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遠出禁止令②、マルドリッドのとある部屋

 ――遠出禁止令が出た俺は屋敷でまったりしつつ、ユグドラティエさんとお茶したり、メイド達とスウィーツ作りなどをしていた。

 そこで気になったのがチョコレート。

 未だカカオは手に入れておらず作れなかったのだが、なんと隣のマルドリッド帝国にはあると言う。

 その話を聞いた俺は、居ても立っても居られれずユグドラティエさんの部屋に飛び込んだ。



「――ユグドラティエさん! 大事なお話があります! って、散らかり過ぎ!!」


 勢いよく扉を開けた俺の目に映ったのは、とても女性の部屋とは言えない乱雑な状態だった。

 テーブルの上には酒瓶が並び、床にはさっきまで着ていた服や下着が散乱。

 彼女はベッドの上でシーツに包まり、自堕落を謳歌(おうか)するようにポテチを(つま)んでいる。


「何じゃ、坊や? 乙女の部屋にノックもせず入ってくるとは、やっぱりシたくなったか? それとも、また泣きごとついでにパンツのおねだりかのぅ? どれ、たっぷり可愛がってやろう。こっちに来るが良い」

「いや、もうパンツの話題は忘れましょうよ……」

「そうか? エルミアに聞いたのじゃが、後生大事に『アイテムボックス』に仕舞っておるんじゃろ? ほれ、そこのは脱ぎたてじゃぞ? 持って行くが良い」

「あぁん! もう! 今はそういう話題じゃなくて、ユグドラティエさんマルドリッド帝国に転移できますか?」

「マルドリッドへ? 勿論できるのじゃ。急ぎの用事かのぅ?」

「はい。実は、ずっと探してた甘味の材料がマルドリッドにあるらしいのです。でも、僕は今遠出禁止令が出てて気軽に行けないじゃないですか。そこで、ユグドラティエさんの力を借りたいなと」

「ふむ。坊やの頼みなら聞いてやらんこともないのぅ。じゃが……」


 何か言い掛けたユグドラティエさんは、凄い力で俺をベッドに引きずり込んだ。

 圧倒的、暴虐的(ぼうぎゃくてき)とまで言える芸当。

 こんなことは彼女以外できやしない、歴然とした差がまだまだ俺達の間にはあるのだろう。


「じゃが……じゃがのぅ? 坊や。妻の部屋を訪ねた夫が、何もせんとは無作法じゃぞ」


 抱きしめられた耳元に(とろ)ける声が響く。

 王宮のユグドラティエさんの部屋を訪ねた時もそうだったのだが反則過ぎる。

 部屋中に色濃く()み込んだ淫靡(いんび)な白檀の香り。

 ()せ返るほどの濃厚さと、黄金比を体現した白磁の肌。

 本気の誘惑に(あらが)(すべ)などなく、自ずと唇と唇は引き寄せられる。


「一回……一回だけですよ? そろそろ、皆さん帰ってきちゃいますから。それにしても、ユグドラティエさんの部屋は心地良過ぎます。反則です、こんなの……」

「うん? 坊やの方が一回で満足できるかのぅ?」


 彼女が俺の魔素を心地良いと感じるように、俺も彼女の香りがこの上なく好きなのだ。

 どこまでも精神を落ち着かせ、無限の優しさに包まれる。

 だからこそ、時間の許す限りお互いを求め合ってしまう。




「――おい、セイジュ。遠出禁止令は出したけど、タダれた生活を送れとは言ってないぞ?」

「ギク――ッ!! い、いえ…これは、その……」


 食卓を囲んだ俺達に、セレスさんの言葉が突き刺さった。

 まぁ、そりゃ誰が見たってバレるよね。

 テッカテカの上機嫌なユグドラティエさんは鼻歌交じりにフォークを動かし、後ろのセニエさんはバツが悪そうにしている。


「坊やを責めるでないのじゃ、セレス。坊やが我に頼みごとをしてのぅ。その対価を貰っただけじゃよ。何なら、今夜はセレスに譲るのじゃ?」

「セイジュが頼みごと? また、珍しいなそりゃ」

「いえ。マルドリッドに僕の探してる甘味の材料があるらしくて、ユグドラティエさんに転移を頼んだのです。ほら? 泊まり掛けで行けませんから」

「そそ。と言うわけで、明日は坊やとマルドリッドに行ってくるのじゃ。いや、安心せい。夕飯までには帰ってくるのじゃ~」

釈然(しゃくぜん)としねぇけど、まぁ分かった。オマエが頼み込むってことは、それだけ価値のある物なんだろ」

「ぐぬぬ……お師匠様だけセイジュ君とお出かけ……ズルい……」


 ご機嫌なユグドラティエさんとは別に、微妙に三人の視線が怖い食事が終わる。

 無論その後、寝室に訪ねてきたセレスさんの機嫌を直すのは本当に大変だった……




 そして、次の日。

 隣で眠るセレスさんを起こし、見送りまでして中庭へ急ぐ。

 そこに待っていたのは、ユグドラティエさんとエルミアさんも?


「お待たせしました。って、エルミアさんも一緒に行ってくれるのですか?」

「ま、まぁね!! 今日は非番だから付いて行ってあげようと思ってね。ほ、ほら!? お師匠様だけだと、問題起こしそうで怖いしね?」

「やれやれ、素直に一緒に出掛けたいって言えば良かろぅ。だいたい、お主も坊やの(つがい)なのじゃからもっと積極的に求めるのじゃ」

「わ、私はいっぱい口づけしてもらってるので十分満足しています…ごにょごにょ……」

「何を言っておるのやら。毎夜我らの声を聞きながら自分を慰めておる、おぬ――」

「わー! わー!! なし! 今のなし!! 何も聞こえない! 良いね、セイジュ君!? キミは何も聞いていない! ほら、お師匠様早くしてください。セイジュ君のお目当ての物が待っていますよ!」


 エルミアさんはコロコロ表情を変えながら慌てふためき、落ち着いたのを見計らってユグドラティエさんは転移魔法を発動した。


 淡い魔法の光に包まれ、身体は目的地に再構築される。

 失敗などする筈もない。

 目を開けた俺達に待っていた場所とは――





「ん?」

「は?」

「へ?」

「いや~、久しいのぅ? ウニコ。相変わらず、牛のぬいぐるみがないと寝れんのか?」

「え…? ユグドラティエ……様……?」


 転移した場所は、とある部屋だった。

 豪華な椅子には休憩中であろう女性が座り、メイドから茶の施しを受けている。

 美々しい青色のグラデーションが掛かったドレスは群青色の髪と調和し、白銀のティアラが彼女は高貴な身分であると主張する。


 しかし突然の来訪者に思考が追いついていない様子で、目をぱちくりさせながらユグドラティエさんの名を呟いた。

 全員が全員唖然(あぜん)

 かく言う、俺も何故ここに転移したのか理解できない。

 完全に虚を突かれた俺達の邂逅(かいこう)は、激しく開かれた扉の音で中断された。



「陛下ぁああああ――ッ!!! ご無事でございますか!? 突如皇居の結界に揺らぎが生じ、(ぞく)の侵入を許した模様。儂の結界をすり抜けるとは、相当の手練(てだ)れでございますぞ!」

「何じゃ、翁? まだ生きておったのか? お互い長生きじゃな」

「な――ッ!? ラトゥールのヒルリアンにグロリイェール! 王国の()()じゃと……? えぇい!! 停戦協定をものともせず、首魁(しゅかい)自ら乗り込んで来るとは。やはりこの国が欲しくなったか!!」


 飛び込んで来たのは白髪の老人。

 老いた身体に鞭を打ち必死の怒号が響く。

 (たたず)まいから見て魔導士だろう。

 老練たる魔力の流れは、実力者の風格だ。


 だが、この老人は聞き捨てならない言葉を発した。

 耳長――これはエルフの侮蔑的(ぶべつてき)な呼称であり、ユグドラティエさんとエルミアさんを(さげす)んだと同様である。


 妻二人を馬鹿にされてスルー出来る程、俺はできた人間ではない。

 状況はよりカオスに振り切るだろうが、このジジイを分からせないと気分が収まらなくなってしまった。


「ユグドラティエさんとエルミアさんを蔑称(べっしょう)で呼ぶとは……覚悟はできているんでしょうね?」

「セイジュの好きピを馬鹿にするなんて、良い度胸してるし。死んだ方がましな体験してみる?」

「ぐぅうう! 何たる魔力。小僧、精霊使いか!? それも、相当な精霊を使役しているな? 陛下! 儂がこ奴らを命を()して遠ざける故、応戦の準備をしてくだされ。王国は、本気でこの国を落としに掛かってきてますぞ!!」


 否。

 全くそんな気はないのだが、状況はどんどん斜め上の展開に進んでいく。

 カカオを買いに来たのに、どうしてこうなった?

 一触即発の俺達と、この無茶苦茶な状況を楽しむユグドラティエさん。

 時間が経てば経つほど武装した兵士も集まり、今更ながら彼女に転移を頼んだのを後悔してしまう。



「――待て」


 そんな混沌(こんとん)を打破すべく、陛下と呼ばれた群青色の女性が涼やかな声を発した――

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