9 不機嫌
――ようやく、この長い地獄の旅が終わった。
乗組員たちが頑張ってくれたのか、彼らが船に乗っていたのは予定通り10日だった。
途中、変な生物のせいで船が揺れたが、月冴の薬のおかげか、陽悠はそこまでひどい船酔いにはならなかった。
帰りもこれに乗るのかと思うと嫌気がさすが、しかたがないと陽悠は早々に諦めている。
陽悠らはアル達にお礼を言い、船を後にし、この国のギルドへ向かう。
「にしても、ここは活気がないな」
月冴がそう言うのも、ここには全くと言っていいほど人の気配がない。
家も古びており、あちこちでガタがきている。
人が住める場所ではないだろう。
「そうですね、やはり海が近いからでしょうか」
海に魔物が住んでいるため、おちおち漁にも出られないとするなら、魚料理も食べられないのだろう。
刺身はうまいのにかわいそうだな、と思いながらレイザ達なら何かしているかもしれないと考えた翔愛はレイザ達に聞いてみることにした。
「レイザ達は何か知ってる~?」
「は、はい。この町は昔は海の幸や、海を渡ってくる冒険者などで活気がありましたが今は魔物の影響で人は住んでいないと聞いています」
「ふ~ん、そうなんだ」
「あっ、ですがギルドがある方は活気があります!ここから少し遠いですが」
「「「「え?」」」」
兄弟全員の息がそろった。
いやだって、え?
「遠い・・・ですか?」
「は、はい」
「それは、どの、くらい?」
「え、えと、ギルドはここから4日ほど歩いた場所にあります」
「うわ~まじか、陽悠兄、やばくね?」
「う、ん。陽悠兄・・・大丈、夫?」
「そうだな、問題は陽悠だな」
「・・・」
「なにか問題があるのか?」
カイが陽悠たちの様子を聞いてきた。
「ああ、実はな、陽悠は体力がないんだ。4日も歩くなんて、不可能に近いな」
「ええ。認めましょう。俺には体力がないですよ?それが何か?」
「そう、イライラするな、陽悠」
「そうだよ、陽悠兄!何だったら俺たちがおぶるしさ!」
「嫌ですよ?」
(いや、おぶられたくなんかないし。
っていうか最悪だろ、この依頼!
船には乗るし、ここから4日歩けと言われるし!)
陽悠の心の中は荒れに荒れている。
そしてだんだんと瞳に生気がなくなっていく。
「そうは言ってもだ、本当にどうするつもりだ?4日歩けないだろ?」
「ええ。そうですね。はあ。でも頑張りますよ。何とか、ね」
「あ、あの」
諦めモードで陽悠が頑張る宣言をした直後、カイが口を開いた。
だが、すぐに閉じてしまう。
言いにくいことなのかと陽悠がどうかしたのかと尋ねた。
「あ、ああ。その、なんだったら、ここにある材料で俺が引ける荷車を作るからそれに乗るというのはどうだろうか」
「・・・作れるの?!」
「ああ」
「いや、ですが、それ何人乗りですか?俺一人なら流石に申し訳ないというか・・・」
「ん?別にいいだろ。レイザもルージュも体力あんだろ?」
「は、はい!このくらいは慣れていますので!」
「ええ。こっちもそれなりに体力はあるつもりよ」
「カイも一人の荷車作る方が作りやすいだろうし、引くのも人ひとり乗せた荷車なら俺達も引けるしな」
「い、いえ。ですが」
「いいじゃん!甘えちゃいなよ!依頼主も船の事があるから依頼受領からどのくらい掛かってもいいって話だったけど、速く着いた方がいいじゃん!」
「ええ。それは確かに・・・カイ。頼んでも大丈夫でしょうか?」
「ああ。任せてくれ。材料を集めてくる。作るのにもそんなに時間はかからない」
「あ!俺も手伝うよ!」
「俺も行こう。人手が多いに越したことはないからな。永遠、ここは任せたぞ」
「わかっ、た」
「いえ、それなら俺も」
「わ、わたしも手伝いますわ!」
「私も!」
「いや、陽悠、お前は船で体調も悪いだろ、少し休め。レイザ達もだ」
そう言って月冴は翔愛とカイの後を追う。
その場に残された4人は誰一人として口を開こうとはせず、静寂があたりを支配している。
――無理もない。
永遠はもともと口数が少なく、レイザやルージュに至っては奴隷のため主人の許しがなければ口を開くことすら本来は許されていないのだ。
ならば陽悠はと、この重い空気に耐えられなくなったレイザは彼の方を向く。
しかし、レイザにとって頼みの綱であった陽悠は『不機嫌』だった。
レイザはもともと『使用人』。
他人の感情、特に『負』の感情については特に敏感だった。
これは生まれ持ったものではなく、育ちがそうさせたのだ。
この『不機嫌』は陽悠自身でさえ、気づいていないものだった。
ここにいる4人の中で気づいているのは、レイザと永遠の2人。
レイザはこの『不機嫌』が船と、歩きのせいであると判断した。
間違ってはいない。
陽悠は船で気分が最悪なのに加え、ここから4日も歩かなければいけないという追い打ちをかけられた。
――しかし、その『不機嫌』はカイが荷車を作るということで解消されている。
では何が彼を『不機嫌』にしているのか。
――『女』だ。
彼が『不機嫌』な理由は、レイザとルージュがそばにいるからなのである。
彼は母親によってトラウマを植え付けられている。
彼自身、それは解消されていると考えているし、実際にそうだ。
しかし、あくまでも解消されて『きて』いるだけである。
陽悠は無自覚で女性がそばにいると『不機嫌』になる。
――そして、自覚していようといまいと彼の『不機嫌』は魔物を引き付ける。
『ガアァァァァ!!!』
近くで魔物独特の雄たけびが鳴り響いた。