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遠出禁止令③、皇帝陛下謁見

 ――ユグドラティエさんの転移で、マルドリッド帝国に着いたはずの俺達。

 しかし目の前には激昂(げっこう)する老魔導士と兵士達が立ちはだかり、今にも襲い掛かって来そうだ。

 一度屋敷に転移して仕切り直した方が良いかと考えていると、涼やかな声が響いた。



「――待て、お前達」

「しかし、陛下! こ奴らは確実に陛下の命を狙っておりますぞ!?」

「私は『待て』と言ったのだ。ここに直接来たのは、大方ヒルリアン卿の悪戯(いたずら)だ」

「「「は???」」」


 落ち着きを取り戻した彼女は、呆気に取られた兵士達を横目にユグドラティエさんを見つめる。


「その通りじゃ、ウニコ。坊やがマルドリッドで買い物をしたいと言うからのぅ。久しぶりに、お主に会ってみたくなったのじゃよ」

「そうか。では、ゆっくりしていかれよ。レゼルバ翁、今日の謁見(えっけん)は全て中止だ。速やかに兵を引き上げ、仕事に戻れ」

「なりませんぞ! 仮にも敵国の者達。特にその小僧は危険です! 膨大な魔力に、並々ならぬ精霊を従え、あまつさえ明確な敵意を向けてきました。これは、完全に協定違反ですぞ」

「それは、翁が悪かろぅ。お主は我らを耳長と(そし)ったのじゃ。坊やは妻を(ないがし)ろにされて、男として当然のことをしたまでじゃよ?」

「「妻??」」

「我のことじゃ」

「私も」


 満面の笑みで自分を指すユグドラティエさんと、控えめに手を上げるエルミアさん。

 再び唖然とする帝国の人々。

 その後、二言三言やり取りがありやっと兵士達は部屋を出て行った。


 しかし、レゼルバと呼ばれた老魔導士だけはどうしても譲らず、彼とお付きのメイドだけ同席が許されたのである。



「さて、ヒルリアン卿。聞きたいことは山ほどあるが、ここに来た本当の目的は何だ?」

「何じゃ、前みたくユグドラティエと呼んでくれて構わんのじゃぞ? 目的はさっき言った通り、坊やの買い物の付き添いじゃよ」

「フッ、皇帝としての立場もあるのでね。昔みたいに甘えるわけにはいかんのだよ。で、坊やと呼ばれる王国二枚看板に挟まれたその少年はいったい何者だい?」

「失礼致しました。申し遅れましたが、僕はセイジュ・オーヴォと申します。王国では男爵の爵位を賜り、こちらお二人の番に間違いありません」

「ふむ。私は、ウニコ・シシリアンナ・デル・マルドリッド。この国の皇帝である」

「皇帝陛下御本人だったのですね。てっきり、奥方様かと――」

「この、無礼者がぁああ!!!」


 不用意な俺の発言に、翁から怒号が飛ぶ。

 確かに軽はずみな発言であったが、この人は一々俺達の会話に割り込んでくるからやり難い。


「ハハッ! 独り身だよ。私はこの国に身を捧げているからな。でも良かったじゃないか、翁? お前達が探っていた人間が、自分から訪ねて来たぞ」

「僕のことをですか?」

「うむ。王国が我が国に密偵を送り込んでいるように、帝国もまた王国に草を送り込んでいる。其方(そなた)のことも、報告を受けているぞ。新しい男爵家で、第一王女の婚約者。冒険者としても一流であり、マルゴー嬢から寵愛(ちょうあい)されている。しかし、それ以上の情報は何も得られず……成程、マルゴー嬢にヒルリアン卿とグロリイェール卿が相手では仕方ないか……いや、実に興味深いなオーヴォ卿は?」


 ウニコ陛下はティーカップ越しに橙色(だいだいいろ)の瞳をこちらに向け、興味津々に目を細めた。

 ドゥーヴェルニ家も絡んでますよ? っとも言えず、無言で見返す。



(やぶ)に棒を突っ込むでないのじゃぞ? 出てくるのは蛇ではなくて、ドラゴンじゃて」

「勿論、理解している。だが、オーヴォ卿は何を買いに来た? 王国では大抵の物は手に入ろう?」

「カカオです。木の実のカカオ」

「は? 帝国の南方でよく見るアレか? 民衆が薬湯として飲んでいるのは知っているが、好んで飲む者などおらんぞ?」

「えぇ、そのカカオです。ショコラトルと呼ばれてる薬湯が、極上の甘味に変わるのです」

「ふん! 何を言っておるのだ。あんな掃いて捨てるほどある苦い実が甘味になるわけないであろう。陛下、騙されてはなりませんぞ? こ奴らは買い物と称し、騒乱を起こすに違いありません」

「騒乱を起こす程度なら、密偵を使えば良いだろう? わざわざヒルリアン卿を引っ張り出す必要性がない。そうだな……では、オーヴォ卿。試しにその甘味とやらを作ってくれるか? 材料はこちらで用意しよう」

「かしこまりました。作り方自体は簡単なので、若しかしたら帝国の名物になるかもしれませんね?」

「ハハッ! アレが名物になるとは、それこそ奇跡だ」


 そう言った彼女は、メイドにカカオの実を手配させた。

 持って来るまで時間が掛かるようで、色々話を聞かせてくれた。


 先代の皇帝までは所謂(いわゆる)覇権主義だったらしく、四方八方に戦争を吹っ掛けていたこと。

 ウニコ陛下に引き継いで王国と休戦協定を結んだが、軍備拡大の付けが回って財政難であること。


 更に、稀に見る魔法の才能もあって幼い頃はユグドラティエさんの下に留学していたこと。

 他にも、そんなことまで話して良いのかと言う話題まで出してくる始末だ。


 何か裏があるのでは? っと、思案していると準備ができたらしく、大量のカカオが俺の目の前に積まれた。

『鑑定』したが、間違いなくカカオだ。

 これなら問題なくチョコが作れるはず。



「必要なら火や道具も用意させるが? それとも、厨房に移動するか?」

「いえ、必要ありません。作り方自体は簡単ですから。今回は魔法で代用します」


 さぁ、チョコレート作りの始まりだ。

 先ずは、カカオの実から種子を取り出す。

 次にその種子を火魔法で焙煎して、弾け始めたら薄皮を剥く。

 そしたら振動魔法で粉々にし、ペースト状になるまで撹拌(かくはん)すれば準備完了だ。


 それに砂糖やミルクを加え、口当たりが良くなるまでダメ押しの撹拌。

 固めればチョコの出来上がりだが、今回は薬湯を見習って液状で出そう。

 自前の『アイテムボックス』から取り出したグラスに、冷やしたチョコレートドリンクを注いで完成だ。


 どうせなら、ユグドラティエさんとエルミアさんには特別製を出すかな。

 ウニコ陛下もレゼルバ翁も俺の早業にポカンと口を開け、目の前のグラスを凝視していた。



「お待たせしました。これが、カカオを使った甘味『チョコレート』です。今は薬湯みたいですが、冷やせば固まります。ウニコ陛下達の分は基本的な味付けで、ユグドラティエさんのはブランデーが入ったお酒です。エルミアさんのは、酸味の効いた果汁が入ってます」

「う…うむ……では、頂こう。良く冷えた茶色い液体。匂いは……独特だな。それにしても、見事な杯だ」

「お! 微かにブランデーの香りがするのじゃ。坊やが作った物じゃから、何も心配は要らんのじゃ~」

「お師匠様! これ、絶対美味しい匂いですよ! 薬湯なんかじゃない、甘味の匂いです!」


 それぞれが見た目の感想を言い合い、俺もグラスに口を付ける。

 うん、確かにチョコレートドリンクだ。

 もう少し改良すれば、マルゴー様にも献上できそうだな。

 ココアを作るのも良いかもしれない。


「ほっほー。これは美味いのぅ? 濃厚な甘さに程よい苦み。独特な香りとブランデーの香りが合って、実に我好みじゃぞ坊や」

「これ、凄い美味しいよセイジュ君! お師匠様の言った通り、甘くて苦くて、でも酸味もあって不思議な美味しさ。後、何だか身体がフワフワしてくるよ」

「こ……これが本当に薬湯の味か……? 信じられん……我が国でも生産できれば……」


 ユグドラティエさんとエルミアさんは、大いに気に入った様子で満面の笑み。

 陛下は考え込むように項垂(うなだ)れ、決死の覚悟で言葉を続けた。



「オーヴォ卿……こんなことを頼むのは筋違いだが、その『チョコレート』の作り方を教えてほしい……」

「勿論、良いですよ。僕の持ってる知識を全てお渡しします」

「そうだな。断るのは当たり前だ。しかし、皇帝として引き下がるわけにはいかん。其方が望む物を何でも用意しよう……って、へ?」

「ですから、チョコの作り方は全てお渡しします。帝国の発展にお役立てください」

「ば! 馬鹿な!? 其方は何の対価もなしに、この奇跡を手放すつもりか?」

「僕はカカオが手に入って、大切な人達が満たされればそれで良いですから。それに、『チョコレート』が各国との()()()になれば幸いです」

「其方は、先ほどの会話でそこまで察してくれたか……紙と筆、玉璽(ぎょくじ)を持て!! これより、帝国の今後を決める、重要な書状を書く!」


 用意された極上の紙を目の前に、陛下は筆を走らせ始めた。

 この書状が、今後の帝国と王国の関係を決定付ける物とは思いもよらなかった――

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