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遠出禁止令⑤、狂人狂夜

 ――先日行われた講和会談は無事条約が締結(ていけつ)され、その後のサプライズパーティーも大成功だったらしい。

 俺はずっと厨房でチョコを作っていたので知らないが、エルミアさんに聞くと参加者全員チョコの虜になったとか。

 両国が平和になることは良いことだ。

 そんなことを考えながら、俺は目の前の現実から目を背けていた。



「――だから、私は陛下に言いましたの。此度(こたび)の会談成功はセイジュ卿のお蔭。ならば、陞爵(しょうしゃく)は当たり前と」

「うむ。だが、陞爵に慎重になるロートシルト国王の気も分からんでもない。叙爵(じょしゃく)して二年余り、爵位を上げるには早過ぎる」

「まぁ? ウニコもそう仰るのね。卿はユグドラティエに認められた存在ですわ。私が派閥を抑えてる内に、ある程度は爵位を上げたいのです」

「ユグドラ…ゴホン! ヒルリアン卿に認められたことに異論はない。マルゴー嬢の危機感も分かる。問題は、時期なのだよ……」

「セイジュ卿は、どう思われますか?」 「オーヴォ卿は、どう考えているのだ?」

「いえ……僕は、どちらでも……」


 屋敷の客間にて、俺を挟んで二人の女性が話し合っている。

 豪華なドレスにトレードマークの扇子、亜麻色のトランジスタグラマーマルゴー様と、洗練されたドレスに白銀のティアラ、群青色の皇帝ウニコ様だ。


 話題は、俺を陞爵するかしないか。

 何故(なぜ)そんな話題を俺の目の前でしているのかはさておき、根本の謎を問わなくては。


「あ…あの? 何故お二人は、僕の屋敷で悠長にお茶を飲んでいらっしゃるのですか?」

「ん? 妙なことを聞くな、オーヴォ卿? 『チョコレート』料理の作り方が書かれた書。その渡す準備がでいたのであろう? マルゴー嬢から、そう聞いたぞ。それにしても、立派な屋敷だな。一介の男爵邸とは思えん」

「えぇ、そうですわ。卿の屋敷なら気兼ねなくウニコと話ができる……なんて、悪だくみはありませんわ。そうですよね、セイジュ卿?」

「あ、はい。そうでした……ゆっくりくつろいで行ってください」

「ふふっ、感謝しますわ」


 マルゴー様のニッコリとした威圧に負けて、そう言う事にしておいた。

 まぁ、この屋敷にいる限り安心だし、盗聴されることもない。


「マルドリッド陛下は幼い頃ユグドラティエさんの下にいたとお聞きしましたが、マルゴー様とも仲が良かったのですね?」

「そうだ。この力の所為(せい)でな? 帝国に居ても常に暗殺されそになるわで、見かねた母が治外法権のヒルリアン卿に私を託したのだ。まぁ、こっちでも何回も暗殺されそうになったけどな、ハハッ」

「仮にも敵国の皇女ですわ。戦争中の国に娘を預けるなど、誰も思い付きません。でも、そのお陰でウニコと仲良くなれましたの。まさか皇帝にまで上り詰めるとは思いも寄りませんでしたが」

「ずっと考えていたのだよ。どうすれば国が良くなるかとね。最終的に私が皇帝になれば良いと結論に至って、実行したにすぎん」


 二人ともリラックスしているようで、小気味良い会話が続く。

 十数年振りに会えたし、積もる話もあるだろう。


「しかし、用意してもらった紅茶も『チョコレート』も美味いな。会談の物も美味かったが、こちらは完璧に私の好みだ。特に、この乾燥したオレンジに『チョコレート』が掛かっているやつは(たま)らんぞ。マルゴー嬢が寵愛(ちょうあい)するのも(うなず)ける」

「ふふっ、我がままを聞いてもらってばかりなのよ? それに、この屋敷のお風呂もおススメですわ。後、『チョコレート』以外の料理も絶品ですの。明日には帰るのでしょう? 今日は心ゆくまでお話しましょう!」

「え? マルゴー様……まさか泊まっていく気ですか?」

「ダメ…ですの……?」

「い、いえ! 勿論歓迎致しますが、王宮の方は大丈夫なのですか?」

「心配には及びません。元よりそのつもりでしたから」

「ハハッ! 全幅の信頼を置いておるのだな。では、厄介になるとしよう」


 こうしてマルゴー様とウニコ陛下は泊まることになった。

 客室なんて幾らでもあるし、ツクヨミや優秀なメイド達の力もあって問題などない。

 もし問題があるとすれば、メイド達の心労が限界突破しないか否かだ。

 また勤労感謝のパーティーをしてあげよう。




 ――自慢の風呂を堪能し、美味しい料理に舌鼓を打つ。

 マルゴー様のペースに巻き込まれたウニコ陛下は、日頃の疲れを癒すように、帝位の重圧から解放されるように自然な笑顔になった。


 妻達の紹介も踏まえた夕食も終わり、まったりとした二次会が始まる。

 勿論マルゴー様に付き添ったマーガレットさんも一緒で、久しぶりに全員が集まった気がするな。


「そうだ、マルドリッド陛下。忘れない内に、これをお渡ししておきます」

「おお! これが、料理の記された書だな。ふむ……成程……いや、良く書けておる。我が国の主要農作物との親和性から、費用を抑えた作り方や高級な物まで。ありがたく、頂戴(ちょうだい)するぞ。他国に流出しないよう、秘匿としなければな」


 レシピ本をパラパラと(めく)りながら、感心するように呟く。

 ザッと見終わった陛下は、(だいだい)色の瞳を細めて言葉を続けた。


「ところで、オーヴォ卿。私の伴侶(はんりょ)にならんか?」

「「「はい???」」」

「ん? 伴侶とは夫と言う意味だ」

「勿論分かりますが、発言の意味が分かりません」


 突拍子もない彼女の言葉に、妻達と同じ反応をしてしまう。


「見たところ、其方(そなた)の妻は年上ばかり。年上が好きなのだろ? ならば、問題なかろう」

「いえ。好みの問題ではなく、何故僕がマルドリッド陛下に選ばれるのですか?」

「マルゴー嬢同様に、私も名で呼ぶことを許すぞ? なに、皇帝として強い世継ぎを産まんとならんからな。其方の聡明さと、内に渦巻く魔力。これ以上の男はおらん」

「酔っていますね? お酒の席と言うことで、聞かなかったことにしておきます」

「酔わせたのは其方であろう、つれない奴め」

「あらあら? 聞き捨てなりませんわ、ウニコ。セイジュ卿は私の娘と縁談が決まっていますわ。それに、大公爵ドゥーヴェルニ家とも結ばれていますし、帝国の婿に行かせるわけにはいきませんわ」

「ふむ……確かにそうだな。では、伴侶の件は諦めるとしよう。よし! オーヴォ卿よ。伴侶とは言わぬ、月二、三回ほど私に子種を宿しに来るが良いぞ。できやすい日は、予定を開けておく」

「「「ブフ――ッ!!!」」」

「ぶっはっはっはっは! ウニコは相変わらずじゃな。国の為なら己自身も道具扱いか?」


 諦めたと思ったら、更にぶっ飛んだことを言い出したよこの人。

 ユグドラティエさんの言う通り、国の為なら肉親を切り殺し自分さえも装置になろうとする。

 発展と安寧(あんねい)を目指す狂気――これが、このお方の原動力なのだろう。



(おい、セレスティア。皇帝陛下、想像以上にヤベェぞ?)

(あぁ……話には聞いてたけど、ここまでぶっ飛んだ人だとは思いもしなかったわ。てか、この間のエルゼビュートもそうだけど、セイジュに関わる女ってヤバイ奴しかいないだろ)

(あら? それは私達も含まれるのかしら? って、エルミア様大丈夫ですか?)

(うん、大丈夫だよ。『チョコレート』食べるとね、身体がフワフワするの。ワインとも合うから、お腹辺りが熱くなってる)


 ウニコ陛下の発言に若干引いてるセレスさんやマーガレット姉妹はヒソヒソ話をしているが、エルミアさんの調子が悪いのかな?

 顔は熱っぽく潤んだ瞳が俺を見つめる。

 ユグドラティエさんも気付いたようで、意味深に微笑んだ。


「エルミア、少し飲み過ぎたようじゃな? 今宵(こよい)はここまでとするのじゃ。話し足りない者は、寝室で話すが良い。我と坊やはこ奴を部屋まで送る」

「エルミアさん、大丈夫ですか?」

「ひゃぅ!!」


 支えようと腰に手を回すと、彼女は氷水を掛けられたように仰け反る。

 その後もプルプルと震え、何かを必死に我慢しているみたいだった。



「ここなら、大丈夫じゃろぅ? よく我慢できたのじゃ、エルミア」

「お…お師匠様……私…私……」

「ユグドラティエさん、エルミアさんはどうなっちゃったのですか? エルフ特有の病気ですか?」

「うむ。端的に言おう、こ奴は今発情しておるのじゃ」

「発情!?」

「多分、『チョコレート』の所為じゃろぅな。ワインと相まって我慢できぬほど(たかぶ)っておる。我も初めて食べた時はそんな感じはしたのじゃが、エルフにとって劇薬じゃな」

「そんな満面の笑みで言われても! 確かに、カカオには媚薬(びやく)効果があると言われていますが」

「能書きは後で聞くとして、これ以上は若い物同士に任せるのじゃ~。防音魔法も張ってやるし、他の者達には適当に誤魔化しておいてやろぅ。ごゆっくり~」


 手をヒラヒラさせて出ていくユグドラティエさん。

 立ち込めるゼラニウム香りの中、肩で息をする彼女が見える。

 顔は紅潮しウルウルとした瞳が、一秒の時も逃さいとばかりに近付いた。

 重なり合う唇と唇。

 何時もの挨拶替わりでなく、求めるように乱暴だ。

 そのままベッドに押し倒され、熱を帯びた言葉が聞こえた。


「ごめんね、セイジュ君……今日は、ちょっと乱暴になっちゃうかもしれない。でも、約束通りお姉ちゃんがしっかり教えてあげるからね……?」


 返事をする間もなく再び塞がれる唇。

 今後は用量用法を守ってチョコを使うことにしよう。

 そんなことを考えながら、狂熱的な初夜は更けていく――

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