遠出禁止令①、魔道具とカカオは何処?
――シルフィーへ魔眼殺しのレシピを長々と書き綴り数日、俺は暇を持て余していた。
本来ならいつも通り冒険者ギルドに行ったり、他国遠征の下準備をしたいところだが、六十日以上も無断留守をしてしまったことで妻達から遠出禁止令が出たのである。
例えギルドで依頼を受けても泊まり掛けは禁止。
新しい国に行くなど以ての外だ。
仮に約束を破ったとしても、ユグドラティエさんの強制転移魔法で無理矢理屋敷に戻されるそうだ……
そんな感じで大きく身動きが取れない俺は、朝一のギルド依頼を終えて昼過ぎには屋敷に戻っていた。
中庭のガーデンテーブルに座り一服。
吹き抜ける風が十全に手入れをされた花々を揺らす。
甘く華やかな香りを纏ったそれは対面の彼女にも届いたようで、満足気に白磁の指先で髪を掻き上げた。
「――何じゃ、坊や? 不服そうじゃのぅ。たまにはゆっくりするのも良いもんじゃよ?」
「いえ。何だかんだで今までずっと働いていたので落ち着かないと言うか、サボっているような感じがして……」
「サボる? 何を言っておる。先日は遅くまで当主としての仕事を全うし、今日も朝一でギルド依頼をこなしてきたじゃろ。坊やは、十分過ぎる程働いておるのじゃ」
「確かにそうですね。でも、日も高い内からこうもまったりしていては手持ち無沙汰ですよ?」
「全く……我を前にして手持ち無沙汰とは随分と豪胆じゃな。一部以外、我と謁見して平静を保っていられる者などそうはおらんぞ。そうじゃな? では、ちと早いが手持ち無沙汰解消に坊やの寝室にでも行くかのぅ?」
「あ! ユグドラティエ様、俺もお伴しまーす」
「ヒルリアン様、私も一緒に連れってくださーい。セイジュ様、優しくしてくださいね?」
相変わらずのセクハラエルフは健在である。
長い足を俺の太ももまで伸ばし、冗談交じりにベッドに誘う。
俺の後ろに侍るガーネットさんも悪ふざけに同調し、ユグドラティエさん側のセニエさんまで何故か手を上げているがスルーしておこう。
「美しい妻に誘われては吝かではありませんが、仕事をしているエルミアさんやセレスさんに悪いので遠慮しておきます」
「何じゃ、つれないのぅ。この身体を好きにできるのは、坊やだけじゃぞ?」
「そもそも、ユグドラティエさんはがっつき過ぎです。こっちの身にもなってくださいよ」
「それは、坊やが悪いのじゃ。坊やから出る魔素は格別じゃし、何回出しても萎えんからのぅ? 我とて、抑えがきかなくなってしまうのじゃよ」
「そうそう。俺も体力には自信あるけど、流石にアレだけされちゃ朝までグッスリだわ」
「そうなんですか!? ヒルリアン様、ガーネット様! 詳しくお聞かせください」
「仕方ないのぅ、セニエ。後でたっぷり聞かせてやるのじゃ」
「はいはい、待った待った。昼からする話じゃありませんよ。セニエさんも、本人を前にどうかと思います?」
「はーい、ごめんなさーい」
女三人寄れば姦しい。
このまま放っておいたらどこまでも猥談が加速しそうで、こっちとしても我慢ができなくなる。
そうなる前に、話題を変えなくては。
「まぁ、確かに真昼間から乙女達がする会話ではないのぅ。ならば、坊や? シルフィーへの返事は済ませたのか?」
「魔眼殺しの件ですか? あれなら完璧な理論と設計図を返書しましたよ。王宮が魔道具ギルドを手中に収めるのも時間の問題ですね」
「フフッ……鍛冶に錬金、工芸、料理。魔道具製作まで手を出すつもりか? 本当に坊やは面白い奴じゃな」
「初めは助言程度にしようと思っていましたが、ギルドマスターの態度を見て考えを改めました。何より、僕の前でセレスさんを悪く言ったことが決め手でしたね」
「そうかそうか。あそこは、王国の運営でも目の上のたん瘤じゃったらしいからのぅ。シルフィーの成人が楽しみじゃわ」
「僕としてはこの屋敷の生活水準が向上すれば良いと思いますが、ガーネットさんにセニエさん、メイドとして何か困っていることはありませんか? こんな魔道具があれば助かる的な物があれば、参考にしたいのですが」
丁度良い機会だから、メイド二人に欲しい魔道具についてヒアリングをする。
内容によっては、現代知識で幾らでも解決できるだろう。
「仕事で困ってることか? そうだな~、俺もそうなんだけどこの屋敷は大飯ぐらい多いから毎日食器の洗い物が多いことだな。手荒れは酷いけど、坊主が作ってくれた『はんどくりーむ』があるから大丈夫だ」
「う~ん。私としても洗い物からな~。何だかんだで人が多いから洗濯が多いんです。そして、濡れた物を運んだりすから地味に力仕事なんだよ~」
「あぁ~。確かに、洗濯は仕事の中でもキツイ仕事の一つだな。干す場所に移動する時に落としたり、風で飛ばされたりして荒い直しは日常茶飯事だよな?」
「あるある~。他には、新人がご主人様のお気に入りのお皿割って自分が代わりに謝りに行くとか?」
「それな! グヘヘ、セニエ君。その皿は金貨三十枚もしてね? どうすれば良いか、分かってるよな? グヘヘ」
「あんッ! お許しください、ご主人様。私には、心に決めた人が……で、でも、ご主人様なら……」
手をワニワニさせるガーネットさんと、クネクネしだすセニエさん。
メイドあるあるを話しながら三文芝居しているが、それは置いといて要望は分かった気がする。
食洗器と洗濯機。
これらがあれば、彼女達の仕事は楽になりそうだ。
魔道具でそれっぽい物はないか聞いてみたがないらしい。
更に生活魔法で代用しようとしても、マーガレットさんやエルミアさんクラスの魔力量がないと無理だと。
生活魔法の為に何人も使用人を雇っては、無駄な出費が増えるだけだ。
まだまだ遠出禁止令は続きそうだし、取りあえず魔道具作りを始めてみよう。
ギルドに登録……は、しなくていいか。
だって俺出禁だし。
ガーネットさんやセニエさんに期待しないで待っておくように伝え、ユグドラティエさんとのお茶会はお開きになった。
エルミアさんセレスさんが帰ってくるまでまだ時間はある。
新しいスウィーツでも作るかな? そんなことを考えながら食堂に向かった。
「――あれ? ご主人様どうなさいましたか? 夕食にはまだ早いですが」
「いえいえ、奥さん達から遠出禁止令を出されてしまいまして……彼女達のご機嫌取りに新たな甘味でも作ろうかと思いましてね?」
「「「ご主人様の新たな甘味――ッ!!!」」」
食堂を掃除していたメイド達の質問に答えると、全員の獣めいた眼光が俺を射抜いた。
その後も、掃除を続けながら誰もがこの恩恵に与ろうと必死に目配せをしている。
そんな分かりやすい態度に、思わず口元が綻んでしまう。
「掃除終わってる方はいますか? 折角ですから、一緒に作りましょう。多少のつまみ食いは大目に見ますが、他のメイド達には内緒ですよ?」
「終わりました」
「今終わりました」
「終わったような気がします」
「待って! 待って!! 私も直ぐ終わらせるから待ってよ~」
皆さんたくましいな。
待っていましたとばかりに全員が手を上げ、キッチンに移動する。
『アイテムボックス』から材料を取り出し、ツクヨミも交えて調理スタートだ。
メイド達はツクヨミ主導でスウィーツを作ってもらい、俺は何を作るか悩んでいた。
そう言えば、チョコレート菓子ってこの世界では見ないな。
カカオは無いのだろうか?
「そう言えば皆さん、カカオって言う木の実ご存じですか? 両手ぐらいの大きさで赤黄色くて、割ると中身が白いブヨブヨみたいなやつです」
「申し訳ありません、私は存じ上げません」
「私も知らな~い」
「ご主人様、若しかしてそれって苦い茶色の薬湯のことですか?」
「ん? もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「いえ。私はマルドリッド帝国出身なのですが、あそこは年中暑く雨も多くてジメジメしてるんです。確か、民間療法でご主人様が言ったような木の実を使った薬湯がありました。ショコラトル? チョコラテルだったかな? これが苦くてマズくて、たまった物ではありませんでしたが飲み続ければ効果があったそうですよ?」
「それです!」
まさか、こんな近くにチョコレートの手掛かりを知っている人が居るなんて!
次の遠征はマルドリッド帝国に決まりだ。
否、遠征なんてしなくて良い。
俺は急いで新作を作った後、ユグドラティエさんの部屋に飛び込んだ――




