遠出禁止令④、チョコレート会談
――ユグドラティエさんの悪戯で、マルグリッド帝国皇帝と謁見することになった俺達。
チョコレート作りを実践し、そのレシピ全てを渡すと伝えると彼女は大急ぎで書状を書き始めた。
踊るようにペンは進み、書き終わるとサインの横に玉璽をポンッと押す。
そして、これまた高級な封筒に入れると豪奢な封蝋を施した。
「――待たせたな。ヒルリアン卿……否、この場合はグロリイェール卿が相応しいか? グロリイェール卿、其方は王国騎士団団長であり軍部の最高権力者の一人で間違いないな?」
「間違いありません。私以外に騎士団を動かせるのは、レオヴィル王太子若しくはロートシルト国王陛下以外おりません」
「では、其方に頼もう。この書状をロートシルト国王に渡してほしい。そして、ここに宣言する。我ら帝国は、一方的に休戦協定を破棄する!」
「な――ッ!? 何を言っておられる、マルドリッド陛下! また愚かな時代を繰り返すおつもりか!?」
ウニコ陛下の身勝手な宣言に、エルミアさんの顔が強張る。
チョコを飲んだ時の柔らかい表情は消え失せ、黄金の魔力を纏う軍人が陛下の愚考を諫めた。
「落ち着け、グロリイェール卿。私は再度戦争をすると言っておるのではない。逆だ。終戦に向けて、講和条約を結びたいと考えている。我が国からは、一切の条件はつけん。ラトゥール王国には私自ら参るし、日時は何時でも構わん。その書状には同じことが書いてある」
「一体どうなされたのです……?」
「何? オーヴォ卿が作った『チョコレート』に我が国の未来をみたのだよ。頼んだぞ」
「セイジュ君の……承知しました。私が責任を持って、この書状を陛下に届けましょう」
「うむ。外交の話はこれぐらいにして、今日はゆっくりしていくが良い。特別豪勢とは言えんが、夕食と部屋を用意させる」
「いやいや。それには及ばんのじゃ、ウニコ。坊やはこう見て浮気性でのぅ? 暫くは我ら妻から外泊を禁止されておるのじゃ。夕食までに帰らんと、他の二人が暴走しかねん」
「ハハッ! 若さ故の特権であろう? その程度目を瞑らんと愛想尽かされんぞ。では、また会えることを楽しみにしている」
こうして、俺達の激動の一日が終わった。
エルミアさんは、明日早速書状を持って行くらしい。
カカオを買いに行ったつもりが、いつの間にか和平の使者になっていた。
話を聞いたセレスさんとガーネットさんも意味が分からないと言ってるし、何より俺自身がどうしてこうなったと思うばかりだ。
只言えることは、今後は絶対ユグドラティエさんに転移を頼むことはない!
「――すまん、エルミアよ。もう一度聞くが、息子がマルドリッド帝国に行って講和条約の段取りを取ってきたのだな?」
「はい、間違いありません。マルドリッド皇帝は、確かに私の前で講和条約を結びたいと言い『チョコレート』に未来を見たとも言っていました」
「にわかには信じられんが……『チョコレート』と言う甘味は、そこまで皇帝の決心を固める物だったのだな……」
「これはあくまで予想ですが……『チョコレート』の原料となるカカオは帝国のみに自生しています。そして、セイジュ君は作り方を無償で渡すと言いました。おそらく、今後『チョコレート』は神聖国ヴェイロンのチーズに並ぶ物になるかと」
「成程。武に頼らない繁栄を目指すつもりか。あ奴は息子に頭が上がらなくなるだろうな」
「良いではないですか、陛下? 帝国との講和は悲願の一つ。この条約が締結すれば、王国と帝国は未曾有の発展を遂げるでしょう」
「うむ。では、急いで返書を認めるとしよう。エルミア、返書の使者務めてくれるな?」
「仰せのままに」
朝一で王宮を訪れたエルミアは、国王であるロートシルトとその后マルゴーと謁見していた。
話の内容は、勿論ウニコ皇帝からの講和書状。
突如湧いた帝国からの無条件降伏に、彼は懐疑の念を隠しきれずにいた。
しかしエルミアから話を聞けば聞くほど絵空事は現実味を帯び、ユグドラティエやセイジュと言ったイレギュラーの存在が、まるでパズルのピースを一つ一つ埋めるように懸念を打ち払い返書の筆を走らせたのである。
そして、数ヶ月後。
歴史的にみても奇妙な講和会談が始まろうとしていた。
――ラトゥール王国が誇る、市壁から王城まで伸びる一本の街道。
道幅は大きく取られ、敷き詰められたレンガがその富を象徴する。
そこを走る一台の馬車。
その扉には帝国の紋章――羽を広げた大鷲の紋章は覇道の証であり、王国にとって不倶戴天の敵。
そんな仇敵の馬車が一台で王都を駆けるのは最早異例中の異例であり、王国民の噂を買うには十分であった。
貴族街の門を越え、やがて王宮へ。
物々しい荷物検査やボディーチェックを終え、群青色の君は講和の場へ向かう。
「こうして、穏やかな場で会えるとは思いもよらなかったぞ? ウニコ・シシリアンナ・デル・マルドリッド皇帝よ」
「それは私とて同じ。講和の申し出を受け入れてくれて感謝する、ロートシルト・ドゥ・ラ・ラトゥール国王よ」
豪華な部屋にて、王二人が邂逅する。
ウニコの傍にはレゼルバ翁のみ。
それに対して王国側は、国王と王妃、宰相にレオヴィル王太子。
更に、騎士団長たるエルミアや国を担う重鎮達が座していた。
両国は軽い挨拶から始まり、近況の報告。
お互いの距離感を計るように歩み寄る。
そして、遂に話は確信へと押し迫った。
「私達の間には、数え切れない遺恨がある。元はと言えば、戦争の発端は其方の国にあり王国は一方的な侵略を受けた。勿論、今日集まった中には戦争で家族を失った者もおるし、私もその一人である。其方は、全ての罪業を背負うと言うのか?」
「無論、そのつもりだ。愚かな祖父と父、兄弟を自ら切り殺し皇帝となった私は、ずっと別の道を探していた。今回の講和会談もその一環だ」
「書状には条件を一切付けないと書いてあったが、間違いはないのだな?」
「おうさ。賠償金は幾らでも払おう。領土が欲しければくれてやる」
「其方の首を所望すれば?」
「それは、勘弁してほしいな。先々月、とある少年から奇跡を施されてね。この奇跡が帝国中に広がるまでは、生きていたいのだよ」
「うむ。其方の命を取るのは我が息子の望むところではない。そんなことをすれば、息子の失望を買うだけで、王国にとってこの上ない損失になるだろう」
とある少年と我が息子。
それは勿論第一王子ではなくセイジュのことだ。
共通の人物像を思い上げた二人はニヤリと笑った。
「だからと言って、何も望まぬ訳にはいかない。王国からの要求は、国境アンドラ領の返却及びその復興費用を帝国に求める」
「了承する。しかし、それだけで良いのか? あそこは、最も多くの血が流れた場所。アンデッドに汚染され、今世で復興できるか分からんぞ?」
「その通り。そこで、更なる請求として互いに国から聖職者を捻出し、浄化が終わった際には共同の慰霊碑を立てるものとする。その後アンドラ領は両国が交わる都市とし、恒久の平和が続く象徴となるべく義務を全うせよ」
「フフッ……誰の入れ知恵か予想は付くが、何とも甘美な理想だな。だが、それも悪くない。帝国が存続する限り約束しよう……」
講和会談は恙なく終わろうとしていた。
お互いに用意された講和条約書に調印し、両国が保管する。
ここまでスムーズな講和会談はあっただろうか。
そして、会談を締めくくるサプライズが王妃マルゴーから突如出される。
「両国におかれましては、講和条約の締結喜び申し上げますわ。そして、堅苦しい話はここまで。ここからは、『チョコレート』の時間ですわ。さぁ、お運びになって」
マルゴーから声を掛けられたメイド達は、次々と料理を運び込む。
目の前にはチョコレートをふんだんに使ったスウィーツ。
オーソドックスなケーキから固形のチョコ、アイスクリームやチョコを練り込んだパンまで並ぶ。
勿論、飲み物はチョコレートドリンクで希望すればアルコール入りも出る手筈。
料理を運ぶワゴンにはまだまだおかわりは乗っており、参加者全員を打釘づけにした。
「成程……オーヴォ卿の姿が見えなかったのは、この為か?」
「ふふっ、セイジュ卿も今回の会談は成功させたかったみたいですわ。そして、今並んでいる料理全ての作り方を記した書を後で渡すそうよ」
「ハハッ、彼には頭が上がらんぞ」
「ええ。でも、卿はそう言った態度は望まないと思うわ。それに、またこうして貴女と杯を交わす日が来るとは思いもよりませんでした」
「それは、私も同じだ。では、音頭は私が取るとしよう。両国の平和を願って、乾杯――」
皆立ち上がり、グラスを宙に捧げる。
彼女の涼やかな声で始まったチョコレートパーティーは会談予定終了時刻を大幅に変更し、そのまま夜の晩餐まで続くことになる
後に『チョコレート会談』と呼ばれるこの講和条約は、一人の少年が発端とは誰も予想だにしなかった――
【5話毎御礼】
いつも貴重なお時間頂きありがとうございます。
続きが気になる方は是非ブックマークを。↓広告下の星マーク、評価押して頂けたら嬉しいです。




