貴族はおろか王族さえ滅多に招待されることがございません。枢機卿と一部の大司教のみに管理が任され、謎に包まれた場所でございます」
「じゃあ、招待すると言うことは彼女は枢機卿の一人に間違いないと……そう言えば、レゼルバ翁が彼女を『ヴェイロンの聖女』と呼んでいましたね」
「盲目の聖女……セイジュ様、間違いはございません。できる限り早く招待に応じるべきかと」
「分かりました。まだヴェイロンには行ったことないですし、丁度良い機会かもしれませんね。所用を終わらせたら出発しようと思います。転移魔法で毎夜帰ってこれるとは思いますが、こちらでの予定は余裕を持って組んでください」
「かしこまりました」
良いタイミングだ。
ロンディアやゲルマニア、マルドリッドには行ったし、今年はヴェイロンに行こうと思っていた。
そんなところに招待がきたとなっては、乗らないはずはない。
でも、その前に報告すべき相手がいる。
神聖国ヴェイロン――即ち神を称える国に行くのであれば、俺の信じる神に伺いを立てるのもまた道理。
夕食後のリラックスタイム。
皆が各々好きなことをしている中で、俺は地下礼拝堂に向かった。
勿論毎日祈りを捧げているが、去年の年明け以降ゲーテは降臨していない。
あの悪辣な笑顔を懐かしみつつ、石階段を下り地下へ。
立ち並ぶワイン樽を横切り、目の前には重厚な扉。
その扉をギィッと開けた先に二体の神像が並んで――
「――遅い! それに、腐って淀んだ臭いがするでござりんす!」
「うぉっ!!」
目の前には運命と選択の神ゲーテ。
黒を基調とした花魁のような打掛に、漆黒の綿帽子で目元を隠す。
肩口まで輝く肌を晒し、咥えた煙管をビシッと突き付けてきた。
「幼児体形には似合わね~」
「うるそうござりんす! 新しい年が明けたらこんな服着て、同年代の友人と暴れるのが通例なんざんしょ?」
「どんな荒れた成人式だよ!」
相変わらず俺の記憶から読み取った出鱈目な格好に出鱈目な言葉使い。
決して目元は出そうとせず、口元だけが悪辣に歪む。
一年振りの再開も、俺達にとって遠慮は無用だったようだ。
「で? 何だよ、臭いって? 清潔面では気を使ってるつもりだけど」
「主さんのことを言ってるのではありんせん。染み付いた臭いのことでありんす。大方、さっきまで野暮な国からきた文でも読んでたんでありんしょ?」
「あぁ、スィスティーナさんからの手紙のことか。てか、そのエセ花魁ぽい喋り方キツくないか?」
「それな。普通に戻すわ」
「軽ッ!! もうちょっと頑張れよ」
「いやいや、敬虔なお前にまた啓示を与えに降臨したんだよ。クソ創造神の国に行くんだろ? お前、利用されるぞ」
自分の神像の前に座り込んだゲーテは、そんなことを言い出した。
着物から肩口と脚を妖艶に覗かせ、煙管を外した口からふぅ~っと紫煙を吹き出す。
その姿はとても様になっているが、幼女姿では残念極まりない。
これがユグドラティエさんだったら、文句なしのレベルだったんだけどな。
「スィスティーナさんが俺を利用? まぁ、ユグドラティエさんからもヴェイロンは腐敗が横行してるって聞いてるし、ある程度は覚悟して行くつもりだぞ?」
「そんなレベルじゃないのさ。あそこは元々クソ創造神が降臨して創った国なんだよ。神達への信仰があつまる国。そんな国にしたかったみたいだけど、人間って馬鹿じゃん? だんだん欲深くなって、今じゃ金と権力に塗れた只の汚物だよ」
「信仰を餌にか……でも、創造神が創ったってことは壊すこともできるんじゃないのか? 天罰的な感じで」
「できるとは思うぞ。でも、アレは我が子の理性に任せると言って放置しているだけ。それに、創造神特製防御壁も張ってあるから我でも手が出せん。ガッチガチに固められた核シェルターみたいな物だ」
「成程。見た感じ彼女は、汚職に手を染めてるって感じはしなかったけどな。世間知らずって言うか、マイペースって言うか」
「そう、だからこそ奴は異物。奇跡とも言って良い。そんな奴が国を変えようと謀を巡らし始めた。その最後のピースがお前なんだよ」
「ゲーテもヴェイロンの破壊を望んでいるのか?」
「破壊? 否、革新だよ革新。良いか? よく聞け。ここからが啓示だ。お前はヴェイロンでスィスティーナから意味不明なことを言われる機会がくる。その時、この短剣を机の上に置け。さすれば、奴の願いは叶う。勿論、試練は受けてもらうがな」
ゲーテから差し出された短剣。
『鑑定』をもってしても文字化けして理解不能な物。
只言えることは、簡素な短剣からは想像できないほどのオーラを放っていることだけだ。
「分かった。ヴェイロンに行かないって選択肢はないから、その時がきたら言う通りにするよ」
「うむ。期待しているぞ。じゃあ、硬い話も終わった所で、猥談しようぜ? 猥談。結婚したんだろ? 子供できた? 子供。早いに越したことはないからな、二人目はまだか?」
「一人目もできてねーよ! 田舎のジジババかよ!!」
「何だ? やる気ねぇなー。否、毎日ヤリまくってるか、ププッ」
真面目な話が終わればコレである。
本来のコイツはこういう奴だ。
本心を隠し、相手を煙に巻く。
どこか芝居じみて、善や悪を超越した、破壊と革新を狙うトリックスター。
「来年にはシルフィーと結婚するから、一人目は彼女とが良いだろ? 仮にも正妻なんだから」
「いや~、義理堅いね~。でも、ちゃんと他の奴とも作れよ。お前が死んだ後、この世界を次のステージに進めるのはそいつらなんだからな」
「勿論、そのつもりだ。全員愛しているからな」
「お熱いね~。それを聞いて安心したぞ。では、近い内にまた会うとしよう」
再び煙管の紫煙を俺に吹きかけ、煙と共に消えた。
何とも不思議な匂いだ。
神界にもし花や果実が存在したとしたら、こんな香りなのかもしれない。
暫くその香りを堪能し、礼拝堂を後にする。
さあ、明日から神聖国ヴェイロンに出発だ。
一筋縄にはいかない訪問になりそうだが、得る物も多いだろう。
期待と不安を胸に部屋へと戻った――




