夜が来る、浄化作戦
――冒険者ギルドからの依頼を通して、アンドラ領に着いた俺達冒険者グループ。
騎士団長たるエルミアさんの行動を横目に、夜に備えて陣営の設置をしていた。
そこで知り合ったのが、神聖国ヴェイロンから偶々視察に来ていたと言うシスターのスィスティーナさん。
教会側には邪険に扱われているようで、冒険者側の陣営で夜を待つことになった。
――日が陰り西の空が赤く染まる頃、周囲は次第にピリッとした緊張感に包まれる。
俺達も装備や連携の最終チェックをし、アンデッドの出現を待つばかりだ。
そんな中、仲間の一人がスィスティーナさんに話題を振った。
「シスタースィスティーナ、戦いが始まると俺達は手助けできないが大丈夫か? その……見えないんだろ?」
「あら? ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。生まれた時からこうですし、一人一人心の風が違いますから誰かは分かります。それに、魔法もありますから支障はありません」
「そうか。何か困ったことがあったら声掛けてくれや」
「ふふッ、やはり貴方は弱者の味方であろうとしますのね? もう少し紳士的振る舞いができたら、さぞオモテになるでしょう」
「本当に言いたいことをそのまま言うな……」
「「「ハッハッハッハッハ」」」
これだけ冗談が言えれば心配ないだろう。
良い意味で緊張感が解け、スムーズな連携が取れそうだ。
「ところで、感覚からして今は夕焼けですか?」
「ん? そうだけど」
「夕焼けとは、どんな『色』なのでしょう? 私はこの時間が好きなのです。身を焦がすような熱と、その後現れるひんやりとした空気。まるで、身体が生まれ変わったみたい……」
「は? そりゃ、燃えるような赤色だぞ? って、あ――」
「『赤』とは、どんな『色』なのでしょう? 私は『色』という物を知りません。今まで様々な方に同じ質問をしましたが、誰も答えてくれませんでした。教えてください、『夕焼け色』とはどんな『色』なのでしょう?」
(おい、姉御にセイジュ助けてくれよ。冒険者組の頭脳はお前達だろ?)
(よしセイジュ、オマエに任せた)
(セレスさんまで!? 無茶振りは止めてくださいよ)
突拍子もない質問に、ヒソヒソ話で助けを求めてくる男。
色を知らない人に、夕焼けの色を教える。
無理難題と言えるそれを、俺はどう答えるべきか……
「……えっと、スィスティーナさんはシスターですから……宗教的に表現すると、荼毘でしょうか……」
「荼毘? っと、言いますとご遺体を焚き上げる?」
「はい、そうです。夕焼けが今日を焼き尽くし、夜と言う静寂が訪れる。そして、その黙の先に新しい明日が誕生する。今、スィスティーナさんの心に浮かんだ心象が『夕焼け色』なのだと思います。す、すみません! 意味分からないこと言って……」
(おい、セイジュ。カッコつけすぎだろ! シスターまで誑し込む気か?)
(今の言葉、屋敷のヤツらにも伝えるからな?)
必死に絞り出したのに、速攻でツッコミが入る。
しかし、スィスティーナさんは暫し考えるように俯き、しっかりと顔をこちらに向けた。
「成程……至って詩的な表現ですが、確かに私の心にある心象が浮かびました。今日と言う日を荼毘に付す……やはり、貴方の風は他とは違う。是非、一度ゆっくりお話ししてみたいものですね。でもその前に、アンドラ領の今日を焚き上げ明日と言う希望を迎えに行きましょうか?」
「敵襲――ッ!!」
彼女がそう言い終わったと同時に、アンデッド襲来を告げる声と鐘の音が響き渡る。
しまった、話に夢中で索敵を疎かにしてしまったか。
空の色は茜色から薄紫へ。
宵闇を纏う影という影から、忌むべき存在は静かに現れた。
――夜が来る。夜が来る。夜が来る。
地の底からグールやスケルトンが、木々の影からワイトやレイスが。
ガラガラとチャリオットを引き従えた首の無い騎士が、万の軍勢を指揮しながら襲い掛かる。
有象無象関係なく、只生ある者のみを喰らい尽くす軍勢。
数の暴力を前に、エルミアさんの凛とした声が響いた。
「誉れある者達よ、聞け! 浄化作戦は予定通り行う。神聖魔法を使えない者は敵を無力化し、使える者は目につく物全て浄化しろ! 回復に掛かった費用は、全て王国持ちだ!!」
「勇猛たる帝国の臣よ、今こそ力を振るう時ぞ! この戦いの先に、ウニコ皇帝陛下の未来がある。我らは、その一番槍とならん!!」
「「「うぉおおおお――ッ!!!」」」
地を揺らす程の咆哮で始まる、未来を望む者達と停滞を望むアンデッドの戦い。
結果は、疑いの余地もない。
統率された軍隊に、国を代表する戦力。
それに対する死人の寄せ集めでは怪我人は出れども、彼らの仲間入りをする愚か者はいないだろう。
消化試合とでも言える戦いの中、ポツポツと立つ青白い神聖な浄化の炎。
穢れを打ち払い、本来あるべき姿に戻す。
幻想的な炎を見つめていると、すぐ隣で常軌を逸した火柱が夜空を貫いた。
「はぁああああ!!?? 何じゃ、今の浄化の炎は?」
「あらあら? また私何かやっちゃいましたか?」
「盲目にその紋章。何故ヴェイロンの聖女がここにおるのだ!?」
どっちかって言うと、その台詞は俺の役目では? なんて冗談は置いといて、スィスティーナさんが放った凄まじい威力の神聖魔法を見たレゼルバ翁は恨み言のように叫ぶ。
「グロリイェール卿! 何故ヴェイロンのシスターが居るのだ? ここは、我らの戦場ぞ?」
「私にも分からん。否、先日王国の教会に視察が来たと聞いていたが、まさか教会側が彼女を連れて来たか!」
「えぇええい!! 皆の者奮起せよ! 神聖国の力を借りたとなっては、両国の名折れぞ!」
彼の檄に戦場は加速する。
ヴェイロンからの異物に後れを取らないように、後先考えない大技の見本市が始まった。
「ハハッ! 良いね良いね~。どいつもこいつも派手にやりやがる。おい、セイジュ! オマエも一発派手なの頼むわ」
「えぇ!? 唯でさえ浮足立ってるのに良いのですか?」
「細かいことは良いんだよ。こんなのお祭りみたいなもんだ。王国側の武勇を示せ」
「もう! 何かあったら大公爵家で責任取ってくださいよ!?」
セレスさんからのリクエストに、俺も大魔法の準備をする。
発動する魔法のイメージは、風魔法と神聖魔法をミックスした対アンデッド用オリジナル魔法だ。
現世に未練を残し続ける者どもよ。
常に変わりゆく世界で一つに留まること、それ即ち苦なり。
ならば、その苦毒は清浄たる鐘の音によって浄化されるべし。
「諸行無常、一切皆苦――須らく風化せよ」
極限まで圧縮された魔素から放たれる風魔法と神聖魔法の合成は魂を揺り動かす和音となり、あたかも鐘の音のように戦場に響き渡った。
戦場を駆ける一陣の風。
当てられたアンデッドはサラサラと風化し、灰塵として運ばれるのみ。
『マップ』で確認すると、今の一撃で八割近く浄化できたみたいだ。
「なんちゅう威力じゃ、あの小僧……だが、これで両国の面目は保たれる。夜明けは近いぞ。一掃せよ!」
「あらあら? 力を見せるつもりが、逆に見せつけれてしまいましたね。それにしても、何と言う浄化の力。やっぱりセイジュさんは、使徒に間違いありません……」
そのままハイペースで夜明けまで浄化作戦は続いた。
本来なら何日も掛けて行う作戦が、暴走気味の進行もあって一日でほぼ終了。
後は、慰霊碑や街を造る部隊で十分だそうだ。
心地良い朝日に照らされながら周りを伺う。
全陣営は撤収準備をし、今回の作戦は無事終了した。
唯一気掛かりだったのは、スィスティーナさんの姿がいつの間にか見えなくなっていたことだ。
――浄化作戦から数週間、神聖国ヴェイロンにて二人の聖職者が向かい合う。
「お帰りなさいませ、コンクラーヴェ枢機卿。王都視察はどうでしたか?」
「ただいま戻りました、大司教。前も言いましたが、枢機卿は止めてください。私は只のシスターですから」
「では、聖女様とでも……?」
「あらあら? 今日は随分と意地悪なのね」
「いえいえ、シスターのお顔が晴れやかなものですから」
「ふふッ。ねぇ、クレメンス? 貴方は『夕焼け色』をご存じですか?」
「『夕焼け色』ですか? 勿論、それは燃えるようなあ――」
「――今日と言う日を浄化し静寂の後、新たな明日が誕生する『色』よ。王国の友人が教えてくれたの」
「何とも詩的な表現ですね」
「でしょう? でもね、クレメンス。私はこの総本山大聖堂のお飾り聖女です。そんな小娘が腐敗し切った下を浄化し本来の姿に生まれ変わらせる、と言ったらどうしますか?」
「聖女派として、矢面に立つと……?」
「ええ、そうよ。でも、その前に準備を進めないと……ね?」
「仰せのままに……」
二人の決起はここから始まった。
後の大粛清の場となるヴェイロン。
その渦中となる人物がスィスティーナ・コンクラーヴェ。
そして、セイジュとなることは誰も知る由もなかった――




