アンドラ領、一粒の異物
――マルゴー様とウニコ陛下の突然の訪問からおもてなしとチョコレートのレシピ本を渡し、エルミアさんの熱い想いを受け止め数日。
王都はお祭り騒ぎが続いていた。
それもそのはず。
降って湧いた帝国との終戦宣言。
両国間の国交は平和と発展を前提とし、何時の日にかは再戦と言うしがらみも無くなったのである。
しかし、我が世の春を歌うにはまだ早い。
解決すべき問題が、未だ存在感を放っていた。
「――いや~、セレスにセイジュ君。急に呼び出したりして、すまないね」
「別に迷惑だなんて思ってもねぇよ。何だよ、特級依頼か?」
「僕も問題ないですよ。セレスさんと一緒ってことは、大きな依頼ですか?」
「特級依頼っちゃ依頼だが、指名依頼でもあるな。取りあえず、こいつを見てくれ」
冒険者ギルド、ギルドマスターブリギットさんに呼び出された俺達は、彼女から差し出された書状に目を通す。
そこには王宮からの依頼で、マルドリッド帝国との国境領アンドラに腕の立つ冒険者及び神聖魔法の使い手を派遣することが書かれていた。
「あ~、これって講和会談で決まったやつか? 両国からアンデッド浄化の戦力を出すやつ」
「僕もエルミアさんから聞きました。方が付いたら慰霊碑を設置して、お互いの国が協力し合う街にするのでしたっけ。でも、王宮側からは派遣しないのですか?」
「知ってるなら話が早い。勿論、王宮側からはグロリイェール騎士団長が行くし、教会からも派遣される。そして、ウチからは君達と数人A級冒険者を出すつもりだ。受けてくれるね?」
「断る理由もないし、勿論行くぜ。だろ? セイジュ」
「えぇ! 遠出禁止令も解除されたことですし、久しぶりに泊まり掛けでワクワクしますね」
「感謝する。ところで、何だい? その遠出禁止令って」
「それが、コイツがよ――」
禁止令と言う言葉に反応したブリギットさんは、セレスさんに根掘り葉掘り聞いている。
表情をコロコロ変えながら『君も大変だな~』なんて声を掛けながらも、その表情は実に楽しそうだった。
――アンドラ領。
ここは、先の戦争で最も多くの血が流れた場所だ。
ロートシルト陛下の御兄弟も命を落とされたらしく、両国の血みどろの関係を表す忌むべき地。
屍山血河――蜷局を巻いた怨嗟が大地を汚し、今となってはアンデッドの巣窟となっていた。
そこに相対するラトゥールとマルドリッド。
かつての仇敵が、味方になるとは何と頼もしいことか。
両軍の代表者が歩み寄り、しっかりと握手を交わした。
「レゼルバ翁、今回はよろしく頼みます」
「帝国と王国が手を取り合う日が来るとは、長生きしてみるものですな? グロリイェール卿。こちらこそ、よろしくお願いしますぞ」
「して、アンデッドの影も形も見当たりませんが浄化作戦は夜からですか?」
「左様。こうして早くから集まってもらったのも夜に備える為。今の内に各々の陣地を準備し、仮眠を取っておくが良い。日が沈めば、再び上るまで一睡もできんぞ」
「了解した。陣営が設置できたら、細かいことを詰めましょう」
お互いまだ距離感はある。
義務的な会話が続き、別々に準備をし始めた。
これは、仕方がないことだ。
講和条約は結ばれたが、気持ちの整理には時間が掛かる。
無用なトラブルを避ける為にも、今は必要以上の交流を避けた方が良いかもしれないな。
両軍の陣営設置も終わり、丁度中間地にある幕営。
作戦総司令部と言えば良いのだろうか、そこにエルミアさんと数人が入っていくのが見えた。
作戦会議の続きかな?
それにしても、俺達冒険者組は暇だ。
陣営設置も一番早く終わり、モタモタする教会組の設営も手伝ってあげたくらい。
「にしても、暇だな~。オマエ達はどうすんだ? 仮眠でもしとくか?」
「僕は大丈夫ですね。何なら二三日ならぶっ通しで戦えると思います」
「俺も問題ないぜ。時間余ってるし、取りあえず飲むか?」
「流石にそれはねーよ!」
「へへ……って、おい! ねーちゃん、フラフラしてたら危ねーぞ!」
くだらない話をしていると、一人の冒険者が教会組のシスターに駆け寄った。
教会側の陣から孤立し、ポツンと佇んでいる。
他の教会側とは恰好が違い、タブリエのスカートには見慣れない紋章が刻まれていた。
「あら? 貴方は、随分自由な風をお持ちですね? 普段は粗暴に振る舞っていますが、誰よりも弱者の味方であろうとしている」
「はぁ?」
「おいおい、どうした?」
「あら? 貴女は、筆舌しがたい過去がありましたの? でも、今は凄く幸せなのですね。それに、貴方は二つの風を宿している。自由でありたい自分と義務に縛られる自分。まるで二つの魂を宿しているよう」
目を瞑ったままのシスターは、まるで見えているかのように向き合い一人一人を指摘していく。
その全てが的を得ており、不気味な雰囲気だ。
「オマエ……目が?」
「ごめんなさいね。見えない分、皆さんの心が見えてしまうの。でも、皆さんは自分に正直に生きていらっしゃる。教会の人間にも見習ってほしいわ」
「格好からしてシスターだと思いますけど、どうしたのですかこんな所で? えーっと……」
「あら? 申し訳ありません。私は、スィスティーナ……スィスティーナ・コンクラーヴェと申します。ヴェイロンから参りましたの」
「神聖国からか。なら、孤立するのも分かるわ。でも、何でオマエまで参加してんだ? 今回は、アタシ達の国とマルドリッドだけの筈だろ」
「さぁ? 本国からラトゥールの視察を命じられ奉公していたのですが、急に手伝いをしろと。こう見えても、神聖魔法は得意だからですかね?」
「そ…そうですか……」
青白い指先を顎に当て、自分でも何故この作戦に参加したのか理解していない様子だ。
大方、教会側の人間が戦力増強か見られたくない物を見せない為に遠ざけたかったのだろう。
――『目は口程に物を言う』と言うが、目を見て話せない分つかみどころのない人だったな。
それに、あの物怖じしない発言もあって人によっては好き嫌いも多そうだ。
「って、教会の陣に送ったはずなのに何故僕の隣に座っているのですか……?」
「あらあら? 良いではないですか。あちら側に居ても、鼻つまみ者にされるだけですから。それに、貴方からは特に霊異な風を感じます。大聖堂と同じ匂いと言いますか、誰か神聖な方とお付き合いがありますか? それとも、過去に啓示を受けてたことがありませんか?」
「神聖……ユグドラティエさん。ユグドラティエ・ヒルリアン卿と近しいですが、それが関係していますか?」
「まぁ! ヒルリアン様と親交があると!? しかし、それだけではないでしょう? 身体に染みついた神の残り香は誤魔化せませんよ。どなた様から啓示を受けたのですか?」
「いや、それは……」
思った以上にグイグイくるなこの人。
目が見えない分距離感が推し量れないのか、異様にお互いの距離が近い。
「おいおい、それくらいにしとけ? シスターとは、清貧的に行動するもんだろ。セイジュも困ってんだろ?」
「も…申し訳ありません。ここまでの方は、滅多にお会いできませんので……セイジュ様と仰るのね、改めてよろしくお願いします」
「様なんて必要ありません。寧ろ、そちらのセレスさんの方が大公爵家ですから気を付けた方が良いかと」
「大公爵家? と言うことは、貴女がドゥーヴェルニ家の御当主様! 教会への度重なる寄進、感謝の念が絶えません」
「あ~、そう言うのはこの場では必要ない。今は只の冒険者セレスだ。お礼が言いたいなら屋敷を尋ねてくれ」
「嘘偽りのない言葉感謝します。あら? 若しかして、セレス様とセイジュさんはご夫婦ですか? お二人から感じる風がお互い尊敬し合い、高め合おうとする戦友のようです。更に、それを包み込む愛情が何とも尊い……創造神の祝福を」
「「――ッ!!」」
「ぶひゃっひゃっひゃっひゃ! 姉御もセイジュもこのシスターには敵わねぇみたいだな。面白いじゃん。こっちに居ろよ、戦力が増えるのは大歓迎だ」
本当に思ったことをそのまま言うな。
助け舟を出したセレスさんまで、流れ弾を受けている。
でも、かえってそれが素直な冒険者組には合ったようで一気に歓迎ムードになった。
マルドリッド帝国軍、ラトゥール王国軍。そして、神聖国ヴェイロンからの使者。
一粒の異物が混じったアンデッド浄化作戦が、今始まろうとしていた――




